♢♰混沌ノ魔眼♰
ギャシュリーが取り出した絵本を見て、ケイオスの身体に緊張が走る。あれは、ダメだ。ケイオスはあの絵本の正体を知っている。ギャシュリーがケイオスに言っていた。名前を聞いて絵本に描かれなかった子は殺さないことにしている、と。
ならば、もし絵本に描かれてしまったらどうなるのか。直接見たわけではないが、ケイオスはああああが死んだのはギャシュリーのこの魔法のせいではないかと感づいていた。
「気を付けて!! あいつにフルネームを名乗ったらいけない。もし名前を知られてあの絵本に描かれたら、たぶん死ぬわよ!!」
「ああ、わかった。さららからも事前に警告は受けていた。十分に注意を⋯⋯」
きりりとした表情でケイオスからの警告に応えたキューティー☆Eだったが、何かに気が付いたのか、その顔に冷や汗が大量に浮かび始める。そして、その様子を見たケイオスもまた、あることに気が付いた。
『この私、キューティー☆Eが貴様に天誅を下してやる!!』
──こいつ、ここに来た時に思いっきり名乗ってるじゃん。フルネーム、言っちゃってるじゃん。
「どどど、どうしようか。私、既に名乗ってしまっているぞ!?」
「何やってんのさ!? さららから注意受けていたんじゃないの!?」
「いや、何となく気持ちが昂ってしまって⋯⋯」
「馬鹿ぽんたん!!」
最悪だ。しかし、まだ希望はある。ケイオスも、フルネームを既に知られてしまっているが、あの絵本には描かれていなかった。一縷の希望を込め、パラパラとこちらに向けて絵本をめくるギャシュリーの方を見る。
『わーお、おめでとう!! あなた、ついていないね!!』
その希望は、ギャシュリーがページをめくる手を止めたことで、簡単に打ち捨てられる。そのページには、キューティー☆Eそっくりな女の子の絵と共に、こんな文章が書かれていた。
『キューティー☆Eは急に心臓が止まって死ぬ』
そのページを見た瞬間、反射的にケイオスはポーズを決めて目から熱光線を放っていた。もう描かれてしまったならば、何とかして回避する方法を探さなければならない。ページを燃やせば何とかなるのではないかと考えて放った熱光線は、しかしながらページの端をかすめただけで簡単に避けられてしまう。
「無駄デスよ~。絵本に描かれたら、それは運命なんデス。絶対なんデス。呪うならば、あなたの名前を呪ってくだサイ」
絵本を見たことで心の余裕が戻ってきたのか、ギャシュリーの喋り方が元のカタコト言葉に戻っている。隣で、どさりとキューティー☆Eが崩れ落ちる音が聞こえた。
「お前、お前ぇぇぇぇぇ!!!!!!」
こんなことがあっていいのか。こんなにあっけなく人が死んでいいのか。理不尽への怒りが、ケイオスを突き動かす。
ポケットから鏡を取り出し、ぐしゃりと握りつぶす。破片が手のひらに突き刺さるが、そんな痛みは今は全く気にならない。ばらばらにした鏡の破片を宙に投げ、その破片に向かい、熱光線を放つ。
乱反射した熱光線が、ギャシュリーを包囲するように取り囲む。しかし、ギャシュリーは余裕の笑みを崩さない。
「無駄デスよ~。キューティーが死んだ今、ワタシの身体は絶好調。こんなレーザー、目を瞑ってだって回避できマス」
その言葉は誇張ではないようで、まるで踊っているかのような華麗な足さばきで、ギャシュリーは熱光線の雨をかいくぐる。
そして、その軽い足取りのまま一気にケイオスへと詰め寄ったギャシュリーは、その足を思いっきり蹴り上げた。
「うぐっ!?」
とっさに回避行動を取ったケイオスであったが、よけきれずに右耳がそぎ落とされる。だが、耳なら痛みだけで済む分安いもんだ。まだ、戦える。
「惜しかったデスね~。今度はその可愛いお顔を、もっとぐちゃぐちゃに⋯⋯」
