お題:おばけ、掲示板、腐る、さくら

※こちらの文章を書くにあたり、語尾プッチンの省略をお許しくださいプッチン。
※また、こちらのお話はフィクションですプッチン。実在の人物・団体・出来事とは関係ありませんプッチン。
※さらに、こちらのお話はフィクションですプッチン。似たような人物・団体・出来事とは関係ありませんプッチン。
※電車で移動中の際に作成をさせていただきましたため、誤字脱字をお許しくださいプッチン。
※また、こちらのお話は、とある曲をイメージして書かせていただきましたプッチン。
(『桜見丘』 Local Bus 2004.03.17発売)



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一人、君を待つ。

君が好きだったあの場所で。





君待つ桜

 

 

 

【君待つ桜】

 

 

 

君に出会ったのは、桜の季節だった。

 

 

 

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 

 

 

とても大きな鳴き声に、感動して私も泣いた。

君を抱いて感じた重みにさらに感動した。

そして、何度も妻に「ありがとう」と声をかけた。

 

 

 

「私たちの子供を産んでくれてありがとう」

 

 

 

しかし、彼女はそのまま笑って、意識を失った。

バタバタと産婦人科医が慌てて何かを叫ぶ。

腕にいた君は、誰からも忘れられてしまったかのように、未だ私の腕の中にいる。

 

 

 

『バイタルが、』

 

『声が聞、』

 

『血圧が下がって、』

 

『出血がとま、』

 

 

 

そんな雑音ばかりが飛び交って。

君の泣き声が愛おしく、頭の中に響いていく。

 

 

妻の顔がどんどん白くなっていく。

それは、まるで。

雪が降り積もるような。

いや、白い花が降り積もっていくような。

 

 

まだ色づく前の桜が散り、降り積もっていくようだ。

 

 

何かの呪いにでもかかったように、ガンガンと音が鳴る。

何も考えられなかった。

 

愛しい者を胸に抱きながら。

私は愛しい者の死を見つめていたのだ。

 

その時間はあまりにもゆっくりとすぎていく。

そして、私はそれをみていることしかできない。

だって、こんな。

幸せを感じたあとに、こんな絶望。

恐ろしいほどまでの絶望。

 

 

生まれたばかりの愛しい我が子を胸に抱きながら、

 

 

ーーー私は、最愛の妻を失った。

 

 

 

 

 

カンカン。

カンカン。

踏切。

 

通り過ぎる電車を見送った時だった。

自身の胸に抱っこしたままの我が子が、赤子ながらに声をあげる。

 

 

 

「ばーばー、ばー」

 

 

 

黒いスーツにだっこ紐。

胸にいる我が子は、亡き妻の忘れ形見だ。

妻が死んでから、絶望に苛まれながらも時は残酷に過ぎていき、

気が付けば今日は妻の葬式の日だった。

 

 

 

久しぶりに家探しのようにタンスや押入れをひっくり返し、喪服を探した。

探せども探せども結局見つからず、近くの服屋で買い、それを着る。

ようやく、最愛の妻がなくなったのだと自覚したころには、もう式は終わり、出棺した後。

火葬場に向かい、時を待っている間に何とも言えない喪失感が襲ってきた。

 

 

 

せめて、最愛の妻をきちんとした式で送ってあげたかった。

君に「ありがとう」を伝えたかった。

 

 

 

感傷に浸っていたところで、自分に抱っこされたままの存在が「ふぇ、ふぇ…」とおむずがりはじめる。

オムツを替え、ミルクをあげたのに「ふぇぇ」と泣き出す子に辟易したが、

これが自分とこの子と彼女が共有する最後の時間なのだと感じて、一生懸命あやした。

その間は悲しい気持ちよりも、子を泣き止ませることにただただ必死。

 

気が付いた時にはもう夕方で。

踏切の前に立っていた。

 

我が子を抱っこしたまま、両手には大荷物。

彼女の遺骨の入った骨壺と、それから病院の彼女の私物。

もう二度とあの病院には行くことはないだろう。

 

 

 

『この踏切をこえた向こうに産院があるんだよ』

 

 

 

この子がまだお腹にいるときに彼女が教えてくれたのだ。

いつもこの踏切まで歩いて彼女を送っていった時に教えて貰った。

「産院まで送るよ」と言ったのに、彼女はいつも「ここでいい」と笑って言う。

踏切を渡って、彼女が手をふる。

 

 

 

こんなことなら。

 

 

 

こんなことになるなら、産院までいつも送っていけばよかった。

ただただ思うことは、後悔ばかり。

もう、持っている荷物の持ち主はもういないのだ。

いつも隣にいた彼女はもういないのだ。

 

