空母である一人の女の子の乙女心を綴ったお話。

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恋する赤城

恋する赤城

 

 

 

・ジグソーパズル

 

再びこの世に生を受けてから何度目の春か数えるのもいつしか止めてしまったのどかな昼下がり、私は真剣な顔でテーブルに向き合っていた。

 

その対面には渋い顔をした提督も。

 

「ねえ、赤城。」

 

「どうしましたか?」

 

二人とも視線はテーブルの上から動かさずに短くやり取りをする。

 

「こっちからじゃやりにくいんだけど。」

 

「そっちからだと反対ですからね。」

 

パチッと一つピースを嵌めながら至極当然の回答をした。

 

「横に行っちゃダメ?」

 

「ダメです。」

 

「ダメかあ。」

 

「はい。」

 

淡々とそんな会話をしながら、私たちは一緒にジグソーパズルをしている。

 

これがなかなかピースが多くて今手に持っているピースがどの部分のモノなのか完成図を見てもいまいちピンとこない。

 

反対側から作っている提督はもっと難しいのだろう。

 

「そんなに俺は嫌われていたのか...。」

 

わざとらしい溜息を吐きながら完成図を覗き込んでいる。

 

「ふふ、あまり肩を落とさないでください。」

 

私はそれが可笑しくて、手を口に当ててつい笑ってしまう。

 

別に隣に来られるのが嫌なわけじゃない。

 

むしろ逆だ。

 

来てほしい。

 

でもきっと緊張してしまってこれが完成するまでの時間を耐えられる気がしない。

 

面倒くさいとは自分でも分かっているがこれも一つの乙女心なのだ。

 

それに...。

 

「提督、それってその端の方の木じゃないですか?」

 

綺麗に嵌りそうな箇所をたまたま見つけてそこを指さす。

 

「あってるね...。」

 

「でしょう。」

 

自慢げに腰に手を当ててポーズをとってみせる。

 

「俺だって反対向きじゃなければもっと早く分かっていたかもしれないのに...。」

 

こんな子供じみた挑発に提督は悔しそうな表情をして次のピースを手にする。

 

大人になったら多くの人が忘れてしまうような、ちょっとしたことで素直な感情を表に出してくれる提督が私は好きだ。

 

対面にいればそんな提督の顔がよく見える。

 

想い人の顔を眺められる機会があるのにそれをみすみす逃してしまう私ではない。

 

たぶん横にいたらこの特等席はなかったかもしれない。

 

「ふふ。」

 

目を細めて笑みを浮かべて一所懸命に嵌る場所を探している提督を見つめる。

 

ここも違うそこも違うと唸っている。

 

その後ろの景色では舞うように飛んでいる蝶が蜜を求めて花壇を彷徨っている。

 

きっと綺麗に咲いた花々から吸える蜜は甘いだろう。

 

私は視界に入ったそれを見てピースの終着点よりも他の事に思いを巡らせた。

 

春の陽気にあてられた蝶の様に私も思い切って蜜を求めてもいいんじゃないかと。

 

考えただけなのになんだか胸がドキドキしてくる。

 

黒目を泳がせながら五分ほど悩んで私は立ち上がった。

 

「失礼しますね?」

 

一言声をかけて自分が座っていた座布団を提督の横に置いてそこに座る。

 

「ようやく俺にそこを譲ってくれる気になったんだね。」

 

それを見た提督が場所の交代と受け取って立ち上がろうと膝を立てた。

 

でも私は提督の袖を控えめに掴んで少し引っ張った。

 

「ダメです、ここでやってください。」

 

そっぽを向きながらここにいて欲しいと伝える。

 

顔は見せられなかった。

 

たぶんその左右は赤らんでいるから。

 

「なんで難易度を上げるようなことをするの...。」

 

「そういうのも趣があるかもしれないじゃないですか。ダメ...ですか?」

 

適当な理由をつけて些細なお願いをする。

 

ここで上目遣いでも出来たらかわいい女の子なのだろうけど私には少し難しかった。

 

提督は私を見た後、首を二回回してまたその場に座りなおした。

 

「夕飯までには終わらせようか。まったくこれのどこがいいんだろうね。」

 

「ふふふ、私は結構気に入っているんですけどね?」

 

なんだかんだ言ってお願いを聞いてくれるところも私はあなたのいいところだと思いますよ。

 

私もあなたという蜜にありつけて満足です。

 

それにあなたと二人で一緒に何かを作っていくその過程が素敵なことなんですよ?

