魔法少女育成計画NoName   作:赤葉忍

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あなたの名前は

♢『さらら』がいいです

 

 マーブルフェイスの首を切り落とし、その身体が完全に沈黙したことを確認したさららは、奈子の元まで駆け寄る。あの時、奈子の胸をマーブルフェイスの絵本から伸びた黒い手が貫いていた。奈子は、無事なのか。さららの頭に、最悪な結末がよぎり、慌ててそれを振り払った。

 

 奈子は、マーブルフェイスからかなり離れた位置で、仰向けに倒れていた。ぱっと見た感じ、胸は上下に動いているから、どうやら息はあるようだ。ほっとしたさららであったが、奈子の顔を見て、固まってしまう。

 

 奈子の真っ白な瞳は、天井を見つめたまま、何も映していなかった。視界を遮るように顔を覗き込んでも、一切反応がない。まさか、精神が完全に死んでしまったとでもいうのだろうか。

 

「そんな⋯⋯! ど、どうして。折角勝ったのに⋯⋯。や、約束したのに。名前、贈ってあげるって」

 

 さららの声にも、奈子は全く反応しない。さららが好きだったあの無邪気な笑顔はどこにもなく、仮面のような無表情で、ただただ虚空を見つめる、何もかも失った魔法少女の抜け殻があるだけだった。

 

「奈子ちゃん、返事をしてください、奈子ちゃん!! ボクを⋯⋯ボクを、一人にしないで!!」

 

 さららは、涙を流しながら、奈子の名前を呼び続ける。それが、もう意味のない行為であると半ば知りながらも。きっと、奈子の名前も記憶も、感情も。あの黒い手にすべて奪われてしまったのだ。

 

 それでも、さららは諦めない。諦めたくない。仲間は全員死んでしまった。もう、さららには奈子しか残っていない。このまま、奈子まで完全に失ってしまうのは嫌だった。

 

 さららの涙が、奈子の頬を濡らす。それでも、奈子は何も言わない。反応しない。さららが奈子を呼ぶその声だけが、むなしくオフィス内に響き渡った。

 

 

♢キューティー☆E

 

 キューティー☆Eは、川の中に立っていた。やけに薄暗く、浅いその川は、微妙に冷たく、しかしどこか心地いい。

 

 キューティー☆Eは、この川に見覚えがあった。ギャシュリーによって絵本に名前が描かれ、心臓が止まったあの時、キューティー☆Eは一度ここを訪れていたからだ。

 

「そうか⋯⋯私は、死んだのだな」

 

 キューティー☆Eは、漠然と自分の死を理解した。悲しみは無かった。後悔もなかった。全てを出し切り、そして勝利を掴み取った。奈子がマーブルフェイスの仮面を消し去った瞬間を、キューティー☆Eはしっかり見ていた。ならば、自分はやるべきことをやり遂げたのだ。

 

 わざわざ、川を渡るための船を待つ必要はない。今のキューティー☆Eには足がある。ならば、自分で渡ればよい。

 

「───ちゃん!!」

 

 足を動かそうとしたその時、どこか遠く、後ろの方で、誰かの悲し気な声が聞こえた。聞き覚えのある声に思わず振り向くも、後ろは霧がかっていて、何も見えない。

 

 勘違いかと、再度顔を前に戻したキューティー☆Eの目の前に、先ほどまではいなかった少女二人が立っていた。

 

 一人は、青い髪の少女。顔はよく見えないが、キューティー☆Eはきっとこの少女のことをよく知っているはずだ。

 

 もう一人は、ピンク色の髪の少女。その少女が、そっとキューティー☆Eへと近づき、胸を、軽くぽんっと押す。

 

 すると、押された心臓のあたりが、ドクンドクンと再び動き出すのを感じた。霧がかっていた視界が、晴れていく。そして、目の前に居た少女二人が、遠く離れて行ってしまう。

 

「待て!! 待ってくれ!!」

 

 必死に手を伸ばすが、もう届かない。キューティー☆Eを見送るように、少女二人は、笑顔で手を振っている。その口が開き、言葉を形作る。声は聞こえなかったが、二人の言葉は、確かにキューティー☆Eへと届いた。

 

「「生きて」」

 