 

 

「ば、ばー!ばー!」

 

 

 

後悔ばかりを思っていれば、抱っこをしていた幼子がまた声をあげた。

夕方だから興奮しているのだろう。

ぶんぶんと両手を動かしている。

 

 

まるで、向こうに手を振っているようだ。

 

 

いや、そんなことはない。

母の顔すらまともに覚えていないのだから。

生まれたばかりのこの子は、私以上に気の毒だ。

 

 

 

「そうだ、…寄り道をしていこうか」

 

 

 

そして、歩みを進める。

夕方の風はまだ少し冷たい。

駅から少し歩いて、坂道をゆっくりゆっくり登っていく。

桜がはらり、はらりと散っている。

 

 

 

「どうだい、綺麗だろう?」

 

 

 

妻はこの景色が好きだった。

坂道を登りながら、はらはらと舞う桜を見て、よく足を滑らせていたっけ。

幼子にはきっと見えていない桜の花びら。

ゆっくりゆっくり歩きながら、何度も妻との思い出ばかりが巡る。

ここは、ほんとうに。

 

 

 

「君との思い出が多すぎるよ…」

 

 

 

そうして、ようやく上までたどり着いたところで、

胸にいた幼子が「きゃあ」と声をあげた。

悲しむ暇など与えさせてもらえないね。

 

 

 

「……そうだ。君との思い出もたくさん作ろう」

 

 

 

幼子に話しかける。

そうして小指を幼子の小さな小さな小指に絡ませる。

 

 

 

「君との思い出もたくさん作ろう、約束だよ」

 

 

 

そのうち私の小指を小指だけじゃなく、きゅっとにぎってしまった。

ただ、わけもわからずにただ握っただけなのだろう。

 

桜の木の下までやってきて、ふう、と荷物を置き、

ゆっくりと上を見た。

 

 

 

そこには。

 

 

 

たくさんの星が輝いていた。

もうすっかり夜のようだ。

胸の中の幼子も、この景色が見えているだろうか。

妻が隣に居たら、きっと笑ってくれただろう。

荷物の一番上に置いておいた遺影が笑ってくれている。

いつもの君の笑顔だ。

 

 

 

「…ちがう…違うんだよ」

 

 

 

ぼんやりと、その景色が揺らいだ。

それが込み上げてくる涙だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

 

君と一緒にこの景色をまた見たかったんだ。

君と、この子と、三人で、この景色をまた見たかったんだ。

君と永遠にこの景色を見られると思っていたんだ。

 

 

 

「…ごめん」

 

 

 

出てくるのは君への謝罪ばかり。

もう動くことのない笑顔が、もう隣にいない君への寂しさを募らせる。

涙はとめどなく溢れて、今まで悲しめなかった分を存分に吐き出させた。

悲しみも寂しさも、思った以上に自分にあったようで。

その日、私は幼子を抱きしめたまま、ずっと泣いていた。

 

 

 

 

 

あれから、もうすぐ18年が経つ。

愛しい我が子も大きくなった。

あんなに小さな赤子だった子は、もうすっかり女子校生をしている。

私だけの給料ではどうにもならないのではないかと、アルバイトもして家にお金をいれてくれる。

なんとも頼もしいかぎりだ。

 

 

仏壇の前に正座で座り、手を合わせる。

 

 

見てくれているかい?私たちの子供は立派に育ったよ。

 

 

おばけが怖いと言って泣いていた子。

「おかあさんはどこにいるの?」と泣いていた子。

大好きなバナナを「あとで食べる」と言って、数日取っておいて腐らせて泣いていた子。

携帯サイトの掲示板に入り浸って、初めて携帯料金が大爆死した子。

毎朝、遅刻だと走って学校にいっていた我が子。

 

 

私の中ではまだまだ小さな子供のままだけれど。

もうすっかり、一人前の女性だ。

 

 

特にトラブルもなく過ごしてきたと思う。

親子ともども大きな病気をすることなく。

楽しい思い出ばかりではなかったと思う。

 

 

 

確かに苦しい時もあった。

 

寂しいと思う時もあった。

 

 

 

でも、と顔をあげ、仏壇の前で笑う君の写真を見る。

君のおもかげを探すことはなかった、とふと振り返る。

育児に没頭して、一日一日が早く過ぎていく日々。

騒がしくも楽しい日々。

ようやく娘も大きくなって、自分の時間を持つようになったからこその、今の時間。

 

 

 

「……ようやく、君との時間もできた、ということなのかな」

 

 

 

そんなことを口に出したら、なんだか笑いが込み上げてきた。

まるで古い口説き文句みたいだ。

 

