両性種の星ヴェネ。そこでは人は男性でも女性でもない未分化の状態で生まれ、成長して思春期に入ると男性か女性に変化する。しかしこの星では法律により男性になれるのは長子のみ。末っ子のフロルは両親が、すでに8人の妻がいる年上の男の元に自分を嫁がせようとしている事を知り、9人目の妻としての屈辱的な人生から逃れようと、男性になる資格を手に入れるため、宇宙大学を受験する事を考え密かに受験勉強を始めた…。


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 両性種の星ヴェネ。そこでは人は男性でも女性でもない未分化の状態で生まれ、成長して思春期に入ると男性か女性に変化する。しかしこの星では法律により男性になれるのは長子のみ。末っ子のフロルは両親が、すでに8人の妻がいる年上の男の元に自分を嫁がせようとしている事を知り、9人目の妻としての屈辱的な人生から逃れようと、男性になる資格を手に入れるため、宇宙大学を受験する事を考え密かに受験勉強を始めた…。


飛翔~自由へ (家父長性のはびこる故郷を抜け出すため、フロルは密かに大学受験を目指す)

萩尾先生の漫画「11人いる!」の二次創作です。ここではフロルが大学を受験するまでを描きます。

 

 

 

それは春の晴れた日。惑星ヴェネの空は淡い青色で白い雲が積み重なっているように見えた。花々が咲き誇る丘の中腹の木陰で一人の少女──実際には未分化のため少女というのは正確ではないのだが──が木の幹にもたれて本を読んでいた。そよ風が揺らす金髪の巻き毛を時々うるさそうにかき上げながら。

 

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 やがてパタンと本を閉じると少女は花咲く草むらに体を投げ出し空を見上げた。金髪を花と間違えたのか、鮮やかな空色をした蝶々がふわふわと飛んできた。そっと白い指を差し出すと蝶はその上に止まった。

「わあ…きれい…」はしばみ色の瞳が大きく見開いて指先の蝶を見つめた。

 

 

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そのとき

「フロルー!」

名前を呼ぶ年配の女性の声が響いた。

蝶々は慌ててまたふわふわと飛んでいった。フロルは上体を起こした。

「フーロルー!」

本を無造作に袋に投げ入れ肩にかけるとフロルは答えた。

「今行くよ!」

丘の麓のレンガ造りの大きいがどこか古風な家の勝手口でフロルと同じような金髪をした年配の女性が待っていた。

「フロル、どこ行ってたの?今日が大切な日だってわかってたでしょ?」

フロルは上目遣いに母親を見つめる。

──わかってる。わかってるからつい寄り道したんだ。それで…

「早く中に入りなさい!」

 

 

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「こっちよ!」

その小部屋の隅にはトルソーが置いてありこの惑星ヴェネの正装となるドレスがかけられていた。つややかな生地。鮮やかなレースに手の込んだ装飾。母親が3月程前から準備していた物だ。

 ドレスを着せられ大小様々な花をあしらった髪飾りも着ける。女性の正装なので腰には手の込んだ鞘に入った小刀もつける。母親は化粧道具を手にして、フロルに化粧をほどこしはじめた。濃いアイシャドウ。マスカラ。チークに濃いルージュ。

 

 

 

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 鏡を見るとまるで自分とは思えない姿が映っていた。その姿は気楽な子供時代が終わることをフロルに告げていた。

「でさ、母上。オレの許嫁って結局誰なの?」

母親は手を休めてふっとため息をついた。

「お父様がすべて決めていらっしゃるから。あなたは何も考えなくていいのよ」

 

 この惑星ヴェネの住民は両性種で、子供は男性でも女性でもなく未分化の状態で生まれる。成長して第二次性徴が現れる変化の時期を迎えれば、生物学的には男性女性どちらになる事も可能だ。しかしこの星の法律で「社会の平和を保つため」に男性になれるのは長子のみ。第二子以降は変化の時期が来れば女性ホルモンを与えられ女性になると決められていた。そのため男女比はいびつで、だいたい1:4.5。男性は4人か5人の妻を持つのが一般的だった。それ以上に多くの妻をめとる金持ちも珍しくはなかった。だから末っ子のフロルには女性になる以外の選択肢はなかったのである。

