「リリウムは、敗北したのですね……」
火花の散るコックピットの中で、意識を取り戻した少女はつぶやく。
彼女が駆る機体、BFF社の最新型フレームをベースとしたネクスト「アンビエント」は、その機能を完全に停止していた。
安全装置によりコジマ爆発こそ起こして居ないものの、機体に穿たれた大穴はコックピットの付近を大きく抉っており、当然ながら、その中に居た彼女も無事ではなかった。
既に痛覚すら薄れている中、脇腹に触れようとして微かな感覚すら拾えないことに気づいた彼女は、その双眸に諦観の色を浮かべる。
リンクス戦争とその後の動乱によって権威を失墜させたウォルコット家。様々な悪意を持った人間達が伸ばそうとしていた魔の手を払ったのは、彼女の恩師「王小龍」だった。
そして彼は力なき存在であった自分を見出し、後ろ盾となって取り立ててくれた。無論、彼にも思惑はあり、恩師が決して善良な人間ではないことをリリウムは理解していた。
それでも、大恩人であることに変わりはなく、リリウムは彼に最大の敬意を向けていた。
最期を迎えようとしている彼女の口をついて出たのは、そんな恩師への謝罪だった
「お許し下さい、王大人……リリウムは御信頼に背きました」
カラードのNo.2、BFFの王女と呼ばれたリンクス「リリウム・ウォルコット」は静かに眠りについた。
その、筈だった。
『063、目的地が近い……計器を確認しろ』
「はい、確認します」
063と呼ばれた少女――かつてはリリウム・ウォルコットと呼ばれていた存在は、今はルビコン3と呼ばれる惑星の衛星軌道に存在していた。
通信機越しに送られた言葉に従い、リリウムは、計器の確認を開始する。リリウムを取り囲む計器類はレイアウトから記載されてる言語に至るまで、かつて彼女が駆っていたネクストのものとは全てが異なっている。
しかし、淀み一つない彼女の手付きからは迷いというものが一切感じられない。それは、ひとえに彼女の経験の豊富さを物語っていた。
計器類に問題は一切なし。リリウムは機体のシステムを起動して、自機を格納している輸送船をAC内から操作し、最終的な進路の調整を行う。
『此方は惑星封鎖艦隊。貴船は封鎖宙域に侵入している、直ちに進路を変更して当宙域から離脱せよ、聞き入れられない場合は、貴船を撃墜する』
オープンチャンネルで通信が入る。リリウムは惑星封鎖機構からの警告文だった。
『よし……仕事を始めろ、063』
「了解いたしました、ウォルター様」
リリウムは警告を無視して輸送船のエンジンを最大にし、更に機体を格納しているコンテナの分離準備を進める。
『此方は惑星封鎖艦隊、これより貴船を撃墜する』
警告が聞き入れられないと悟った惑星封鎖艦隊は、攻撃開始を宣言する。多数の警告音がコックピット内に鳴り響く。リリウムは即座にコンテナを輸送船から分離させ、それと同時に青いレーザーが輸送船を貫いた。
輸送船は一撃で破壊され、燃料に引火したことで宇宙に炎の華を咲かせる。
その光を隠れ蓑にしてコンテナから出撃したリリウムはアサルトブーストを起動して艦隊へと一気に接近する。
『063、惑星封鎖機構の衛星軌道艦隊を排除しろ』
「アンビエント、作戦を開始します」
封鎖艦隊のレーダーが彼女を捉えるのと、リリウムのAC――かつての名残でアンビエントと名付けた機体が艦隊と接触するのはほぼ同時だった。
アンビエントのレーザーにより瞬く間にブリッジが破壊され、置き土産とばかりにブリッジの跡地に打ち込まれたミサイルが引き起こした誘爆の連鎖によって、一隻の強襲艦が沈む。
『コード78、システムに増援を!』
強襲艦の沈没を受け、艦隊司令が即座にシステムへの支援要請を指示した一瞬のうちに、また一隻の強襲艦が宇宙の華と散った。
