♢アーカー・ペンシル子
マーブルフェイスが桜の木から飛び降り、床にヒビを入れながら着地する。その余波を避け、ペンシル子は赤ペンを胸の前に掲げ、突っ込んでいく。
狙うは早期決戦だ。先ほどは奈子の前だったこともあってあまり顔に出さないようにしていたが、目の前で魔法少女が死ぬのを見るのは初めてだったので、なかなかにショックを受けた。これ以上目の前で他の魔法少女が死ぬのは見たくない。
「無策で突っ込んでくるだけでは、私は倒せませんよ」
しかし、ペンシル子の突撃は、マーブルフェイスにするりと余裕をもって避けられてしまう。お返しとばかりに、マーブルフェイスは旗を振るう。しまったとダメージを覚悟し目をつむったペンシル子であったが、その攻撃はペンシル子まで届くことはなかった。
「ペンシル子は傷つけさせないよ!!」
奈子がマーブルフェイスとペンシル子の間に入り、消しゴムを構えて盾になり攻撃を防いだのだ。そのまま消しゴムを擦って旗を消そうとした奈子であったが、その動きはマーブルフェイスに読まれ、魔法を発動する前に蹴り飛ばされてしまう。
「奈子!!」
「他人の心配をしている場合ですか?」
間髪入れず、マーブルフェイスは旗を回し、その先端でペンシル子を突き刺そうとする。ペンシル子は何とか旗に赤ペンを合わせるも、マーブルフェイスの力は強く、そのまま押し飛ばされてしまう。
「⋯⋯あなた達、弱いですね。戦い慣れしていない。やはり、私ではなく他の魔法少女に戦わせた方がよさそうです」
そう言うと、マーブルフェイスは先ほどと同様に、近場で拘束されていた魔法少女二人を解放した。解放された魔法少女は当然ながらまだ洗脳にかかっているので、ペンシル子たちを敵とみなして襲い掛かってくる。
「うっ⋯⋯!!」
解放された魔法少女を前にして、ペンシル子は固まってしまう。先ほどと同じように、ペンシル子の魔法で洗脳を解除させるのは簡単だ。しかし、もしそれで、また死んでしまったら。それは、ペンシル子が殺したのと同じようなことではないのか。
そんな葛藤が、ペンシル子の動きを鈍らせる。そして、気づいた時には、魔法少女が振り回すモーニングスターが、ペンシル子の眼前まで迫っていた。
「ペンシル子、危ない!!」
奈子の悲鳴がオフィス内に響く。先ほどとは違い、奈子も目の前のポップコーンを弾丸のように飛ばす魔法少女の相手で手一杯で、ペンシル子を守る余裕はない。
──ぽよん。
しかし、ペンシル子が顔面に感じた衝撃は、予想外に柔らかいものであった。ペンシル子を守ったそれは、ふよふよと宙に浮かぶ魔法のゼリーだった。
「待たせたな二人ともぉ!! このガリちゃんが来たからには、もう安心やでぇ!!」
開口一番、グーパンチでモーニングスターをぶん回す魔法少女の頬をぶん殴りながら現れたのは、ラブリーバブリーの相手を任せおいていったガリだ。どうやら、無事ラブリーバブリーを突破してペンシル子たちの手助けに来てくれたらしい。ついでとばかりに、ポップコーンの魔法少女もゼリーの破裂で吹き飛ばしたガリは、たちまち二人のピンチを救ってくれた。
「お、ちょうどいい武器があるやないか。誰か知らん魔法少女さん、このモーニングスターちょっと借りるでぇ!!」
ぶん殴って気絶させた魔法少女からモーニングスターを剥ぎ取り、それを回しながらガリは走る。その向かう先はもちろん、旗を構えて立つマーブルフェイスだ。
「⋯⋯おや、あなたはあの時泣き崩れていた方じゃないですか。もう泣かなくてもよいのですか? ずいぶん薄情な方ですね」
「もうとっくに涙なんか枯れ果てたわ。今はただ、お前のそのすまし顔をぐちゃぐちゃにしてやりたいって怒りだけしか、うちには残っとらん!!」
ガリは、モーニングスターの鎖の部分を掴み、リーチを削って破壊力を増した一撃をマーブルフェイスにお見舞いする。その一撃を旗で受け止めたマーブルフェイスだったが、それと同時に背中にトッピングされていたゼリーが破裂したことで、僅かに体勢を崩した。
「あなたは、なかなか強いみたいですね。少し、本気を出しましょうか」
「舐めんなくそったれ!! 最初から本気でやれや!!」
そんな二人の戦いっぷりを見て、ペンシル子は先ほどまでの自分を恥じた。奈子とペンシル子、二人がかりで戦ったのに、マーブルフェイスは全く本気を出していなかったのだ。このままではいけない。このまま、ガリ一人に頼っているようでは、ダメだ。
実際、本気を出すと言った直後から、ガリがやや劣勢になっている。モーニングスターもゼリーの破裂も、マーブルフェイスに対し決定打になるほどの破壊力がなく、逆にマーブルフェイスの攻撃でガリは徐々に体に傷を負ってきている。
