乙女ゲーの人類の敵予定の最凶サイコパス『氷の貴公子』が、悪役令嬢の為に主人公達の敵となったらどうするんですか? 作:麺抜きうどん
「弱者を切り捨てるのをやめろーっ!!」
「「「弱者を切り捨てるのをやめろーっ!!」」」
投資して利益になる優秀な人間だけを国民として扱う事で、他国を置き去りにする飛躍を続けるゴールドグレイル。
優勝劣敗を旨とする国家としてみれば、国民の生活に格差があったとしても、国民の能力に格差があるのだからおかしなところはなかった。
寧ろ個々人の能力に適切な成果が与えられた上での、生活の格差が存在しているのなら、それはゴールドグレイルにとって、何の問題もない正道だったのだ。
自由競争の勝者が利益を手にして、敗者には利益は手に入らない。
生物レベルでの敗者に利益を恵んでも、増やして回収出来なければ投資としての価値がない。
故に、機会を与えても成果に出来ない様な、能力的な敗者は誰も救わない。
恨むのなら
それがゴールドグレイルの切り捨て政策である。
しかし、切り捨てられる側がそれに反発するのも当然だった。
人は自分に無関係なところにばかり規制をかけたがる。
生涯モテる側に回る見込みのない非モテは、ホストの規制に賛同するし、生涯高収入とは無縁な貧困層は、法人や経営者に重税を押し付けたがる。
そんな事をしても非モテや貧困層の本質的な価値が上がる訳でもないのだが、それでも弱者は強者が多く持っている状況を打破する事で、流出するお零れを手にしたいと願うのだ。
イケメンの独占が無ければ、ブサメンにも女が宛てがわれる。
資産家の独占が無ければ、貧困層も不自由なく遊べる。
それを政府に押し付けようとする輩達が、この世界にも存在しており、デモを引き起こした。
「弱者を切り捨てるのをやめろーっ!!」
「「「弱者を切り捨てるのをやめろーっ!!」」」
「市民にドレスを誂えろーっ!!」
「「「市民にドレスを誂えろーっ!!」」」
「市民に貴族の結婚相手をあてがえーっ!!」
「「「市民に貴族の結婚相手をあてがえーっ!!」」」
煽動者に続く貧困層のシュプレヒコールに、貴族達は蠢く蟲を見るが如く嫌悪感を露わにして、民衆は貴族達に向かって石を投げる。
これは、時系列上の悪役令嬢の本来の初登場シーン。
民衆からの投石に、顔の端を怪我した悪役令嬢リースリイン・アウスレーゼの怒りと恐怖と憎悪の様を見た父親の公爵が、投石を行った地域の『
そして『不要者』として捉えた人々を公開処刑するのだ。
カイヴォーリの真の恐ろしさはそれではないとしても、カイヴォーリ後の処刑はそれ自体も恐ろしいものではある。
主人公であるドリーン・カクテイルは、その残酷極まりない処刑方と、それを見て眉一つ動かさない特等席の美少女に恐怖を覚える。
リースリイン側は主人公の事を知らなかったが、主人公側はリースリインの事を知っていたという、ドリーン自身の回想シーンに出て来る場面であるのだ。
さて、ドリーン・カクテイルは転生者である。
いや、憑依者といった方が正しいのかも知れない。
彼女の精神は、乙女ゲー『メルティネクター』をやり込んでいた一部のプレイヤー達の意識が一体化したものである。
五十名を超える女性達の意識が完全に統合された状態で、ドリーンの中にインストールされているのだ。
「悪役の貴族に文字通りの一石を投じるスチル絵を焼き付けないと」
恐らく偶然ではあるのだが、ドリーンという器に取り憑いた彼女達の前世には共通点が多かった。
一つ目は、基本的な肉体のスペックは低かったこと。
二つ目は、現実のイケメンには対等な相手とは見られないこと。
三つ目は、ゲームにのめり込んでいたこと。
四つ目は、理想が高かったこと。
五つ目は、己に問題はなく、社会が全て悪いと決め付けていたこと。
現実の男に相手にされる容姿ではなかった。
その自覚は彼女達自身にもあった。
だからこそ、最初から現実の男は諦めて、架空の男にのめり込む事になった。
その結果、男性の基準が架空の登場人物になった。
上から順に幸せを手にする中、彼女達は売れ残った。
風が吹けば桶屋が儲かるという関連を認めるのなら、このような流れがあったのだろう。
五つの要素にこのような一連の繋がりがあったかは分からないが、結果として見るとこの五つの共通点が存在している。
今まで人に持ち上げられて来た天然の美人と、過去には対象外扱いされた経験のある整形美人では、実は後者の方が他人に厳しい。
痛みを知るからこそ、痛みから抜け出せない、若しくは抜け出せない人間を叩く事で、これまで確保出来なかった優越感を回収しないとイーブンにならないという心理が働くのだ。
勿論、ムックが整形したところでガチャピンに変わるだけで、プリキュアやセーラームーンの様に絵柄が変わったりはしない。