 

 

『やっと二人きりになれたね』

 

 

 

そんなわけがないのに。

私が自嘲気味に笑ったところで、携帯が鳴った。

ぶるぶると震える携帯をポケットから取り出す。

 

娘だ。

 

 

 

『今から帰ります。

 

もし、お父さんの仕事が遅いなら連絡を忘れずに。

 

帰ったら話したいことがあります。』

 

 

 

あれ、言ってなかったかな。

今日は仕事は休みだって。

 

 

私に似て心配性に育ってしまった娘の文章に少し笑う。

 

 

変なところが似てしまったようだね。

君のようにもう少しお気楽に育ってくれてもよかっただろうに。

仏壇の前から立ち上がり、窓を見る。

 

 

「雨が降りそうだ」

 

 

急いで洗濯物でも取り込もう。

黒い雲が立ち込めている。

夕立だろうか。

あの子が濡れなければいいが。

 

 

 

 

 

娘が返ってきたのはそれから10分ほど経ってから。

幸いにも彼女は濡れていなかった。

おかえり、と彼女を迎え、ただいま、と君も笑う。

こんなことで幸せを感じてしまうのは、単純だろうか。

 

娘が好きなお茶を出してから、リビングの椅子に腰かける。

向かいに座るように彼女も椅子に座り、出されたお茶を一口。

 

それから息をついて。

少し間をおく。

 

 

 

「お父さん、私、卒業したら結婚する」

 

 

 

本当にびっくりしたときは人間は声が出ないのだというのを知る。

 

 

だめだとも言えない。

おめでとうとも言えない。

 

 

真剣に私を見つめる娘は、私の返答を待っているのだろう。

まさか、娘が『結婚したい』というとは思わなかった。

ずっと彼女を見つめたままでいたら、娘のほうがまた口を開く。

 

 

 

「結婚したら…海外に行きたいの」

 

 

 

白。

何も考えられないとはこのことだ。

しばらく、何も言えずに娘を見て、ようやく声が出せたと思ったら「…そうか」の一言だった。

 

 

彼女の人生だ。

 

 

祝福するべきなのだ。

本来であれば。

 

 

ただ、私は。

 

 

どうしても娘の前にいることができずに、席を立ちあがる。

逃げるように「散歩にいく」とだけ告げて、その場を後にする。

 

 

 

この場にいてはいけない。

彼女を困らせてはいけない。

祝福しなければいけない。

見送らなければいけない。

 

 

 

それが、今できない。

私にはそれが今、できなかった。

 

 

 

しばらくして、彼女が後ろから走って追いついてくる。

 

 

 

「お父さん。雨が降るよ、帰ろう」

 

 

「……」

 

 

 

娘の忠告も無視して歩いていく。

私はどこに向かっているのだろう。

私の意志とは関係なく足は進んでいく。

 

 

ぽつぽつ。

 

ぽつぽつ。

 

 

雨が降り出す。

 

 

 

「おとうさん!」

 

 

 

娘が叫んだ声に気が付いた。

私の肘を引っ張るようにしながら、今にも泣きそうな表情の娘。

気が付いたら、いつぞやの丘に来ていた。

 

 

妻とも娘とも思い出深い場所。

 

 

「ごめんね、お父さん…。私が、変なこと言い出したから…」

 

 

娘がすまなそうに言う。

いや、本来であれば私が取り乱したのが悪いのだ。

だが、どうしても言葉が出てこなかった。

 

 

ザーッと強く雨が降り出す。

 

 

ちょうど木の下にいるおかげだろう。

雨をうまく凌いでくれていた。

 

 

「でも、私…私ね……」

 

「……本気なんだね」

 

 

娘の言葉を遮るように、両頬を両手で包む。

ああ、冷たい。

娘の頬はいつも冷たいのだ。

 

まるで。

 

 

まるで、亡くなった時の妻のように。

 

 

いや、と首を振り、雑念を取り払う。

娘は真面目な顔で冗談を言う子ではなかった。

 

だから、こそ。

 

本気で考えたのだろう。

本気で考えて決めたことを、今私に伝えているのだ。

 

 

 

「……わかった。いいよ、……おめでとう」

 

 

 

もう、親離れが来たのだ。

それでいいじゃないか。

 

 

たくさん思い出を作ろうと約束したこの場所で。

 

 

私は娘を手放そうと決めた。

 

彼女の隣を歩くのは、もう私ではない。

彼女の世界は広がっているのだ。

この狭い地元という場所だけには留まらない。

世界に出る、というのは些かスケールが大きい気もするが。

それは、心配性がすぎるというものだ。

 