このままではダメだ。ペンシル子、覚悟を決めるんだ。そう自分に言い聞かせ、ペンシル子はさららに精神を乗っ取られた時の感覚を思い出す。
これまで、トラウマからあまり思い出さないようにしていたあの感覚。それを意図的に脳内から引きずり出し、ペンシル子は自分自身に赤ペンで×マークを付けた。
弱い自分を修正し、強い自分へ。魔法のイメージはできている。×マークを付けた直後、今までにないくらいのパワーが湧き上がってくるのを感じた。
「ペンシル子、それ、あたしにもやってよ!! あたしも、もっと強くなりたい!!」
ペンシル子の行為を見て、何をしたのか悟った奈子も、ペンシル子と同様に強くなることを望んだ。その気持ちは痛いほどわかるから、断る理由はない。他人にする分には少し勝手が違うかもしれないと心配したが、うおおおおと気合の雄たけびを上げる奈子を見るに、どうやらうまくいったようだ。
「行こう、ペンシル子!!」
「うん!!」
赤ペンと消しゴムを構え、ガリとマーブルフェイスが戦っているところに乱入する。先ほどまでと比べ、二人の動きがはっきりと見えた。ガリの邪魔をしないように、素早く赤ペンを突き出すと、その速さにマーブルフェイスは初めて目を見開いた。それもそうだろう。ペンシル子たちの動きは先ほどまでとは雲泥の差がある。その速度の差に対応しきれずに、赤ペンがマーブルフェイスの身体をかすめた。これで、一画目はマークできた。あともう一画当てられれば、×マークが完成し、ここに居る全員の魔法少女の洗脳を解除できる。
「何をしたかは知りませんが、これ以上好き勝手にはさせませんよ」
さすがに3対1は不利だと判断したのか、マーブルフェイスは一度後方に飛び跳ねると、空中で旗を振って拘束された魔法少女を解き放つ。今度は一気に三人だ。もう、拘束されている魔法少女の方が数が少なくなってきた。
「「「うおおおおお!!!」」」
しかし、もうペンシル子たちに動揺はない。三人そろって雄たけびを上げながら、正面の魔法少女をそれぞれ対処していく。
「よいしょぉ~!!!」
奈子は、折り紙で大量の鶴を飛ばしてきた魔法少女を、鶴を消しゴムで消し、さらにはすれ違いざまにコスチュームをすべて消しゴムで消し去ることで対処した。コスチュームを脱がされた魔法少女は、顔を赤らめて慌てて身体を隠す。あれでは戦えないだろう。
「どっせ~い!!」
ガリは、スケート靴を履いて床をすいすい滑りながら突撃してきた魔法少女の頭を、モーニングスターでぶん殴って床に埋めた。容赦が全くない。しかし、味方だと何とも頼もしい。
「とりゃあああ!!!」
二人に負けじと、ペンシル子も気合の声を出しながら走る。目の前には、背の高い、白いワンピースを着た魔法少女がいる。ぽぽぽぽと奇声を上げているのが何とも不気味だが、ここは頑張って応戦するしかない。
そう意気込んで赤ペンを構えなおしたペンシル子の目の前で、魔法少女の背丈がいきなり縮む。⋯⋯いや、違う。顔も変わっている。そこに立っていたのは、マーブルフェイスだった。
「貴女は早めに始末しなければどうやら危なさそうですからね。一瞬だけ仮面を被らせて貰いました」
マーブルフェイスが旗を振るう。とっさに前に出した赤ペンを砕き、旗はペンシル子の両腕を切り飛ばした。これではペンが振れない。まだ奈子の消しゴムは残っているが、あの子に無理はさせたくない。ならば、ペンシル子が頑張るしかない。
ペンシル子は、血が噴き出す両手を、マーブルフェイスへ突き出した。そして、その流れる血で、×マークの残りの一画を完成させる。血だって同じ赤だ。
これで、魔法は発動した。きっと、皆の洗脳は解けているはずだ。ペンシル子の魔法の効果が出ている証拠に、マーブルフェイスの顔はああああの顔から無機質な白い仮面に戻っている。ペンシル子は、自分の仕事をやり遂げた。
だから、自分の胸をマーブルフェイスの持つ旗が貫いていても、痛みはあまり感じなかった。満足感だけが胸を満たしていた。
薄れゆく視界の中で、奈子が涙目になりながら叫んでいるのを見た。ペンシル子は、奈子に笑って大丈夫だよと言おうとした。でも、口からは血しか出てこなかった。
大丈夫。奈子は、きっと大丈夫。自分が死んでも、あんなに素敵な仲間たちがいるから、奈子は大丈夫だ。
そう信じて、安心してペンシル子は眠りにつく。二度と目覚めることのない、永遠の眠りに。ペンシル子は、自分の生き方は間違っていなかったと誇りながら、そっとその人生の幕を下ろしたのであった。
アーカー・ペンシル子、お疲れさまでした。