魔法少女育成計画NoName   作:赤葉忍

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三連休、明日で一気に完結までいく予定です。よろしくお願いします。


青い一本の希望を胸に

奈子

 

「⋯⋯何故、まだ生きているのですか? あなたは確かに、この絵本に顔も名前も描かれているはずです」

 

 マーブルフェイスは、そう言って絵本のページを開く。そこには確かに、”六奈子”の名前と、奈子によく似た少女の顔が描かれている。

 

 しかも、マーブルフェイスはしっかりと絵本から伸びた黒い手が奈子にも触れたことを感じていた。それなのに、奈子の顔は剥がされていない。奈子はまだ死んでいない。マーブルフェイスは、困惑していた。

 

 その一方で、奈子は何故まだ自分が生きているかを何となく悟っていた。それは、奈子が名無しの魔法少女だったからだ。

 

「──『ソイエ・グローリエ』、『アイアイ』、『散華桜花』、『さらら』、『らっきょん』、『ジュエリーゼリー』。この名前が何か、あんたは知ってる?」

 

「一部は、ああああの仮面を被った時の記憶にありますね。確か、あなた達が改名したい名前がそれでしたっけ?」

 

「そう。あたしたちは、名前を変えるために集まったチーム、『Re:Name』。でも、新入りのあたしは、皆とはちょっと理由が違う。あたしが欲しかったのは、自分の名前。あたしは、”名無しの魔法少女”だったから。そして、(ななまえ)奈子は、あたしという存在にくれた名前で、魔法少女としての名前じゃない」

 

「⋯⋯なるほど。この絵本にそんな弱点があったとは、きっとギャシュリーも知らなかったでしょうね。しかし、無傷ではないはずですよ? 顔は剝げませんでしたが、何かを奪ったような感覚はあります。あなたは自分の名前を、もう一度ちゃんと言えますか?」

 

 何を馬鹿なことをと反論しようとして、子は言葉に詰まる。先ほどまで名乗っていたはずの自分の名前に関する記憶が、急速に薄れていくのを感じたのだ。それに伴い、何か大切な記憶まで抜け落ちていったような喪失感を覚える。

 

 子は、元が名無しの魔法少女だったお陰で、絵本に名前を描かれても死なずに生き残ることができた。ただ、その代償に、どうやら名前と一部の記憶が奪われてしまったようだ。

 

 だが、それがどうした。もともと、こちとら名前なしで一年も魔法少女をしていたのだ。名前を奪われた悲しみはあるが、それで折れることはない。それに、奈子にはまだ名前が残っている。魔法少女の名前として、仲間たちが与えてくれた名前。そして、その仲間たちとの思い出があれば、奈子は戦える。

 

「⋯⋯あたしは、それに描かれても死なないよ。皆の仇は、あたしが討つから!!」

 

「どうやら、そのようですね。でも、だからなんです? それなら、普通に殺せばいい」

 

 決意を胸に消しゴムを構えた奈子の目の前で、マーブルフェイスが消える。瞬きする間に接近してきたマーブルフェイスが、拳を振るう。なんて身体能力だ。先ほどまでの比ではない。どうやら、単純な身体能力すら大幅に上がっているようだ。

 

 だが、その拳は寸前で防がれる。その兵器さながらの威力の拳を受け止めたのは、スポンジの盾であった。

 

「さっきは、ありがとねぇ。助けられた分、お姉さんもしっかり頑張るから。物理攻撃なら私に任せて。全部スポンジで受け止めちゃうわぁ」

 

 おっとりした口調ながらも、強い意志を感じる言葉。奈子が先ほど黒い手から救った魔法少女、ラブリーバブリーはしっかりとスポンジでマーブルフェイスの攻撃を受け止め切っていた。

 

「おや、先生に逆らうとは、反抗期ですか? 先ほどまでのあなたは、ずいぶんと可愛らしかったですよ?」

 

「うふふ~。くたばりやがれ~、ゴミ野郎が」

 

 隠しきれない怒りを込め、スポンジを突き出す。そこから放つは、先ほど受け止めた攻撃をそのままカウンターで放つ衝撃派。しかし、その衝撃波はマーブルフェイスに難なくかわされてしまう。避けるついでに、マーブルフェイスは絵本をめくり黒い手を伸ばしてきたが、それは奈子が前に出て消しゴムで消し飛ばした。

 

「この黒い手なら目で追える!! こっちはあたしに任せて!!」

 

「急遽組んだにしてはなかなかいいコンビではないですか? 二人であいつを倒しちゃいましょう~!!」

 

 二人で互いに背を任せ、消しゴムとスポンジをマーブルフェイスに向ける。お互いに名前もよく知らない二人であったが、今は共通の敵の前で気持ちを一つにしていた。

 

「笑わせますね。いいコンビ? 既に一つになった私とギャシュリーに、あなた方で勝てるわけがないでしょう」

 

 マーブルフェイスはギャシュリーの顔で余裕の笑みを浮かべると、絵本から無数の黒い手を伸ばしてくる。あれならば、奈子の役割だ。先ほどと同様に、前に出て消しゴムで黒い手を消す。