 

あの頃の娘はもういない。

大人になったのだ。

 

娘に私はもう不要なのだ。

代わりの者がいるのだから。

 

 

 

「お父さん、ありがとう」

 

 

 

帰ろう、と満面の笑みの娘。

やはり、夕立だったのだろう。

雨の勢いは最初だけだったようで、もうすっかり雨は上がっていた。

 

娘の後を追うように歩き出す。

今日の夕飯はどうしようか、と楽しそうに話す娘の後ろをついていくように歩く。

きっと、私はまだ納得していないだろう。

 

 

 

我がままなのは私のほうか。

 

 

 

孤独なのだ。

一人残されてしまうことが、ただただ嫌なのだ。

娘を盗られてしまうような気分と、それから…少しばかり裏切られた様な気分なのだ。

 

父親が娘に持っていていい感情ではないのではないか。

 

私は、こんなにも。

君といることが楽しくてしかたがなかったようだ。

 

 

「おとうさーん!はやくかえろー!」

 

 

随分と前を歩く娘が大きな声で叫んだ。

そんな私たちの間を、涼しい風が通り抜ける。

 

 

もう9月。

 

もうすぐ冬がくる。

 

 

そして、春が来て、君が、私の元から去ってしまう。

 

 

 

彼女を追いかけながら、たくさんのことを思っていた。

大抵は恨み言だったけれど。

 

 

 

 

 

季節はあっという間に過ぎ去った。

本当にすぐに冬が来て、春が来て、娘が高校を卒業した。

大学は恋人と一緒に海外に留学するとのことで、まだまだ時間はあるようだった。

 

 

その間に、娘の恋人と顔合わせをして挨拶を交わした。

 

 

日本通例の「娘さんを僕にください」というやり取りもしっかりやりきり、十分忙しなく過ごした。

娘とはたくさん旅行にいき、休日も一緒に過ごして、思い出を作った。

もういいだろう、と思ったころには、娘と離れる当日になっていた。

 

 

 

 

 

空港。

泣く我が子の頭を撫でて、落ち着かせる。

 

 

 

「お父さん…お父さんが一人になったら…寂しくなっちゃうよ」

 

 

 

ああ、本当にこの子は優しい子に育った。

真っ赤な目で私を見上げるこの子は、あの小さくか弱い赤ちゃんではない。

もう、巣立つ時なのだ。

大人になった我が子を心配するように、彼女のパートナーが見つめている。

 

 

「大丈夫だよ」

 

 

なんの根拠もなく大丈夫と口にする。

いや、根拠はない。いつも二人でやってきた。

あの広い我が家に戻ったら、寂しくて泣いてしまうかもしれない。

 

 

 

でも、いいのだ。

 

 

 

この子の巣立ちを見守らねばいけない。

我が子は決めた。

パートナーとなる人と一緒になって、世界にいくのだ、と。

ずっと一緒に歩んでいきたいと思った、と。

だから、託さねばならない。

手を離さねばならない。

 

 

 

「……いっておいで、ほら、待ってるよ」

 

 

 

抱き着いたままの我が子の背を少し叩いて、彼女のパートナーをみる。

ほら、と我が子に言えば、「…わかった」と小さく言って名残惜しそうに離れる。

 

 

 

「お父さん、わたしね」

 

 

 

何かを言おうとする我が子に首を振る。

あまり長く話すと離れがたくなってしまうから。

いいんだよ、また次に会った時に話そう、と。

 

 

それから、すぐに次の飛行機の搭乗案内が流れる。

 

 

娘たちが乗るはずのものだ。

本当に最後だと告げているのだろう。

 

娘の頬を包むようにこちらに向かせて、笑う。

どうしてこの子の頬はいつも冷たいのだろう。

小さな頃から、いつも頬だけが冷たい。

 

 

 

「……いってらっしゃい」

 

 

 

たくさん言いたいことがあったはずだった。

何を言っても、心からの言葉じゃない気がして、

咄嗟にでた言葉が「いってらっしゃい」だった。

また涙を流して、離れていく娘を、名残惜しそうに今度は私が見つめている。

 

 

何度も何度も振り返って手を振る。

何度も、何度も。

 

「ばいばいっ!ばいばい…っ!」

 

 

あんなに懸命に手を振る君をみて、なんだかいつかの光景を重なった。

大丈夫、いつかは会えるよ。

 

 

そう思えば、涙は流れない。

 

 

娘の姿が米粒になるほど、見えなくなるまで…いや、見えなくなっても、ずっと見送っていた。

今度は、お別れを言えただろうか。

名残が残らないように。

君に伝わるように。

自分自身が後悔しないように。

そして、私は今、一人きり。

 

