♢お茶たちょ茶田千代
魔法の国で働く魔法少女は、一般的な魔法少女とは異なり、安定した給料と生活が保障されている、いわゆる公務員である。しかし、それゆえの苦悩というものの大いにあり、茶田千代は日々脳内で悪態をつきながら仕事をこなす毎日を送っている。
「もしもし。こちら、魔法の国人事部門所属、お茶たちょ
「最近生活が苦しいから時給のいいアルバイトを紹介してほしい? あー、アルバイトではありませんが、一応魔法の国での仕事ならいくつか紹介はできますが⋯⋯。え? 魔法の国で働くのはなんかやだ? えー、それじゃあ無理です。ごめんなさい」
「道に迷ったから駅までのルートを教えてほしい? えー、アプリのマップ機能でも使ってください」
「部屋にゴキブリが出たから駆除してほしい? ⋯⋯えー、それくらい自分で何とかしてください」
「うわ、英語!? えー、『魔法の国のスタンプラリーの開催日を教えてくれ』? あー、『スタンプラリー開催日は一週間後ですよ』っと⋯⋯。ありがとうございマース! って、あんた日本語話せるのかよ!? じゃあ最初から日本語で話して!?」
魔法少女は、基本的に我の強い奴らが多い。そして、そういった奴らは人事部門のことを便利なお悩み相談センターとしか思っていないような輩が多く、こういったやり取りは日常茶飯事であった。もちろん、全員がそうとは限らないし、普通に正しい目的で人事部門を頼ってくれる魔法少女もいる。ただし、体感的にそちらの方が少数派であった。
特に、ここ最近は以前にも増して忙しい。それは、茶田千代の同期の7753という魔法少女が、長期出張中のために今居ないからだ。そのため、こういった面倒な魔法少女の対応がほぼすべて茶田千代へ任されている。
「うー、なんでどいつもこいつもどうでもいいことで人事部門に連絡してくるのよ!! それに対応が悪いとすぐクレームいれてくるし! やってらんないわよこんな仕事!!」
「いやー、荒れてますねぇ茶田千代せんぱい。そうカリカリしてちゃあ禿げちゃうっすよ? 肩でも揉んであげましょうか?」
「魔法少女は禿げないわよ。はぁ⋯⋯ていうか、そんなこと言うならドロップ、あなたが代わりにやってくれないかしら?」
「えー、無理っすよ。ドロップちゃんは茶田千代せんぱいほど上手にクレームとかさばけませんし。あと、業務内容に書かれていない仕事はやりたくないっす」
最近人事部門に入ったばかりの新入り、『Tierドロップ』はそう言うと、これでもうこの話は終わりとばかりに、ヘッドホンを装着してパソコンを操作し始めた。その姿を見て、茶田千代は思わずため息をつく。
確かに、仕事には適材適所というものがある。茶田千代の魔法、『どんな言葉でも噛まずに最後まで言えるよ』ならば、どの国の言語でも即座に対応することができるし、厄介なクレーマーには魔法の国の法律書全文を高速でまくしたてることで撃退した経験だってある。それに、古い人間な茶田千代は、最近魔法の国でも導入が進んでいる機械化に追いつけておらず、パソコン業務は新入りのドロップにも任せっきりなありさまだ。
しかし、だからこそ、愚痴でもいいから若い人間とコミュニケーションをとりたいと考える茶田千代の考えはやはり古い人間のものなのであろうか? こうやってヘッドホンまでつけて会話拒否をされると何とも悲しい気持ちになってしまう。
魔法少女Tierドロップの魔法は、『涙の数だけ強くなれるよ』という、泣けば泣くほどパワーアップできる魔法らしいが、茶田千代はまだドロップが泣いたことを見たことがない。自分の名前のTierドロップの『ティア』部分の綴りが間違っていることも特に気にしたことがないと言っていたし、なんというか、The、現代っ子という感じの魔法少女だ。
そういえば⋯⋯と、茶田千代はドロップに思いをはせたことで、もう一人同じ部署で働く魔法少女がまだ来ていないことに、今さらながらに気づいた。
正直、そのもう一人、カレンダ・レンダに関しては、ドロップ以上に苦手意識を持つ相手であったが、このまま放置はよくないだろう。
何よりレンダは、性格がちょっと、いやかなり問題がある魔法少女だが、スケジュール管理だけはしっかりしている。その点は茶田千代だって認めているし、これまで一度だって遅刻をしたことはなかった。あまり好きじゃない相手でも、一応同じ部署で働く仲間だ。何かあったのではないかと心配にはなる。
