♢ああああ
こつこつ、と折り曲げた中指でドアを2回たたく。返事はない。アイアイの部屋をノックした時は返事を待たずにドアを開けたが、この部屋の持ち主は繊細な精神の持ち主だ。無理やりドアを開けて部屋に入ろうものならおそらく部屋の隅っこに縮こまってしまう。そうなると新入りに紹介するどころの話ではなくなるので、広い心をもって待つ必要がある。
待つこと数分。暇を持て余した新入りとさくらがアルプス一万尺を高速でしているのを横目で眺めていると、ゆっくりとドアが内側から開かれ、ようやく部屋の主がその姿を現した。
「えっと、あの⋯⋯。ボクに何か用ですか? 隊長さん⋯⋯」
「ああ、先日伝えていたと思うが、私たちのチームに新入りが入ったのでな。メンバーへの顔合わせもかねて皆には自己紹介をしてもらっているのだ。それと、私のことは『隊長さん』ではなく名前で呼ぶように」
ぷるぷると小動物のように震えながら、ドアの隙間から顔を覗かせるのは、そのおどおどした動作とは正反対に華々しい姿をした魔法少女だ。
晴れ渡る空のように澄んだ青い髪の毛は腰のあたりまで伸ばされ、風がなくともさらりと揺れている。シンプルながら洗練されたデザインの白いドレスがよく似合い、貴族然とした風貌にさせている。
中でも特徴的なのは、その瞳だ。螺旋を描くようにぐるりと渦巻いた瞳孔は虹色に輝いており、怪しげな魅力を醸し出している。最も、本人が伏し目がちなせいでその魅力は半減してしまっているが。
「よっす~! さららちゃん!! 今日もすっごくゲーミングお嬢様な見た目しているね~!!」
「さ、さくらさんは相変わらず元気ですね。へへ、陰気なボクとは大違いだぁ。あ、そこにいる白い子が新入り⋯⋯。あ、あ、ごめん。白いとか言っちゃって。気悪くしたよね。えっと、な、名前⋯⋯名前、聞いてもいいかな?」
「あたし、名前ないんだ。だから、『新入り』か『名無し』って呼んで!」
「あ、あ!? ご、ごめんね。そういえば隊長さんがそんなこと言ってた⋯⋯。うう、気を悪くしたよね。ご、ごめん」
「いや、別に怒ってないから謝らなくていいよ。それより、あなたのホントの名前を教えてほしいかも」
「さららがいいです⋯⋯」
「ん? さららって呼べばいいの?」
「あ、あ、違くて、その⋯⋯。“『さらら』がいいです”までが、魔法少女としての登録名なんです⋯⋯。こんな名前ですみません。ボクみたいな暗い奴が欲を出したから、罰が当たったんです、ううう⋯⋯」
さららは、魔法少女名登録の際に、登録フォームに「『さらら』がいいです」と記入したところ、融通の利かない人事部門の魔法少女にそのまま登録されてしまったという、メンバーの中でもかなり不憫な由来を持つ魔法少女だ。その出来事があったせいかは定かではないが、さららは非常にネガティブで自己主張の苦手な魔法少女だ。
今も、ネガティブな思考に自ら囚われて、虹色の瞳をぐるぐると回しながら、どんよりという擬音が似合う雰囲気を漂わせている。
新入りは、そんなさららを首を傾げながら見つめ、うーんと唸った後、一つの結論を出した。
「うん! あたし、さららのことちょっと苦手かも!! なんか暗いし、生ゴミみたいでやだ!!」
「な、生ゴミ⋯⋯。へへ、そうですね。じめじめしているボクには、お似合いの蔑称かもしれません」
「⋯⋯うん、やっぱり苦手。昔のあたしを思い出すから」
すっかりネガティブモードに突入してしまったさららは、そのまま部屋の隅へ向かって蹲ってしまった。こうなると再起までにはしばらく時間がかかる。
さららのネガティブに当てられたのか、新入りが少し暗い顔をしていたのが気になったが、ああああが大丈夫か? と声をかけるとすぐに元の明るい雰囲気に戻ったから問題ないだろう
「さららはネガティブな奴だが、やるときはやる奴なんだ。実際、あいつの『さらさらの髪の毛を自由にアレンジできるよ』という魔法は、かなり使い勝手がいいからな。さて、次の部屋で最後だ。残りの二人はほかのメンバーと比べても特別に仲が良くてな。同じ部屋に住んでいるんだ」
「仲良しはいいことだよね。あたしもそんな仲良しの友達がほしいな」
「うおー! 新入りちゃん! 私はもうあなたのベストフレンドだぜぇ~~!!」
さくらが大声で叫びながら新入りに抱き着くと、新入りも嬉しそうにさくらを抱き返す。美少女同士の抱擁は実に絵になる光景だ。ああああは後方から満足げにその様子を眺めていた。すると突然、目の前のドアがばぁんと勢いよく開け放たれた。
「おいおいおいおい! なんか部屋の前が騒がしいと思っとったら、先日
「へいへいガリちゃんよ。そんな勢いよく飛び出していったら新入りも驚くよ。びっくらぽんだよ。もっとマイルドに登場しなきゃ。ごめんねリーダー、うちの相方の声がでかくて」
「いや、問題ないよ。むしろ、前二人がノックしてもすぐ出てこなかったからな。自分から出てきてくれるのは嬉しいくらいさ。それと、私のことは『長』でも『リーダー』でもなく名前で呼ぶように」
