ホシおじやアリウスの面々からの湿度を向けたかった!!
"──ッ!!"
思わず、先生は胸いっぱいに空気を吸い込んでいた。
目の前のカウンターに置かれた一杯。赤地に白のラインが入った丼の中で湯気を放つラーメンから薫る濃厚かつ芳醇な豚骨の香りが鼻から臓腑のすみずみに行き渡る。
生徒たちのために日夜カフェインが多量に含まれたエナジードリンクで喉を潤しカロリーバーで腹を満たし、アスファルトで靴底をすり減らし尻で椅子を磨き続ける、そんな激務終わりの空きっ腹をこれでもかと刺激してくる。
「先生。柴関チャーシュー麺大盛りネギチャーシュー増し、です」
カウンターを挟んだ向こう側、狭い調理スペースに立つ人影から声が飛んできた。
"うん、ありがとう。とても美味しそうだよ"
箸立てから割り箸を手に取りつつ笑顔で述べる先生の視線の先には、彼の言葉にはにかんでみせる小柄な少女が一人。
「それは何よりです」
名前を司馬カオル。桔梗色のヘイローを持つ彼女がこの屋台、柴関ラーメン2号店の店主を務めていた。
「よしっ」
カオルはホワイトブロンドの髪をヘアゴムを用いて後ろで一纏めに結び白い三角巾を被っている。タレ気味の琥珀色の瞳は先生へ向けていた笑顔から一転、真剣な料理人の顔に戻ると大きな寸胴鍋の蓋を開け煮え立つ湯の中に麺を投入する。
日焼けとは異なる褐色の肌にはガスコンロの熱気と鍋からの湯気を受けて大粒の汗が浮かんでおり、彼女の妖精のような身体に水気を含んだ黒い襟付きシャツがぴったりと張り付く様は、中学生程度の幼さが残る見た目とは不釣り合いな色香を放っていた。
"…………"
首筋を伝う汗が鎖骨を越えてシャツの胸元の隙間へと入っていく様子を、彼が持つ男としての本能故つい視線が追ってしまう。
「せーんーせーいー?」
"うっ……"
右隣から放たれるジトッとした気配と声につい肩が跳ね、ギギギ…と蝶番が錆びついてしまった扉のようなぎこちない動きで先生の顔が右を向く。
「何を、見ているんですか?」
そこにはミレニアムサイエンススクールの制服に身を包み、短いプリーツスカートからはち切れんばかりの太ももを覗かせる生徒、早瀬ユウカが席に着き透き通った笑顔を浮かべていた。
これがタブレットで猫動画などを見ている時であれば非常に微笑ましい場面だったはずだが、今は違う。
"ユウカ……こ、これは、仕方の無い事なんだ"
「なーにーが仕方の無い事なんですかっ。いえ私だって鬼じゃありません、先生は男性ですし? そういった視線をつい異性に向けてしまう事は良く理解しています。私の……太ももとか。でも、でもです、こんな幼気で純真無垢な子に対してなんて犯罪ですよ犯罪。ヴァルキューレに通報されてもおかしくないです」
"通報は勘弁して欲しいかな"
『痴漢の疑い、シャーレの先生逮捕』
そんなニュースがお茶の間やインターネットを駆け巡る様子を想像して顔を引き攣らせる先生。ユウカは彼に対してさらに何か言おうとグッと身を乗り出し、
──グー。
ふと耳に入ったその音は、所謂腹の虫。
"…………"
先生では無い。調理中のカオルでもない。そうなると、発生源はただ一つ。
「あっ……」
ユウカは石化の呪文でもかけられたかのように硬直していた。
彼女が最後に何か固形物を口にしたのは昼時にエンジェル24で購入したハムレタスサンドイッチとコールスローサラダだけだったと先生は記憶していた。そこから数時間、彼の苦手な事務作業を献身的にサポートしてくれたユウカの空腹は相当なものだろう。
「う……うぅ……/////」
ユウカは乗り出していた体をスッと戻して正面に向き直り顔を俯かせ、頬を紅潮させるだけにとどまらず耳の先まで真っ赤にしてしまっている。
しかし、先生は何を言っても墓穴を掘るかやぶ蛇か虎の尾を踏むことになりそうで、どう声をかけたものかと迷い口がムニムニと動くだけ。
──カシャン。
気まずい沈黙を破ったのはシンバルをすり合わせたような、鍋の蓋をカオルが開ける音だった。
湯気が溢れる鍋に柄の付いた大きなザルを入れると湯の中で踊る麺を掬い上げ、ザッザッと湯切りをし、スープが注がれた丼に麺を流し込むように入れる。
そこにメンマ、モヤシ、白髪ネギ、糸唐辛子、煮玉子、チャーシュー、海苔、と様々な具材が次々載せられていく。先生、そして羞恥に俯いていたユウカまでもが顔を上げて幼気な店主の流麗な動きを目で追ってしまう。
「──はい、お待たせしました。柴関ラーメンです」
コトリ。小柄なカオルが身を乗り出してユウカの前のカウンターに丼を置いた。
「ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
"あ、うん、ありがとう"
カオルの声に咄嗟に先生が答えると、彼女は「ごゆっくりどうぞ」と言ってまた視線を鍋に戻した。