 

私たちは日が傾くまで隣り合ってジグソーパズルのピースを嵌めていた。

 

時には真剣に、時にはふざけて、そして時には笑って。

 

あなたの隣も悪くないかもしれませんね。

 

だって近くであなたを感じられるから。

 

 

 

・あなたの射形 

 

弓道場に矢が的を射た音が響き渡り、その奥の木に止まっていたスズメが一斉に空に飛び立つ。

 

私はその内の一羽を目で追いかけた。

 

驚かせて少々申し訳ない気持ちがあったからだ。

 

やがてそれが電線の上にとまり、落ち着いたのを見て次の矢を構えた。

 

何も考えず、ただ頭を空っぽにして的だけを見据える。

 

そして、自然なフォームから放たれた矢は綺麗に中心の赤に突き刺さっている。

 

「こんなところですかね。」

 

毎朝の日課であるそれは、私の一日を始めるにあたって欠かせないものとなっている。

 

何日間続けてきたかもう分からないいつもの光景。

 

ただ一つを除いては。

 

「そんなところにいないで中に入ってきたらどうですか?」

 

横のネット越しに外から私の弓を射る様子を見学している提督にそう声をかける。

 

提督はそう言われたのが意外だったかのような表情をして自分を指さしている。

 

そんな姿が面白くてつい吹いてしまいそうになる。

 

「他に誰もいませんよ?」

 

口元を隠して何とか平静を装う。

 

「それもそうだね、じゃあお言葉に甘えてお邪魔しようかな。」

 

すぐ近くの入口で靴を脱いで提督がよそよそしくこちらまでやって来る。

 

仮にもこの鎮守府の管理者なのだからもっと堂々としていてもいいのに。

 

どうしてそうも他人の家に来たみたいな様子なのか。

 

「ぷっ...。」

 

私はついにこらえ切れなくなってしまった。

 

「え、何か顔についてる?」

 

提督は私が笑った理由が分からずに困惑して、自分の顔をその手で触って確認している。

 

「そうですねえ...。」

 

そう言いながら私は軽い足取りで近づいてその顔を下から見つめた。

 

そのまま何もしない私の反応を提督はじっと待っている。

 

「赤城?」

 

私を呼んだその声と同時に私は腕を上げた。

 

「えい。」

 

そして笑みを浮かべながらその頬を軽く人差し指でつついた。

 

「え?」

 

「これでもう取れましたよ。」

 

固まっている提督をよそ目に私はその人差し指を反対の手で優しく握った。

 

本当は何もついていない。

 

ただ私があなたに触れたくなっただけ。

 

そんないたずら心。

 

あなたに触れた指が感じた熱が冷めないように覆って悪あがきをしているの。

 

それだけ。

 

すぐに常温に戻ったそれに名残惜しさを感じながら私はまた口を開いた。

 

「せっかくですから、久しぶりに提督のも見てみたいです。」

 

「赤城のを見た後だと気が引けるなあ。」

 

「またご謙遜を。」

 

私はどうしても弓を射る姿が見たくて提督の弓を取りに行く。

 

学生時代は部活で弓道をしていたらしく、初めてここに来たときに矢をつがえた提督の姿にはつい目を奪われた。

 

その時は提督が見ていた私に入ってもいいよと声をかけてくれた。

 

今とは逆の状態だ。

 

「まだ定期的に手入れをしていたんですよ。」

 

手に持った少し朱色の入った弓を差し出す。

 

すると提督は眉を下げて片手を腰に当てた。

 

「俺の弓が見たいだなんて変わった趣味だと思うけどね。」

 

「私のを覗き見ていたんですからこれでおあいこですよ?」

 

ウインクをして少しだけ強引にその弓を提督に渡し、やや離れたところにあるベンチに腰をかける。

 

