呪術世界の結界術師   作:ペンギンくん

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09.人外魔境新宿決戦 -漆-

 

「――と言うわけで、五条先生が負けて死んだ場合、僕が羂索の術式で五条先生の体を使って戦いますが。良いですよね?」

「馬鹿言うな。良い訳()ぇだろ」

 

 入れ替え修行の途中、休憩時間に乙骨は玻座真に自身の計画を話していた。

 五条が負け、さらに乙骨が負けた時のプラン。羂索の肉体を乗っ取る術式を使った、第二の五条計画だ。

 一部の者たちには話しているが、玻座真は忙しかったのもあり話すのが遅れた。

 

 高専側の人間として玻座真こそ()()()()()()と乙骨は感じていた。

 実力も高いが、それ以上に()()()()()()()が最強の術師に近いと考えている。一般から逸脱したその精神が能力以上の強さを誇っている。

 要するに勝つためには人から異常と言われるようなことでも躊躇いなくやるタイプであり……決して外道と言っているわけではない。

 それはともかく、そのような性質であるため玻座真なら渋りながらも納得すると思っていたため、乙骨は少し驚く。

 

「……倫理的な理由とかですか?」

「それも無くはないが、それ以上に戦術的問題点が二つある」

 

 二つ。

 多いと見るべきか少ないと見るべきか。少なくとも提案者である乙骨は多く聞こえた。

 

「一つ。お前の強みは多くの手札だ。百戦錬磨の宿儺と羂索にすら初見殺しが行える可能性があり、攻略され難いって言うのはあの二人にもない絶対的な有利点だ」

 

 どれだけ強い術師であろうと持っている生得術式は一つだけであり、裏技を使っている宿儺と羂索でさえ使える術式は二つなのだ。

 ……厳密には羂索に関しては乗っ取りの術式は戦闘用ではないためカウントしておらず、さらには判明している術式が二つだけと言う話だ。もしかしたら過去の乗っ取った術師の術式が使えるかもしれないと言う懸念は残っている。

 だがそれでも無制限とは考えられず、外付けと言う保管庫を持っている乙骨の方が上限は高いと考えられている。

 

「付け加えるとリカの存在もある。五条先生の肉体に移った場合、リカは付いてくるのか?」

「……微妙ですね」

 

 『里香』の頃であればともかく、『リカ』が付いてきてくれるかと言うと微妙だと乙骨も考えている。

 『リカ』が悪いと言う訳ではない。

 『里香』から乙骨を守るよう遺志を継いでいるのだが……逆に言えば乙骨が死んだ場合、彼の遺体を守ることに専念してしまう可能性を拭えない。

 この件に関しては本人であるリカ自身も、その時が来るまで分からないと言っている。

 乙骨が死ぬまで分からない……と言うことだ。

 

 『リカ』が外付けの術式であることも懸念材料の一つだ。

 体内に生得術式が存在しているため相殺されてしまうのか、術式の大半は内側に届かず外側……つまり肉体を認知して発動する。

 具体的には羂索の死滅回游の結界が分かりやすい。あれは受肉型術師をリストとして表示する場合、中の古い術師ではなく外の皮である現代人の名前が表示される。

 そうしたこともあり乙骨の内側から生じた術式ではなく、『里香』から生じた『リカ』は乙骨の魂や意識ではなく肉体の方に依存すると想定されている。こうなると乙骨としての戦力は大幅ダウンする。

 呪力の貯蓄だけではなく、もしかしたら模倣の術式すら機能しなくなるかもしれない。

 

「で、続く二点目。五条先生が負けるとなると無下限呪術を攻略された後と言うことだ。宿儺の状態にもよるが、攻略された術式を引っ提げて立ち向かうのか? しかも入れ替えで理解しているだろうけど、変更した肉体の操作ってかなり大変だぞ」

「まぁ、そうですね」

 

 背丈・腕・足・体重。少しでも目線の高さが変われば体を動かす感覚にも違いが出てしまう。普通自動車と大型自動車のように、重さと高さが変われば体を動かす速度や死角による危険度も大きく変わってしまうのと同じだ。

