♢お茶たちょ茶田千代
茶田千代は、カメラの映像を見ながら、両手を組んで祈っていた。さららはどうやら間に合ったらしい。慌てて詳細を伝えたかいがあったというものだ。あとは、茶田千代にはもう祈ることしかできない。
あそこに茶田千代が行っても、どうにもならない。キューティー☆Eの高速QTEを詠唱するくらいならできるかもしれないが、あの場に立って茶田千代は生き残れる自信がなかった。きっと、すぐに殺されてしまう。
戦うのが苦手な自分、あの戦場に飛び込む勇気がない自分に対し嫌悪感を抱きつつも、茶田千代はただただ祈り続けた。
せめて、もし皆が勝ったら、茶田千代にできることを全力で遂行しよう。もし負けたら、その時はレンダには悪いが、皆と同じ場所に行こう。
茶田千代のテーブルの上には、とある書類と、そして一丁の拳銃が並べられていた。
♢六奈子
さららの髪の毛がうねりを上げながら、マーブルフェイスの四方を囲む。その髪の毛の包囲を、マーブルフェイスは回し蹴りで弾き飛ばすと、絵本から黒い手を伸ばし、さららの顔を剥ぎ取りにかかる。
あの黒い手は、自分の消しゴムでないと消せない。消しゴムを構え集中する奈子の目の前で、さららは華麗に髪の毛を舞わせる。
黒い手がさららの髪の毛とぶつかり、髪が黒く染まる。しかし、さららはその浸食を髪の毛を途中で断ち切ることで回避した。地面に落ちた黒い髪の毛は、まだ意志を持っているかのようにうねうね動いてさららの元へ近づこうとしていたので、奈子が慌てて消しゴムで消す。
「やっぱり、ボクの髪の毛なら、その黒い手も何とか対処できそうですね⋯⋯。あ、落ちた髪の処理、ありがとうございます」
「これくらいならじゃんじゃん任せてよ!」
「心強いです⋯⋯。あいつは、ボクが何とか食い止めるので、その隙に仮面を消しちゃってください。おそらく、勝つにはそれしかありません」
短い時間で戦況を冷静に分析したさららは、そう判断を下した。自分の魔法では、マーブルフェイスに致命打を与えることはできない。こちらの切り札は、奈子の持つ消しゴムだ。
「戦闘中におしゃべりとは、ずいぶん余裕ですね。そもそも、私がその消しゴムを警戒していないと思っているのですか? もう二度と、私にそれは近づけさせませんよ」
マーブルフェイスがさららに急接近し、目にも止まらぬ速さで拳を三連打する。ぱぱぱぁん! という破裂音と共に、さららの身体に穴が空く。しかし、マーブルフェイスは思わず眉を顰めた。手ごたえが足りない。
「⋯⋯痛いのは、嫌なんで、ちょっと回避させて頂きました。で、では、反撃しますね」
マーブルフェイスの拳が当たる直前、そこを髪の毛に変化させて直撃を防いださららは、攻撃を受けた際に解いた髪の毛の一部を、マーブルフェイスの爪の隙間にねじ込んだ。そのまま、ぴぃんと髪の毛を弾き、その衝撃で爪を剥ぎ取る。
痛みで思わず顔を顰めたマーブルフェイスに対し、さららは追撃を重ねる。髪の毛を天井の照明に引っ掛け、髪の毛で自分の身体を持ち上げると、身体を捻った勢いを乗せてハンマー状に固めた髪の毛を、マーブルフェイスの顔面目掛けぶつける。
マーブルフェイスはさららの攻撃を右腕を盾にして防ごうとしたが、衝突の瞬間ばらけた髪の毛は、マーブルフェイスの腕の防御をすり抜け、マーブルフェイスの顔面へと迫る。その髪の先が自分の顔と仮面の境目に入り込もうとしていることを察したマーブルフェイスは、絵本を開き、黒い手で髪の毛を絡めとった。
「私の顔に、その気持ちの悪い髪の毛をそれ以上近づけないでください。汚らわしい」
「⋯⋯あ、ごめんなさい。でも、ボクの髪の毛は毎日3時間以上かけて洗っているんで、汚くは、ないはずですよ?」
「そういう意味じゃ、ないんですよ!」