そして微笑みかけてどうぞと促す。

 

「しょうがないね。」

 

提督は諦めたように笑ってから半身にして的を見据えた。

 

三度大きく深呼吸をしてゆっくりと弓を構える。

 

私は朝日に照らされた中で矢をつがえた提督の姿を目に焼き付けていた。

 

そよ風が提督の前髪を揺らす。

 

そこから垣間見えるまっすぐな瞳。

 

私が見たかった目だ。

 

横からでも吸い込まれてしまいそうなそれは私の視線を釘付けにした。

 

それはあの時と同じ感覚だった。

 

やがてその指が矢を離すと勢いよく的に突き刺さった。

 

「俺も下手になったなあ。」

 

その矢は中心から離れたところに刺さっていた。

 

「でもすごくかっこよかったですよ?」

 

私は素直な感想を口にする。

 

本当にそう思った。

 

「赤城の方が様になっているよ。」

 

「そんなことありませんよ、ぜひまた見せて下さい。」

 

あなたは少し渋っているけれど、慕っている方のかっこいい姿を見たくない女性なんていないんです。

 

いつかその瞳を私だけに向けてくれたらと思ってしまいます。

 

気付いていますか?

 

その矢は確かに的の中心は外れているけれど、私の心の真ん中は射貫けているんです。

 

私がそうであったようにいつかきっと私もあなたの心を。

 

 

 

・たくさん食べるキミが好き 

 

カタカタとキーボードをリズムよく叩く音と紙にペンを走らせる独特な音だけが執務室を満たす。

 

最近はペーパーレス化の波及で資料作成や報告書はパソコン一つで完結してしまうなのだとか。

 

私はそういった機会類はあまり分からないので未だに紙媒体に頼っている。

 

これではあまり提督の役に立っていない気もしたが、紙もデータとして取り込んでPDF?なるモノにできるらしい。

 

だから私の仕事も無駄になっていないと提督は言う。

 

それを言われたときは安堵した。

 

だってパソコンの操作が出来ないとあなたの近くにいられる時間が減ってしまうのではないかと思ったから。

 

あの時は今ある環境が当たり前じゃないのだと改めて痛感した。

 

そんなことを黒いインクで句点を書きながら思い出す。

 

ペンを机に置いて私は机に前のめりになって提督に声をかける。

 

「そろそろお昼にしませんか?きっともう一二〇〇ですよ。」

 

最後にニコッと微笑んでみる。

 

「ああ、本当だ。いつも正確な体内時計だなあ。」

 

ちょうど私の後ろにある時計の針を見て感嘆の言葉を口にする。

 

「善は急げです!早く食堂に行きましょう。」

 

空腹でご飯が待ち遠しい私は立ち上がって提督を催促する。

 

その勢いに負けたのか、おそらくキリが悪いであろう作業を切り上げて提督もその手を止めた。

 

「分かった、今日はもう食事にしようか。」

 

「ええ。」

 

二人で執務室のドアを開けて食堂までの廊下を歩く。

 

ふとこうして見ると提督の背丈はあまり高くないことに気が付く。

 

私より少しだけ高いくらい。

 

そこで私は二航戦の子から借りた雑誌の一部を思い出す。

 

身長が近いカップルはキスがしやすいという一文を。

 

思わず提督の唇をジーっと見てしまう。

 

そこにたどり着いたらどんな気分なのでしょうか、初めてのキスは甘酸っぱいといいますが本当にそうなのでしょうか。

 

私はあなたにそうしてもらえる時がくるのでしょうか。

 

そう悶々と思いふけっていると提督が話しかけてきた。

 

「赤城は何にするんだ?」

 

「え?」

 

「メニューだよメニュー。」

 

気付けばもう食堂に到着していて提督がお品書きを指さして私の注文を待っている。

 

「あ、えっと。かつ丼の特盛でお願いします。」

 

「はい、分かりました。」

 

待たせてしまって申し訳ないと若干焦りながら鳳翔さんに注文をする。

 

その時、食堂で食事をしている艦娘の話し声が聞こえてきた。

 

「男の人はおしとやかな女性がタイプの人が多いらしいよ。」

 

「じゃあ、気になる人の前では大盛りとかにしてお腹いっぱい食べれないじゃん。」

 

「でもそれで気に入ってもらえるならプラスじゃない?」

 

その言葉は私の胸にグサッと突き刺さった。

 

私は提督の顔を横目でチラっと見る。

 

あなたもガツガツご飯を食べるような女性は好みではないのですか?

