♢♰混沌ノ魔眼♰
その静寂は、やけにはっきりと感じられた。ゲーム中に流れているBGMが突然切れた時に近い、そんな感覚。
茶田千代の高速詠唱が途切れている。ケイオスがそのことにはっきり気づいたのは、宙を舞うキューティー☆Eの左腕を見た瞬間であった。
その腕に追従するように、キューティー☆Eも全身から血を噴き出しながら吹き飛ばされる。不味いと思った時には、口の端を限界まで吊り上げたギャシュリーが、目の前まで迫っていた。
直後、腹部にとてつもない衝撃が与えられ、ケイオスもまた吹き飛ばされる。壁面にあったカメラにぶつかり、床にずるずると落下する。右の脇腹が焼けるように痛い。痛みに顔を歪めながら、自分の状況を確認すると、脇腹が思いっきり抉られ、血が流れていた。これは、致命傷だ。
何故、茶田千代の詠唱が突然止まったのか。もしや、茶田千代の身にも何かあったのではないか。こんな状況でも他人の心配をしてしまうのは、この傷をどこか他人事のように感じているからかもしれない。
ギャシュリーは、追撃を仕掛けてこない。わずかに上半身を起こして様子を見てみると、さららの髪の毛によってその動きを阻害されていた。こんな時でもさららは優秀だ。実に頼りがいがある。
「⋯⋯キューティー☆E。あんた、まだ生きてる?」
「⋯⋯ああ、なんとかな。しかし、両腕と片足を無くした。さっきまでのような肉弾戦は、もうできないぞ」
偶然近くに吹き飛ばされていたキューティー☆Eに、声をかける。どうやら、キューティー☆Eもまだ辛うじて意識を保っているようだ。しかし、二人とも致命傷だ。これ以上時間はかけられない。
ケイオスは、まだとっておきの”切り札”を一つ残していた。だが、これは使うと確実に自らの命を落とす諸刃の刃。使うなら、本当に最後の手段だと決めていた。
そして、今、ケイオスはその最後の切り札を切る覚悟を決めた。
「ねえ、お願いがあるんだけれど」
「なんだ? 介錯以外なら何でもやってやるぞ。私にできる範囲ならな」
「⋯⋯1分、時間を稼いでくれない?」
「承知した」
キューティー☆Eは、何故とも無理だとも言わず、この無茶ぶりをたった一言で引き受けた。非常に頼もしいことこの上ないが、あの体でどう戦うつもりなのか。
そんなケイオスの疑問に、キューティー☆Eは自らの行動で応える。先ほど床に落とした刀まで這って進むと、その刀を口にくわえ、そのまま首をひねる。咥えた刀を床に押し当て、その反動で起き上がると、片足でギャシュリーへと向かっていった。
「んんんんんんんん!!!!!!!」
刀を咥えたまま気合の雄たけびを上げ、キューティー☆Eはギャシュリーに切りかかる。その時には既にさららの髪の毛を粉みじんに砕いていたギャシュリーは、余裕をもってその襲撃に反応した。
ケイオスも、ただぼうっと見ているだけではいられない。気づかれないように、切り札の準備を進めていく。
目をそっと閉じ、その状態で熱光線を放つ。熱光線は、ケイオスの瞼で反射され、体内へと戻っていく。その作業を繰り返し行うことで、ケイオスの身体にはとてつもない熱エネルギーが溜まっていった。
激しい風切り音と共に、ケイオスまでギャシュリーの拳圧が飛んでくる。その拳を、寸前のところで避けたキューティー☆Eは、逆に拳圧で起こった風に便乗し、身体を空中で1回転。そのまま咥えた刀でギャシュリーに斬りかかる。ギャシュリーの髪の毛がぱさりとひと房落ち、ギャシュリーがあはっと愉し気に笑う。
20秒経過。ギャシュリーの手刀が、キューティー☆Eの咥える刀を半分に断ち切った。しかし、キューティー☆Eは止まらない。さらに激しく心臓を鳴らし。半ばで断ち切られた刀をそのままギャシュリーの喉元に突きだす。喉を突かれたギャシュリーは、うめき声をあげて半歩下がった。
30秒経過。体全体が、焼けるように熱い。しかし、まだ爆発させるわけにはいかない。最大の火力に達するまで、ケイオスは熱光線を体内にため続ける。
ギャシュリーが、キューティー☆Eの肩を拳で貫く。キューティー☆Eは、とっさに肩の筋肉を強張らせ、拳を筋肉で固め、そこに刀を突きさした。ギャシュリーの小指が、刀で切り落とされる。
40秒、経過。もはや、意識を保つことさえ限界だ。今のケイオスの身体は、何℃に達しているのだろうか。全身から煙が出てくる。肉の焼ける嫌なにおいが、鼻につく。
ギャシュリーの回し蹴りが、キューティー☆Eの頬をかすめる。しかし、その余波だけで頬肉が削がれ、キューティー☆Eは咥えていた刀を落としてしまう。それならばと、キューティー☆Eは蹴りを放った後の足に嚙みつき、お返しとばかりにアキレス腱を嚙み千切った。
50びょう、けいか。視界を確保するために開けていた方の目が、熱で溶け始めた。もう、視界も意識も、限界に近い。だが、ここまで待てば、火力は十分溜まっている。あとは、ギャシュリーに近づくだけだ。