不細工は整形した所で元より綺麗になっただけの不細工でしかなく、整形して美人になるにはある程度の下地があるか、自由診療で骨格から全面を作り変えるだけの大金を確保する能力が必要であり、整形して美人になれる人間は整形して美人になれない人間よりは随分と格上とは言えるが、生物が美しい容姿の異性を求める根幹は、優れた遺伝子を求める事にあり、整形を遺伝子の失敗を覆い隠す行為と見做す者は少なくない。
更に、精霊のように特殊な感覚で生物の遺伝子を『視る』上位存在がいるこの世界においては、化粧や整形が忌み嫌われて、天然の美形こそが持て囃されるので、元の世界はまだイージーモードだったのかも知れないが、それすらクリア出来なかった人々は確実に存在していた。
男性に持ち上げられる美貌を持った女性は、男性優位社会において利益を受ける側であり、男性に相手にされない容貌の女性は、そんな女性達を横目で羨むしかない側である。
往々にして後者の人々は、今の社会はおかしいと現体制の否定側として活動することになる。
そういった人々の集合体であったドリーン・カクテイルは、もう自分はステージに上がれないモブキャラとは一線を画した存在だと思いながらも、それでもこの世界の体制側に石を投げる様子から目を離す事が出来なかった。
ドリーンは見た。
集まった民衆の一人が石を持ったまま、人を掻き分けてどんどんと最前列へと向かっているのを。
リースリインを含む貴族達もそれに気が付いたが、回避が間に合わないだろう。
ああ、始まるのだ。
ここからドリーンの知る『メルティネクター』が始まるのだ。
法律は
その在り方に物理的な一石を投じたデモ参加者の群衆の一人。
この石こそが悪役令嬢の顔を傷付け、そしてそれが平民の虐殺を呼び込んで、その結果平民の中に支配層への不信感が生まれる下地が出来る。
ドリーンはこの世界にカメラがあるのなら、その瞬間を撮影して保存したいと思った。
しかし、思うようにはならなかった。
「切り捨てるな…だと?
ああ…、勘違いも甚だしい。
切り捨てるも何も、私は
何もかも凍り付く様な、何処までも透き通る様な、それでいて明確に生存本能に残る声がした。
彼の手には氷で出来た鎌が握られており、その鎌は先程石を投げようとしていた民衆の腕を、“切り捨て”ていた。
『氷の貴公子』ユイ・グランセーシュ。
中盤で登場する人類絶滅を望む危険人物であり、こんな所で民衆の前に出て来て良いボスキャラではない。
「また、庇ってくれたのね」
「勘違いするな。私が
護られた貴族の代表として例をいうリースリインに対して、つれない言葉を返すユイ。
しかし、僅かにその口元には苦笑が混じっていた。
そんなシナリオは『
ドリーンは思わず「はぁっ!?」と節を付けて叫んでいた。
ドリーンには分からなかった。
庇った?
心身共に冷血なあの男が?
色んな意味で冷血動物なユイ・グランセーシュが?
「庇うつもりはない」って、ガッツリ庇ってるじゃない!!
それに、
アレだけハイスペでも、人間には危害しか加えない存在だから別にリースリインと交流があっても羨ましくはなかったけれども、これは“違う”。
そう。
例えるのなら攻略不能な孤高の冷血キャラが、ヒロインにだけ向ける優しさみたいなもの。
そんなのは許せない。
だって、────────メルティネクターのヒロインは、リースリインではなく
デモの最前列付近で参加者の腕を斬り落として、参加者達から恐怖と媚びと憎悪を向けられて尚、他のデモ参加者を虫ケラを見るように嫌悪を隠さないユイに対して、群衆の感情は爆発した。
「ふくろつり」
しかし、その感情の爆発が形となる前に、前列の民衆が飛び上がった。
いや、飛び上がったというのは違った。
彼等は圧倒的な魔力と精霊言語によって成される、足元から突き上げられた氷柱によって、磔にされていた。
それを行ったのが誰かは言うまでもない。
それを見た後列の民衆達は逃げようとするが、それも出来ないでいた。
彼等の足元は氷で固定されていたのだ。
ドリーンはデモという名の暴動予備軍の中には参加せず、観察する場所に居たからこそ助かった。
可哀想な民衆達の地獄は、それで完結はしなかった。
憲兵総監であるカシュ家の男が声を上げる。
『
足が氷漬けにされて逃げられないデモ参加者を、ゴールドグレイルの国民達が歓声と共に狩り始める。
大した抵抗が出来ない敵を安全に倒す闘争程、利益を生むものはない。
味方に被害がない事を約束された戦争とは、必ず上がる事を約束された株価と等しい。
安全を確約されたゴールドグレイルの国民達は、我先にと勝敗が定められた内紛を開始する。
『
カイヴォーリは精霊言語のかいぼりから由来する言葉であり、溜まった水の穢れを一掃して、美しくなった事を証明するという意味合いを持つ。
カイヴォーリの本当の恐ろしさは、他でもない国民自身によって、不要と断じられた国民は敵、若しくは有害な汚物として処分される事だ。
逃げられないカイヴォーリ対象者を、その他の国民達がお祭り騒ぎで縄で捕らえたり、人によっては凍り付いた足を金槌で砕いて持ち帰ったりしている。
それらを行う側の国民には不快感等はなく、それらが行われる側の国民にだけ絶望が貼り付いている。