 

そんな疑問が脳内に散乱する。

 

もっと小食で大和撫子のような方が...。

 

私は俯きながら注文を訂正した。

 

「やっぱり並盛でお願いします...。」

 

「え!?」

 

か細く言った私の言葉に目をパチクリさせながら鳳翔さんが驚いている。

 

「本当にいいの?」

 

「はい。」

 

「あなたがいいならそうしますけど...。」

 

そうしてその場で少し待つと提督の日替わり定食と私の並盛のかつ丼が運ばれてきた。

 

私たちはトレーに乗せて空いてる席に座り、食事を始めた。

 

「「いただきます。」」

 

そう言いご飯を口に運び始める。

 

鳳翔さんのご飯はいつも美味しい。

 

いくらだって食べられる気がする。

 

なのに...。

 

「ご馳走様でした...。」

 

そのどんぶりの中身はすぐになくなってしまった。

 

私はまだ食べたりない食欲を我慢しながら下を向いて提督が食べ終わるのを待っていた。

 

するとちょっとして提督が箸を止めてこちらを見ているのが分かった。

 

「赤城、本当にそれで満足なのか?」

 

私の核心をつく一言にたじろいでしまう。

 

「はい...十分です。」

 

嘘をついた。

 

これであなたの好みの女性に近づけるのならば安いものだと。

 

それを聞いた提督は短く息を吐いて箸で味噌汁の具をクルクルと回し始めた。

 

「そうかあ、俺は幸せそうにご飯をたくさん食べる赤城が好きだったんだけど。」

 

意外な言葉に驚く。

 

「え?」

 

「言葉通りの意味だよ?」

 

聞き返したが私の聞き違いではなかった。

 

提督はたくさん食べる私のこともよしとしてくれる人だった。

 

ありのままの私を受け入れてくれることがこんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。

 

私は勢いよく席を立った。

 

「お、おかわりもらってきます!」

 

その足取りは軽かった。

 

誤魔化した私じゃなく素の私でいてもいいんだと思えるだけで私の心の濁流は一瞬で澄んだ水になった。

 

やっぱり後でダメなんて言わせませんからね?

 

私はこの私をあなたに好きになってもらいたいから。

 

 

 

 

・湯上り 

 

あったまった身体の水気をタオルで取って、そのまま体重計で自分のバルジが増えていないか確認する。

 

どうやら概ねいつも通りの数値がそこに表示されているから大丈夫そうだ。

 

「バルジももっと他のところについてくれれば女の子は困らないんですけどねえ。」

 

何故かお腹周りにつきやすい原理に小言を吐きながら着替えを入れたカゴに手を伸ばす。

 

お風呂から上がった後はもう何もないため、いつもの着物をモチーフした制服ではなくTシャツにショートパンツのラフな恰好をする。

 

別に誰に見られるわけでもないのでオシャレという女性の装備を解き放ったこの時間は本当に楽に感じる。

 

着替えを済まし、洗面台の前に座る。

 

化粧水とドライヤーのどちらを先に済ませようか悩んだが肌の乾燥の方が嫌なので、何本かあるうちの一本を手に取って顔に塗り始めた。

 

「やはり駆逐艦の子たちのような透き通った肌には敵いませんね。」

 

鏡で自分の肌を見て比べてしまう。

 

好きな人の前ではできるだけ綺麗な私を見せたいというのは世界中の女の子が思っていることだろう。

 

私もその中の一人だ。

 

ふと長い黒髪に目がいく。

 

「パーマをかけたり色を変えた方があなたはかわいいと感じるのでしょうか。」

 

髪の間に指を通しながら提督の好みを考える。

 

どこにでもいる黒髪ロングなんて見飽きているでしょうし...。

 

「かといって直接伺うのも...。」

 