 キューティー☆Eの視界が、急速に晴れていく。もう、二人の姿は見えない。視界はやがて鮮明になり、そして⋯⋯。

 

 キューティー☆Eは、目を見開いた。眼前には、自分の胸の上で、安らかな笑みを浮かべながら、息絶えたラブリーバブリーの姿があった。その手は、キューティー☆Eの心臓に置かれている。

 

「⋯⋯先輩のお陰で、どうやら、私はまだ死ねないみたいです。ほんと、私の周りの奴らは、何故、私を置いて先に逝ってしまうんだ⋯⋯」

 

 キューティー☆Eの瞳から、涙があふれ出す。でも、それを拭うための手も、慰めてくれる柔らかな太ももも、もうどこにもない。

 

「奈子ちゃん!! 奈子ちゃん!! 返事を、返事をしてください!!!」

 

 さららの声が聞こえる。何とも悲し気な声だ。奈子は、いったいどうしてしまったのか。

 

 覆いかぶさるラブリーバブリーの身体をそっと降ろし、その頬に新愛と感謝の思いを込めて口づけすると、キューティー☆Eは声のする方へと這いずり寄る。

 

 キューティー☆Eは、またしても生かされた。心臓は、弱弱しくも、まだ止まる気配はない。それならば、きっと、キューティー☆Eにはまだやれることがあるはずだ。

 

「⋯⋯さらら、私にも名前を呼ばせてくれ。一人でも多く声があった方が、きっとこいつもこっちに戻ってきやすいだろう」

 

 キューティー☆Eが、三途の川でさららの声を聞いたように、声をかけ続ければ、いつかは届くかもしれない。それが、今のキューティー☆Eにもできる、最大限のことであった。

 

 奈子の名前を呼ぶ声が、一つ増え、その大きさを増した。

 

 

♢お茶たちょ茶田千代

 

「うわああああ!! みんな、勝った!! 勝ったよぉぉぉぉ!!!!」

 

 一人、離れた場所で祈りを捧げていた茶田千代は、さららがマーブルフェイスの首を切り落とした瞬間、歓喜の声を上げていた。喜びで、涙があふれる。早く、皆の元に行って、治療をしてあげないと。それが、ここで見守ることしかできなかった茶田千代が皆にしてやれる、精一杯のことだ。

 

「レンダ、ちょっと待っててね!!」

 

 ドロップを閉じ込めたきり出てこないAIレンダに一声呼びかけ、茶田千代は救急セットを持って足早に部屋を出る。その数秒後、忘れ物に気が付いた茶田千代は、慌てて部屋に戻ってきた。

 

「そうだ、これも持っていかないと!!」

 

 茶田千代がテーブルの上から掴んだのは、改名申請許諾用の書類。既に茶田千代のサインは入っており、後は希望名を書き、上司に申請するだけだ。隣に置いていた拳銃はゴミ箱に捨て、2枚分の書類を手に、茶田千代は再び部屋を飛び出す。

 

 その後、合流した茶田千代によって、奈子の名前を呼ぶ声は、3つに増えたのであった。

 

 

 

♢名無しの少女

 

──誰かの、声が聞こえる。

 

奈子ちゃん!! 奈子ちゃん!! 返事をして!!」

 

 誰かを、呼んでいるのだろうか? その名前が、うまく聞き取れない。それにしても、凄く悲し気な声だ。何を、そんなに悲しんでいるのだろうか。

 

 でも、自分には関係ないはずだ。もう、自分は何も分からない。何も覚えていない。何も、感じない。ひどく疲れた。ずっと、こうして眠っていたい。

 

奈子、君のお陰で、私も仇を討てた。非常に感謝している。だから、お願いだ。目覚めて、私の感謝の気持ちを受け取ってほしい。⋯⋯さららを一人にしないでやってくれ」

 

 真面目そうな誰かの声もする。この声は、誰なのだろう。さららとは、誰の名前だったろうか。

 

奈子さん奈子さん奈子さん奈子さん奈子さん奈子さん!! 私の早口で呼び掛ければ、目覚めてくれますかね!?」

 

 無駄に早口で、よく分からない言葉を連呼する声がする。さっきから、この声の主たちは誰の名前を呼んでいるのだろうか。

 