元々、このようなデモに参加するような人々は、中流庶民以上の階級の人間にとっては鼻摘み者ではあったが、カイヴォーリがなければあくまで憲兵に取り締まられる程度の存在でしかなかった。
故に、デモ参加者達も自分達は国民の味方で、憲兵が国民全ての敵だと主張出来たかもしれない。
しかし、カイヴォーリによってマトモな国民達から敵意を向けられてしまっては、その心は完全にへし折れる。
他でもない平民達によって、自分達の活動が否定されるのだから。
自分達は平民と共にあるつもりだと主張しても、平民はそうでなかったと突き付けられる。
平民も内心は普段からカイヴォーリ対象者を嫌っていても、一人で行っては返り討ちにあう。
けれども集団を作り上げて貰い、背後に強力な後ろ盾があるのであれば、堂々と不要な人間を排斥出来るし、その結果治安が良くなる事を経験則で学んでいる。
これが、カイヴォーリの真の恐ろしさと言える。
ゴールドグレイルは外国を救わない。
それは国民ではないからだ。
ゴールドグレイルは自国民だからといって無能な者は救わない。
それは国民ではないからだ。
ゴールドグレイルは、優秀に生まれた者を更に優秀に育てる事に力を向ける。
それは国民であるからだ。
そして、それを“国民”達自身も当然だと受け入れている。
最も想定値が高いところに選択と集中をする投資国家が、ゴールドグレイルの真骨頂だった。
弱肉は強き者に食しても貰えない。
精々が肥料といったところだ。
その扱いに反発した肥料が騒いだところで、肉ですら無い者の言葉など、誰も聞く気にもならない。
可哀想なデモ参加者達。
本当に可哀想な理由とは、カイヴォーリが終わった後にも、誰からも可哀想とは思ってもらえない事だ。
カイヴォーリで捕らえられた者の中でも、稀にいる優秀な者は国家への忠誠を誓い見逃されるが、そうでなければ処刑か追放が待っている。
処刑広場では、一定以上の税金を納めた者だけが投票出来る箱が、処刑対象者の前にある。
そして、『死刑』『追放』『無罪』の何れかの箱に金貨を入れる事で投票として、その結果が履行されるという仕組みだ。
そして汚い中年男性の場合、『無罪』が選ばれる事はまずない。
そうでなくとも、安定した生活を現政権の下で送れる投票可能な層からすれば、暴動予備軍など存在しない方が良い存在なのは当然である。
処刑は憲兵か、最も多く処刑に金貨を入れた者が遂行出来る。
デモ参加者によって家族を傷付けられた経験を持つ者が、この日を夢見て資金を稼ぎ、復讐対象者の箱の前で金貨を何枚も入れたという
今回も万引き家族によって兄の経営する生鮮食料品店が潰れて首を吊る羽目になった恨みを、その弟が官僚になって稼いだ資金をデモ参加者である家族全員の箱に入れた事で、復讐を完遂した件が、喝采によって迎えられるだろう。
汚いとクレームになっており、出て行ってくれと言われただけで粗暴に反応していたホームレスの処刑投票にも、近所の住人が金貨を入れるのも目に見えていた。
国民の手で捉えられ、国民の投票によって処刑される。
これによって、デモや暴動に参加する者達が、「我々は国民の為に立ち上がる」という建前を、国民ではなくお前達の周辺の為にだろうと、国民自身に否定させる。
これがカイヴォーリの
ここで、理由もなく『無罪』の箱に金貨を入れる者がいれば、監視対象になるだろうが、そもそもそんな者は表れない。
彼等を生かしたいと願う身近な人間は、基本的に同族の貧困層であり、そういった人々には、一定以上の税金を納める事で認められるカイヴォーリ処刑投票権が与えられないからだ。
仮に与えられたとしても、自分の生活で精一杯であることを理由に、処刑や追放を上回る程の金貨を箱に投げ込みはしないだろう。
富裕層には私財を
この国ではカイヴォーリは一定以上の税金を納める者達には広く受け容れられており、カシュ家の人望も厚い。
彼等にとって切り捨てられるのは、余程の連中ばかりなので自分達にはデメリットは無い。
体制側が弱者を切り捨てるのにも理由がある。
ゴールドグレイルは百年前には弱者に優しい国であり、その結果弱い人間も含めて増え過ぎた。
いや、弱い人間こそ増え過ぎたのだ。
生存率が90%を超える国家で、婚姻率が90%を超えるとしたら、それはその時代がその国家の全盛期となるだろう。
本来それはとてもとても異常な事だ。
…勿論、後は凋落を辿るだけなのはいうまでもない。
それだけの人間が生き延びて子供を為せば、残すべきでもない遺伝子とでもいおうか、異性から見て生理的に無理だと思われる遺伝子の持ち主が淘汰されずに存続している可能性が極めて高い。
そういった所謂“ハズレ”遺伝子も含めて残さなければ、生存率9割以上と婚姻率9割以上は共に成り立たない。
そうなれば、次世代の婚姻率を下げて選別しなければ、生理的に無理な遺伝子の割合が高まってしまう。
それにより婚姻率は自然に低下するが、そこを政権がコントロールするというだけの話である。