気付けば化粧水を塗る手を止めて意中の人の事ばかり考えてしまう。

 

どんな顔が好きなのだろう、今はお化粧でいくらでも雰囲気を変えることもできる。

 

どんな服装が好きなのだろう、オフの時はあなたが好きな服を着ていたい。

 

私は両手を胸にあてて目を閉じる。

 

寝ても覚めても頭の中はあなたで埋め尽くされている。

 

視界にあなたが入ればそのすべてが幸せで満たされるのだ。

 

「提督...。」

 

感情を込めて小さくその単語を呟く。

 

誰もいない浴場で感傷に浸っていると入口の戸が開く音がした。

 

もう遅いのに誰が来たのだろうと振り向くとそこにいたのは眠そうな顔をした提督だった。

 

「提督!?」

 

思わず大きな声がでた。

 

その声に反応して提督がこちらに気が付く。

 

「え!もうすぐ艦娘たちの時間が終わりだから誰もいないと思ってたごめん!」

 

そう言って脱いだ靴を履き直そうとしている。

 

私しかいないし、その私も服を着ているのだからそこまで慌てなくてもいいのにと笑みをこぼす。

 

でも提督はどこか申し訳なさを感じている様子ではある。

 

チラッと洗面台を見るとコンセントに繋がったまま静かな状態のドライヤーが目についた。

 

「提督。」

 

優しくその名を呼んで手招きをする。

 

「何?出てかなくていいの?」

 

片足だけまだ裸足の提督がキョトンとしている。

 

「ええ、ただ謝る代わりに私の髪を乾かしてくれませんか?」

 

わざとらしく濡れた髪を手でなびかせてアピールしてみせた。

 

あんまり腑に落ちていない様子だったが、わざわざ履いていた片方の靴を脱いで提督が私の後ろまでやってきた。

 

そりゃ滅茶苦茶な言い分だったから納得しきれないのも当然だろう。

 

それでも了承と受け取れるその行動にまた笑みが出る。

 

「じゃあ、風あててくよ。初めての経験だから熱かったら言ってね?」

 

「はい。」

 

私は瞼を閉じて提督に女の命といわれるモノを委ねる。

 

提督は恐る恐る温風を髪にあててまるで私の髪がこわれものかのように扱ってくれた。

 

探り探りの手の感触はくすぐったくもあったが、それだけ提督が私を大事にしてくれている気がして胸が温かくなった。

 

それになんだか落ち着いてしまって微睡みが誘ってきているみたい。

 

髪をその手で梳く感覚が心地いい。

 

きっと今の私は気が抜けたような表情をしているのでしょうね。

 

でもしょうがないんです。

 

あなたに触れてもらえている安心感がそうさせているんですから。

 

私は今のままの髪型でもいいかなと思った。

 

だって、髪が長い方がこうしてもらえる時間が長いから。

 

できることならずっとこのままがいいという淡い願いを胸に抱いた。

 

 

 

・偶然の釣果 

 

私はよく寄り道をする。

 

特に決まった場所はない。

 

出撃した後、演習を終えた後、食堂に行くとき、談笑室から出た後などそれはもうほぼ全ての用事を済ませた時に。

 

何故かって?

 

それは恋をしたことがある人なら分かると思います。

 

特に約束もしていないけど、好きな人がいそうなところに用もないのに足を運んでもしかしたら会えるかもなんて考えたことはありませんか?

居たら胸が高鳴るし、居なかったらちょっぴり残念な気持ちになる。

 

そういう単純な事で一喜一憂するのが恋だと私は思います。

 

今日は会えるでしょうか?

 

もし会えたら何を話しましょう?

 

どんな話をしたら笑ってくれるのでしょう?

