──ふと、あなたの髪を一条の風が撫でた。
蒼い春の香りと共にあなたの瞼が開かれる。何もかもを投げ出した先は、気が遠くなるほどの緑だった。
うん、と背を伸ばしたあなたは、ぼろぼろになった靴を手に取り地に足をつける。芽吹いたばかりの蒼草を踏みながら、その感触が「これが現実なのだ」とあなたに語りかけてくる。それに応えるかのように、あなたは足を踏み出した。
晴れ晴れとした青空はあなたの心象に限りなく近い。今なら天にすら手が届く、そんな子供染みた万能感は窮屈な社会から解放された反動だろうか。今のあなたはしがらみの一つもなく、この上なく自由である。
「なぜだ!? なぜ貴様等はいつも俺の邪魔をするんだ!」
目の前の敵が喚く。白衣を着たその男は世間を賑わす集団失踪事件の首謀者だ。犠牲者の命を使い潰し神に至ったと豪語した男は、地を舐めるように這いつくばっていた。その男は血走った眼をこちらに向けるも、それ以上の感情を持って仲間は強く睨み返していた。
「ふん! あんたねぇ……そのチンケな実験とやらに何人の命を犠牲にしたのさ!?」
「やっちゃえよヒーロー! こいつを倒せば全て報われるんだ!」
ああ、殺そう。
かつて友だった肉塊を見た。
黒ずんだ血が辺りにへばりつく。返り血だらけの両手をつかい、返り血だらけの武器を抱えて。
きっと超人と呼ばれるほどに馬鹿でかい力を持った彼らには、力なき群衆はどれだけ罪を背負っていても理不尽に晒された被害者だったのだろう。弱きを護るのだ、と息巻く姿には「力を持たぬ者には何かを為すことなどできない」という傲慢すら感じられる。
無力感に苦しみ、足掻き、そこから踏み出した友人は力を持たぬ群衆から悪だと断じられた。今を守る彼らにとって、自分たちは何をやっても無力な存在でなければ都合が悪かった。だから天に伸ばした手は、善意によって切り払われたのだ。
戦いが終わり研究所を後にする。いつだってヒーローは『明日を目指す者』を食い止める。一度たりとも仲間の語る正義に共感できたことはないが、きっと彼らの語る正義は『無辜の民』とやらが保証しているのだろう。
扉を開き、光がさす。どんよりとした雲の合間から白い光が漏れ出ていた。それを見た仲間が何か気の利いたことを言っていた気がする。笑い合う仲間を見て、つられて笑っておく。
コンクリートを吹き抜ける風は酷く寒い。
+
繰り返す。
大勢の人間があれは敵だと騒ぎ立てる。
誰かが死ぬ。誰もが口をそろえて言う。「あれは敵だ」と大合唱。
繰り返す。
大勢の人間は騒ぎ立てる。
誰かが死ぬ。誰かが騒ぎ立てて言う。「もっとうまくやれたはず」 だったらお前がやれと毒づく。
繰り返す。
大勢が騒ぎ立てる。悪い奴だ、やっつけろ。
誰かが死ぬ。
繰り返す。
大勢が騒ぐ。
誰かが死ぬ。
繰り返す。
大勢が騒ぐ。
誰かが死ぬ。
誰もが死ぬ。そのたびに人の区別はつかなくなっていく。大衆が望むような振る舞いをして、大衆が望むような結果を出して、大衆でなくなったものを刈り取る。
悪い奴を決めるのはいつだって力のない人々だった。自分がどう思うかに関わらず、集団心理が決定したものが悪であった。そうして自分を押し殺して周囲の言葉に従い続ければ、自分が機械になれるんじゃないかと期待して……だけどそうはならなかった。凍り付いた自由意志は人を盲目にするだけだった。
もはや雑草との区別すらつかない。
繰り返す。繰り返しの果てに人生を変える何かがあると期待して。
まあ、結局は何もなかったんだけどね。
考えてみれば当然の話さ。自分の意志を殺し続ける、なーんて言いながらも考えることを辞めなかったのだから。分かり合おうとすらせず勝手に自己完結してれば「自分は周囲とは違うんだ」って気持ちになる、そうでしょ? そんなこと繰り返してたら孤立するのに、まるで孤高と勘違いして、孤独に勝手に憤って。
そんな感情も周りの言葉が雑音にしか聞こえなくなった時点で、すでに破綻していたんだね。
自分たちとそれ以外で線引きをして。自分たちだったものが、気づけば自分になっちゃった。何も失っていないのに、なにもかもを失っちゃった! それが機械ならまだマシだったけど、意志を持たないだけの人間だったんだ。何のためにやってるのかも分からず精力的に働いたんだよ。ただ周りに流されるように、周りのことなんて何も見えていないのに!