 そして入れ替え修行で何度か五条の肉体を使ったとしても、基本的に使うのは乙骨の肉体であるため、全てと言わないが経験値がリセットしてしまう。

 要するに宿儺戦で五条の肉体を使ったとしても『慣れない体』で戦うはめになるのだ。下手をすれば戦場でぎこちない動きをする味方が追加されるだけになる。

 

「模倣の術式もリカも付いてこず、肉体操作も微妙。おまけに領域を使えない可能性があるんだろ? 劣化に劣化を重ねた五条悟っぽいだけの術師が宿儺と戦う……いや、宿儺の前に出てくる話になるだけだ。お前のソレは五条悟と言う怪物になる作戦じゃなく、次に登場したら雑魚死する再生怪人のソレだぞ」

 

 酷評である。思わず乙骨も酸っぱい顔になる。

 

「……倫理観とか捨てた上で考えれば、お前のその作戦はそこまで悪くないさ。それほどまでに宿儺は確かに強い……が、それはそれとして他に手の打ちようが無いならともかく、基本的には無しの方向だ。不安材料が多過ぎる」

「うーん……」

「ま、そこまで悩むなら別に大きくは否定しないがな。だが最低でもメインプランからは外せ。ぶっちゃけ邪魔だ」

「邪魔とまで言いますか……」

「あぁ、邪魔だ。――死んでも(負けても)次があるとか頭の片隅で考えながら戦っているやつがいると邪魔だ」

 

 玻座真の発言に乙骨は言葉を詰まらせる。

 仮死状態や生き返ることを前提とした戦術を反転術式を使えるモノは採ることが稀にあるが、あれらとはまた違う。

 

「ついでに羂索の術式が、俺らが想像するように回るとは限らないしな。時間が掛かる継承の儀みたいなものがあるかもしれんし。死んだとして、五条先生の肉体で復活しないパターンもある以上、やり切ってもらうしかない」

「やり切る、ですか」

「あぁ。『次がある奴』と『後がない奴』……どっちの方が全力を出せると思う?」

「……後者、ですかね」

 

 玻座真の言いたいことを乙骨は理解する。

 『次がある』からと言って乙骨が本気を出さないとは玻座真も思わないし、乙骨自身も思わない。だが……『次がある』と考えながら戦うと、その『次』のことを意識してしまい、全力を出し尽くせないまま戦う可能性を懸念しているのだ。

 本気で戦うだろうが、本気の本気で戦えるかはまた別。無意識の部分に存在している『全力』を搾り尽くすように出し切れるか、と言う話だ。

 

「…………」

 

 ()()()()のことを考えることはあっても、()()()()のことを考える者はいない。

 ただし、玻座真は別だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それでもなお納得し辛いって言うなら……あえて倫理観に寄り添って言うか」

「倫理観に……?」

「そ。つまり……生きて五条先生に親友の遺体を届けるだとか。――家入さんの前に五条先生の遺体まで持っていくのか、とか」

「……それ言われると弱いんですが」

 

 五条と夏油の同期である家入硝子。彼女のメンタルは強いが、それは外から見える彼女の姿に過ぎない。

 実際、五条の死体の利用について話した時、彼女はそこまで気にしないと言っていたが……善性の人間である乙骨としては改めてソコを突かれると我儘を言い辛い。

 

「ま、五条先生の性格上だと好まないだろうが……死にそうだったら普通に助けるで良くね? って感じだな。少なくとも鹿紫雲のように術式発動すると絶対に死ぬから救うことが出来ないって、わけじゃないんだし」

「そうですね。僕としても、五条先生が死なない方が嬉しいですし」

 

 玻座真の言葉に納得し、それでこの話は終わった。

 

「…………」

 

 それはそれとして、やはり目の前の先輩は自分が思った通りの人だった、と言う感想も抱いた。

 助けられるなら五条を助けたい、という言葉は真実だろう。比重としてもこちらが重いはずだ。

 だがそれはそれとして玻座真が乙骨に強く伝えたかったのは後者――保険がある状態で全力を出し切れるのか、と言う方なのだろうなと感じた。

 普通であれば倫理や恩師の救助に心が傾くだろう。そうじゃなくても死体の利用などと言う外道の行いに関して嫌な顔をするはずだ。だが彼が気にした部分はそこではなく、乙骨の動きの指摘を終始していた。