 そして家長制が幅を利かせ、男性に様々な特権が与えられているこの星では、すべて父親が結婚相手を決めるのが当たり前だった。女性は結婚式でもてはやされるが、それは一瞬で、その後は一生嫁いだ家を守り仕える。家事をこなし、子供を産んで育て働き、結婚相手に仕え、他の先妻たちの顔色をうかがいながら暮らしていくのだ。いつ頃からだろうか、姉たちを見ていてフロルは自分も同じように生きていくのだ、退屈な人生だが仕方ないと思っていた。

「ほら、これを持って」

母親が大きな花束を渡した。許嫁に渡す歓迎の花束だ。

「行くわよ」

 

 

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 客間は大きく暗く、高い天井のわきにある小さな天窓から光が降り注ぐものの、部屋全体を明るくするほどではなかった。

「どうぞ、こちらへ」

父親の声がする。そして入ってきたのは…。

──最悪!

 フロルは目を大きく見開いて相手をにらみつけ心の中で毒づいた。

隣の領主だ。すぐ隣にある広大な領地を治めている。金持ちで権力もあるが人柄は最低。すでに8人の妻を持っている。

 

 彼は椅子に座ると、その視線は立っているフロルをゆっくりと上から下へとまるで値踏みをするようにねめ回した。フロルはまるでその視線がねっとりと身体に絡みつくかのように身震いした。

「…まだ子供ですが」父親が媚びるように言う。

領主はにやりといやらしい笑いを顔に浮かべた。

「構わんよ。わしは8人目の妻をもらったばかりだ。急ぎはせん」

──そしておまえがその若い8人目の所ばかり入り浸るから、第1夫人と第2夫人が共謀して裏で若い妻をいびり回しているんだろうが!

 それだけでなく夫人たちは裏で絶えずいがみ合い、年下の妻達をいじめ、8人目の若い妻はよく地獄のようだ死にたいと言って泣いていた。近所では有名な話だ!

そして…フロルはぞっとした。自分が9人目になったら確実に同じ目に遭う。女たちの陰湿ないじめの中で年を重ねて生きていかなければならないというのか。

 

「わしは子供なんぞ興味がない」領主は言った。

「胸も腰もできあがってない子供なぞ抱いてもつまらんですからな!」

 そして領主は自分が気の利いた冗談を言ったかのように顔をのけぞらせて笑った。

花束を抱えるフロルの手が怒りと嫌悪でぶるぶると震えた。

 

「フロル、何をぼうっとしてるの。領主様に花束を」母親が耳打ちする。

 フロルは逃げ出したい気持ちを抑えながら、領主をにらみつけていやいや近づいていった。領主はフロルが近づくと、いきなり花束をもぎとりフロルの腰に手を回して抱き寄せた。

「…美しい…」

領主はフロルの頬に指を這わせてつぶやいた。脂ぎった指が頬をなで回す。

次の瞬間バシッと音がした。

フロルは領主に平手打ちをくわせていた。

「フロル!なんてことを!」

叫ぶ母親を尻目にフロルは部屋を走り出た。領主のあげるいやらしい笑い声がひっひっひとあたりに響いていた。

 

 フロルは自分の部屋に入ると水道の蛇口をひねり手でごしごしと頬をこすった。領主の手の跡を消そうとするように。

 髪飾りをかなぐり捨て、ドレスを脱ぐ。そして下着のままフロルはベッドに突っ伏した。

──いやだ、いやだ、いやだ!!

涙があふれる。

──死んだ方がましだ!