ノックをする前から二人仲良く部屋から飛び出してきたのは、訛り交じりの話し方をする板前風の恰好をした魔法少女が『ガリ』で、独特な言い回しをする半透明なコスチュームを纏った魔法少女が『クラムゼリー』だ。
その名前は、ほかのメンバーと比較するとあまり変な点はないように感じられる。しかし、この二人は互いに似たような理由で改名を希望していた。
「んで、この白いのが新入りさんか。おっほん! うちの名前は魔法少女『ガリ』! 『魔法少女狩り』やないからな? そこんところよろしく頼むで! ちなみに、『らっきょん』に改名希望や」
「お砂糖にスパイス、素敵なものをいっぱい混ぜて、マジカルXを一つまみ。海から産まれてかぷかぷ漂う、魔法少女『クラムゼリー』だよ。クラムベリーでも音楽家でもないよ。『ジュエリーゼリー』に改名希望、だよ?」
「「念のためもう一回言うよ! 魔法少女狩りでもクラムベリーでもないからね!!」」
『魔法少女狩り』に、『森の音楽家クラムベリー』。それらの名前は、ここ最近魔法の国を騒がせている2大ビッグネームだ。ガリとクラムゼリーの二人は、それらのビッグネームと名前が近いせいで名乗るたびに聞き返され、最悪の場合は本人と勘違いされ追い回されたことすらあったという。
今でこそ陽気に仲良くやっているこの二人だが、ああああが初めて出会ったときは憔悴しきっていた。新入りは『魔法少女狩り』も『クラムベリー』の名前も知らないのかあまりピンと来ていない様子だったが、それでも念入りに自分は彼女たちとは違うと主張するあたり、よっぽど当時のことがトラウマになっていると思われる。それならば、ああああのことも名前で呼んでほしいものなのだが。
「うん、わかった。絶対間違えないようにするよ。ところで、二人はどんな魔法を使うの?」
「うちは『トッピングを好きに選ぶことができるよ』って魔法やな。んで、こいつは⋯⋯」
「ちょいとマテ茶。私の魔法は私が言うっちゃ。私の魔法は『ゼリーをぷかぷか空に浮かべるよ』、だよ。詳細はWebで」
「ほえー。うーん、魔法の名前だけ聞いてもよく分からないね。今度見せてほしいな!!」
新入りがにかっと笑みを向けると、その愛らしさにたまらず胸を押さえた二人は、揃って頭をなでなでし始めた。この新入り、可愛すぎる。その感情は、メンバーのほとんど全員が抱いている感情であった。
されるがままに気持ちよさそうに目を瞑っていた新入りを、ああああはぺいっと二人の元から引きはがし、自分の隣に置く。そして、ぽんっとその頭の上に手を置いた。
「これでメンバー紹介は終えたな。さて、長くなったが、これで全員と顔合わせも終わったし、晴れて君は私たちの正式な仲間入りだ。おめでとう」
「ちょっと、見ましてクラムちゃん! あの人新入りを自分のそばに寄せやがりましたよ。自分のものアピールですわ」
「ええ、しっかり見ましてよ、ガリちゃん。独占欲の強い女は嫌われるのが世の常というのにね」
「そこ二人、うるさい。少し黙っていてくれないか」
ああああは、手に持った旗でガリとクラムゼリーの頭をぺしっとはたく。いてぇ! と大げさに痛がって頭を抱える二人は無視して、ああああは隣に立つ新入りに顔を向けた。
「こほん。あー、そこでだ。君が嫌でなければ、仲間入りの記念に、私から君に名前を贈りたいと思っている。いつまでも新入り呼びでは他人行儀だからな。どうだろうか? 君が嫌じゃなければ、受け取ってほしいのだが」
「え? あたしに名前を⋯⋯? ほ、欲しい!! あたし、名前、欲しいよ!!」
アイアイの紹介を終えた後くらいから名前を贈ることは考えていたが、予想以上に反応がいい。それならばと、ああああはずっと考えていた名前を口にする。
「『
「奈子⋯⋯。六、奈子⋯⋯。奈子! 奈子!! あたしだけの、名前、『六奈子』!! ねえ、この名前って、ずっと使ってもいいの!?」
「あ、ああ。もちろんだ。これは私たちから君への贈り物だからな。⋯⋯おい、泣いているのか?」
「えへへ、不思議だよね。涙って、悲しい時もうれしい時も出るんだもん」
新入り⋯⋯いや、奈子は、ぽろぽろと涙をこぼしていた。ああああは、そんな奈子を見てふっと微笑むと、手の甲で優しく頬に伝う涙をぬぐう。
「ふふ、そんなに喜んでくれるならば、考えたかいがあったというものだ。ちなみに、魔法少女としての名前も考えたのだが、そちらも言っていいかな?」
「ちょっと、待って!! 嬉しさで今心臓どくんどくんしてるから、たぶんそっちも貰ったら嬉しさで死んじゃう!!」
「はは、そうかそうか。死ぬのはよくないな。ならば、暫定的にコードネームを与えるとしよう。そうだな、こんなのはどうだろうか」
ああああは、手の甲についた雫をぺろりと舐めとって一拍置き、ぱっと脳内に思いついたコードネームを奈子に告げた。
「──魔法少女、『NoName』」