そんなわけで番外編です。カレンダ・レンダ、キーク、らぶみー恋々が登場します。
♢カレンダ・レンダ
最近の自分は、おかしい。
気づけばいつも上司であるお茶たちょ茶田千代の顔を目で追ってしまっているし、茶田千代が口を付けたカップをいつの間にかカバンの中に入れて自室に持って帰ったり、茶田千代が座っている椅子のクッション部分の布地を切り抜き、枕カバーにリメイクしたりなど、よく分からない行為ばかりをしてしまっている。
それに、少し前までは余計なことは一切書かなかったはずのスケジュール帳は、今では茶田千代の行動を一分おきに記した茶田千代日記のようになってしまっている。
収まらない胸の動悸に、異常行動。このような症状に、レンダはひとつ心当たりがあった。それは、『恋の病』だ。
まさか、自分が誰かに恋をする日が来るとは、思ってはいなかった。それも、一目惚れなんて一番自分の信念、『予定通りにすべてを進めること』とはかけ離れた恋の落ち方をするなんて。リンゴが木から落ちた時に万有引力を発見したニュートンも、今の自分と同じような衝撃を受けたのだろうか。
レンダは、悩んでいた。果たして、このまま自分は茶田千代に恋したままでいいのだろうかと。この気持ちは、スケジュール通りにことを進めるには、邪魔なものだ。余計なものだ。『恋の病』というならば、これは一種の病気なのだろう。病気ならば、治した方がよいのではないか。
しかし、病院に行って、「恋の病にかかっているんです」などと告げても、門前払いされる未来が見えている。実際、試しにスケジュール帳に記してみたところ、そのような未来が書き記された。
なので、ここは集合知に頼ることにする。自室にあるパソコンの前に座り、立ち上げるのは、魔法少女のみが集う質問サイトだ。そこに、レンダはこう書きこんだ。
『西向く侍:最近、同じ職場の上司のことばかり考えてしまい、困っています。これは、「恋の病」なのでしょうか。だとすれば、この病は治した方がよいのでしょうか?』
さすがに魔法少女名そのままで書き込むのはあれなので、ペンネームを用いて書き込んだその質問には、驚くほど速く返信がついた。
『こいこい:あなたは、その人のことが好きなんですね。ならば、その気持ちを大切にするべきです。治す必要なんて、まったくないですよ』
あまりにも速い返事に驚いたが、これはレンダ的にもありがたい。問題を解決するならば、早ければ早い方がいい。その方が、後ろに詰まっている予定にもスムーズに取り掛かれる。レンダは、さらに質問を書き込んでいく。
『西向く侍:素早いお返事、感謝します。でも、最近の私は「恋の病」のせいで少しおかしいんです。その上司のモノを盗んだりなど、犯罪まがいのことを気づけばしてしまっています。これでも、治さない方がよいのでしょうか?』
『こいこい:誰かを好きになるその気持ちは、とても素晴らしいものです。あなたがその人のモノを盗んでしまうのも、きっとその人との繋がりを求めたから。もしあなたがそれに罪悪感を抱いているならば、素直に謝ればいいんです。あなたの上司も、許してくれます』
どうやら、自分のこの気持ちは、悪いものではないらしい。それどころか、とても素晴らしいもののようだ。謝れば許してくれると言われ、罪悪感も薄れた。ならば、どんどんやってしまおう。
『西向く侍:ありがとうございます。おかげ様で、なんだか気が楽になりました。これから、この気持ちを大事にしていこうと思います』
『こいこい:それはよかったです。もし何かほかに困ったことがあれば、個人的に依頼を受けますよ。私、そういう人と人との繋がりを正しい形に戻す仕事を専門に活動しているので』
『西向く侍:いえ、そこまでは結構です。有意義なアドバイスをありがとうございました』
ペンネーム『こいこい』の提案は魅力的だったが、さすがに見ず知らずの魔法少女に依頼をするのは少し怖いのでやめておいた。再びお礼のコメントを書き込んだ後、パソコンを閉じ、代わりにスケジュール帳を開く。
この気持ちが治さなくてもよいモノだとわかった今、改めて最適なスケジュールを組むべきだ。やはり、もっと茶田千代のことを思い、愛し、そしてできれば愛されるようになりたい。
しかし、それには時間が足りない。本当は一日中茶田千代の観察をして過ごしたいところだが、レンダにも仕事がある。とりあえず部屋に侵入してカメラを設置することは予定に書きこむとして、それを含めた諸々を行うには、レンダ一人では到底手が足りない。
どうすればこの問題を解決できるのか。猫の手も借りたいという諺があるが、まさしく今のレンダがそのような状態だ。と、そんなことを考えていたレンダの頭に、あるひらめきが降りてきた。
「⋯⋯私一人でスケジュールの遂行ができないのならば、私をもう一人増やしてしまえばいいのでは?」