一方、限界なのはキューティー☆Eも同様であった。痛みはもう限界が近い。しかし、意識を飛ばしてしまえば、魔法が発動できなくなり、心臓が止まってしまう。今自分が死ねば、ケイオスの覚悟が無駄になってしまう。それだけは避けなければならない。
そんな決意をあざ笑うように、ギャシュリーの放った蹴りが、ついにキューティー☆Eを完璧に捉えた。唯一残っていた足が、呆気なく消し飛ぶ。四肢を失ったキューティー☆Eは、それでもあきらめることなく、最後まであがくために叫んだ。
「さららぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」
かつては自分を負かした、今は最も頼りになる仲間の名前を叫ぶ。その声は髪の毛を伝い、確実にさららにまで届いた。
さららが、髪の毛を失ったキューティー☆Eの足元に伸ばす。髪でできた即興の義足でもって、キューティー☆Eは再びギャシュリーへと飛び掛かった。
「さすがだ、さらら!! 惚れてしまいそうだぞ!!!」
キューティー☆Eは血を吐きながら叫び、ギャシュリーに思いっきり頭突きをかます。その一撃で、ギャシュリーの鼻から鼻血が噴き出した。
「⋯⋯さすがは、こっちの台詞よ。きっちり1分、時間を稼いでくれたわね。ありがとう」
頭突きを放ったキューティー☆Eは、ギャシュリーによって投げられ、壁に激突していた。安否が心配だが、今だけは都合がいい。あそこまで離れたならば、ケイオスの切り札の余波は、最小限で済むだろう。
最期の力を振り絞り、ケイオスは駆け出す。ギャシュリーは、先ほどのキューティー☆Eの頭突きで若干ふらついている。そこに、ぎゅっと力いっぱい抱き着いた。
「⋯⋯今さら、ハグ、デスか? でも、残念ながらあなたの気持ちには、答えられないデスよ」
「ふざけたことを言わないで。私の命も心も、あの時からずっと、ただ一人のものよ」
ケイオスは体内に貯めていた熱光線を、一気に解き放つ。その熱量に気づいたギャシュリーは慌てて離れようとするが、もう遅い。ケイオスは、体内が爆ぜる音を聞きながら、この最後の切り札に付けていた名前を、大切に口に出した。
「──『
視界が真っ白に染まる。その白い景色の中で、ケイオスはああああの姿を見た。
「ソイエ、私、凄く頑張ったよ。今、そっちに行くからね」
そう告げると、ああああは少し寂し気に笑った。そんなああああの元に、ケイオスは走って駆け出す。いつの間にか、さくらとクラムゼリーもそこに居た。大切な仲間たちへと、笑って手を振るケイオス。その顔は、すがすがしい満足感で満たされていた。
♢キューティー☆E
目の前が白く染まり、爆風が襲い来る。あれが、ケイオスの切り札か。
このままだと自分もまきこまれて死んでしまうだろう。だが、ケイオスは悪くない。彼女は、自分のなすべきことを精一杯やり遂げた。ここで死ぬことになっても、キューティー☆Eに後悔はない。
そう思い、静かに目を閉じその時を待とうとしたキューティー☆Eだったが、爆風がキューティー☆Eに襲い掛かるその寸前、青色の髪の毛がずわっと一気に目の前に集まり、壁を作る。
その髪の毛の壁は、僅かな衝撃を通したのみで、キューティー☆Eを守り切った。だが、その代償と言わんばかりに、髪は焼け焦げ、黒い炭と化している。キューティー☆Eは、感謝の気持ちを込めて、炭と化した髪の毛にキスを落とした。
また、自分は助かってしまった。まだ、心臓は動いている。もうほぼ死人も同然もこの身体だが、動くならまだやりようはあるはずだ。
そう思い、動くための支えとするための刀を探すキューティー☆Eの視線は、ある一転で固まる。そこは、ケイオスが先ほど自爆をした場所。いまだ煙が立ち込めるその爆心地に、誰かが立っている。
「ま⋯⋯さか⋯⋯!?」
煙の中に立っていた人物、それは、ギャシュリーだった。ケイオスの姿は、跡形もなく消え去っている。
しかし、ギャシュリーのダメージも尋常ではない。身体の右半分が吹き飛んでいるし、今にも倒れそうにふらついている。そんな中、やけに綺麗に残った顔だけが、何故か不気味に見えた。
ギャシュリーは、キューティー☆Eには気が付いていないようで、ふらふらと歩き出す。待てと声を出して引き止めたいが、血が出るだけで声にならない。このままだと、ギャシュリーが奈子たちのいる方に行ってしまう。
今のこの身体では、引き止めるのは無理だ。さららの援護も、あの様子だとしばらくは期待できそうにない。気合でQTEを起動し、心臓と身体を何とか動かし、やっと見つけた刀の元へと這いずる。
そして、キューティー☆Eは刀を咥え、杖代わりにギャシュリーの後を追いかける。
その途中で、キューティー☆Eは地面に落ちたケイオスの眼帯を見つけた。その眼帯に、感謝の黙とうをささげ、再びその目に決意を燃やし、動き出す。
キューティー☆Eの戦いは、まだ、終わらない。
♰混沌ノ魔眼♰さん、お疲れ様です。