マーブルフェイスの方が力は圧倒的に上、一度でも攻撃が直撃すれば、おそらく魔法少女の耐久力でも、耐えきれない。しかし、さららの方が魔法の扱いという一点においては上回っていた。
直接的な攻撃は身体を髪の毛に変えて回避し、黒い手も奈子とのコンビネーションで突破する。そして、隙をついては髪の毛をいろいろな隙間から侵入させるべく伸ばし、マーブルフェイスはその対処に神経を削られていた。
しかも、その上、まだ脳内では矢印が飛び交っている。その効果と対処法が分かった今では、そこまで脅威ではないのだが、どうにも集中しにくい。かといって、先に死に体のキューティー☆Eを潰そうとしても、さららに邪魔されてしまう。マーブルフェイスは徐々に苛立ちを覚え始めていた。
一方、今のところ目立った怪我もしていないさららだが、隣で消しゴムを振る奈子は、こちらもそれほど余裕があるわけではないことを理解していた。さららの髪の毛の長さが、明らかに短くなり始めているのだ。
デフォルトで腰あたりまであったはずの髪の毛が、今は胸あたりまで伸びたセミロングになっている。それはそれで非常に似合ってはいるが、この変化はあまり好ましくないものであることは確かだろう。
さららのためにも早めに奈子が何とか勝負を決めにいきたいのだが、マーブルフェイスに接近する隙がない。さららの対処をしつつも、視線は奈子から外してこないのだ。さっきのすれ違いざまの一撃で、かなり警戒されているらしい。
さららが床に手をついて、ぶつぶつと何かを唱える。直後、さららの周囲に、さららとそっくりの姿をした分身が現れた。同時に、さららの髪の毛がまた短くなり、ついに肩にかかる程度までになってしまったが、さららはそのことを気にする様子をみせず、分身と共にマーブルフェイスを囲む。
分身は、一斉に髪の毛を伸ばし、マーブルフェイスを包み込む。青い髪の毛の波に飲まれそうになりながらも、マーブルフェイスはその身体能力で無理やり脱出した。しかし、この攻防で、マーブルフェイスは奈子の姿を見失ってしまう。先ほどまで奈子が立っていた場所には、何も見えなかった。
この時、奈子もまた、さららの髪の毛に包まれていた。ただ、この髪の毛は通常の蒼い色の髪の毛と異なり、透明でキラキラと光を反射し、まるで鏡のようになっていた。その透明な髪の毛で、さららは奈子の姿を隠すことに成功したのだ。
「⋯⋯『髪の見えざる手』。ソイエさんがボクのこれに付けてくれた名前です。でも、その偽装はよく見れば分かっちゃうやつなので、奴がこれを見抜くまでの間が、最後のチャンスです。⋯⋯よろしくお願いします」
マーブルフェイスに聞かれないように、さららが糸電話の要領で髪を伸ばして奈子に伝えてきたその言葉、それは、同時に、この場に居る残り二人の魔法少女にも伝えられていた。
「⋯⋯なるほど。これは、私たち二人にもよろしくと言っているのか。なかなかに無茶を言う」
「でも、できるわよねぇ? 私たちなら~」
「ええ、当然。先輩、手助けお願いします」
キューティー☆Eとラブリーバブリー、お互いに満足に動かせない体を引きずりながら、マーブルフェイスの死角まで移動していた。それは、ケイオスがギャシュリーと戦った際に熱光線で焼き切った右目のせいで、産まれた死角。ケイオスの奮闘がもたらした、今のマーブルフェイスの唯一の弱点。
その位置で、二人は急襲の準備を進める。ラブリーバブリーが床に手を当てスポンジに変化させ、そこにキューティー☆Eが乗る。ラブリーバブリーが最後の力を振り絞り、スポンジをたたく。これで、準備は整った。
さららは、皆に合図を送りながら、必死にマーブルフェイスを押しとどめていた。分身が一体、また一体と潰され、ついに本体だけが残る。分身を使い切り、さららもだいぶ髪の毛を酷使した。もう、さららの唯一の自慢だったロングヘアーは、すっかり短くなってしまっている。