 領主は帰って行ったのだろうか。客間からは何も物音は聞こえない。

 フロルは普段着に着替えると二階の自室の窓から屋根に降り飛び降りて出て行った。どこへ行くかあてはなかったが、じっとしていたくなかった。

 気がつくと橋の上を歩いていた。

──ここから飛び降りたら死ねるな…。

橋の上から下を見下ろす。遙か下に渓谷があり、まわりはゴツゴツとした岩だらけだ。フロルは手すりの上によじ登り…。

 

 

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「おい、大丈夫か?」

気がつくと何人かの人が橋の上に横になっているフロルの顔をのぞき込んでいた。

「オレ…」

「おまえ、自殺しようとしたのか?」と一人が問う。

「いや、この子は自分で欄干にしがみついた。俺は見ていた。自殺じゃなくて足をすべらせたんだ」ともう一人。

 

 フロルの記憶が戻ってきた。飛び降りた瞬間、生きたいと強く思ったのだ。そして次の瞬間落ちながら欄干にしがみついた。鋭い反射神経が幸いした。欄干の根元にぶら下がったが自分の身体を持ち上げる事はできなかった。幸い通りがかりの人が引っ張り上げてくれたのだ。

「とにかく命拾いしたな。気をつけろよ」

人々はフロルが無事だとわかるとすぐに去って行った。

──そうだ。自分は死にたいんじゃない、生きたいんだ。でもどうやって?

 

 またもあてもなく歩いていると「おーい、フロル!」と声をかけられた。見ると公園の隅に知り合いが何人か集まっていた。

「何?」

訪ねるフロルに一人がタバコのような物を差し出した。口にくわえて吸ってみる。

「これ、何?」

「ドラッグ。いい気分になれるぜ。現実を忘れられる」

「現実を…忘れられる?」

「そうさ。いいだろ」

フロルはドラッグを口から離すとぽいっと放り出した。

「おい、何するんだ?これ、結構高いんだぜ!」

しかしフロルは背中を返して去って行った。

──現実を忘れたって現実は変わらない。オレは…現実を変えたいんだ!

しかしどうやって?

答えは皆目見つからなかった。

 

 次の日。フロルは学校に行った。生きるために何をすれば、どうすれば現実を変えられるのか、まるでわからなかったが、他に何も思いつかなかったからだ。

 

 

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 歴史の授業だった。

「私たちの星、ヴェネは昔は戦争が相次ぐ星でした」

歴史の教師が前で話している。

「今から200年ほど前、人工的に性ホルモンを作る技術が確立されました。そして時の指導者デーム郷はそのときに男性になるのは長子のみで、他の子供は女性になるという法律を作り出したのです。

その結果、以後大きな戦争はこの星では起きていません。私たちの星は平和な星となったのです」

 

フロルは手を挙げた。

「先生、質問!」

「はい、フロル?」

「長子以外で男性になった人はいるの?」

教師はタブレットを操作し、新しい画面を電子黒板に映し出した。

「性別自己決定権を取得した人は今までに15名います。一番有名なのはゲリーズ博士です」

「博士はいったん結婚しましたが後に離婚して大学に戻り、安全で確実なホルモンの生成法でこの惑星ではじめて恒星間未来創造学術賞を取得しました。このとき彼女は58歳で、このときの彼女の言葉、『男性か女性かという事は私には意味はありません。私は人間です』は非常に有名です。

「結局彼女は性別自己決定権は得ましたが、それを行使することはなく、女性として生涯を終えました」

恒星間未来創造学術賞。フロルはタブレットを操作して調べてみた。

 

 

     恒星間未来創造学術賞     

 

地球標準年で年に一度テラ、サバ、セグル及び辺境惑星において、科学分野において顕著な功績をあげた個人、グループ、研究所に与えられる賞。後にあげる13の部門に於いてそれぞれ選考委員が協議選考した対象に与えられる。 

 元々はテラ本星およびテラ系植民惑星でノーベル賞と呼ばれていた賞。テラ系が他の2惑星系と学術的に協力する規約を結んだ際に分野と人数を増やし、名称も変更した。

さらに

 

 

    性別自己決定権

 

  ヴェネ星においては性別は長子は男性、それ以外は女性と定められているが、以下に記す10の条件に限って本人の希望で性別を決定することができる。

 読んでいてフロルはがっかりした。50過ぎにならないと取れないような学術賞。それに15名のうち9名は、未分化の時点で非常に体格と運動能力に優れた者が、新記録を出すために男性を希望したとわかった。

 他にもいくつか条件が挙がっていたが、いずれもフロルの年齢では不可能な物ばかりだった。

しかし…。

 

 

   10. テラ系管轄銀河恒星間未来総合大学(通称宇宙大学)入学

 

 これなら間に合う。というかこれしかなさそうだ。

 

 フロルはさらに入試科目を調べた。まず入試資格は一切不問。誰でも挑戦可能。これはよい。

しかしどこでどうやって何を勉強すればよいのだ?