「茶田千代さん、たぶんそういう問題ではないと思うぞ。もう少し心を込めて呼び掛けた方がいいだろう」

 

「え、でも私既に恋人がいるので⋯⋯あんまり気持ちを込めすぎたら、浮気判定されないですかね?」

 

「それとこれとは違うだろうが!! 馬鹿なことを言っていないで、真面目にやってくれ!!」

 

「あ、あの⋯⋯皆さん、少しうるさいです」

 

 うん、本当に五月蠅い。少し黙っていてほしい。

 

 自分が誰か、そしてこの声の主たちが誰なのか、まったくもって分からない。だが、ちょっとだけ⋯⋯文句を言うために、起きてもいいのかもしれない。

 

 その声が、あまりにも五月蠅くて。そして何故か、妙に胸のあたりがぽかぽかと温まって。名無しの少女は、深く白い意識の底から、起き上がることを決めたのだった。

 

 

 最初に、少女の意識が戻ったことに気が付いたのは、青い髪の魔法少女だった。その虹色の瞳を大きく見開き、ぐわっと顔を近づけてくる。その拍子に、瞳から零れ落ちた涙が口に入った。しょっぱかった。

 

「あの、あなたは、誰ですか? ここは、どこですか?」

 

 何も分からない、名無しの少女は、青い髪の少女、さららにそう尋ねる。さららは、一瞬ぐしゃっと顔を崩し、泣きながら笑みを浮かべる。

 

「⋯⋯ボクは、さららです。えっと、あの、本名は“『さらら』がいいです”なんですけれど、さっき茶田千代さんに書類も貰ったので、この後ちゃんと、さららになる予定です」

 

「えーっと⋯⋯じゃあ、なんて呼べばいいですか?」

 

「⋯⋯『さらら』がいいです。さららと、そう呼び捨てで呼んでください。記憶をなくす前の貴女も、そう呼んでくれたから」

 

 少し迷った後、さららはそう答えた。そして、キューティー☆Eと茶田千代が優しく見守る前で、さららは名無しの少女の手を握る。この少女に、約束を果たす時が、やっと来た。

 

 窓から差し込む朝日が、さららと名無しの少女を照らす。一日中名前を呼び続け、すっかり声が枯れてしまった。でも、これだけは、今伝えなければならない。

 

「⋯⋯あなたは、きっと、何も覚えていないと思います。自分の名前も、ボクとの約束も」

 

「はい、覚えて、ないです⋯⋯。ごめんなさい」

 

「謝らないでください。ボクは、あなたとこうしてまた話せるだけで、嬉しいんです。だから、もしあなたがよければ、ボクに約束を果たさせてください。あなたの名前を、贈ってあげたい。ボクの考えた名前、受け取って、くれますか⋯⋯?」

 

 名無しの少女は、そう問いかけられ、少し考えた。今、自分の名前は、何も思い出せない。もしかしたら、これから思い出すこともあるかもしれないけれど。

 

 でも、もし叶うならば、目の前で自分のために泣いてくれているであろうこの少女から、名前を受け取りたかった。

 

「はい。あたしに、名前をください」

 

「ぼ、ボクの考えた名前で、本当にいいんですか?」

 

「はい、『さらら』がいいです。さららが考えた名前を、貰いたいです」

 

 ついいつもの癖で卑屈になってしまったさららを、名無しの少女が肯定してくれる。さららは嬉しそうに笑い、名無しの少女に名前を贈る。

 

 名前のない魔法少女は、名前を変えたい魔法少女たちと出会い、素敵な名前をたくさんもらい、そして一度すべてを失った。でもまた、ここで新たな名前を受け取るのだ。

 

 すべてに意味があった。意味のないことなんて、一つもなかった。名無しの少女は、そのことが、何故か無性に幸せに感じた。

 

「あなたの、名前は──」

 

 

魔法少女育成計画NoName 完

 




これにて、魔法少女育成計画NoName、完結です。奈子ちゃんの名前は、皆さんの好きな名前を贈ってあげてください。それまでは、奈子ちゃんは名無しの魔法少女『NoName』のままです。


完結とは言いましたが、この後、1話後日談という名のエピローグをはさむ予定です。どうか最後までお付き合いください。
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