「あのなぁ……!」
「いやそれはわかるようにしておかない暁が悪いでしょ!」
今日も平和だ。すするお茶がおいしい。
「でも普通京楓が取ってってたんだったら、後にも残ってるのは俺のだって思うだろ!?」
「琥珀ちゃんの分だってあったんだからわかるわけないじゃない!
ボクにとっては、野良で食べ物を漁ってた時のことを考えれば、人間になった今の生活はとても楽しいし、手放したくないものだ。
「だったらまずは尋ねろよ! それくらい出来ないのか!?」
「一旦は暁も取ってたでしょ! 食べたと思うしそんなのわかるわけないわよ!」
ああ、お茶ってこんなにおいしいものなんだね。何を飲んでも、どれを食べてもおいしいと思えるものばかりだなぁ――。
「俺で処女失ったくせに!」
「私で童貞卒業したくせに!」
「あのー」
流石にそろそろうるさいかなぁ。ボクだってゆっくりしたいんだけど。あと二人より耳はいいしね。それに内容が段々本筋からずれてる。
そんなことを考えていたら、どうやら勝手に二人の方が決裂しちゃったようで。
「今日は京楓にご飯作らないからな!」
「いいわよ一人で勝手に食べる!」
うん、ここまでのことになってる二人は珍しいなぁ。猫だった時はまだだったとはいえ、人間になってこの家に住むようになった段階で二人は付き合ってたのだから、こうも喧嘩別れ状態というのは初めて見る。
まぁ、特に心配はしてないんだけどさ。どの道顔も見たくないぐらいに嫌いになるなんていったら悲しいけど、この二人に限ってそれはないだろうし。
それに、ボクが現段階で口を出すというのも間違ってる気はする。二人が喧嘩してたとしても、これまではボクはいなかったんだし、二人自身で解決をすべき話だと思う。
「ねぇ、琥珀ちゃんはどう思う!?」
あ、気付けばミサキに勉強を教えてもらう時間だ。早く行かないと。
「スタコラサッサー」
何か呼ばれてる気がするけど無視無視。鬼には振り返っちゃいけないって教えてくれたのは二人だしね、教えは守らないと。
「――ってことがあってね」
「へぇ、確かにそこまでのことは珍しいかも」
「何々、なんの話ー?」
「暁くんと京ちゃんが大喧嘩して家庭内別居だって」
「家庭内別居って……結婚自体はまだでしょ……」
今は他にお客さんもいないみたいだから、クレアも会話に混ざってくる。となると、あとは暫く雑談ばかりになるのかな。
ミサキに勉強を教えてもらっているのは、結果的にあかりですることが定番になっている。いつもここで働いているから勝手知ったるだし、静かな環境だから落ち着いて勉強もできる。お客さん自体も多くないから、少しだけうるさくなっちゃっても迷惑にならない。お客さんが少ないのは……お店としてはどうなんだろうって思うこともあるけど。
「それで、暁と京楓が喧嘩するのって、みさきからするとどうなの?」
「そうだねぇ、琥珀ちゃんの話を聞く限りだと、いつものかなーと思うのが半分、今回は結構激しいっぽいねというのが半分かなぁ。二人の家の中のことだから、私も知らないこと多いんだよねー。もしかしなくても、直近の状況に関して言うならば、琥珀ちゃんの方が詳しいかも」
「んー、でもボクもあれだけのは初めて見たかなぁ」
「なら私もわからないなぁ。過去にあったとしても、結構久々という感じなのかもね」
となると、ボクにはわからない。あの二人のことだし、ずっとそのままっていうことはないだろうっていう意味では心配してないのだけれど、でも空気が悪いのは単純にイヤだから。
「でも、みさきの話を聞く限りだと、暁と京楓って結構喧嘩してるんだ?」
「そうだねー、ちょっとしたことならいくらでもあったかな。あれがいいこれがいいっていうようなことから、お互いのことを思うが故の口論まで色々あったよ。そういう時の仲裁は大体私がしてたなー」
そこから暫くは、ミサキの思い出話だった。ミサキから見た、アキラとキョウカの関係性。それは、聞けば聞くほど、確かに今の関係が納得できるぐらいには至る流れとしてすごく理解できるものだった。
「ほら、なんというか、二人って近すぎるでしょ。家族としてというのはあるけど、やっぱり元々は他人だから。近すぎるのに、あれだけ仲が良くて、喧嘩する度に仲が深まって……」
気付けば、ミサキの目が、どこか遠いところを見ていた。ありもしない景色を、あったかもしれない光景として重ね合わせていた。
「――だから、二人共、私とは全然喧嘩したことないよ。そういう意味では、ずっと二人のことが羨ましかったなぁ……」