 人間性が異常である。その性質は最強の術師たち寄りのものだ。

 決して外道ではない。

 だが……術師であることを踏まえても、大きく逸脱した思考と精神をしている。

 真の怪物からして見れば、怪物になろうと苦悩している自分の姿は呆れたものだったかもしれない。

 そう考えながら鍛錬を再開した。

 

 

   ◆◆◆

 

 

 『蒼』と違い『赫』と『茈』はそこまで早くない、と言う弱点が存在する。

 そのため『赫』は敵対対象の近くからぶっ放し、『茈』は準備が必要なことから攻撃範囲を広げて当たるようにしている。ただし『茈』に関しては伏黒甚爾の時のように距離が離れていない上に速射する必要がある相手の場合は、『赫』と同じくらいの攻撃範囲で済ませることもある。

 この戦いにおいて五条が基本的に使っているのは後者であり、最初の開戦の合図となった全力全開の『茈』以外は威力や範囲が犠牲となっている。そしていま発動した『茈』も範囲を犠牲にしたものに分類される。

 その代わり集束性ゆえの突破能力……つまり貫通能力が高くなっている。

 宿儺の硬い呪力強化すらも越え、五条の『茈』は……

 

「が……ふっ……」

 

 破裂した『茈』に巻き込まれ、宿儺の右半身はほとんど消滅していた。

 右腕は肘まで消えており、さらに右足は脇腹と共に丸々削れている。

 円状に広がって宿儺を傷付けた『茈』は右半身に限らず、左足まで若干届いていた。

 頭部は右耳が完全に消えた程であり、脳は到達していないことが見てわかる。

 明らかに致命傷だ。例え特級術師であろうとも放置していれば死ぬような状態。

 

 だが……それが両面宿儺で無ければ、の話だが。

 

 肉体の四分の一を失ったことにより宿儺の体内を巡る呪力にも乱れが生じているが、それでも反転術式の出力はそこまで落ちていない。じきに完治するだろう。

 無論、それを黙って眺めるつもりはない。

 右足と言う支えを失い倒れ始める宿儺に駆け寄り、五条は左右に『蒼』と『赫』を纏わせた拳撃を放つ。

 ただでさえ片足を失ったことによりバランスを失った宿儺に対し『引き寄せ』と『引き離し』の術式を使うことによって、宿儺にリズムやペースの回復をさせないよう阻害しつつ、大ダメージを与え続ける。

 

「ぐっ……」

 

 宿儺の術式は斬撃と言うシンプルなものであり、そのシンプルさだけでは殺せない敵に対しては拡張術式で不足分を補ってきた。

 だが流石に失った肉体の部位の代わりに使えるものではない。縛りによって封じてしまった十種影法術であれば代用に使えたかもしれないが、後悔したところでしょうがない。

 残った左足を思いっきり蹴られ、地面に叩きつけられる。

 すぐさま残った腕を引っ張られ、無理やり起こされる。

 脇の下の部分を蹴られて肩の骨を外され、そしてそのまま腹を蹴られ吹っ飛ばされる。

 

(マズいな……)

 

 一方的な展開に見えるが、宿儺の残った腕で五条の拳撃を出来るだけ防いでいる。そして同時に失った足の再生を行っていた。

 攻撃の仕方から狙いが見えてきて宿儺は眉の端を上げる。対して五条は顔には出さないようにしつつ、苦々しく感じた。

 

(反転術式による回復をした後のことを考え骨をズラすための攻撃を混ぜてきたな)

(遠からず足は治るだろうけど……鬱陶しいのは、この位置から戦地が変わらないよう対応されてる。耐久戦も上手いってマジか)

 