 

 

「さて、……どこに帰ろうか」

 

 

 

空港で途方に暮れ、一人寂しさを感じていた。

 

 

 

 

 

結局、家路に帰ろうと電車を乗り継ぎ、

地元のほうまで戻ってきた。

大都会の喧騒には慣れない。

地元の駅で降り、ゆっくりと家への帰り道を行く。

 

 

そこで、ようやくぽつぽつと涙が流れてきた。

 

 

妻にも先立たれた。娘も手を離れた。

私には、もう誰もいない。

 

見知ったこの駅で、妻に出会い、そこの踏切でいつも妻を見送っていた。

娘が小さな頃は電車がすきで、いつも見送っていた。

 

 

そして、駅から少し歩いて、坂道を登る。

 

 

妻とはよくこの辺に散歩にきていた。

犬を散歩する人を見ては、犬が飼いたいと笑っていた。

 

娘はいつも部活の試合に負けるとこの辺まで走ってきていた。

探すのはいつもの場所だ、と思えば苦ではなかった。

 

彼女たちとの思い出が詰まりすぎているこの地元を、懐かしむ。

きっと、待てども、待てども、彼女たちが戻ってくることはないのだ。

ゆっくりゆっくり、懐かしみながらその坂を上っていく。

 

 

 

そして、丘の上についたとき。

桜の花が散るのを見る。

散っていく桜の花びらは、色づいているものもあれば、まだ白いだけのものもある。

 

あの時の、妻の死に際に降り積もっていったような白い花びら。

別れ際の、娘の冷たい頬に降り積もるように色づくピンクの花びら。

 

 

 

「…私はいつも、この季節に大切な人と別れるのだな」

 

 

 

懐かしい記憶ばかりがよみがえってくる。

彼女たちと過ごした日々ばかりが思い浮かぶ。

3人で暮らしたことなどなかった。

けれど、妻と暮らした日々も、娘と暮らした日々もかけがえのないものだった。

 

 

どちらも、失いたくなどなかった。

 

 

いつも笑いかけてくれた妻も。

いつも手をつないでくれた娘も、

もう私の隣にはいてくれないのだ。

 

 

 

桜の花びらが舞う。

まだほんの少し肌寒い。

 

 

 

思い出の溢れすぎるこの地元で、

私は一人残された。

 

 

「…ここは、君との思い出が多すぎるね」

 

 

いなくなった君を探しにいきたかった。

いつも隣で笑ってくれていた君を。

ずっと君を探しに行きたかった。

 

君に会いたかった。

逢いに行きたかった。

 

いなくなってしまった君の元にいかなかったのは、

娘が私の隣で手をつないでくれたからだ。

 

でも、もうその娘もいない。

 

 

 

「どこにいるの?」

 

 

 

当然、返事はない。

それに、君はきっと善良な人だったから、

私のことを待っていることはないだろう。

であれば、君と同じところに向かうべきなのか。

 

 

自分の寿命はあと何年だろう。

 

 

自分の胸に手を当てる。

とくん、とくん、と確かな音が規則正しく響いてくる。

 

 

その音を聞いて、いや、と首をふる。

 

 

旅立ったあの子がいつか帰ってくるかもしれない。

もし、あの子が帰ってきたのならば。

私と同じ思いは味わってほしくないのだ。

 

 

 

桜の木の下。

町を見下ろしながら言う。

 

 

「……いや、…君を、待つよ」

 

 

君が迎えにきてくれるのを。

だから、なるべく早く迎えにきてください。

 

また、君と出会いたいから。

 

 

 

 

 

『私も、』

 

 

 

寂しげな彼を見つめるのは、何かの幻影だろう。

桜の花びらが舞い散る丘。

彼を見ている彼女もまた、寂しげだ。

 

 

 

『あなたの声、もっと聴いていたい』

 

 

 

彼の背後から、彼の手へと触れようと手を伸ばした。

彼の手に触れても、彼は彼女を感じていない。

寂しげに見つめているのは、やはり彼女だ。

 

 

 

『また、あなたと手をつないで歩きたい』

 

 

 

そのうち、彼がゆっくりゆっくりとその場を後にするように歩き出す。

ああ、帰ってしまうのだろう。

 

 

 

『ここで、待ってるよ』

 

 

 

彼はさっき「どこにいるのか」と尋ねた。

それならば、答えよう。

彼女は、ここにいるよ、と笑っていよう。

彼の寂しげな背をずっとずっと見送りながら。

 

 

 

二人、お互いを待つ。

 

この桜のふる丘で。

 

 

 

 

【END】

 

 

 

 

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