そこでミサキの言葉が途切れる。そこから続きそうなミサキの言葉は予想できたけど、ボクもクレアも、特に何も言わないでいた。
だって、それはボクもクレアも感じるところがあって、そしてキョウカが持っててボクたちが持たないものだったから。持っていたとしても、キョウカに『勝てた』かどうかなんてわからないけれど。でも、ミサキがそれで駄目だったら、誰がキョウカに勝てるのだろうというのはやっぱりある。
「……とにかくさ! 琥珀ちゃんは二人に早く仲直りしてほしいってことでいいんだよね?」
「うん、そうだね。二人のこと自体は何も心配してないけど、空気が悪いのはボクが嫌だから」
「琥珀ちゃん、最近結構そういう素を出すようになってきたよね……」
「どういうこと? 嫌なものには嫌って言ってるだけだよ?」
「あ、そうだった、琥珀ちゃんはそういう子だった」
「変なクレア」
まぁ、いつかのすごろくの時の、クレアの戒のことを考えれば、言わんとすることはわかるけど。でもボクにはそういうのは性に合わないから。
「ま、琥珀ちゃんはやっぱりそういう――とと、お客さんだ、いらっしゃいませー!」
「――キリいいし、勉強再開しよっか」
残念、雑談が終わっちゃった。でも、楽しいことをする分、ちゃんとしたこともやらないとね。ボクだって、早くみんなに追い付きたいし。
「ところで、さっきの琥珀ちゃんの話、暁くんも京ちゃんも鬼っぽかったってこと?」
「……そうかも」
「――それで、キョウカはどうするって?」
「ごめん琥珀ちゃん! 今日だけここで寝させてください……!」
でも、ミサキやクレアの予想に反して、二人の喧嘩は思ったより長引いてるみたい。
というより、最近、この家での序列みたいなもの、ボクが一番上になってる気がするんだよね。それは、ボクが上げてって言ったんじゃなくて、勝手に二人が格を下げてるだけっていう。
ボクは気にしないしいいんだけどさ。でも二人はその辺り考えてないのかな……。
「というより、そんなにアキラと顔合わせずらいの?」
「だってぇ……あそこまでメンチ切っちゃったし、そうすると中々顔も合わせづらいし……」
「話を聞く限りだと、どちらかと言えばキョウカが悪いように聞こえるけど」
「実際悪いのは私だし……同じことしちゃった自覚はあるし……」
「……同じこと?」
「二回目なの! そりゃ暁も怒って当然なの!」
うーん、これは意識してなくてもジト目になるなぁ。キョウカ、食べ物のことについてはボクより子供っぽいとこ、あるよね。アキラもそこはわかってるんだろうけど、ちょっとキョウカを甘やかしすぎな気もする。
「だったら、キョウカがアキラにちゃんと謝ればいいんじゃないの?」
「そうなんだけど、そうなんだけどぉ……! 別に、ただ許されたいとか、そういうわけじゃなくて、だけど口論しちゃって、後には引けなくなっちゃったというか……」
素直じゃないなぁ。アキラはちゃんと謝れば許してくれるのはボクでもわかるんだけど、それともキョウカの意地なのかなぁ。そんな意地は多分いらないと思うし、だけどボクが言ったところでどうにかなるわけでもないし。
とりあえず、ボクに出来ることといえば。
「キョウカはここで寝るの禁止」
「そ、そんなぁ……!」
「というか、ボクに泣きつくなら、その前にやることがあるんじゃないの」
「そ、そうかもだけど……」
思わずため息が出る。それくらい――とは言わないけど、伝えたいのに伝えられないことだってあると知ってると、それでいいのかなぁって思うことはやっぱりあって。
「……アキラに話聞いた方がいい?」
「お願い琥珀ちゃん!」
「……はぁ」
やっぱりこの家の序列、おかしくなってないかなぁ。
「ということで、アキラにも話を聞きに来ました」
「いやまぁ京楓が気を回してくれたのはわかるんだけど……」
「ボクが聞きに来ただけだよ?」
「……そっか、悪いな。京楓、何か言ってた?」
「それ、ボクの伝聞でいいの?」
「まぁ……ほんとはちゃんと本人の口から聞きたいけど、京楓の性格的に、すぐには素直に言ってはくれないだろうから」
わかってるなぁ。アキラはそれなりに素直なだけ、キョウカよりは話がしやすい。キョウカに比べれば、だけど。
「謝りたがってた」
「……そっか」
ぽりぽりとアキラが頭をかいて、ふうとため息をつく。ため息つきたいのはボクの方なんだけどな。
「琥珀には迷惑かけちゃったな」
「うん。すっごく迷惑かけられてる」
あまり言える立場にはないとは思ってるけど、迷惑がかかることもあるのは確かだ。そうだなぁ、何があると言えば。
