"であい"
“であい”
むかしむかし、アメリカのとある片田舎に、ギャシュリーという魔法少女がいました。
不思議な絵本を拾い、たくさんの素敵なお友達と出会ったギャシュリー。たまに、絵本に描かれたお友達がイチゴジャムになっちゃうことはありましたが、それでもギャシュリーは楽しい日々を過ごしていました。
でも、一人ぼっちの夜には、寂しくなることがあります。どんなに素敵なお友達も、ギャシュリーの心を真に救ってはくれません。壊れてしまった自分を本当の意味で受け入れてくれる人間なんてきっと、この世界には存在しないのでしょう。
そんな夜を幾夜も重ねたある日のこと。ギャシュリーは運命の出会いを果たします。これは、そんなある日の、“であい”のお話です。
♢ギャシュリー
「ねえ、ギャシュリー、知ってる? この辺りに殺人鬼が出るらしいよ?」
そんなことをギャシュリーに告げたのは、その時一緒に居たおともだちだ。名前は、覚えていない。確か、出会った時に教えてくれたはずだが、絵本に描かれなかったので特に印象に残らなかった。
それでも、可愛くてとてもいい子だった。正義感が強くて、とても世話焼き。前の友達が死んで一人で居たギャシュリーを放っておけずについてきた変わり者。ギャシュリーは、このお友達のことが結構好きだった。
「殺人鬼? へぇ、怖い噂だね。その殺人鬼、なんていう名前なの?」
「マーブルフェイスっていうらしいよ。なんでも、殺した人間の顔を縫い合わせた仮面を被ってるからそう呼ばれてるんだって」
「へぇ、かっこいいじゃん」
「いやいや、かっこよくないって! ギャシュリーってなんか感覚ずれてるところあるよね⋯⋯」
呆れた様子でため息を吐いたお友達に対し、ギャシュリーはにこっと作り笑いを浮かべる。自分が他人とはずれていることは分かっている。そして、そのずれがあまりにも大きすぎると避けられてしまうことも。ギャシュリーはまだこのお友達と離れたくなかったから、嘘で本心を隠してこの場を乗り切ることにした。
「ははは、冗談だよ。それで、どうするの?」
「決まってるじゃない! そんな悪い奴、魔法少女としてほっとけない。私たちで倒しに行きましょう!!」
やはり、お友達は正義感が強い魔法少女だ。なんとなく、彼女に質問した時からこの答えが返ってくることは想像できていた。
ギャシュリーは、ちらりと手元の絵本に視線を落とす。この魔法の絵本があれば、だいたいの悪者は何とかなるだろう。そうじゃなくても、ギャシュリーの身体能力は何故か他の魔法少女よりも優れている。ただの殺人鬼相手ならば、問題なく戦えるはずだ。
しかし、何故だろう。気合を入れて頬を叩くお友達の姿を見ると、胸がざわつく。いったい何が、自分の心をこんなに揺さぶるのだろうか。この時はその理由が全く分からなかった。その理由が分かったのは、その殺人鬼、マーブルフェイスに出会った時であった。
殺人鬼の噂を追い、たどり着いたその場所に、彼女は立っていた。地面に広がるイチゴジャムの水たまりに、ポタポタと赤い水滴を垂らしながら佇むその殺人鬼は、魔法少女だった。
真っ白なコスチュームは、まばらに赤く染まり、顔には表情のない仮面を被っている。そして、その手に持ったナイフで、どこの誰とも分からない魔法少女の顔面の皮を剥ぎ取っていた。
そのあまりにも異様な光景に、ギャシュリーは見とれていた。誰が見ても恐怖するような、頭のおかしな行為に、美しさすら感じていた。
「ひぃ、ば、バケモノ⋯⋯!」
お友達は、恐怖で腰を抜かしている。でも、今のギャシュリーにとっては最早どうでもいいことだった。衝動のままに、目の前の殺人鬼、マーブルフェイスに問いかける。
「ねえ、そこの君。なんで、その子の顔をはいでいるの?」
しかし、その問いかけに答えは返ってこなかった。返事の代わりにナイフが投げつけられ、ギャシュリーは反射的に身体を逸らしてかわす。
ギャシュリーがナイフを避けた隙に、マーブルフェイスは驚くべき速さでこちらまで迫ってきた。そのまま、2本目のナイフを懐から取り出し、切りつけてくる。
「危ない!!」