悪貨は良貨を駆逐する。
婚姻率を下げて、僅かな選りすぐりだけが子孫を残す事で、その次の代からは生理的に無理とされる遺伝子の割合が極端に落とせる。
結果として、人口は大きく低下してから安定する訳だ。
実はこの数を増やして、その後に高い淘汰圧で選りすぐるというのは、自然界における極めて正攻法な種の高め方であり、野生生物は春から秋にかけて増えて、冬で削り取られる事で、種の質の底上げを達成している。
一度人口を我武者羅に増やした後に、淘汰圧をかけて減らしていく事を繰り返せば、その種はそれらを行わなかった種に対して優越出来る様になる。
故に、生物的には戦略としては間違っていない。
それでも、切り捨てられる側の命がその場で終わらない以上は、切り捨てられる側の不幸な人生は続いてしまう。
そして少子化が進むと、子供一人に与えられる環境というのはどんどんと良くなる。
同じ階級層であるならば、教育に向けられるコストは最大値に近くなる。
そうなってくるとますます、後天的に人を高める環境よりも、先天的に定まった才能が明確な差として発現する。
優れた遺伝子を与えてくれる親であることが、親ガチャの唯一の争点である。
さて────────
──この世界は恋愛シミュレーションゲームである。
恋愛こそが世界の望みであり、誰の恋愛対象にならない存在は、誰にとっても価値のない存在足り得る。
統計的に少年期に恋愛出来なかった男性は、青年期になっても恋愛結婚出来ない可能性がとても高い。
ましてや青年期に恋愛出来なかった者に、壮年期になっての恋愛はほぼ不可能と言って良い。
何故ならそこには強い相関があるためだ。
勿論、根本的な顔の造りは変わらないということもあるが、それだけではない。
所謂仕事が出来ない人というのは、未成年時代から周囲に軽んじられる、所謂カースト下位であることが多い。
要するに駄目なヤツ、使えないヤツの
駄目な奴は何をやっても駄目。
そして、駄目な奴はどれだけ経っても駄目。
転生や憑依で遺伝子ごと変えなければ、何処に行っても幾つになっても駄目。
そういった扱いを受けている男性に対して、恋心を抱く女性はいない。
恋愛の経験が無いからモテないのではなく、恋愛対象にされないような人は、年齢を重ねても恋愛対象にされないスペックでしかないからモテないと言ってしまうのは、酷だが事実だ。
もし、未成年時代は周りから三軍以下扱いされている格下キャラであったとしても、社会人になった途端バリバリとミスなく高度な仕事を捌き続けて周囲に尊敬される者となれば、職場の女性とも恋愛することはあるだろうが、人間のスペックというのはそこまで環境や年齢で変化しないもので、そんなケースはレア中のレアだ。
それこそ転生や憑依でもしなければ、周囲の反応は変わらない。
ゲームにのめり込んで冴えない現実を送る人間の多くは、ゲームのキャラクターはプレイ時間に応じて成長するが、現実の自分は人生に応じて成長していない事を本能的に理解しており、現実の自分を介した冒険はキャラクターのステータスが成長せずミッションフェイルばかりのクソゲーであるから、昔ゲーム時間を制限された反動等というのは、それらしい言い訳に過ぎない。
冴えない人間は色々な手段で敗北するが、ゲームにのめり込んでいるのも、敗北のライフスタイルの一つに過ぎないという訳だ。
運動神経が鈍くて反応が鈍くて筋力も弱いがバスケットボールだけはプロ級とか、IQも記憶力も極めて低いのに生物学だけは博士級なんて事はそうそうない。
土台の上に建築物が出来る様に、OSI参照モデルの様に、基盤となる総合力あって、その上に成し遂げる何かがある。
基本的な総合スペックが高い者は、学生時代から成果を出して周囲に評価されていて、社会人になっても同様に成果を出して評価を受ける。
その結果、周囲の女性からも恋愛対象にされる。
相性とか、運命の人とかいった言葉はあるが、どのスペックも高い人間は多くの異性から運命の人と思われて、そして、殆どの異性はその者にとっては運命の人でも何でも無い。
逆に総合スペックが低ければ、何をやっても成果は少なく失敗は多く、結果周囲から軽んじられて、そんな者と付き合いたいなんて思う女性はいなくなる。
少年時代に恋人がいた男性、職場恋愛をしている男性は、そうでない男性よりも能力が高い傾向があるのは当たり前だ。
女性は強さも賢さも権威も感じられず、敬意を向けられない男性を恋愛対象には出来ない。
集団の中で優秀だと思われるだけの日々の成果があるからこそ、相手の女性にも敬意を持たれて選ばれる対象となるのだから。
年齢=彼女いたことが無い歴の中年男性で、仕事が出来ると周囲に評価される人はほぼ皆無である。
逆に言えば、職場にあまりにも仕事が出来ない男性を見付けた場合、殆どの確率でその人に恋人がいたことは無いだろう。
つまりは、驚く程仕事が出来ず周囲から軽んじられている中年男性がいれば、彼は素人童貞だと見做してしまっても大凡間違っていないということ。