「些細なことで口論始めるしぎゃーすかうるさいし、それでいて気付けば勝手に仲直りしてることも多いし仲直りした後は別の意味でうるさいし、他の人より耳がいいのにうるさくて耳が痛いのに二人共フォローは何もしてくれないし、それだけ仲がいいなら他所でやってほしいかな」
「あ、あの琥珀さん……?」
「そりゃこの家に住みたいってなったのはボクの方からだけど、だけど家族として迎え入れられたからこそ口を出す権利はボクにもあると思うんだけど、そろそろボクも怒りたくもなるし、なんなら監視カメラでも付けてうるさい時はミサキにでも何か言ってもらうようなものでも整備した方がいいかなって思うこともあるし――まぁ、それくらいかなぁ」
うん、すっきりした。言いたいことはちゃんと言っておかないとね。
「ひぃ……ごめんなさい、許して……」
なのにアキラは、妙にボクに怯えてビクビクしてるんだけど。何か変なこと言ったかな。
「ほんとに二人って、こうしてみると似た者同士だよね」
「そんなに似てるとこあるか? 俺たち」
うん、なんか勝手に目が細まった気がする。今更何を言ってるんだろう。少なくともミサキもクレアもこれは絶対同意してくれる。
「ボクさ、今もまだアキラが好きなんだよね」
「……おぅ」
「だから、もしキョウカよりも、ってなったら――」
「それだけはねぇよ!」
瞬間、シン、と空気が冷えて、刹那の間をおいて張り詰めた空気が熱を持つ。ボク、こういう空気が嫌い。時には命の危険を感じるものだから。
「悪い、つい大声出ちまった」
「――その反応だけで充分、かな」
やっぱり、敵わないなぁ。アキラにとっては、キョウカのこと、それだけの相手って思ってることだもんね。それに、ミサキとクレアとの、二人を見守るっていう約束を破っちゃうことにもなっちゃう。
――けれど、やっぱり、少し、少しだけ、辛いなぁ。
「ほんとーにごめんっ! 今度からちゃんと聞くから!」
「うん、俺も言い過ぎた。まぁ、また買えばいいから」
「うん……ごめんね?」
キョウカがそう言うと、そのままアキラが抱き寄せてヨシヨシとしていた。今まだ夕飯中なんだけどな。
「うーっ、やっぱり暁のご飯おいしい……これじゃないと私もう駄目……」
「というか俺のご飯おいしく食べたいなら間食は程々にな」
「暁の間食食べたぁい……」
「そこはまた今度。そこはみさきに教わりたいし」
結局暁が言ってた京楓にご飯を作らないっていう宣言もなかったことになってるし、なぁなぁで済ませちゃってるんだなぁ。うん、目の毒。
いつものことだけど、仲直り後ということもあってかいつも以上に距離が近い。距離が近いことなんていつものことだし、その後のことも大体想像はつくけれど。
それでも、どうしても少し、ほんの少しだけ、キョウカに対して嫉妬心は湧いちゃうかな。ほほえましいという思いと、妬ましいという思いがそれぞれ半々で、未だに整理が付けられない。それでも……ずっと見させられることには、それはそれとして思うところはあるけれど。
でも、いつかのすごろくの時、反目しあってた二人のことを知ってるから。だから、これくらいなら、とも思う。
殺し合いではなく、愛し合うのは素敵なことなんだって、やっぱりそう思うから。だから二人には、いつまでもそのままでいてほしい。
ボクも……やっぱりアキラが好きだったし、今でも好きなのは変わらないけど。まずはこの生活自体に満足はしているからね。だから、気持ちの整理だけは早くつけちゃいたいな。
それに、ミサキやクレアもそうだもんね。だから、ボク一人だけそうだってことは言わないよ。それとも、逆にみんなでどこかで煽ってみればいいのかな。それはそれで面白くなりそうだね。
――うん、ボクが出る幕はもうないかな。だからあとはお二人に任せて、てきぱきと食べ終えたら、今日は早めに床に就こう。ごちそうさま、アキラ。今日もおいしかった。
やっぱり、この家でゆったりと過ごす環境は、何者にも代えがたい。キョウカは優しいし、アキラの作るご飯はおいしいし、手放したくないものだ。ボクがやっぱり今でもアキラが好きでも、こうやってただ傍にいれるのなら、それで満足するのも本当だし。
だから、暫くはこのままで。アキラとキョウカがこの家を出ると言わない限りは、ずっとこのままで。
これなら、今日もゆっくり寝れそうだね。さて、おやすみなさい――。
「くっ、京楓の、締め――中――イ――」
「い――やっ、わた――あっ、あっ――」
――やっぱり、耳栓ぐらいは、買おうかなぁ。