「どうやら、貴女もだいぶ限界のようですね。そろそろ、おしまいにしましょうか」
「そう、ですね⋯⋯。これで、終わりです!!」
さららは、目くらましにマーブルフェイスの眼前を髪の毛で覆いつくす。その目くらましを一瞬で破壊したマーブルフェイスは、すかさずさららに対し蹴りを放つ。いつものように髪の毛で回避しようとしたさららだったが、髪の毛が足りない。とっさに髪の盾に切り替えて攻撃を防ごうとしたが、防ぎきれず脇腹に蹴りを食らう。骨が折れる嫌な音が響いた。
さららは、痛みで泣き出しそうな気持をぐっとこらえて、キューティー☆Eたちに合図を送る。まだ、奈子を隠すカモフラージュは解かない。タイミングはしっかり見極める必要がある。その隙は、絶対にあの二人が作り出してくれる。
「行くわよぉ~!!」
さららの合図を受け、ラブリーバブリーは先ほどスポンジに吸収させた衝撃を解き放つ。その衝撃を受けて飛んだキューティー☆Eが、獰猛な笑みを浮かべながら、マーブルフェイスに爆速で飛びついた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」
雄叫びを上げ、キューティー☆Eはマーブルフェイスの肩に噛みつく。そのまま、飛んできた勢いと自分の体重でもって、マーブルフェイスを床に投げ倒した。
「この、死にぞこないが⋯⋯!!」
肩に噛みついて離れないキューティー☆Eに対し、怒りに任せ拳を振り上げるマーブルフェイス。この瞬間、マーブルフェイスの視界にはキューティー☆Eしか映っていなかった。
「今っ!!!」
さららに指示を受けるまでもなく、奈子はこの時が最大のチャンスと走り出していた。奈子の声を聞き、マーブルフェイスが慌てて振り上げた拳に絵本を転移させ、開く。ぶわっと目の前で展開された黒い手のすべてが、走る奈子の胸を貫いた。
背後で、さららの悲鳴が聞こえる。奈子の脳内が、一瞬で白く染まる。勝利を確信したマーブルフェイスが、にやりと微笑んだ。
しかし、奈子は止まらなかった。もう何も覚えていないが、走る足は止めない。何もなくたって、名前がなくたって、今、ここに自分はいる。誰かの願いが、思いが、名無しの魔法少女を動かしていた。
マーブルフェイスは、名無しの魔法少女が倒れると思っていた。確かに、黒い手は魔法少女の胸を貫き、すべてを消し去った感覚があった。だから、マーブルフェイスは対応することができなかった。
名無しの魔法少女は、消しゴムで床を擦りながら、走り抜けた。その進行上には、倒れたマーブルフェイスの顔があった。たった一擦りで、マーブルフェイスの被っていた大切な仮面は、消え去った。
「ああああ!? 私の顔が!! ギャシュリーの顔が!! 嫌だ、やだやだやだやだ!! 返して!! 私の顔、返してよぉぉぉ!!!!」
仮面を失い、パニックになったマーブルフェイスは、まるで子供のように暴れ始める。傍にいたキューティー☆Eを蹴り飛ばしたのにも気づかず、ただただ泣きわめくその姿は、何とも哀れだった。
「⋯⋯ごめんなさい。あなたの仮面は、もう壊れてしまいました」
そんなマーブルフェイスに、さららが静かに声をかける。そして、その髪の毛でもって、マーブルフェイスの首を切り落とした。先ほどまでは頑丈だったマーブルフェイスの身体は、驚くほど脆く、弱くなっていた。
ぼとり、と床に落ちるマーブルフェイスの顔。最期にマーブルフェイスがどんな表情を浮かべていたか。それは、顔が消された今となっては、誰にも分からないことであった。
──こうして、長い長い戦いは、多くの犠牲を払いながらも、今ここに幕を下ろしたのであった。