二人の他に客は居ない。
遠く雑踏の喧騒が聞こえる。
"……食べようか"
「……ええ、そうですね」
先生とユウカは視線を絡めると、どちらからともなく笑みを溢し、「「頂きます」」と手を合わせた。
──ズズッ……ズズズッ。
「うん、美味しい。どうかなユウカ」
「すごく…濃厚ですね。でも、重くも刺々しくもなく食べやすいのが不思議で……とても美味しいです」
「良かった。君に喜んでもらえたみたいで嬉しいよ」
「──っ!! 先生……」
私が作ったラーメンを啜る二人。連邦捜査部シャーレの所属を示す白い制服に身を包んだ藍○隊長似の『先生』と、黒スーツの胸元のカードを見る限りミレニアムサイエンススクールの生徒である『ユウカ』という美少女は、アオハルの気配漂うやり取りを繰り広げていた。
ユウカさんが先生に対して甘酸っぱい想いを抱いているのは明白で、今も先生が彼女に向けた笑顔を直視して顔を真っ赤にしている。しかもあの感じだと、かの作品の大ボス似の美形である先生の笑顔にときめいて、だけではなく、彼女に向けられている『君が喜んでくれて嬉しい』という純粋な気持ちをダイレクトアタックされて胸にキュンと来ている様子。
これが──青春。
先生と生徒ってアウトじゃん、なんて前世の価値観は無粋でしかない。ここは爆発と銃撃戦が華な無法地帯キヴォトス。先生と生徒が恋愛したって一向に構わんッッ! それはそれとして治安は良くなって欲しい。この褐色ロリなキヴォトス人ボディじゃなかったら何度死んだのか分からん。
先生の方は……目の下のクマが酷い。多分あれちゃんと寝ても取れないやつ……ではなく、ユウカさんや他の少女達とはあくまで『先生と生徒』として一線を引いてるけども、異性としての魅力を感じていないなんて事は無い様子。しかし、その関係を変えるのは中々骨が折れそうだ。この人精神的には鋼メンタルなんて物じゃ無いくらいの強者だし。頑張れ恋する乙女たち。
しかし、ユウカさんはかなりの好位置に居るのではなかろうか。会話の端々に垣間見える『奥さん属性』──どうも先生個人の収支、家計簿をつけているのはこの子らしい──は、色々と過酷な日々を過ごす先生にとってとても心強い支えになっているだろうし、その距離感、空気感は独特のもの。
この二人なら、告白は先生からだろうか。
別に気取ったプロポーズなんていらなくて、シャーレでいつも通りに仕事している時にふと「ユウカ、俺達結婚しよう」って言って、それにユウカさんが「はい、そうです、ね……えっ、えええええええっ!!??」って驚いたあとに、消え入りそうな声&嬉しさが込み上げてきた涙目の笑顔で「──っ、はいっ」って返事して欲しい。
うっ、想像しただけで尊みが溢れる。
──ふぅ。
それはそれとして年下しかも生徒に家計簿つけられてる先生は反省したほうがいいのでは? 促すダンスでもしようか。ガボチャと全身タイツ用意して。
「そういえば、カオルちゃんはどこの学校の所属なんですか?」
二人共ラーメンを食べ終わり、水を飲みながら一休みしているとユウカがそんな疑問を口にし、先生はうーんと唸り記憶の糸を辿った。
"最初はアビドスの柴関ラーメンで会ったんだ。そこの店員をしていてね。ただ、その後店舗から屋台に変わることになって、暖簾分けでこの2号店を始めたらしいけど"
「??? アビドスの生徒という訳ではないんですね」
"うん、そうらしいよ。そうだな……カオル、ちょっといい?"
先生が声を掛けるとカオルはスープを混ぜる手はそのままに顔を上げ「何でしょう」と応じる。
"カオルはどこの学校に通ってるんだっけ。確か訊いたことが無かったから気になって"
そう言うと、彼女はきょとんとした表情になる。
「私、学校には通ってないですよ? 大人ですし」
"え?"
「え?」
「ゑ?」
3人とも疑問符を浮かべ顔を見合わせる。
最初に復帰したのはカオルだった。彼女は視線を彷徨わせると、指で頬を掻きながら微かに笑う。
「あー、私、10年前から見た目全然成長してないので……今は22歳です」
「嘘でしょ」
"合法ロ……何でもない"
お年頃なユウカは愕然とし、先生は失言をギリギリ飲み込む。
「そもそも故郷? は学校のないスラムみたいな場所でした……治安は最悪、食料も乏しい。私、戦うのがてんでダメで年下の子達のグループに入れてもらってどうにか生活してましたけど、それも戦闘のゴタゴタで離れ離れになってしまって……今はどうしてるのか」
戦火から逃れ放浪の旅の途中でアビドスに辿り着き、柴関の柴大将に拾われたのだとカオルは続ける。
「だから、もし……あの子達に会えたら、目一杯謝って、それで、お腹いっぱいラーメンを食べてもらいたいですね」
供養
今週土曜日の曇らせ杯にオリジナル出すからよろしくニキ〜
Yo comrades.
I'm still alive.