もしかしたら君も聞いた覚えがあるかもね? 「やる気がないなら帰れ」って。まったくもってその通りだよね!
繰り返す。
大勢が騒ぐ。
誰かが死ぬ。
繰り返す。
大勢が騒ぐ。
誰かが死ぬ。
繰り返す。
大勢が騒ぎ立てる。悪い奴だ、やっつけろ。
誰かが死ぬ。
繰り返す。
大勢の人間は騒ぎ立てる。
誰かが死ぬ。誰かが騒ぎ立てて言う。「もっとうまくやれたはず」 だったらお前がやれと毒づく。
繰り返す。
大勢の人間があれは敵だと騒ぎ立てる。
誰かが死ぬ。誰もが口をそろえて言う。「あれは敵だ」と大合唱。
+
「どうして!? どうしてあんたがこんなことをするの!?」
目の前の敵が喚く。露出の強い服を着たその女は世間を賑わす集団失踪事件の首謀者だ。犠牲者の命を使い潰し平和に至ったと豪語した女は、地を舐めるように這いつくばっていた。つまらなそうに眼をそちらに向けるも、それ以上の感情を持って仲間は強く睨み返していた。
──やっちゃえよヒーロー! こいつを倒せば全て報われるんだ!
ああ、殺そう。
かつて友だった肉塊を見た。
紅くへばりつく血があたりを彩る。真っ赤に染まった両手をつかい、朱色に染まった武器を抱えて。
きっと超人と呼ばれるほどに馬鹿でかい力を持った彼らには、力なき群衆はどれだけ罪を背負っていても理不尽に晒された被害者だったのだろう。弱きを護るのだ、と息巻く姿には「力を持たぬ者には何かを為すことなどできない」という憐憫すら感じられる。
無力感に苦しみ、足掻き、そこから踏み出さなかった友人は力を持たぬが故に群衆を悪だと断じられた。今を守る彼らにとって、自分たちが何をやっても無力な存在では都合が悪かった。しかし天に手を伸ばすことはなく、無感情に切り払われたのだ。
戦いが終わり崩落した建物を後にする。いつだってヒーローは『明日を目指す者』を食い止める。一度たりとも仲間の語る正義に共感できたことはないが、きっと彼らの語る正義は『無辜の民』とやらが保証しているのだろう。
無機質な扉を開き、鮮やかな景色に光がさす。薄く広がる朧雲の合間から一筋の光が漏れ出ていた。それを見た仲間が何か気の利いたことを言っていた気がする。笑い合う仲間を幻視し、つられて笑っておく。
春風は生暖かいにおいがした。
あたたかな春の香りが漂う。青々とした芝生を見て、何もかもを投げだしたあなたはそれを表現するように身体を一面の芝生へと預けてしまう。
あなたはまるで長雨が終わり気持ちのいい青空を見ているかのような晴れ晴れとした気持ちとなった。その身に受ける湿った地面すらも凍り付いた心が溶けだしたように感じるだろう。
初めての出来事ではしゃぎすぎたのか、うとうととした眠気が襲う。あなたは瞼を閉じても良い。その誘惑の手を取るように、天へ伸ばした手を握りしめた。今は休もう、もはや自らを縛るものなどないのだから。
あなたは夢心地の中で瞳を閉じる。明日が楽しみで仕方がない、表情がそれを雄弁に語っていた。