♢マーブルフェイス
むかしむかし、アメリカのとある片田舎で、ジェディと名付けられた少女が産まれました。
ジェディが産まれた時、まったく泣かないその赤子に、両親は恐怖を覚えました。だから、食事を与えることも、話しかけることもしませんでした。
愛も、食事も、何もかも。与えられることのなかった赤子は、感情を表すすべを知らないまま、静かにその命の灯を消そうとしていました。
でも、その時奇跡が起きたのです。空から降ってきた金色のキラキラが、ジェディに降り注がれ、ジェディはたちまちにして見目麗しい美少女へと変身したのです。
ジェディを変身させたキラキラは、小さな妖精がジェディを憐れんで与えたモノでした。お節介やきなその妖精は、話すことのできないジェディに、根気強く言葉を、そして文字を教えてあげました。そのかいあって、ジェディは数か月後には言葉を話せるようになっていました。
しかし、その表情は全く変わりません。ジェディには、感情というものが分からないのです。楽しい時は笑えばいいんだよと言われても、”楽しい”が分かりません。悲しい時は泣けばいいんだよと言われても、”悲しい”が分かりません。だから、ジェディはいつも無表情でした。
あるとき、ジェディは思いました。自分には、感情というモノが何か分からない。感情が分からないから、表情が変わらない。
ならば、逆に、表情を無理やり作ってしまえば、感情も理解できるようになるのではないかと。
ジェディは、自分が産まれた家へと、足を運びました。妖精と暮らすようになってから一度も帰っていなかったその家では、うっすらと見覚えのある両親が、楽し気に笑いながら、赤子を抱えていました。その赤子も、二人に抱えられて、きゃっきゃと笑っています。
ああ、あの顔だ。あの顔が欲しい。ジェディは、純粋にそう思いました。
気が付くと、ジェディは家の中に入り、三人の顔を剥ぎ取っていました。でも、剥ぎ取る前までは笑顔だったのに、今ジェディが持っている顔は、どれも恐怖に歪んでいます。
ジェディは、その顔を無理やり継ぎ接ぎして、笑顔の仮面を作りました。その出来立ての仮面を被り、ジェディは妖精の待つ住処へと帰りました。
帰ってきたジェディを見た妖精は、悲鳴を上げ、震え始めました。しかしジェディは、なぜ妖精が震えているかわかりません。自分は今笑っているはずなのに、なんで妖精は笑ってくれないんだろう。
そうだ。きっと、完璧な笑顔じゃないからダメなんだ。皆が自分を見て笑って、自分も笑顔になれるような、完璧な仮面を作らないと。
完璧な仮面を作るために、ジェディは大好きな妖精の顔も欲しいと願いました。そして、その願いはすぐに叶えられました。でも、完璧な仮面にはなりませんでした。
それからも、ジェディは完璧な仮面を求め、たくさんの人の顔を剥ぎ取り続けました。ジェディは特に姿を隠すこともなく顔を剥いで回っていたので、いつしか人々は継ぎ接ぎの皮を被って死体の山を築く殺人鬼を恐れ、“マーブルフェイス”と呼ぶようになったのです。
ジェディは、仲良くなると互いのことをニックネームで呼ぶようになるということを本で読んで知っていました。だから、皆が自分のことを“マーブルフェイス”と呼んでくれるならと、自分でマーブルフェイスと名乗るようになったのです。
しばらくの間、殺人鬼マーブルフェイスは人々を震え上がらせていましたが、ある日を境にマーブルフェイスの殺人はピタリとやみました。その理由を、人々は警察に捕まったのだとか、殺されたのだとか口々に噂しましたが、やがてその噂も徐々に聞かなくなってきました。
マーブルフェイスが殺人をやめたのは、人々が噂していたような理由ではもちろんありません。もっと素敵な仮面を作る方法を見つけたからです。
自分と同じ整った顔立ちをした、不思議な力を使う少女。その少女の顔を剥いで仮面にすると、とてもきれいな仮面になるだけでなく、その不思議な力も使えることが分かったのです。ある日偶然そのことを知ったマーブルフェイスは、その日から自分と同じ力を持つ少女⋯⋯“魔法少女”の顔を好んで仮面にするようになったのです。
そして、運命の日。マーブルフェイスは、ギャシュリーと出会い、彼女と共に行動するようになりました。常に笑っている明るい彼女と一緒なら、いつか自分も完ぺきな仮面を、自分の感情というモノを見つけられるのではないかと願って。