明らかなレベルで仕事の処理能力が低いということは、総合的な基本能力値が低い事の証左であり、総合的な基本能力値が低ければ昔から何をやっても成果は出ない。
何をやっても成果が出ない者は軽んじられて、軽んじられる様な相手に惚れる女性はいない。
故に極めて無能な中年男性は素人童貞である可能性が高い。
だからこそ、いい歳をして素人童貞というのは無能と同じカテゴリ分けをされるし、馬鹿にされる対象となる。
もしモテるかどうかと、生物としてのスペックが一切無関係なのであれば、素人童貞や一生彼女いないおじさんが馬鹿にされたりはしない。
挙げ句に、特定の欠陥は顔付きや体付きに表れるなどと、能力と容姿には一定の相関があるとまで堂々と往来で話される社会においては、負け組は外側も中身も否定されてしまう。
それが現実なのだ。
そういった人々を世間は、負担を受け入れてまで助けてあげたいとは思わない。
金より命ではあるが、他人の命よりは己の金でもある。
仮に己の年間の収入を全て擲てば、多くの貧困者は救えるが、寄付という淘汰に逆行する行為を好む人間であれど、昼食未満安菓子以上の額が相場だ。
結婚が当たり前の社会であれば、恋愛は出来なくても結婚は出来た。
恋愛は心に従って起こるものであっても、結婚は生活に従って起こるものだからだ。
生活の為に結婚が必要な社会では、妥協の敷居が低くなり、家庭が出来て子孫も生まれ、恋愛に能わない層にも自己肯定感が与えられる。
しかし、この世界は『恋愛シミュレーションゲーム』だ。
この世界が誕生した瞬間から、
故にヒロインが既に生まれたこの時代においては、生活の為の結婚よりも、心に従っての恋愛が優先される為、人に恋される様なハイスペックの存在こそが正義となり、誰にも恋されない低スペックは存在価値が無くなってしまった。
仕事も出来ず、魔力もなく、顔も悪く、身長も低い。
そういった人にも、家庭を持つ権利というのは無くなってしまった。
そんな人とだったら、最早結婚はしなくても良い権利も生まれたからだ。
結果、未婚率は高まったが、それはこの世界が『恋愛シミュレーションゲーム』として誕生した故に、当たり前の事だった。
恋愛とは、選び合い選ばれ合った人々が手にするもの。
選べず選ばれない人々に与えられるものではないのだから。
『恋愛シミュレーションゲーム』であることを核として存在する世界においては、淘汰的世界観が基盤となる事は何の不思議も存在しない。
それは、とてもとても残酷なことだった。
原典では、平民に付けられた消えない顔の傷跡がコンプレックスとなるリースリイン。
その運命が剥奪された事に苛立つドリーンだったが、問題はそれだけでもない。
何時までもそこに居ては、色々と巻き込まれてしまう。
体制側として振る舞えば、原作における彼女の
だからといって、反対派として振る舞えばそこで終わりだ。
圧倒的な数の民衆の凄味は、通常であれば体制派にも迂闊に動かせない威圧感があったが、今体制派の最前線には
これで勢い付かない方がおかしい。
極端な話、ユイがこの場にいるのならどれだけ非道な事を行い、この周辺全ての平民を敵に回したとしても余裕で完殺出来る。
体制側にとって、殺るのなら今だった。
ドリーンにとっての最善の選択肢は、何方とも表明せずに危なそうだからといってその場を去る事だけだ。
それでそれなりの数の攻略対象とのフラグの一つは失うが、背に腹は代えられない。
これも全てユイ・グランセーシュを誑かしたであろうリースリイン・アウスレーゼのせいだ。
「革命の火は落ちた。ゴールドグレイル死ね」
ドリーンはそう呟いて、路地を走った。
ユイ・グランセーシュは、デモ隊の鎮静化、もとい体制派の歓声でデモ隊の声が最早聞こえなくなった状況を確認して、その場を去る事にした。
其処にいても、興味もない人間から持ち上げられるのみだ。
様々な種類の下心で近付く人間に、というより人間そのものに嫌悪感しかないユイにとっては鬱陶しい事この上ない。
周囲に着いて来れば斬ると告げて、静かな道を選んで歩いた。
「人間達の臭いが付いているかも知れないけど良いか?」
ユイはただ虚空に向けてそう言った。
ユイの声に答えたのは、人間ではなく翼を持つ小動物だった。
一声鳴いて羽ばたきつつ肩に留まった、エナガに良く似た姿の精霊のピィに向けて、彼は人間に囲まれていた際には見せなかった表情を向ける。
「…帰る前にサラダでも食べようか」
「ピーィ」
実際は彼等は共に圧縮言語の遣い手なので、たった一音だけでも発声すれば意思疎通可能なのだが、それでは余りにも味気無いという理由で、ユイとピィは普通に会話する事が多い。
鳥と会話する事が普通かどうかは別として、普通ではない彼等にとってはこれが普通なのである。
小鳥の姿をしているが、その本来の姿は孔雀に似た純白の巨鳥である、大精霊『白朱雀』。
その真名も「七」であるが、この世界でそう呼ぶものはいない。