 

 しかし、その数が多すぎる。消しゴムで消すと、消した箇所が黒ずんでしまう。その結果、手を一本消し損ねた。奈子の脇腹を、手がすうっとすり抜けていく。

 

 その瞬間、奈子はまた自分の中で何かが消えたのを感じた。なんだ、何が消えた。何が思い出せない。

 

 いろいろと頭を巡らせ、奈子は仲間の一人の顔と名前、そして自分に贈られた大切な名前が思い出せなくなっていることに気が付いた。あの、ゼリーを操る魔法少女の名前は何だったか。

 

 嫌だ。いやだいやだいやだ。仲間のことまで忘れてしまいたくない。忘れかけていた恐怖が、奈子を襲う。その隙を、マーブルフェイスは容赦なくついてくる。

 

 ラブリーバブリーよりも奈子の方がねらい目と判断し、マーブルフェイスは再び黒い手を伸ばしてきた。はっととっさに我に返り、慌てて黒ずんだ箇所を地面を擦って白く戻して対処しようとするが、今度も捌ききれずにあたってしまった。奈子の頭の中から、さっきまで一緒に戦っていたはずの、関西弁の魔法少女の記憶が消える。

 

「その青ざめた顔。やはり、死なないだけで無傷ではないようですね。あなたの中で、何が死にました? このまま続ければ、あなたの精神を殺せますかね?」

 

 奈子の様子に勝機を見出したマーブルフェイスは、にいっと笑みを浮かべ、絵本から黒い手を出す。このまま攻撃を続ければ、いつかは倒せる。それならば、焦らずにその時を待てばいい。

 

「⋯⋯あ」

 

 奈子は、目の前に群がる黒い手に、絶望の声を漏らす。あれすべてを消すのは無理だ。また、大切な仲間の記憶が消えてしまう。その恐怖が、奈子の手を止めた。

 

「しゃきっとしなさ~い!!」

 

 そんな奈子に喝を入れたのは、ラブリーバブリーの緩い声だ。ラブリーバブリーは、スポンジを限界まで大きくし、奈子を庇い黒い手を受け止めようとした。

 

 しかし、奈子の消しゴムとは違い、スポンジには黒い手を消す力はない。スポンジは一瞬で黒く染まり、虚空へと消え去る。そして、スポンジを貫通した黒い手が、ラブリーバブリーの肩に突き刺さった。

 

──ぱぁん!!

 

 破裂音のような音と共に、ラブリーバブリーの腕が消し飛ぶ。そのまま顔まで浸食してくる勢いだった黒い手は、慌てて奈子が消しゴムで消した。

 

「ご、ごめん!! あたしが何とかしないとだったのに!!」

 

「別に大丈夫よぉ。死なければかすり傷だわぁ」

 

 ラブリーバブリーは涼しい顔をしているが、額の汗までは隠しきれていない。出血は腕の筋肉を締め上げて無理やり防いでいるらしく、確かにまだ致命傷ではない。しかし、腕を失った影響は大きい。このままでは、じり貧だ。

 

「さて、どちらが先に死ぬでしょうか。私は、どちらでも構いませんよ? どちらもきっと、素敵な仮面になりますから」

 

 ふふふっと楽し気に笑い、マーブルフェイスは絵本をめくる。まただ。またあの黒い手だ。分かっているのに、奈子は恐怖を抑えられない。身体がこわばる。

 

 パラパラと音を立て捲れる絵本。その絵本を、どこからか飛んできた刃の折れた刀が貫き、ページを破る。予想外の一撃に驚いたマーブルフェイスは、その刃が飛んできた方向を見、そして固まった。脳内を意味不明な矢印が満たす。身体が、動かない。

 

「──その反応、QTEは初めてか? ならば貴様は、ギャシュリーではなくその皮を被ったマーブルフェイスだな。ならば宣言しよう。レッツ、Q・T・E!!!!!」

 

 そこに居たのは、四肢を失いながらもここまで気合で這いずってきたキューティー☆Eだった。普通なら、死んでもおかしくない重症の身体。血が出ていないのは、先輩であるラブリーバブリーから教わった、止血法のお陰であった。

 

「⋯⋯おかしい。どうして、貴女が生きている!? 何ですかあなた。あり得ない。なんでそんな身体でまだ死んでいないんですか!!」

 

「何故死なねばならない。腕をもがれ、足をもがれようとも、私の心臓は動いている。それならば、私は最後まで醜く生きあがいてみせる。何もせず死ぬなど、言語道断だ!!!」

 

 本来、強化されたマーブルフェイスの身体能力ならば、今のキューティー☆EのQTE魔法では、ほとんど効果がないはずだった。

 

 しかし、キューティー☆Eの気迫に気圧され、マーブルフェイスは動けない。そして、後輩の産んだこの隙を逃すまいと、ラブリーバブリーは奈子に声をかける。

 

「今がチャンスよ! あなたの魔法で、あいつの絵本か仮面を消しちゃって!!」

 