──その願いは、どうやらもうすぐ叶いそうです。
♢ギャシュリー
ギャシュリーは、ボロボロになった身体を引きずって、マーブルフェイスの元へと向かっていた。
ケイオスとキューティー☆E、二人との戦いは楽しくて、ついはしゃいでしまった。その結果が、この有様だ。でも、顔だけはあまり傷がつかなくてよかった。片目はレーザーで焼けてしまったけれど、それ以外は、まだ綺麗なままだ。
ぼとりと、歩いた拍子に手からボロボロの絵本が落ちる。落ちた拍子に開かれたページには、ギャシュリーそっくりの女の子の姿が描かれていた。
それを見たギャシュリーに、驚きはなかった。この絵本は、いつだって公平だ。ギャシュリーが偶然拾った魔法の絵本。この絵本が、ギャシュリーの魔法の産物ではないことを、ギャシュリーは知っていた。ギャシュリーは、絵本の力をただ借りていただけだ。だから、自分がここに描かれることに、なんの疑問も抱かない。
ただ、長年連れ添ってきたこの絵本は、どうやらギャシュリーにはちょっとご褒美をくれたようだ。絵本に描かれた死に方は、ギャシュリーがそうしたいと願っていた死に方だった。そして、その死に方で死が確定した以上、ギャシュリーが他の要因で死ぬことはない。安心して、ギャシュリーは自分の死へと進んでいくことができる。
『ああ、やっと死ねるんだなぁ』
そんな言葉が自分の口から出てきて、これには少しだけ驚いた。どうやら、ギャシュリーは自分でも気づいていなかったけれど、死にたかったみたいだ。果たして、いつからそう願っていたのだろう。
きっと、あの時からだ。あの時、家族が殺されてしまった日からずっと、ギャシュリーの中の時間は止まったままだった。家族が死んでしまった事実を受け入れたくなくて、自分が家族を食べてしまった事実を受け入れたくなくて、自分から狂っていった。
マーブルフェイスを見つけたあの日、運命を感じたのは、きっとこの子なら自分を殺してくれると悟ったからなのかもしれない。勿論、マーブルフェイスに笑ったり泣いたりしてほしいという気持ちもある。もう笑うことしかできなくなってしまったギャシュリーの代わりに、あの人形のような女の子にもっと人間らしくなってほしかった。ギャシュリーは、マーブルフェイスに自分を重ねていたのだ。
廊下を抜け、空間が少し広がる。目の前には、戦闘の余波が所々に見える。マーブルフェイスは、すぐに見つかった。オフィスの中央で、知らない魔法少女の胸を旗で貫いている。ああああの変装は解けてしまっているが、怪我はそんなになさそうだ。
『⋯⋯ギャシュリー?』
魔法少女の身体越しに、ギャシュリーの姿を見つけたマーブルフェイスが、僅かに目を見開く。ポイっと旗ごと魔法少女を投げ捨て、ギャシュリーの元に駆け寄ってきた。その胸に甘えるような形で、ギャシュリーは身体を預ける。
『ギャシュリー、その怪我はどうしたんですか? どうして、貴女がこんな風になっているのですか?』
『ごめん、ちょっと失敗しちゃった。マーブル以外に浮気しちゃったから、罰が当たったんだね、きっと』
『あまり喋らないでください。もう、ここでの遊びは終わりでいいでしょう。私は、貴女を失いたくない。どこかに二人で逃げて、傷を癒しましょう』
マーブルフェイスの声は、いつにもなく余裕がない。ギャシュリーは、そんなマーブルフェイスを見て、ちょっと嬉しくなった。
この様子なら、きっと、ギャシュリーが死んだら、マーブルフェイスは泣いてくれる。悲しんでくれる。そして、笑顔なら、ギャシュリーがこれからマーブルフェイスに与えてあげられる。
『ねえ、マーブル。私のすべて、あなたにあげる』
そう言って、ギャシュリーはマーブルフェイスの口を塞ぐように口づけをした。同時に、自分の身体の奥底から、不思議な力が湧いてくるのを感じる。この時初めて、ギャシュリーは自分の本当の魔法を知った。
数分間にも及ぶ、長い長い口づけ。周りでそんな二人を見つめる魔法少女たちは、不思議とそれを止めることができなかった。それは、魔法の絵本の不思議な力が働いたせいであるのだが、それを知るものはギャシュリー以外には誰もいなかった。
『ギャシュリーは、マーブルフェイスに顔を渡して死ぬ』