確か、ドロップはレンダとも茶田千代よりは仲が良かったはずだ。何か二人で休憩時間にこそこそおしゃべりしているところを見たことがある気がする。その時の光景を思い出し、一人だけのけ者にされた寂しさまで余計に思い出してしまい若干ナーバスな気分になる。
その八つ当たりというわけではないが、ドロップのつけているヘッドホンを無理やり取り上げ、レンダのことを尋ねることにした。
「うわ、茶田千代せんぱい、ヘッドホン取り上げないでくださいよぉ。あ、もしかして音漏れてました? 最近ドロップちゃんはまってるんすよねぇ、この曲。この前偶然会った魔法少女が自作CDくれたんすよ。『これ、自信作だから聞いてほしいのね!』って感じで。いやぁ、ドロップちゃんも音楽やってたらよかったかなぁ。そしたらあの子ともバンド組めたのに」
「あー、今はそのCDのことはどうでもいいかな。えっと、レンダがまだ来ていないみたいなんだけれど、ドロップ、あなた何か聞いてない?」
「ほんとだ! レンダぱいせんが遅刻とか珍しいっすね~。これ、雨でも降るんじゃないっすか? どうするんすか、茶田千代せんぱい。ここはびしっと怒らなきゃダメじゃないっすか?」
「う⋯⋯!? そ、そうだよね。遅刻は悪いことなんだし、ここは先輩としてビシッと叱ってあげないと!!」
「なるほど。茶田千代さんが直々に私のことを叱ってくださるのですね。これは楽しみです。クレーム対策で磨かれた語彙からどのようなボキャブラリ豊かな罵倒が飛び出すのか、期待が高まります」
ドロップに乗せられて昂った気持ちを冷ますように、茶田千代の背後から感情を一切感じさせない無機質な声が聞こえてくる。茶田千代がぎこちなく後ろを振り向くと、そこには無表情で魔法の端末をこちらに向けるレンダの姿があった。
「あー、レンダ、遅刻だよ? どうして遅れたのかな? それと、なんで魔法の端末を構えてるの?」
「遅刻の件に関しては、本当に申し訳ございません。どうしても外せない用事があったため、遅れてしまいました。ですが問題ありません。遅れを取り戻せるよう、今日の予定はすでに”確定済み”です。それと、魔法の端末を構えているのは、茶田千代さんの声を録音しておこうと考えたからです」
「え!? なんで録音しようとしてるの!? 怖い怖い怖い、何考えてるのさあんた!!」
茶田千代は混乱する頭を必死に動かして、レンダの目的を推察する。表情からは何も伺えない。焦る茶田千代をドロップが横からパシャリと魔法の端末で撮影している姿も見えるが、今はそのおふざけに構っている暇はない。今はこの、何を考えているのか分からない、スケジュール第一主義の融通と冗談が通じない部下の思考を読み取ることが先決だ。
そうしないと、あの時のように、魔法少女名を『ああああ』で受理したり、登録フォームに書かれた「~がいいです」まで含めて魔法少女名として登録していた時のように、とんでもない事態になりかねない!!
そして、数十秒ほど脳みそをフル回転させて記憶の片隅から引きずり出したのは、以前東京を訪れた際にちらっと見たテレビで流れていたドラマの内容だった。
(も、もしかして、私の叱っている声を録音して上層部に提出することで、パワハラ被害を訴えようとしているのでは!?)
それは、理不尽な上司に虐げられた主人公が、上司のパワハラの証拠をつかみ、それを暴くことで上司を退職に追い込むという、痛快な内容だったことを覚えている。
あの時は初めて見るドラマの最終回だったにも関わらず、つい主人公に感情移入して応援していたが、いざ上司の立場になってみるととんでもない話だ。しかも、自分は何ひとつ悪いことをしていないのに、何故退職に追い込まれなければならないのか。
勝手に思考を暴走させた茶田千代の脳内では、上司に退職を言い渡され、職を失い乞食に身を落とす自分の暗い将来までが鮮明に再生されていた。そして、その未来を恐れた茶田千代に、もうレンダを叱る勇気はなかった。
「あ、あはは。こ、こら~。も、もう、遅刻したらダメだぞ~。またやったら、お、怒るからね~。で、でも今回は許すからね。だ、だから、訴えたりしないでね?」
「はあ? 何がどうなって訴えるとかいう話になっているのかは、私には検討もつきませんが。ここは、寛大な上司の言葉に素直に甘えることにいたします」
「茶田千代せんぱい、めっちゃどもってるじゃん。魔法使おうよ」
何を考えているか分からないレンダと、シンプルに失礼な言動が目立つドロップ。二人が何やら魔法の端末を使ってやり取りしているのを横目で見ながら、茶田千代はストレスでキリキリと胃を痛めるのであった。