 

 次の時間、別の教室の一番後ろの席にフロルは座っていた。他の生徒たちはフロルをチラチラと見ながら小突きあってクスクス笑っていた。

 やがて教師が入ってきて授業が始まった。

「…つまり君たちはいずれ家庭を持ち、妻を何人か持つ。家庭には規律が必要だがそれには…」

やがて鐘がなった。教師は声を上げた。

「今日の授業はここまでだ。宿題をやっとけよ。それから」と教師は教室の後ろを見やった。

「フロル!この後すぐにこっちに来い!」

他の生徒たちは腹を抱えてどっと笑った。

 

 フロルは廊下で教師の前に立った。不満そうな顔で上目遣いに教師を見つめる

「黙って教室に入って授業を聞いたのは悪かったよ。それは謝る。でも長子向けの授業だから特別な事を教えるかと思ったけど、結局女性をどう扱うかの話しばかりじゃないか。こんなの学問じゃない。もう来ないよ」それだけ言うと、怒って「おい!」と声をあげる教師を尻目にフロルはくるりときびすを返すと去って行った。

──結局自分で勉強するしかないのか。

 

 

 町の図書館。背の高い図書館員の女性が本の山をカウンターに持ってきた。

「はい、これが予約していた本全部よ」

フロルはカウンターの上に積まれた本の山を見つめた。

「テラ系史概論」「サバ系概略史」「セグル系中心星の地理」「恒星間交流史概略」……。

「これ全部読むの?」

「うん」

「ねえ、フロル。この本、何のために読むの?」

フロルはカウンターの後ろにいる図書館員を見上げた。

「誰にも言わない?」

図書館員は微笑んだ。

「図書館員は利用者の秘密を守るのよ」

「…オレ、宇宙大学を受けようと思ってる」

「…そうなの」

図書館員は少し考えていたが、「待ってて」というと奥に引っ込み、しばらくすると小型のキーボード付きタブレットを持ってきた。

 

 

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「宇宙大学はすごいところよ」彼女は説明を始めた。

「意欲と才能があれば、どんな環境にある人であれ教育の機会を提供する、というのが大学の理念なの」彼女はタブレットの電源を入れた。

「だから入学のための勉強にはものすごい数の講義ビデオを無料で公開してる。大学のサイトから全部見れるわ」

「1次試験はこのビデオをすべて見て理解したら、誰でも受かるとすら言っているわ。ただしものすごい数よ。ある意味手の内を全部見せてるわけ」

フロルは目を見開いてタブレットと図書館員を代わる代わる見つめた。

「このタブレットは昨年までここで使っていた古いモデルなの。でもビデオを見るには支障はないわ。あげる訳にはいかないけど、あなただけ特別に長期貸し出しするわね。必要なだけあなたが持って使っていいわよ」

フロルは驚いた顔で図書館員を見上げた。

「その…あ、ありがとう」

「がんばってね」彼女はにっこりした。

 

 家に帰るとフロルは早速宇宙大学のサイトを見てみた。確かに入試科目と動画のリンクがあり、その先を見ると各科目ごとにずらりと動画へのリンクが並んでいた。

生物学、物理学、化学、数学、銀河共通語による文学と表現、情報処理、プログラミング基礎、テラ系主要惑星地理、サバ系主要惑星地理、セグル系主要惑星地理、テラ系近現代史、サバ系近現代史、セグル系近現代史、恒星間交流史…

 見るだけでうんざりするほどの科目が並び、それぞれにとんでもない数の講義ビデオへのリンクがあった。

──でもこれを全部見て理解すれば受かる?