楽し気に笑いながらケイオスを見ていたギャシュリーが、急に固まった。その瞳を先ほど自分の腕が飛ばされた時と同じくらいに見開いて、何かを見つめている。
その視線の先にいったい何があるのか。それを目にするより先に、ケイオスの耳にポップなミュージックが聞こえてくる。
『ミュージックに合わせて流れる指示!! Q・T・E!! Q・T・E!! レッツ、マジック、Q・T・E!!!!!』
その音の流れる源は、あおむけに倒れるキューティー☆Eが握りしめている、小型のスピーカー。 そして、流れる音楽に合わせ、キューティー☆Eの胸は、ドクンドクンと激しく上下に揺れ動いていた。
その揺れが最高潮に達したその時、キューティー☆Eはかっと目を見開く。そして、何事もなかったかのように起き上がると、ビシッと残った左腕を天高く掲げた。
「はっはっは!! 三途の川をバタフライで往復してみせたぞ!! 感謝する同士さらら!! 貴殿の魔法を見ていなければ、私にこの魔法の使い方は思いつかなかった!!」
ミュージックは既に止まっているが、ドクンドクンと何かが鼓動する音は聞こえてくる。その音がキューティー☆Eの心臓の鼓動の音であることを理解したケイオスは歓喜と驚きの混ざった声を上げていた。
「そ、そんな、嘘デス。あなたは、既に心臓が止まって死んでいるハズ⋯⋯!?」
「ああ、心臓は止まっている。だから私は、自分の心臓にQTEをかけた。『止まっていれば強制的に動かす』ペナルティを与えてな!! この魔法を解けば私の心臓は止まって死ぬだろう。しかし、私は、貴様を倒すまでこの魔法を止めないぞ!! 動け、私の心臓よ!! もっと激しく、血流をマッハで上げろ!!!」
さらに激しく早く、キューティー☆Eは心臓の音を上げていく。その音に伴ってキューティー☆Eの全身が赤く染まっていく。
ドンッと床に亀裂が走るほどの踏み込みで一気にギャシュリーへと迫ったキューティー☆Eが、その横っ面を殴る。その攻撃を無防備に食らったギャシュリーであったが、痛みで正気を取り戻したのか、反撃とばかりにキューティー☆Eの腹を殴る。しかし、その動きに先ほどケイオスの熱光線をかわした時ほどのキレはない。キューティー☆Eの意識が戻ったことで、茶田千代がいまだに続けている超高速QTEが再び作用し始めたのだ。
それでもなお、ギャシュリーの力は強く、腹を殴られたキューティー☆Eは口から血を吐くが、ぐっと後ろ足でこらえ、吹き飛ばされはしない。お返しとばかりに再び拳を振るうが、今度は避けられてしまう。
しかし、その避けた先には、ギャシュリーの動きを予測していたケイオスが既に熱光線を放っていた。熱光線はギャシュリーの右目に当たり、じゅわっと音を立てて蒸発させる。
「アハハハハハハハハ!!!!!!!」
ギャシュリーは、痛みでハイになったのか、高らかに笑いだす。左腕で壁をつかむと、握力だけで砕き割り、その破片をキューティー☆Eとケイオス目掛けてぶん投げる。
ケイオスはとっさに熱光線で焼き払うが、キューティー☆Eはよけきれず、左足に直撃。ぼきりと骨が折れる嫌な音が響き渡る。バランスを崩し、倒れそうになったキューティー☆Eの肩を、ケイオスが慌てて支えた。
「大丈夫!?」
「⋯⋯ああ。問題ない。痛みは全くもって感じていないのだ。片足でも、まだまだやれるとも」
かわす言葉は短く一瞬で。これまでなら会話している最中には攻撃してこなかったギャシュリーも、今はそんな余裕を見せない。狂ったように笑いながら突っ込んできたところを、二人は慌てて回避する。
息を整える余裕もなく、再び殴り合いの死闘が始まる。肉弾戦は主にキューティー☆Eに任せ、ケイオスは後方から熱光線を飛ばすが、決定打はまだない。お互いに傷を負いながらも、戦いはまだまだ終わる気配をみせなかった。
一方そのころ、別の場所でもまた、魔法少女たちが死闘を繰り広げているのであった。