その時、腰を抜かしていたはずのお友達が、ギャシュリーとマーブルフェイスの間に割り込んできた。恐怖よりもギャシュリーを助けなきゃという使命感の方が勝ったのだろうか。いつも持っている魔法のフライパンで必死にマーブルフェイスと撃ち合っているが、どうも押され気味だ。このままでは、やられてしまうだろう。
しかし、そんなお友達の姿を見るギャシュリーの心には、怒りしか湧いてこなかった。あのマーブルフェイスと楽しく遊ぶ機会を奪われたのが許せなかった。それに、庇われた拍子に絵本のページが一枚破れてどこかに飛んで行ってしまっている。大切な宝物を傷つけたことも、許せなかった。
「え、ギャシュリー? な、なん、で⋯⋯?」
だから、ギャシュリーは、お友達の背中を、拳で突き貫いた。信じられないといった表情で振り向いたお友達ににっこりと笑いかけると、ギャシュリーは力任せにその首を身体から引っこ抜いてみせた。
もともと頭が置いてあったその場所から、噴水のように血が噴き出る。ギャシュリーは、その血をシャワーのように浴びながら、満面の笑みを浮かべ、マーブルフェイスにお友達の首を差し出す。そして、先ほどと同じ質問を口に出した。
「ねえ、そこの君。なんで、その子の顔をはいでいるの?」
マーブルフェイスは、今度はギャシュリーに襲い掛かってくることはなかった。差し出された首とギャシュリーの顔を交互に眺めた後、ようやくその口を開いた。
「⋯⋯私の仮面は、壊れてしまいました。だから、仮面を貰っているんです。この子の顔は、恐怖の仮面。でも、まだ足りない。私は、本当は笑いたいのに。泣きたいのに。喜劇の仮面は、壊されました。悲劇の仮面も、壊されました。いつか、たくさんの仮面をつけて、私は、自分の心を取り戻したいのです」
マーブルフェイスの言っていることは、正直よく分からなかった。でも、この子の声が思ったよりもかわいいということと、この子も自分と同じでおかしいんだなということは分かった。
「ふーん。ねえ、君の名前は何? わたしは、ギャシュリー」
「私の名前は、マーブルフェイス。人間だった時の名前は、仮面と一緒に壊れてしまいました」
ギャシュリーは、マーブルフェイスに気づかれないようにそっと絵本を開く。先ほど破れたと思ったはずのページは、何故か元通りになっており、そしてマーブルフェイスの名前が描かれるべき『M』のページには、何も描かれていない。もともと名前は知っていたが、改めて聞いても描かれないということは、やはりこれは運命の出会いなのだろう。
この子はきっと、自分のことを受け入れてくれる。マーブルフェイスもきっと、ギャシュリーを必要としてくれる。そして、この子ならば、いつか必ず⋯⋯。
まだはっきりとは自分でもわかっていない願いも込めて、ギャシュリーは手を差し出す。一生の相棒となる、その魔法少女とお友達になるために。
「じゃあ、私があなたの仮面を取り戻す手伝いをしてあげる。だから、私の友達になってくれる?」
「友達? それは、とても嬉しいです。もちろん、喜んで。でも、私が今持っている仮面は、こんなものしかありません」
そう言って、マーブルフェイスが被ったのは、先ほどギャシュリーが手渡したお友達の顔をした仮面だった。その顔は恐怖と困惑で歪んでいたけれど、その仮面を被ったマーブルフェイスはお友達そっくりになっていた。それが何故か嬉しくて、おかしくて。ギャシュリーは、お腹を抱えて笑った。
──これが、二人の出会い。多くの魔法少女にとっては最悪な出会いでも、二人にとってはまさに運命とも呼べる、最高の出会い。
そんな二人の出会いの場面を、遠くで見つめる魔法少女が一人いた。
その魔法少女は、風で飛んできた絵本のページを掴む。そこには、消しゴムのようなもので顔面を消されるマーブルフェイスの姿が描かれていた。
「⋯⋯この結末は、いつ訪れるのでしょうか。いつかその日が来るまでは、その絵本は貸しておきます。私に、楽しい物語を魅せてくださいね?」
そう呟くと、魔法少女はぱたんと分厚い本を閉じる。そして、風と共にその場から消え去ったのであった。