 攻撃ではなく防御に集中しているのは、出来るだけ今いる場所を保ちたいからである。

 この場には宿儺の『次元を裂く斬撃』による傷痕が残っている。それにより領域展開を封じられている。

 今の宿儺であれば【無量空処】に対処出来ないため五条としても仕掛けたい状態だが、それは相手も分かっているため状況を維持しようとしているのだ。

 拳撃レベルではない『蒼』や『赫』による大技を使おうとすれば、それを妨害するように『解』が飛んでくる。体術に関しても片腕と片足に慣れてきたのか、逆立ちの状態で回し蹴りを放ってくる始末となっている。

 その姿を見て五条は思わず口角を上げてしまう。

 

(ハハッ……ここまで追い詰めても駄目なのか)

 

 ネガティブなことを考えているように見えなくもないが、心はその反対の気持ちを彩っている。

 驚嘆と感服。そして賞賛と……対抗心。

 本当であれば先程の『茈』で倒せたはずだった。だが今までの戦闘経験による直感が五条の狙いを見抜いたのか、ギリギリ回避と防御が間に合ったのだ。

 もう一度『茈』を狙うか? いや、宿儺は二度も同じ技を喰らうことはないだろう。

 何よりその回復力……反転術式が厄介だ。

 五条も行えるが、尽きない継戦能力とは『終わらせ方』が分からなくなるものだ。

 いつもの五条であれば領域や『茈』による一撃必殺で始末するか、六眼による尽きない呪力によって相手の消耗を待つと言う選択肢があるのだが……残念ながら相手は両面宿儺だ。

 六眼を持つ五条ほどではないが呪力の消耗率が極限まで低く、さらに出力が高いため必殺も時間切れも見込めない。そして領域も封じられている。

 

「……はん!」

 

 小さく笑う。

 そこには少しの諦めと、同時に次の勇気への感情が含まれていた。

 そう、勇気である。

 自身よりも強い敵に立ち向かうための勇気……ではない。今までの自分を超えるための勇気。

 この手(・・・)を使えば勝てるかもしれないし……逆にあっさりと負けてしまうかもしれない。未完成にもほどがあり、これが原因で雑に死んでしまうかもしれない。

 

「…………」

 

 生徒であり弟子でもあった伏黒恵との会話を思い出す。

 『「死んで勝つ」と「死んでも勝つ」は全然違う』と言う、彼に投げた自身の言葉。

 この状況(いま)の自分はどっちだろうか。

 勝つために死すら許容する自分? そもそも死んだ後のことはどうでも良いだろうって言う自分?

 呪術師はいつ死んでもおかしくない世界で生きている存在だ。だがこれから自分がやろうとしているのは、またそれらとは違う気がする。

 

(――いいよね、別に)

 

 今まで……いや、いつもと違い自分以外に任せられる者たちがいるのだ。ならやりたいようにやって、それが失敗して死んでしまっても……別に構わないはずだ。

 やらなきゃ殺されるかもしれない。託せる者たちがいる。

 なら、やりたいことをやり切っても良いはずだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「……?」

 

 五条の雰囲気が変わったことを、宿儺は感じ取った。

 気取ったような、投げ出したような。

 ……これから自分が行うことに対し、どこかワクワクしているような小さな笑みを浮かべているのを、宿儺は視界に捉えた。

 

(新たな手か?)

 

 感覚的に五条が今までやってこなかったことをやろうとしていると、宿儺は察した。

 別におかしいことではない。五条が使ってきた技は宿儺が防ぎ切り、対応してきたのだ。それは変則的な『茈』も変わらなかった。

 そのため宿儺を倒すには、彼の対応力を超えたモノをぶつけるしかないのだ。

 

(さて、次はどっちだ?)

 

 実のところ足の再生はいつでも出来る状況であり、現在は留めているのだ。どのタイミングで一気に治せば相手の意表を突けるのか。

 そう考えているうちに五条の雰囲気が変わった。

 ……次の一手はどんなのかを予想する。

 大技を放つための、小技か。それともそのまま宿儺を倒すための大技か。

 それによって自分もどうするか考え、

 

(――治すか)

 

 今までの五条の技は、どちらかと言うと大技に繋げるための小技が多かった印象だ。だがそれは自分がどこまで出来るのか測るためのジャブだったように思える。

 それがちゃんとした技としてそろそろ昇華してもおかしくない。

 故に警戒して宿儺は足を治し、バランスを取り戻す。

 そこまでは問題は無かった。

 