人通りの無い奥ばった場所にある喫茶店の壁を、ヒイラギに似た実を付けた葉が這っていた。
壁に向けて伸ばしたユイの腕を歩き、指先でとまって実を啄むピィ。
暫くして、喫茶店の戸が開いた。
「いらっしゃいま────お貴族様ッ!?」
まさかこのような鄙びた喫茶店に、見目麗しい貴族が訪ねてくると、それも最も美しい人類として有名なユイ・グランセーシュが訪ねてくるとは思っていなかった店主の娘は驚いた。
木の実を無銭飲食していた事でバツが悪かったのかは分からないが、視線を逸らしたままユイは告げた。
「…………紅茶と蜂蜜を三つ」
「かっ、畏まりましたっ」
中へと案内されたユイの視界には、特に興味のあるものは無かった。
閑散とした店内で、最も陽当りの良い場所で注文を待つ間、彼はピィと話していた。
超絶に美しい貴族様が甘党で小鳥と語り合うなんて、店主の娘からすれば男性観の基準を完全に破壊して余りあるものであり、周囲の男性が男性としてカウントされなくなっても仕方が無い。
その時点で彼女の独身生活が決まったにも等しかったが、娘は僅かに期待を捨て切れないまま、注文を運んだ。
ユイは蜂蜜二つを自分の側に、蜂蜜一つをピィの前においた。
ピィは樹液は大好物である。
自然界に生きる小鳥に蜂蜜を与える事には賛否両論というか、否定的な意見が多いが、ピィは見た目通りの小鳥では無い。
調味料を使わない方が好きとはいえ、味が付いたポップコーンも食べるし、ユイが作ったアイスクリームも食べる。
解放状態の白朱雀になれば、
ピィが蜂蜜をつつくように飲むのを眺めながら、ユイも自分の紅茶に一つ目の蜂蜜を注ぎ、二つ目の蜂蜜を注ごうとしたところで、止められた。
「相席宜しいかしら」
「…返事を聞く前から座っておいて良く言う」
ユイの前の椅子に座ったリースリインは、「同じ紅茶をもう一つ。蜂蜜は結構よ。彼のを貰うから」と店主の娘に告げた。
「勝手に何を言っている」
「摂り過ぎよ。
紅茶一杯につき蜂蜜は一杯だけと言ったでしょう」
「別に私がそれに従う必要はない」
まるで手の掛かる幼馴染みを世話する様にユイを扱うリースリインの姿は、紅茶を持って来た店主の娘の恋を諦めさせて、自分に釣り合う相手を探すべきだと理解させるには十分だった。
「そうかしら。
安い茶葉とはいえ、蜂蜜二杯は流石に茶葉が可哀想と思わない?」
「思わない。
蜜を奪われる蜂以外に悲しむものはいないだろう。
それに、この蜂蜜は粘度が低い。
多く入れたところで底に溜ま……いや、何でも無い」
「別に底に溜まった蜂蜜を掬うのが好きだと言っても、嗤ったりはしないわよ」
「…ふんっ。
以前、これでは紅茶入りの蜂蜜湯だと言ったのは誰だっただろうな」
一見、つれない発言ばかりを返すユイであったが、そもそもユイが人間相手に仕事でもない会話をしようというのが極めて珍しい。
恐らく、今日はこの場に居ないグランセーシュの執事が見たら、感涙するに違いない。
絶対に原作では存在しなかった場面であった。
「ごめんなさい。
…揶揄したつもりは無かったのだけれど」
「そう思うのなら、笑いを隠す仕草くらいするべきだな。
ピィもそう思うだろう?」
割とリースリインには敵対的なピィは、鳴きながら頷くが、小鳥の姿でそれをやっても迫力が出るものでもない。
「そうね。
可愛らしくて、つい。
子供みたいなのに絵になるのは、その容姿あってのものよ。
もはや一種の才能……、だから貶している訳ではありませんわ」
「貴様には何を言っても無駄か…。
で、何のようだ?」
完全にお姉さんにリードされて拗ねる弟分の様に映る二人の関係だが、生物的な意味でも
とはいえ、ユイに話し相手として認識してもらえる人間の女性という意味では、殆ど独走状態に近い立ち位置にあるリースリインの優位は、他の女性に対しては疑いようもない。
正直なところ雄雌不明のピィを除けば、ユイに恋する気持ちがあるのなら圧倒的一位になっていたに違い無い。
「用事が特にない──といえば貴方は直ぐ帰ろうとするでしょう。ほら」
「今のは座る位置を直しただけだ。
お前の想定通りに動いた訳では無いからな」
完全にガキの発言なのだが、人類最高の美しさを誇るユイ・グランセーシュ、それもリースリインにとって好ましい相手であることを含めれば、それすら可愛らしく見える。
「顔に傷が付かなくて済んだわ」
「やはりあのまま投石されていれば、貴様に当たっていたか」
「やはり私に当たると思って助けてくれたのね」
「都合良く解釈する奴だ。
で、それを
「ええ。といっても予言の自己成就の可能性を否定し切るつもりは無いわ」
リースリインが広げた真っ白な手帳。
世界の修正作用に逆らう為に、只一人以外には視認不可能な攻略本。
それは今は亡きリースリインの母親が、
リースリイン以外には白紙の手帳にしか見えないが、その中身にはそれなりの信憑性があるのをユイも認めていた。
「だから、ドリーン・カクテイルを処分すればお前の安全は保証されるものだと言っているだろう?