フロルはふうっとため息をついた。勉強は特に好きでも嫌いでもなかった。劣等生ではないが、優等生でもない、普通の生徒だと思っていた。でも……それじゃやるしかない。

 

 

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 学校に行く意味はなくなった。フロルは毎朝学校に行くふりをして図書館に行きタブレットを使って動画を見て学習した。1時間ほどの動画はだいたい10本一組。一応最初の3本以外は有料となっているが、各動画の最後にテストがあり、最初の3回のテストで90点以上をマークできると残りの7本は自動的に無料で見ることができた。参考文献や資料もふんだんに提供されており、確かにタブレットさえあればどんな星のどんな環境にある人間でも自分で学習できるように工夫されていた。

 一ヶ月ほどそんな生活が続いただろうか。視聴済みの動画の数は徐々に増え、タブレット内のメモ文書と動画の内容をまとめた紙のノートも増えていった。

 

 ある日いつものように図書館に行くと、もう一人の生徒がタブレットを熱心に見ていた。そばには参考文献だろうか、本が数冊積まれている。同級生だ。確か5人兄妹の3人目の子だ。フロルは生徒に声をかけた。

「エルフリード?」

生徒は顔をあげてにっこりした。

「やあフロル、ぼくも勉強始めたよ。ぼくも大学に行きたい」

──仲間ができた!

フロルは久しぶりににっこりした。「一緒にがんばろう!」フロルは手を出して握手した。

 

 仲間ができると色々と励まし合えるし情報交換もできる。

「エルフィ、サバ系近現代史、死にそうだぜ。覚えることが多すぎる。だいたい惑星の数が多すぎる」

「フロル、この本読んでみなよ。主な惑星だけ取り上げてるから、混乱しないよ」

「物理が難しすぎる!」

「エルフィ、ちゃんと順番に見てる?物理だけでも物理入門、物理基礎、専門物理、物理学応用って色々あるぜ」

でもほとんどの時間二人は何もしゃべらなかった。無駄話をしている時間はないと二人ともわかっていた。

しかし帰り道は違う。この時とばかり話しがはずんだ。

 

「なあ、おかしくないか?」とフロル。

「なに?」

「オレたちが見てる動画さ。注意事項で『あなたの通っている学校でこの教科が教えられており、理解していれば必ずしも視聴する必要はありません』っていつも書いてあるけど、そんな教科って1つもなかったよ」

「そうだねえ」

「もしもテラ系の学校だったらおそらくテラ系近現代史とかテラ系の地理なんて学校の授業でやってくれて覚えている。でもオレたちはまるでそんなのないだろ」

「確かにそうだね」

「オレたちの学校の授業。歴史はこの星の歴史ばっかりむで、男女比が1:5になってから戦争がなくなりすべてよくなったって言うばかり。地理だって他の星の事はまるでやらない。おかしいよ」

「確かにそうだね」

「あのさ」フロルは言葉を探した。

「オレ、大学のための勉強始めて本当によかった。なんだかこの星を外から見ているような気がしてきたんだ」

「ふうん」

「…絶対に行ってやる。大学に!」

「うん」

 

 変わらぬ日々が続いた。毎日毎日図書館に行って勉強し、夕方家に帰ってまた勉強する。でも「自分の星を外から見ている」感じはますます強くなった。

 基礎科目は一通り学習した。今聞いているのは物理学応用とか化学応用とかの上級科目だ。上級科目になると一度聞いただけでは理解できない事も増えてきた。

 あるときどうしてもわからない箇所が出てきた。動画にはそれぞれ掲示板があり質問できる。はじめて質問をしてみた。

 一時間もするとビンと音がした。みると実に丁寧な回答が送られていた。よく読んで理解する。回答者にお礼の言葉を書き込んだ。

「すごくよくわかりました。ありがとう。ところでジェンニーさんは教授?」

5分もしないうちに返事が来た。

「私は教授ではありません。ただの宇宙大学の学生です。時々ボランティアで自分の専攻科目の掲示板はのぞいているの。フロルさんは受験生?勉強は大変だろうけど、絶対にあきらめないで受験してください。大学は自由で刺激がいっぱいで本当に楽しいところよ!」 