 ラブリーバブリーは、奈子と自分の足元の床をスポンジに変える。奈子の手を掴んだ状態で、スポンジの弾力、それを活かした加速で一気に接近する。

 

「くっ⋯⋯!!!」

 

 マーブルフェイスはまだQTEに惑わされている。しかし、迫る奈子とラブリーバブリーを見て、絵本から黒い手を無数に生やす。身体が動かずとも、この絵本はマーブルフェイスの意志に応えてくれる。

 

「うわあああああ!!!!!!」

 

 空中で弾丸のようなスピードでマーブルフェイスに接近する奈子には、もうあの黒い手の中に突っ込むしか道がない。同じく突っ込んでいくラブリーバブリーがスポンジを前に突き出すのに習い、奈子もまた気合の声を上げながら消しゴムを構え突き進む。

 

 奈子の隣で、ラブリーバブリーが黒い手によって阻まれ、下半身を掻き消される。ラブリーバブリーはこうなることを分かっていたはずだ。でも、奈子を突撃させるために特攻する道を選んだ。その覚悟に、奈子もこたえなければならない。

 

 顔面に迫る手だけを消しゴムで消し、奈子はマーブルフェイスへ迫る。肩に当たり、足に当たり、桜の魔法少女と中二病な魔法少女の記憶が奈子の頭から消し飛ぶ。

 

 そして、奈子は勢いに任せたまま、マーブルフェイスの顔を消しゴムで擦り取った。すれ違いざま、お腹に黒い手が突き刺さり、奈子の頭からは、いつもみんなの前に立っていた旗の魔法少女の記憶が消えた。

 

「──『フェイスチェンジ』」

 

 奈子は、いろんなものを失いながら、その突撃を遂行した。だから、すれ違う瞬間にその声が聞こえた時には、その意味を既に忘れていた。

 

「⋯⋯そんな、馬鹿な」

 

 QTEをかけ続けながら一部始終を見ていたキューティー☆Eは、思わず声を漏らす。すれ違いざまに、確かに奈子は消しゴムでマーブルフェイスの仮面を消し去った。しかし、その直前で、マーブルフェイスは仮面を変えていた。消されたのは、まったく無関係な魔法少女の仮面。ギャシュリーの仮面は、消せなかった。

 

「⋯⋯今のは、さすがにひやりとしました。しかし、もう二度と同じ手は食らいませんよ。この変な矢印にも慣れましたし⋯⋯せっかくなので、あなたは私は直接殺してあげましょう。勿論、顔は傷つけずに」

 

 自分の方へと近づくマーブルフェイスを、奈子はぼーっと眺める。記憶を一度に無くしすぎたせいで、意識が朦朧とする。もう、自分が何者か、なんでここに居るのかさえ、あやふやだ。

 

 そんな奈子の視界に、一本の蒼い髪の毛がよぎる。その髪の毛を見て、奈子の頭にある名前が浮かんだ。そうだ、まだ、仲間は一人残っていた。

 

 奈子がその魔法少女の名前を思い出したのと同時に、奈子とマーブルフェイスの間に、いつの間にか部屋中からかき集められていた髪の毛が、大きな塊を作り立ちふさがった。

 

「⋯⋯ぼ、ボクはまだ、貴女に名前を贈れていません。素敵な名前、が、頑張って考えたんです。その名前、気に入ってもらえるかわかりませんけれど、後で贈ります。だから⋯⋯今はまだ、死なないでください」

 

 髪の毛の塊がぱぁんと破裂し、その中から出てきたのは、青く綺麗な髪が特徴的な魔法少女、その虹色の目をぐるぐると回しながらおどおどと喋る様子は何とも頼りないが、奈子も、そしてキューティー☆Eも知っている。この魔法少女が、誰よりも強い魔法少女であるということを。

 

「さららぁ!!!」

 

 歓喜の声を上げる奈子に、さららはへたくそなウインクで応えてみせる。さららの登場に興奮したのは、奈子だけではない。キューティー☆Eもまた、救世主の登場に、心を熱くしていた。

 

「ふふっ! あの時救われた恩をまさか返せる時が来るとはな!! まだだ。まだ戦えるぞ私は!!」

 

 そして、その熱い思いに共鳴する者もいる。先ほど黒い手に襲われ、下半身を無くしたラブリーバブリー。しかし何故か、先ほど腕を無くした時とは違い、顔まで黒い手が伸びてくることは無かった。血が混じる視界の中で、キューティー☆Eが投げた刀によって破れた絵本のページが見えた。

 

 そこに描かれていたのは、破かれて上半身だけになったラブリーバブリーだった。皮肉なことに、この通りの姿になったわけだが、おかげで即死はしなかったらしい。それならば、まだいける。キューティー☆Eがあんな姿でもまだ戦おうとしているのだ。先輩である自分が、意地をみせなくてどうする。

 

 さららの登場により、皆の心に飛来した一筋の希望。その希望の光が照らす細い道の先にある決着は、もうすぐそこまで迫っていた。

 

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