何故そうしない」
「ヒロインは私には殺せない。
そういった仕組みになっているの」
リースリインはカクテイル家に暗殺者を差し向けた事もあったが、何時か該当する年齢の女性が居なかったり、失敗したりしていた。
実はリースリインの母親も同様の事を行っており、その行為の代償に命を落としている為に、リースリインの諦めも早かった。
それは世界の
「そのヒロインという言い方は不快だな。
お前を破滅させる為だけの存在が、
「あら、心配してくれるのね。
嬉しいわ。
では私が
「冗談も程々にしろ。
誰が人間如きに執着するものか」
それは事実であった。
リースリインの母親の手帳にも書かれていなかった真実。
ユイから教えられて知った事だが、ユイの母親は精霊の姫であり、ユイは半精霊だ。
彼自身の種族自認は精霊種であり、人間を同族とは見做していない。
ユイの母親の事を本人から直接聞いた人間はリースリインしかいないとはいえ、そのリースリインでさえ異民族とさえ呼べる認識をユイに持たれている事もまた、事実であった。
異民族には強い抵抗意識のあるリースリインだからこそ、ユイの感情も分かってしまう。
自分の事をユイにも好きになって欲しいから、自分も異民族に優しくしようとならないのがゴールドグレイルの主民族であるスペリア人らしい感覚である。
人間よりも格上の精霊には恋する事は不思議でも無いが、自分達スペリア人よりも格下の民族やその混血に恋する事は恥だと認識出来ているからこそ、精霊を名乗る半精霊からすると、人間が格下に見えてしまうのは、理屈の上では尤もだった。
まだ性別不問の小鳥の様な精霊の方がワンチャン持っているというのは、屈辱ではなく存在位階の格差として当然の事である。
その点においてリースリインには、悲観を隠す苦笑を貼り付ける事しか出来ない。
リースリインにとっての救いは、人型の上位精霊を見た事がなく、そういった存在とユイが仲良くしている想像をしなくて良い事だけだった。
「だがお前が怪我をしなかったのは良かった。
態々人間共の臭いがする場所に降りた成果はあったな。
支払いは済ませておく」
ピィが蜂蜜を飲み終わるのを確認すると、ピィを手で掬い肩に乗せてユイは立ち上がった。
平均的な身長よりもかなり高いのは、彼の父親譲りであり、座ったままのリースリインから見ると、大きいなと感じる。
リースリインの認識に間違いが無ければ、ユイが貴様ではなくお前という言葉を使う時は、相手を慮る時や自分に落ち度がある時だが、基本的には人間に使われる事は無かった。
未だユイの父親がいた頃に、ユイの新しい母親に立候補した女性達を氷漬けにしようとしたのをリースリインが止めた時や、やたらと構われて落ち度のないリースリインに苛立った発言をした後や、精霊気取りで人間を見下す発言をきたユイに「貴方も半分人間じゃない」と言ったリースリインを殺しかけた時、別の人間が混血混じりは低い方の種族に合わせると発言したのを聞いて殺しかけた時、王子を突き飛ばした時、己の父親が失踪しても平然としていたユイを訪ねた時。
…そして長らく寝たきりだったリースリインの母親が死んだ時。
リースリインが「お前」と呼ばれたのを覚えているのはそれくらいだ。
元々、この社会そのものを滅ぼす可能性がある危険人物である、ユイ・グランセーシュの話を母親から聞いたリースリインは、何とかしなければと考えていた。
実際に会ってみると、芸術品のように美しい姿に思わず見惚れたが、その中身は物心ついた頃から不在の母への執着と、同じく既に居ない母親に執着する父親への無関心で固まっていた。
少なくともリースリインの目にはそう映った。
彼女の母親に話すと、「どうしようもない原子爆弾の不発弾では無かったのね。…もし、あなたの味方になってくれたら心強いわ」と言っていた。
「物語のヒロインに破滅させられてしまう運命にあるあなたを救えるとすれば、人類そのものを破滅させるだけの可能性があるユイ・グランセーシュ以外にはいないでしょう。
不甲斐ない私ではカクテイルの一族を合法的に破滅させる糸口を完成させる事も、何れ拾われる少女を見付ける事も出来なかった。
正直に言うと、危険極まりないユイ・グランセーシュを使うのは、勧めたくないの」と語っていた母親に、リースリインは「理解をした上で彼の優秀さに媚びない人間がいないと、彼は本当に人間であることをやめてしまう気がするのです」と答えた。