 

そしてその笑顔を見ることができたのなら私も笑顔なのだろう。

 

そんな事を考えるのです。

 

軍艦の頃には味わうことの出来なかった感情。

 

歩く廊下で明かりのついていない部屋のガラスに自分の姿が映る。

 

私は三歩ほど近づいて前髪を手で整える。

 

「これで大丈夫そうですね。」

 

満足のいくまとまり方をしてくれてそれだけでいい気分になる。

 

ガラスに背を向けて腕を組む。

 

今、提督はどこでなにをしているのでしょうか。

 

確か今日の提督は数少ない休日だったはず。

 

ということは執務室の方へ足を運んでも会える可能性はあまり高くない。

 

うーんと頭を捻っても何も思いつかず、気の向くままに歩を進めることにした。

 

歩いていると色んな子たちに挨拶される。

 

礼儀正しく敬礼までしてくる子もいればラフに手をひらひら振って通り過ぎる子もいた。

 

その皆に共通しているのが全員魅力的な女性だということだ。

 

女性が全体のほぼ九割を占める鎮守府において提督は人気が高い。

 

もしかしたら既に誰かと恋仲になってたりというのもありえなくはない。

 

それを考えるだけで胸がチクリと痛む。

 

「私は思っていたよりもずっと独占欲が強いのですね...。」

 

自分の性格に苦笑しながらその足は砂浜に立っていた。

 

私も艦娘なだけあって自然と海を目指していたのかもしれない。

 

目の前に広がる大きな海を見渡して大きく息を吸い込んだ。

 

いつもの硝煙が混じった磯の香りではなく純粋な海の香りが鼻孔をくすぐる。

 

「陸から見る海もいいものですね...ん?あれは...?」

 

視界の端の防波堤で釣り糸を垂らしている人物がいた。

 

私は頭で考えるよりも早く足を動かしてその人の下へ向かった。

 

自然と口元が緩んでしまう。

 

「提督、どれくらい釣れましたか?」

 

横でかがんで覗き込むようにその顔を見る。

 

提督はこちらに気が付くと笑いながらバケツを指さした。

 

「三時間くらいこうしているけど、見た通りボウズだよ。」

 

「じゃあ、私が記念すべき一匹目ですかね。」

 

クスッと笑ってそんな冗談を言う。

 

「随分と大物だなあ、餌として一日で倉庫のボーキサイトが空になりそうだ。」

 

「私をなんだと思っているんですか?調理されたご飯のほうが美味しいんですからそっちを食糧庫が空になるまで食べますよ。」

 

「ははは、どちらにしても空っぽになるじゃないか。」

 

「ふふ、そうですね。」

 

二人で笑いながら、海に垂らした糸が引かれるのを待つ。

 

私はこの時間がいいなと思った。

 

特別な栄誉なんてものはいらない。

 

挙げてきた戦果すらも。

 

ただ私が好きな人と平和なひとときを過ごすことができるのならそれに変わるものはない。

 

「静かですね。」

揺れる海面を見ながら私はそこに映る自分を見ていた。

 

「俺たちが今戦争をしているなんて思えないくらいにね。」

 

「ええ。」

 

その静寂を噛みしめる私たちの上空に数機の艦載機が飛んできた。

 

二人で空を見上げてそれを目で追いかける。

 

「あれは誰が飛ばしたやつか分かる?」

 

「友永隊と江草隊なのできっと二航戦の二人が練習しているのでしょう。」

 

「すぐ判別できるなんて流石栄えある一航戦だね。」

 

「見慣れてるだけですよ。」

 

栄えある...ですか...。

 

そんな言葉がつくことのないような世の中であったらどんなによかったでしょうか。

 

やがて見えなくなった艦載機から視線を外して提督を見ると、魚が餌に食いついた様子もないのにリールを巻いている。

 

「釣れていないのにもう終わるのですか?」

 

「釣れただろう?それはそれは大きいのが。」

 

微笑みながらこちらを見て私が釣果だと言う。

 

「じゃあ手元に置いておかないと逃げちゃいますよ?」

 

私は跳ねるように提督から距離を取ってみせた。

 

「それは大変だ、こうしておかないと。」

 

そう言って片手で釣り竿とバケツを持って、空いたその反対の手で私の手を握ってきた。

 

私は突然の出来事に顔から蒸気が出そうなくらい全身が熱くなった。

 

「帰ろっか。」

 

「はい...。」

 

どうやら私の釣果は予想以上のようです。

 

恥ずかしくてあなたの顔は見れないけれど、握ったこの手はきっとこの恋をまた大きくした。

 