絵本に描かれた内容通りに、長い口づけを終えたギャシュリーの顔は、マーブルフェイスの被る白い仮面に移され、顔を失ったギャシュリーの身体は、さらさらと灰になって消え去った。
「ああ、ギャシュリー、ギャシュリー!!!」
マーブルフェイスは、ギャシュリーの顔で涙を流していた。ギャシュリーの死を悲しみ、泣いていた。それは、マーブルフェイスが初めて感じた、“悲しみ”だった。
その悲しみが落ち着くと、マーブルフェイスは、今度は身体の奥底から湧き上がるパワーに気づいた。そのパワーが、ギャシュリーが自分にくれたものだと悟ったマーブルフェイスは、嬉しくなり、笑い始めた。
「あはっ。あははははは!!! ギャシュリー、ありがとう。ずっと私のそばにいてくれるんですね。あなたのお陰で、私は感情という名の仮面を、ようやく手に入れることができました。今の私ならば⋯⋯なんだってできる!!!」
ばっと力強く手のひらを天に掲げると、そこには、先ほどギャシュリーが落としたはずの絵本が現れる。ただ、その絵本は、先ほどまでとは異なり、新品同然にきれいになっている。その絵本の表紙を、愛し気に撫でたマーブルフェイスは、パラパラと絵本をめくる。
そして、周りに立つ大勢の魔法少女たちを一瞥し、こう言った。
「What’s your name?」
♢ラブリーバブリー
霞がかった思考が、すうっと晴れるような感覚。ラブリーバブリーは、その感覚で気絶から目を覚ました。
ばっと立ち上がってあたりを見渡すも、先ほどまで戦っていたはずのガリの姿はない。若干濡れている自分の身体と、おぼろげな記憶を遡るに、自分は巨大なゼリーに包まれ、窒息して敗北したようだ。
「悪いこと、しちゃったなぁ」
洗脳の影響下にあったとはいえ、八つ当たりのような形で見知らぬ魔法少女に自分のもやもやをぶつけたのは、何とも大人げなかったと反省する。
その謝罪の気持ちと、洗脳されたことへの仕返しもかねて、ガリのことを手助けしマーブルフェイスと戦うべく、ラブリーバブリーはオフィスへと戻ることにした。
そして、ラブリーバブリーは目撃する。
「What’s your name?」
オフィスの中央、いつの間にか戻っていたギャシュリーが、絵本を開きそう唱える。それと同時に、絵本から伸ばされた無数の黒い手が、周りに立つ魔法少女たちへの顔へと伸ばされる。
「な、なんやこれ!? こっちに寄るなぁ!!」
その中には、先ほど戦ったガリの姿もあった。しかし、抵抗むなしく、ガリの顔に黒い手が触れる。
──ぎゅわん
そんな擬音と共に、ガリの顔が一瞬で削り落とされる。顔にぽっかりと穴が空いたガリは、そのまま力なく倒れ伏した。
そして、そんな光景は、オフィス中で起こっていた。黒い手に触れられた魔法少女は、一瞬で顔に穴が空き、倒れていく。やがて、黒い手は絵本にぎゅっと集まると、パラパラとひとりでにページをめくり始めた。
遠目でわずかに見えたその絵本には、ガリと似た少女の絵も描かれている。ラブリーバブリーは、固まったようにその場から動けずに、この狂った光景を見ていることしかできなかった。
ぱたんと音を立て、絵本が閉じる。同時に、絵本を持っていなかった方のギャシュリーの手に、複数の仮面が現れた。その仮面を見て初めて、ラブリーバブリーは目の前に立つこの魔法少女が、ギャシュリーではなくマーブルフェイスであることに気が付いたのであった。
「──おや、貴女、戻ってきたんですね。ちょうどいい。貴女も、せっかくなんで仮面にしてあげます」
マーブルフェイスが、ラブリーバブリーに声をかける。そして、絵本のページを開いてこちらに見せてくる。そこには、いつの間にかラブリーバブリーの姿が描かれていた。
「今の私ならば、姿を見るだけで名前を知らずとも、絵本に描くことができます。死因は、顔剥ぎ一択ですけれどね。それでは、さようなら」
先ほど見た光景と同じように、絵本から伸びた黒い手が、ラブリーバブリーに襲い来る。ラブリーバブリは、恐怖から一歩も動けずに、黒い手が迫るのをただ見ることしかできなかった。
「あああああああ!!!! あんたの好きなようには、させないんだからぁぁぁぁ!!!」
しかし、その黒い手は、突如目の前に現れた白い魔法少女が振るった消しゴムによって、掻き消される。白い魔法少女⋯⋯六奈子は、目に涙を浮かべながらも、強い決意を込めてマーブルフェイスを睨みつけたのだった。