その思い付きは、とても素晴らしいモノに思えた。しかし、どう実現するか。幸いなことに、レンダには予定を書き込めば実現する魔法のスケジュール帳がある。レンダは、今日の午後の予定に、『カレンダ・レンダをもう一人増やせる手段を持つ魔法少女に遭遇する』と書き込んだ。
そして、その予定はスケジュール帳に否定されることは無く、確定された未来として実現することになるのであった。
♢キーク
やばい。疲れた。眠い。しんどい。
電子妖精のファルがぶっ壊れ、強制的に休ませた結果、キークは一人で、今作っている『魔法少女育成計画』プログラムを完成させなければならなくなった。しかし、ゲーム開始までは残り一週間を切っている。
本来、キークは廊下でコーヒーを飲みながらうろついている暇などない。しかし、もう気晴らしにそんなことでもしていないとファルと同様にぶっ壊れそうなほど追い込まれていた。
「うう、眠い眠い眠い⋯⋯。眠いてっ!? あ、すんません⋯⋯」
そのせいだろうか。キークは、前を歩いていた魔法少女とぶつかってしまう。ぶつかった拍子にずれた眼鏡を上げ、相手の顔を確認する。そこに立っていたのは、見覚えのないタキシード風の衣装を着た魔法少女だった。その魔法少女は、キークの姿を一瞥した後、「なるほど」と一言呟き、ぐいっと急に顔を近づけてきた。
「うわっ!? な、なにさ。急に近づいてこないでよ」
「あなた、私をもう一人作ることはできますか?」
「は? 急に何言ってんの⋯⋯」
一瞬、なんだかヤバい奴に話しかけられたと思ったが、思い当たることは、ある。キークのライブラリには、古今東西実在した魔法少女の仮想人格データが保存されている。当然、目の前の魔法少女のデータも、キークが覚えていないだけで入っているはずだ。
しかし、このことはキークとファルくらいしか知らないはずだ。何故、目の前の魔法少女がそれを知っているのか。
「⋯⋯あんた、誰? 何が目的なわけ?」
「私は、ただもう一人の自分を作りたいだけです。愛のために」
あ、こいつやっぱりヤバい奴だ。
まっすぐな瞳で訳の分からないことを言う魔法少女に対して、キークは深く考えることをあきらめた。ただでさえ今は疲れているのだ。これ以上厄介ごとを増やしたくはない。
「あー、私今忙しいんだよね。だから、そういう変なことは他の魔法少女に頼んでくれない?」
「いえ、あなたでないといけないはずです。今日この時間、この廊下でぶつかった魔法少女が、私の目的を叶えてくれる。私のスケジュール帳にも、そう記されています」
「いやいや、あんたのスケジュール帳とか知らんし。なんで勝手に予定に組み込まれてんのさ」
「私の魔法です。詳細は省きますが⋯⋯おそらく、あなたが今直面している問題の手助けもできるかと思いますよ? その交換条件ということで、一つどうでしょうか」
「え、どういうこと?」
「先ほど少しだけあなたがぶつぶつと喋っている内容が聞こえました。何らかの期限が近いのですよね? 私の魔法があれば、予定を確実にその日時までに実行することができます。ここは、私という猫の手を借りてみませんか?」
正直、目の前の魔法少女は怪しい。物凄く怪しい。しかし、ゲームの開催まで期限がギリギリなのも確かだ。あれだけは、絶対にやる必要がある。キークというマスターの手で、クラムベリーの子供たちの再試験を行うのだ。
目の前の魔法少女は猫の手と言ったが、キークは悪魔の手を借りるつもりで、差し出された手を遠慮がちにとった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私は、カレンダ・レンダと申します」
「⋯⋯キーク」
相手が名乗った以上、こちらも名乗らないわけにはいかない。やや不愛想に自分の名前を名乗ったキークに対しても、特に期限を悪くした様子は見せず、レンダは無表情でじっとこちらを見つめていたのであった。
──結局、レンダの助けもあり、『魔法少女育成計画』プログラムは無事完成した。そして、その報酬として、キークはレンダにレンダの人格を模した電子AI、通称『AIレンダ』を手渡したのであった。
その完成した『魔法少女育成計画』プログラムをめぐる物語は、また別の場所で語られることとなる。
♢らぶみー恋々
「『おかげさまで、無事問題解決できました。ありがとうございます』⋯⋯。よかった。ちゃんと思いは伝わったんですね」
偶然見かけたサイト。そこに投げかけられた質問に、らぶみー恋々は半ば反射的に反応していた。人と人との繋がり、特に愛と絆といったものは、とても大事なものだ。恋の病を治したいというこの質問者を、何とか思いとどまらせることに成功できたようで、らぶみー恋々はほっと胸を撫でおろした。
相手は、本名も顔も知らない魔法少女。でも、その思いが失われていいはずはない。こんな素敵な質問をする魔法少女なら、きっとその思い人との関係もうまくいくだろう。
らぶみー恋々は、新たに育まれるであろう幸せな関係に思いを馳せながら、その幸福が永遠に続くようにと祈りをささげたのであった。