♢ギャシュリー
むかしむかし、アメリカのとある片田舎に、ギャシュリーという少女がいました。
ギャシュリーは、ママとパパ、ペットの犬と一緒に、毎日楽しく幸せに暮らしていました。
ギャシュリーの好きな食べ物は、イチゴジャムのたっぷり塗られたシフォンケーキ。週に一度、休息日にママが作ってくれるそのシフォンケーキを食べる時が、ギャシュリーが最も幸福だと感じる時間でした。
ある日のこと、友人と遊んでいたギャシュリーは、鼻歌交じりにスキップしながら家へと帰ります。今日は週に一度の休息日。お家に帰れば、ママが作ったシフォンケーキが待っています。
「ただいま」と元気よく玄関のドアを開けたギャシュリーの目に飛び込んできたのは、床一面に広がる真っ赤なイチゴジャムと、その中央にたたずむ、顔も知らないコックのおじさんでした。
ギャシュリーがなぜそのおじさんをコックだと勘違いしたかというと、そのおじさんは手にナイフを持っていたからです。
「ママとパパはどこ?」ギャシュリーは尋ねますが、コックのおじさんは答えてくれません。目をぎょろぎょろと動かしたかと思うと、いきなりナイフを持ってギャシュリーの方へ駆け寄ってきました。
とっさの出来事に反応しきれなかったギャシュリーでしたが、そのナイフがギャシュリーのお腹に刺さる直前に、ペットの犬が飛び出してきて、ギャシュリーとコックのおじさんの間に割り込みます。
ギャシュリーの目の前で、真っ赤なジャムが噴き出します。同時に、ギャシュリーは、床に広がるイチゴジャムの原料を理解しました。
ギャシュリーの頭の中が、赤く染まりました。そして、気が付いた時には、ギャシュリーはナイフを持っていて、床には新しくイチゴジャムの水たまりができていました。
それから、ギャシュリーは、何もせずにただぼうっと、部屋の中央に座り込んでいました。大好きなイチゴジャムに囲まれていても、まったく幸せは感じません。だって、シフォンケーキはもう食べられないのです。
どれくらいの時間が経ったでしょうか。ギャシュリーは、猛烈な空腹に襲われ、立ち上がりました。幸い、この部屋には食べ物がたくさん残っています。
しかし、お日様が何度か沈むと、冷蔵庫の中にあった食べ物は、すべて空っぽになってしまいました。それでもしばらくは我慢できましたが、とうとう限界になったギャシュリーは、ママとの約束を破ることを決めました。
ケーキの上に乗った砂糖菓子。虫歯になるから食べちゃダメと言われて食べていなかったソレを、食べることにしたのです。
お腹が赤く染まった、コックさんの砂糖菓子。ギャシュリーは、頭から少しずつ食べました。約束を破った罪悪感からか、ギャシュリーは吐き気を感じましたが、何とか残さず食べました。
次に、骨が見えかけたゾンビの犬の砂糖菓子。ギャシュリーは怖いものが苦手ですが、空腹には勝てません。残さず食べました。
最後に残った、よく分からない形の砂糖菓子が二つ。生クリームがうようよと動いています。空腹が見せた幻覚でしょうか。ちょっと気持ち悪いと思いながらも、残さず食べました。ご飯を残すと、パパに叱られてしまうからです。
ただ、砂糖菓子を食べきると、ほんとうのほんとうに、何も食べるものがなくなってしまいました。空腹が限界になったギャシュリーは、すっかり乾いてしまったイチゴジャムのカーペットの上で、ばたりと倒れます。
薄れゆく意識の中で、ギャシュリーはきらきらと輝くものを見つけます。そのきらきらとした何かは、ギャシュリーにこう言いました。
「私は妖精! あなたを魔法少女にしてあげるわ!!」
しかし、妖精にとっての誤算は、ここがかなりの田舎で、ギャシュリーが訛りの強い英語に慣れ切っていたことと、ギャシュリーの意識が朦朧としていたことでした。
きらきらした何かが腕を振るうと、そのきらきらした物体がギャシュリーにも飛んできて、ギャシュリーの体を包みます。何故だか分からないけれど、そのきらきらのおかげで、体のだるさが一気に吹き飛びました。でも、空腹はまだ残っています。ギャシュリーは、目の前のきらきらに手を伸ばしました。
その日、ギャシュリーの好きな食べ物が一つ増えました。
どうやら、ギャシュリーは”魔法少女”になったようです。それを知ったのは、きらきらを探して、いろんな場所を駆け巡っていた時のことでした。
前に湖で見た自分と同じくらいきれいな女の子が、ギャシュリーに対して、”魔法少女”と呼び掛けてきたのです。仲間を見つけたギャシュリーは嬉しくなり、友達になってくれないかと声をかけました。
でも、プレゼントに掴まえたばかりのきらきらを渡すと、ブルーベリーみたいに青い顔になって逃げてしまいました。ギャシュリーは、がっくりと肩を落としました。
ある日、ギャシュリーは古い絵本を拾いました。その本は、古すぎて何が描かれているかはわかりませんでしたが、どうやらアルファベット・ブックのようです。A~Zまでの文字が順に描かれているのがかろうじて読めました。
なんとなく気に入ったので、その絵本を持ち運ぶことにしたギャシュリーでしたが、その翌日、絵本を開くと、本の内容が読めるようになっていることが分かりました。
しかも、その絵本は、毎日内容が変わります。ギャシュリーは、この魔法の絵本を気に入り、常に持ち運ぶようになりました。