 五条としても、問題は無かった。

 

「……あ?」

 

 バシリ、と腕を思いっ切り掴まれた。

 左腕の手首を、五条の右手に掴まれた。残った腕を『蒼』を使って潰しに来たのかと思い呪力を集中させたが、どうにも違うらしい。

 空手の左腕で殴ってくるわけでもない。蹴ってくるわけでもない。呪力の流れもそこそこであり、『茈』や領域どころか『赫』を放つ気配すら感じない。

 戦闘中だと言うのに平常時の五条に近い状態。だからこそ今まで以上の違和感を宿儺は覚える。

 ……そう、平常時と同じように無下限呪術はニュートラルな防御用のものだけであり。

 

「極ノ番『無―――」

 

 その声を、宿儺は拾えなかった。

 

 

 

 

 

 六眼を持ち、無下限呪術を抱えて生まれてくる五条家の術師はその時代において最強と言える存在となる。

 だが最強であっても修得出来ずにいた技があった。それは歴代最強とも呼ばれる五条悟であっても変わらぬことであった。

 それは術師としての才能や潜在能力が低い、もしくは技術力が足りてない……などと言う理由ではなかった。

 問題点は術師としての限界ではなく、人間としての限界であった。

 それ(・・)は、歴代の無下限呪術の使い手たちが完成形を理解しながらも到達することが出来なかった奥義。

 要するに無下限呪術を使っていれば……誰もが思いつくモノ。

 最初に思い付き、だが届かなかった無下限の術師は……こう名付けた。

 

 

「極ノ番『無量空処』」

 

 

 ニュートラルな無下限呪術が、少し宿儺側に広がる。

 術者である五条だけを囲うそれは、五条と宿儺を囲う位置にまで伸びた。

 外から見れば変化が分からないような状態。消費量は『蒼』や『赫』よりも少ないため呪力的に変化が比較し辛い術だ。

 

 だが……術者である五条と、術を喰らっている宿儺の内側には大きな変化が起こっていた。

 

 五条が宿儺の腕を掴んだ状態で、お互い見つめ合った状態で停止してしまっている。

 1秒……2秒……3秒……と経過する。

 そして4秒……5秒と経ったところで、ようやく観戦している者たちにも分かる変化が訪れる。

 つ――――ぅ、と宿儺の鼻から血が流れ始めた。

 彼はそれを拭う素振りをも見せず、ただ時間が流れる。

 そこからさらに目から、口から血が流れ始める。

 そして…………五条の鼻からも血が流れ始めた。

 

   ◇◇◇

 

「五条先生は……領域の補助なしで『無量空処』を成り立たせているんだ……」

 

 ありえないものを見たような表情を浮かべながら、玻座真はまるで呻くような声音で五条が何をしているのかを口にする。

 困惑していた他の高専の者たちは玻座真の方に一度視線をやり、また五条と宿儺の方を見る。

 

「あの……領域の補助なしってどう言うことですか? 領域を使っている時は術式効果が上昇する、って言うアレですか?」

「いや、それじゃない。……五条先生の無下限呪術は六眼無しではただただ自身の無限に食い潰されるデメリットが強い術式だ」

 

 三輪の質問に対し、玻座真は説明を始める。

 

「無下限の内側に入り込んだものは専用の対処法を持ってこない限り、情報が無限に入り込んできて脳が耐え切れず、大体のやつは短時間で死亡する。そうじゃなくても動きを停止させてしまう」

「はぁ……なるほど?」

「六眼による呪力操作があるからこそ、無下限呪術の使い手はその『無限』を術式として操ることが出来る。そしてそのデメリットを敵に押し付けるのが、領域展開の【無量空処】だ」

 

 東京校の生徒たちとは違い、京都校に所属している三輪は五条が最強であることは知っているが無下限呪術についての詳細を知っているわけではないため、玻座真の説明を聞き「ふむふむ」と頷いている。

 