 フロルは画面を見て微笑んだ。始めて自分の星と領主から逃げ出すためでなく純粋に大学に行きたいと思った。

 

 同じような日々が続いていた。しかし気がつくと図書館でエルフリードを見かけることがなくなっていた。「最近どうした?」とメールしても返事はなかった。それに遠くにあるエルフィの家まで行く気にもならず一日延ばしになっていた。

 

 ある晩、いつものようにフロルが自室で講義ビデオを聞いていると、窓に小石があたってカチンと音がした。窓を開けるとエルフリードが下にいた。

「最近どうしたのさ?」2階の窓から屋根に出て飛び降りて聞いた。

「フロル…あの、僕…もう一緒に勉強できない」

「え?」

「その…結婚するんだ」

「え??」

「父上が結婚を決めてきた」

「そんな!」

フロルは驚いたが、次に言った。

「エルフィ、じゃ、オレと結婚しよう!」

「え?」

「オレ、大学に合格したら男になるから。そして戻ってきたらおまえにプロポーズするから!」

そしてエルフィを抱きしめて繰り返した。

 

 

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「結婚しよう!」

「フロル!」エルフリードは泣いていた。「結婚式は明日なんだ」

「え?」

「フロル」エルフィは続けた。「だから僕の分も勉強して大学に行って!」

「裏切り者!」フロルは叫んでエルフィに思いっきり平手打ちをくわせた。

「フロル、ごめん。本当にごめん」

そう言ってエルフィは泣きながら行ってしまった。

 

 フロルはいつものように塀によじ登り自分の部屋に戻った。

──エルフィの馬鹿野郎!

涙があふれる。

──一緒にこれまでがんばってきたのに。

涙が止まらない。

──この星の腐った伝統!エルフィから未来を奪い、オレからエルフィを奪い…。

フロルは涙を拭った。

──もういい。悔しい。だから負けたくない。この星の悪しき伝統に。絶対にこの伝統に勝ってやる。大学に行ってやる!

 

 フロルはタブレットのボタンを押した。いつもの大学のロゴとごく短い音楽の後、教授の姿が現れた。

「やあ、受講生諸君。僕はグレン・グロフ。専門はロケット工学だが、今日は物理学の講義を聞いてもらおう。まず君たちも知っているようにすべての物質には質量があり、その質量は…」

しかしフロルは机に突っ伏してしまい、画面を見ていなかった。

 

 

 気がつけばフロルが受験勉強を始めてから2年近くが経っていた。大学のサイトには次の入試の案内が載った。一次試験は銀河全体で120カ所。自分の星を入力してクリックすれば一番近い試験場が表示される。

──サバ系サゼ?とにかく遠いなあ。

3星系に属していないためどうしても遠くなる。

しばらくスクリーンをにらみつけていたフロルはつと椅子から立ち上がると、階下に降りていった。

 

「ねえ、母上」できるだけにっこりして愛想よく話しかける。

最近まともに話をしていない母親は驚いてフロルを見た。

「どうしたの?」

「あのさあ、オレ、町の店で素敵なドレス見つけたんだ。ほら、結婚するならドレスも持っていかないといけないって母上、よく言ってただろ?オレ、1つ買いに行きたいんだ」

──この子そもそも最近町なんて行ってたかしら?

母親はそう思ったが、フロルがドレスに興味を持つならその方がいい。

「あの、少しお金くれない?自分で好きなの買ってくるから」

「あ、ああ、そうなの。わかったわ。いくらぐらいほしいの?」

「んー、30,000クレジットあれば大丈夫かな」

「え?クレジット?」

母親はなぜフロルがヴェネの通貨でなく銀河共通通貨で欲しがったのかわからなかったが、言われるままにお金を渡した。

「好きなのを買っていらっしゃい」

「ありがとう!」フロルはこれ以上なくかわいらしくにっこりと笑顔を見せた。

 

──やった!これで自分の貯金と合わせてなんとかなる!