ギャシュリーがこの絵本の不思議な力に気づいたのは、偶然でした。またしても魔法少女に出会ったギャシュリーは、以前の経験を活かし、きらきらをプレゼントすることなく楽しくおしゃべりすることにし、元々明るくて元気な性格のギャシュリーは、すぐにその魔法少女と仲良くなることができました。
「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」
「私の名前はね、〇〇〇っていうんだよ」
どんな名前だったかは忘れてしまいましたが、とってもかわいい名前だったことは憶えています。でも、ギャシュリーとその魔法少女の友情は、長くは続きませんでいた。
同じベットで寝た翌朝のこと、ふと隣を見ると、見慣れない少女がだらんと舌を出して寝そべっています。驚いた拍子に、ギャシュリーは持っていた絵本を落っことします。
落ちた衝撃で開かれたページには、昨日聞いたその子の名前と、目の前の少女と同じ死に方をした、よく似た少女の絵が描いてありました。
きっと、これは魔法の絵本なんだ。ギャシュリーは嬉しくなりました。友達が死んだのは残念ですが、きっと、それが運命だったのでしょう。それよりも、ギャシュリーはお気に入りがまた一つ増えたことを喜びました。
魔法の絵本に何度か名前が描かれ、その度に名前を描かれた誰かが死んでいく。その現象を繰り返し観測し、ギャシュリーはあるルールを見つけました。
まず、絵本に名前が描かれるには、ギャシュリーがその人物の名前を知る必要があります。
次に、一日に同じアルファベットの頭文字の人は描かれません。絵本は毎日リセットされますが、一日はその描かれた内容が残るのです。
そして、名前を知った相手が絵本に描かれるかどうかは、ギャシュリーでさえわかりません。名前を知っても絵本に描かれない時もあるし、名前を知った一週間後くらいに、急にその名前が描かれることだってあります。
ギャシュリーはこの絵本が大好きですが、どうやら、ほかの魔法少女はそうは思わない子の方が多いみたいです。特に、知り合いが絵本に描かれて死ぬと、ギャシュリーに怒りをぶつけてくる子もいます。
そんなときは、ギャシュリーは全身でその怒りを受け止めてあげることにします。きらきらをいっぱい食べたギャシュリーの身体は、普通の魔法少女にはるかに頑丈なので、負けることはありません。たまに手加減を間違えてしまうことがあるので、その時はイチゴジャムにしておいしくいただくことにしています。
イチゴジャムと、きらきらと、魔法の絵本。お気に入りのものに囲まれる生活は、楽しいものでしたが、やはり友達は欲しいです。一人ぼっちの夜は、たまに泣きたい気分になるときもあります。
そんなある日のこと、ギャシュリーがふらりと立ち寄った場所で、運命の出会いを果たします。そこには、初めからイチゴジャムが広がっていました。
イチゴジャムの水たまりの中にたたずむのは、仮面をつけた少女。おそらく、ギャシュリーと同じ、魔法少女です。その魔法少女は、砂糖菓子になった少女の顔面を、ナイフで剥ぎ取っていました。
「ねえ、そこの君。なんで、その子の顔をはいでいるの?」
「私の仮面は壊れてしまいました。だから、仮面を貰っているんです。この子の顔は、恐怖の仮面。でも、まだ足りない。私は、本当は笑いたいのに。泣きたいのに。喜劇の仮面は、壊されました。悲劇の仮面も、壊されました。いつか、たくさんの仮面をつけて、私は、自分の心を取り戻したいのです」
「ふーん。ねえ、君の名前は何? 私は、ギャシュリー」
「私の名前は、マーブルフェイス。人間だった時の名前は、仮面と一緒に壊れてしまいました」
ギャシュリーは、そっと絵本を開きます。しかし、”M”のページを見ても、そこに名前は描かれていません。ならば、きっとこれは運命なのでしょう。
ギャシュリーは、マーブルフェイスの笑った顔や、泣いた顔が見てみたくなりました。
「じゃあ、私があなたの仮面を取り戻す手伝いをしてあげる。だから、私の友達になってくれる?」
「友達? それは、とても嬉しいです。もちろん、喜んで。でも、私が今持っている仮面は、こんなものしかありません」
そういってマーブルフェイスがつけた仮面は、恐怖に歪んだ表情をしていました。それがなんだかとてもおかしくって、ギャシュリーは、お腹を抱えて笑いました。
マーブルフェイスも、ギャシュリーの様子を見て、この子と一緒に居れば、いつか自分の壊れてしまった仮面も直せるもしれない。そう思いました。
そんな運命の出会いから百年とちょっと。二人は、今でも一緒にいます。少し前に、お気に入りに日本のアニメも加わったギャシュリーは、つたないながらも日本語を覚え、話せるようになりました。マーブルフェイスも、いろんな仮面を手に入れました。それでも、まだ笑顔の仮面は手に入れることができていません。
「へーい、マーブル。なんか、魔法の国でスタンプラリーがあるらしいよ。面白そうと思わない?」
「あなたがそう思うなら、そうなのでしょう。私は、ついていくまでですよ」
「きらきら、いっぱい食べれるといいね!」
「魔法少女がたくさん。きっと、素敵な仮面も手に入るはずです。楽しみですね」
二人は、手をつないで歩きだす。その後ろには、イチゴジャムの水たまりと、顔のはがれた砂糖菓子が転がっていた。