「ただし、六眼があっても無下限呪術は脳処理に負荷を与える。対策として五条先生は反転術式によって常に脳を回復させているが……それでも限界がある」

「限界、ですか?」

「あぁ。人間の脳である以上、超えられない一線は存在する。……100%の数字内であればどれだけ無下限呪術を使っても反転術式で何とかなるが、それより上の数字は反転術式でもどうにもならない。何故なら容量と言う上限がある以上、もはや脳自体にメスを入れて無理やり容量を増やす以外方法が無いからな」

「うへぇ……」

 

 脳にメスを入れると聞き、思わずイメージしてしまい三輪は呻く。

 

「だけど、バカ目隠しは別に脳改造なんてしてないだろ」

「してないな。つまり容量を増やしたんじゃなく……処理の質が上がった、ってことだ」

「……? と言うと?」

「見ての通り無下限呪術は『無限』を操るのが本質であり、それによって空間に干渉しているわけだが……何度か触れているが五条先生は別に空間自体に対して詳しいわけじゃない。六眼があることによって、術式を扱う呪力操作が長けているんだ」

 

 話ながら玻座真は懐からスマホを取り出し画面を一瞥してから、説明を続ける。

 

「そこで俺との入れ替え修行により、空間への理解度が高まった。理解度が高まったものに対し脳は計算と言うよりも、意味の把握に近い行いをする」

「意味?」

「子供の時はノートに数式書いて答えを導き出していたが、大人になるとその問題を見ただけで答えが脳に浮かぶみたいな感じだな。計算していると言うよりも答えを覚えているって感じになるわけだが……要するに計算する工程を省けるようになる」

「ん、んー? 言いたいことは分かるような分からないような……」

「……普通の人間には見えないだけでそこら中に物質名や数字が浮かんでおり、それを理解するために計算する必要があったが……それを省略出来るようになった、と言えば良いか?」

 

 空間を理解すると処理が軽減すると言われてもあまりイメージ出来なかったが、具体例を出されてある程度想像が出来るようになる。

 五条は今まで空間に対し詳しくなかったので毎回1から計算していたが、今はその計算を省略出来るようになったため脳の負荷処理が減った、と言うことだ。

 

「その結果が……無下限の距離を少しと言えど伸ばせるようになった、ってことか?」

「最初の質問に戻りますが、つまり人間の脳による処理能力では限界があるため領域の結界に生得術式を付与することによって自動計算させてた感じですね。……領域の方の【無量空処】と違って効きが遅い上に弱いのもそこが原因でしょうし、五条先生自体も処理し切れなくて若干自爆気味ですが……」

 

 多分だが、最終的には『蒼』や『赫』みたく『無量空処』を相手に飛ばして当てる、と言う構想があるのではないかと一部の者たちは考える。

 この戦いにおいて五条は自身の術式を相手に付与する、と言う技を見せた。他にも宿儺の動きが鈍くなっていた時があった。

 あれらは遠隔版『無量空処』の一段階目と言ったところだろうか。

 どちらにせよ、

 

「――領域展開出来ないなら、ダウンサイジングした『無量空処』をぶつける。これによって反転術式による回復を無効化出来た」

 

 癒えないダメージを与えるための術。

 五条も処理がまだし切れてないところを見るとまだ本当の意味で完成はしていない荒技なのだろう。

 だが、確実に宿儺の動きを封じながら彼にダメージを与えられている。

 

「ダメージ量で言えば宿儺の方が明らかに上だ。それに弱体化してるにせよ『無量空処』なら、一度食らえば対処はもう無理だ。自滅を含めたとしても、このままなら五条が勝つが……」

 

 普通であれば勝つ。

 それが通じなかったのが、この戦いでは何度もあった。

 これで駄目なら……それこそ本当の【無量空処】を当てるしかないだろう。

 だが、現状を宿儺が許すかはまた別の話だ。

 

「…………」

 

 宿儺の脳への負荷による出血量が増す。

 だがそれと同時に宿儺は笑みを浮かべ始め、それを見て五条の笑みも鋭くなった。

 

「……展延」

 