アウスレーゼ公爵夫人は、娘の優しさと、初恋を合理性の建前に内包してしまえる聡明さと、恐らくその成就を見届ける事の出来ない未来に涙して、娘を抱き締めた。
アウスレーゼ公爵夫人、ヴェルトリーネは転生者であった。
彼女は『メルティネクター』を知っていたし、やった事は無くても概ねの情報はメディアを通して理解していたが、別に悪役令嬢推しという訳でも無かった。
しかし、貴族の娘として生まれ、まさかのアウスレーゼ公爵に見初められ、彼と恋に落ちた後リースリインを産んでからは、娘に愛情を注ぐ事になる。
それまで身体の調子は悪くは無かったが、リースリインに関する事を話したり、紙に記そうとすればするほど体調を崩し始めた。
その原因に気が付くには時間を介したが、理解して以降もそれを止める事は無かった。
ただ、
それを夫に己の不調を隠し通して息子を生み、夫に気が付かれた後も頼み込んで娘を生んだ。
カクテイル家の養子になった子供が、何れリースリインを破滅させると夫に告げた時には血を吐いた。
夫からは、もう二度と予言を告げたり書いたりするなと怒られたが、ヴェルトリーネはこっそりとリースリインに伝え続けていた。
ヴェルトリーネとリースリインにしか読めない魔法の手帳を使って。
そこには、ヴェルトリーネが亡くなった後、リースリインの所有物となった手帳を他の者が見た時には、リースリインの魂が削られるのではないかという、母の心配があった。
公爵はその事に気が付き、妻に怒鳴りつけたり懇願して止めさせようとしたが、妻の意思は堅く、公爵は遂に折れた。
国で最高の医師集団を揃え、少しでも妻を延命させようとしたが、意識を失うように倒れる頻度は増えていき、遂にヴェルトリーネは帰らぬ人となってしまった。
この頃には、妻を助ける為に怪しげな人や物に莫大な資産を投じたアウスレーゼ公爵を心配したり馬鹿にする声もあったが、彼はそれを甘んじて受け入れた。
しかし、親が子供に伝えたのか、貴族の子供がリースリインに聞こえる場所で、「居なくなった人間に執着せずに新しい妻を迎え入れるべき」と話していた。
それはリースリインに聞かせる事で、親族をアウスレーゼ公爵の後妻として送り込む風潮を醸成したいという策略ではあったのだが、リースリインは深く傷付いた。
彼女の眼の前で、策略の為にそのような話を聞えよがしにした貴族達をボコボコにして、それを止めようとした王子すら地面に引き倒したユイに啞然とさせられるまでは。
「今、私を嗤ったな」
それは近しい境遇に居た彼の勘違い…とも言い切れないのは、リースリインに近付いて手を取りながら「間違いなくお前の母親はお前を愛していた。誇れ」と言った所にあるだろう。
本来は順当にいけばリースリインは第二王子の婚約者になる可能性は高かったが、諍いや問題を言葉で宥めて終わらせようとする第二王子よりも、己の意志を断行するユイの方が格好良く映ったのは不思議でもない。
特に幼い少女にとっては、他人に嫌われない様に振る舞うよりも、強さに裏打ちされた行動を振り翳す男性の方が優れて見えるのだから、それは仕方のない事だった。
かくして、ユイからその他の人間とは違う扱いを受けながら、リースリインはそれを希望と自信としている。
ユイが扉を開けて外に出た後、当初ユイに対して期待を向けた目をしていた少女に、「勿論、分かっているでしょう?」と身の程知らずな望みを持たせぬ様に、悪役令嬢らしく釘を刺し、リースリインは颯爽と喫茶店を後にした。
生涯を蝶になる事なく幼虫の姿で過す
交尾を行わなくとも繁殖が可能であり、全身に無数の卵を内包する性質を持っている。
攻撃力と防御力と移動能力は極めて低いが、身体の中央さえ無事であれば再生する生命力と、膨れ上がり過ぎた後に、自らの肉の重みと内圧に負けて弾けた際には、その破片にビッチリと付いた卵が、酸素に反応して孵る生態は対処が難しいが、自然界においては天敵がとても多い。
巨大化しても内側の肉の圧で弾けない、硬質な個体が稀に存在するが、そういった個体は他のモンスターも食べる事を躊躇するため、際限無く巨大化していく。
城をも超える大きさのはらぺこアオムシが発生した際には、ビーイール一門の双璧、ピルスナー伯爵家とヴァイツェン伯爵家による足止め中に、白亜の巨鳥の背から巨大な氷柱を落としたユイによって討伐された。
原作における本来の硬質はらぺこアオムシ、永遠のミールワームこと『