フロルは自分の部屋に戻ると早速大学のサイトから受験料を振り込み、さらに宇宙船とホテルを予約した。

 

 

    *銀河共通通貨(クレジット。記号はCr.)について:銀河系の多くの星では銀河共通通貨と現地の通貨との両方が使われている。どれぐらいの割合で両方の通貨が使われているかは、その星々による。他の星とのビジネスには銀河共通通貨が使われるため、大雑把に言って恒星間商行為の多い星は自然と共通通貨の割合が高くなる。実際テラ系やサバ系の中心部ではほとんど共通通貨が使われているが、辺境の星々では現地通貨がほとんどという星も数多くある。

 

 

 そして一次試験に出発する日。フロルは身の回りの物を入れたボストンバッグを2階の窓から投げ落とし、ついで自分も飛び降りた。まだ朝早く、家の者も誰も起きていない。靴を履くとバッグを抱えこっそりと立ち去った。

 

 一次試験は3日間。朝から夕方まで教科を変えてびっしりと予定が詰まっていた。一次試験のよい点は、上位10%に入れば二次試験と最終試験の受験料と宿泊代が免除される点だ。上位10%に入れば以後の受験料の心配は無くなる…。

 

 一週間ほどで結果が出た。大学のサイトで自分の番号を見つけた時は嬉しくて気絶するかと思った。残念ながら上位10%は無理だったが。

 さて、今度は二次試験の心配をしなければ。もう結婚支度金をせしめる作戦は使えない。どうする?

 そのときふと大学のサイトに「経済的に困っている受験生へ」のリンクがあるのを発見した。その先を読んでみると、一次試験の合格者は次の受験のために奨学金を前借りすることができるとあった。

合格すれば返さなくてもよいが、不合格だったら全額返さなければならない。

──こうなったら絶対に合格しないと!

奨学金前借りのページに必要事項を入力しながらフロルは思った。

 

 

 二次試験は全銀河で50カ所。また別の星に行かなければならない。今度はビジネスホテルの個々の部屋が会場となった。それぞれの個室にコンピューターが設置され、受験生はそこで受験する。どんな本や辞書、参考書も持ち込み可能。試験時間は8時間。途中でトイレや食事の時間を取ってもよいが、部屋から出ることはできない。

 開始5分前にパスワードが配布され、試験時間内は大学のすべてのデータベースにアクセス可能になった。

 問題がスクリーンに表示される。二次試験は、それぞれ異なる問題──環境問題、政情不安、経済問題──を抱える3つの星A~Cが提示され、受験生はそのうちの1つを選択し問題の解決を目指す。各自に与えられる予算は100億クレジット。それぞれ使える施設や乗り物、軍隊から工場や研究所まで金額とともに示され、受験生は自分で予算を組み立て解決法を考える。

──おもしろい! フロルは思った。

正解はない。ただ採点法も公開されていた。まずAIが判定して定員の倍の数まで合格者をしぼり、次に教授たちが読んで合格者を決定すると書いてあった。

 

 数週間後…結果は合格。ここまで来れるとはおもわなかった。次は最終試験だ!

 最終試験は指定された宇宙船の中。半透明のカプセルの中でコンピューターの打ち出す問題に次々と答えて行く。

 

 

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やがてB-63通路に行くようにと指示が示された。

──エルフィ!おまえが一緒にいたらいいのに!

 最終試験の場となる宇宙船が示され、受験生たちは宇宙遊泳して移動した。中に入る…。

 

「1人多いぞ!11人いる!」少し離れたところで他の受験生たちが騒ぎ始めた。

目の前で1人の受験生がヘルメットを取った。黒い髪をした横顔が見える。フロルもついでヘルメットを取った。

──合格してやる!絶対に!

金髪が肩にかかりぱさりと音をたてた。フロルに気づいた目の前の受験生が振り向いた。誠実そうな黒い瞳がフロルを見つめた。

「やあ」

その受験生はかすかに微笑んでフロルに声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次作は「心おもむくままに」 同じく「11人いる!」の二次創作で「!!人いる!」の1年後の話になります

※小説は全て自分で書いていますが、挿絵は一部画像生成AI(Bing Microsoft Image Creator, およびLeonardo AI)を使用して得た画像を必要に応じて画像ソフトで加工して作っています。


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