 玻座真の呟きを耳にし、この場にいる者たちが驚く。

 不完全と言えど『無量空処』なのだ。脳が麻痺し何も出来なくなるはずなのに、宿儺はそれを超えてきたのだ。

 無意識に唾を飲み込んでから、草薙は玻座真に問う。

 

「……展延を使えるだけの余裕が宿儺にはあった、ってことか?」

「『無量空処』で脳が圧迫されている以上、複雑な呪力操作である領域展延を一から組み上げることは無理です。……多分ですが五条先生の動きに違和感を持ち、元から宿儺は展延を使おうとしていたんだと思います。で、間に合わず『無量空処』を食らったと」

 

 渋谷の特級呪霊たちとの戦いにおいて、五条は0.2秒の【無量空処】を展開した。そして術式を受けた中には脹相も含まれていたが、回復は早い方だったらしい。

 無論、0.2秒に過ぎないが……一般人との時間の差はかなりのものだ。

 術師だから、受肉体だから、半人半呪霊だから。

 色々の要素が思い浮かぶが、肉体の構造によっては【無量空処】の効き目が薄いことを五条本人から聞いている。

 宿儺も元は人間の術師であったが、今は受肉体である。弱い『無量空処』と言うこともあり、多少は動けたのだろう。

 

「感覚的なものですが、あの展延は粗いものです。多分五条先生よりも『無量空処』のダメージが大きいはずですが……」

「ダメージ量よりも宿儺の意識がすでに回復しているように見えるのが……やばそうだ」

 

 【無量空処】の特長は二つ。

 敵に対して必中必殺であること。

 そして相手の動きを完全に止めること。

 脳へのダメージと言う反転術式が効き辛いことも含めると三つかもしれないが、この『無量空処』においてはその全てが半減していると考えて良いだろう。

 

「えっと、さっきみたく五条さんが簡易領域を使って展延を中和とかって出来ないんですか?」

「今の状態だと簡易領域を出せる余裕は無いのだろう。それに……下手にここで結界術を使うと領域として展開してしまう危険性があるんじゃないか?」

「ん……なる、ほど」

 

 三輪の疑問に、今まで何かを測るように画面を見つめていた日車が反応する。

 玻座真から話を聞く限り領域展延の方は術式を組み込んでいない、領域の結界を利用した技と聞く。要するに術式を使用してしまうと領域展開が行われてしまう可能性がある、と言うことだ。

 ならば同じく簡易領域でも同じようなことが発生する可能性がある……と言う考えがあってもおかしくない。

 ただし生得術式を持たない三輪としては判断がし辛いため、少し曖昧な返事になってしまった。

 

「と言うか結構時間経ったよね? まだ宿儺の斬撃痕ってやつ、あるの?」

「多分ですけど、『無量空処』の中にいる二人の時間感覚は曖昧になっているのかと」

「あー確かに」

「…………。…………あ?」

 

 綺羅羅と虎杖の会話を聞きつつ画面を見ていると、向こうで変化が起こる。

 その変化に驚くが、術者である冥冥の意思を汲み取りカラスの数匹は二人に近づき……その変化をより見やすくする。

 

「……………」

 

 宿儺の姿が、変貌した。

 

 




乙骨の五条の死体利用については色々なメリット・デメリットに目を瞑ったとして。作者が個人的に思っていたところは「これ乙骨、全力出し切ってから宿儺に倒されたのかな……」と言う感情なんすよね。もっと行けたやろ、と。
なのでそこだけは絶対に作中で出そうと思ってました。実際、玻座真の人物像的にも指摘するだろうな、と。ここら辺は転生者:玻座真護良は気にする部分だなーと。


長くなってきて、ついでに次回の話の構造的にもここで区切り。
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 どこぞのヨン様みたいな見た目と名前と声を持って呪術廻戦の世界に転生してしまったけど、死なないように呪い合うお話▼ (尚この世界では歌姫はさしす組の一つ年上、冥冥は二つ年上である)▼ 特につぶやく事はないですがXアカウント(旧Twitter)とかあったりします。ご意見やご感想などいただけると励みになります。▼ https://twitter.com/@pNl…


総合評価:34470/評価:8.56/完結:28話/更新日時:2025年11月08日(土) 17:00 小説情報


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