『艦を密集させて対空射撃!あのACを近寄らせるな!』
惑星封鎖艦隊は艦隊司令の指示に従い、重厚な弾幕を展開する。しかし、どれ一つとして当たること無くまるですり抜けていくように、流麗とすら呼べる動きによって回避されていく
艦隊の中心となる司令艦を見定めたアンビエントは、アサルトブーストの勢いのまま旗艦のブリッジに着地。幾らアンビエントが中量機体とはいえ、加速された機体重量の齎す運動エネルギーに耐えかねたブリッジは醜く潰れ、リリウムが離脱の際に強く蹴ったことで完全に破壊された。
頭脳を失った艦隊に生じた動揺と乱れをリリウムは見逃さず、一隻また一隻と丁寧に仕留めていく。
最後の一隻を沈めた所で、リリウムは船体を残したまま沈黙している旗艦の甲板にアンビエントを降着させる。。
「オッツダルヴァ様も、このような気分だったのでしょうか?」
リリウムはかつて自分が居た世界の、最高位のリンクスのことを思い出す。彼は全てが止まって見えるなどと噂されていたが、今回の艦隊戦ではそんな表現が似合う感覚を抱いていた。
「綺麗……」
前の世界ではついぞ眺めることのなかった宇宙、星々の光、そして残留コーラルの描く真紅の模様の美しさに見惚れていたが、レーダーが高速で接近する二つの反応を捉えた事で一時の休息は終わりを告げる。
『惑星封鎖機構の増援を確認した……063、これも撃破出来るか?』
速度からして封鎖機構のLC機体だろうとあたりをつけて戦術プランの構築を行っていたリリウムは、ハンドラーから送られてきたデータに目を通し、微かに目を伏せる。
一呼吸分の間を置いた後、それが齎す結果も理解した上で彼女は応えた。
「アンビエント了解、作戦を続行します」
残骸が2つ、宙域を漂っている。惑星封鎖機構が運用するLC機体の成れの果てだ。二度と動き出すことはないだろう。
その横で、装甲表面にいくつかの被弾を残しつつも原型を保っているアンビエントが無重力に身を任せながら星空を見上げていた。
その視線の先には流れ星のようにルビコン3へと進む光点が存在していた。
『063、ご苦労だった……そして、すまない』
ハンドラーからの通信が入り、労いの言葉がかけられる。そして、謝罪の言葉も。
リリウムはルビコン3へと進む光――すなわち、ハンドラー・ウォルターたちを乗せた突入船を見つめていた瞳をそっと閉じて、ハンドラーに問う。
「ウォルター様……リリウムは、貴方のご信頼に応えられましたか?」
『063……いや、リリウム。お前は、俺の信頼に応えてくれた』
ウォルターは彼女の名前を呼び、答える。
それを聞いてリリウムは満足そうに微笑んだ。
「でしたら、構いません」
彼女に名残惜しさは無かった。かつては果たせなかったことを、今度は果たすことが出来たから。
「どうかご武運を、ウォルター様」
『……ああ、必ずやり遂げると約束しよう』
063は、リリウム・ウォルコットは、最後にもう一度光を見送ってからゆっくりと瞼を下ろした。
「ほう、誰かと思えば貴様はハンドラー・ウォルターの猟犬だな?木星では貴様にクソ程の煮え湯を飲まされたがこの際無しにしてやろう!レッドガン流で歓迎してやる!」
「リリウムは混乱しています……」
簡易設定まとめ
リリウム:衛星軌道掃射砲防衛で首輪付きにとっつかれた。目が覚めたらⅥ世界で063という番号を与えられた強化人間になる、その後ハンドラー・ウォルターに飼われた。
ウォルター:リリウムの飼い主。見捨てるつもりはなかった。回収して一緒にルビコンに行くつもりだったけど増援が来ちゃったので泣く泣く見捨てることに。
[後書き]
厳密に言えばルビコンにinしていない。
つまりはタイトル詐欺ということ、スミカ・ユーティライネンです(´・ω・`)
特に続きとか無い単発ネタですが、お気に召したら幸いです。