ああ、鎮守府にもどったら離さなきゃいけないだなんて名残惜しいですね。

 

あと二百メートルくらいその距離が伸びればいいのに。

 

私は染めた頬をその黒い髪で隠しながら確かにあなたを感じていた。

 

 

 

・夜に溶ける 

 

夜も更けて草むらでは虫たちがオーケストラを繰り広げている。

 

その劇に耳を傾けながら縁側で私と提督は日本酒を嗜んでいた。

 

「もうなくなっていますね、お注ぎします。」

 

「悪いね。」

 

「誰かと飲んでいる時は相手にそうしてもらった方がお互い気分がいいでしょう?」

 

「だったら次は俺の番だね。」

 

提督は自分の盃に日本酒が満たされたのを確認してから私の手にあった徳利を取った。

 

「それにしてもよく星が見えますね。」

 

軽く会釈をして注いでもらった盃を手に取る。

 

「星の名前とか正座なんてものは何も分からないけどね。」

 

「何も知らない時の方が純粋楽しめるものですよ?」

 

どれが一番煌めいているのか空を見上げて探してみる。

 

「それは的を得ているかもしれないなあ。」

 

一等星と呼ばれる最も輝いて見える星々のどちらがより輝いているのか見比べても私にはその違いが分からなかった。

 

どれも綺麗。

 

それでいい。

 

なんとなくそう自分の中で納得する。

 

「提督って何か夢とかあるんですか?」

 

唐突に未来の展望を知りたくなった。

 

その時に私がいるかどうかも分からない将来を。

 

「夢かあ...なんだろうなあ。」

 

軍服の上着を脱ぎながら遠くを見つめて私の質問の回答を模索している。

 

「うーん。あ、のんびり農家でもやってみたいかもしれない。」

 

「農家ですか?」

 

「うん、田舎の静かなところで野菜なんか作って、自作の野菜を使ってご飯を食べてみたりね。」

 

そう言う提督の表情は柔らかいものだった。

 

確かにそうなるのも当然かもしれない。

 

普段は戦禍の中で張り詰めた日々を送っているのだから。

 

「新鮮で美味しそうですね。」

 

私は揺れる日本酒の表面を見つめながら半分心ここにあらずな返事をした。

 

おそらくそこに私は...。

 

「赤城はよく食べるからその分たくさん野菜を作らないとね。」

 

なんてことない表情でスラっとそんなことを言う。

 

私はとても驚いた。

 

この戦争が終わった後のあなたの生活に私が含まれていたことに。

 

もしもの話であっても私は嬉しかった。

 

胸からじんわりと温かい感情が広がってくる。

 

「代わりに寝坊癖がある提督は私が起こしてあげないといけませんね。」

 

笑みを浮かべてちょっとだけ提督の痛いところを突く。

 

「ああ、頼むよ。」

 

「ええ。」

 

一口、盃に口をつける。

 

提督は私が好きな銘柄を選んできてくれた。

 

あなたは甘口が好みなのに、今飲んでいるのは辛口のもの。

 

そのちょっとした気遣いが私の恋を刺激する。

 

「赤城は何かないの?」

 

今度は私の番ということなのだろうか。

 

私は盃を少し揺らして半分ほど残った日本酒に波を立てる。

 

「私は...。私は大切な人と余生を穏やかに過ごしていきたいです。」

 

バレないように横目で提督の反応を盗み見る。

 

「それもいいなあ、じゃあ頑張って見つけないといけないね。」

 

まったくあなたは。

 

自分の未来には勝手に私を組み込んでおいてここでは気付いてくれないなんて罪な人。

 

私は残りの日本酒を一気に口に含んだ。

 

そしてそれを飲んで大きく息を吐く。

 

簡単な言葉なのに私にはその勇気がない。

 

二分の一じゃ言えない好きの二文字。

 

甘く切ないその気持ちはあなたと過ごす時間に比例して大きくなっていく。

 

「もうこの盃の大きさには収まりそうにないですね。」

 

ポツリと呟く。

 

ふと肩に重みを感じた。

 

その右肩を見ると微睡みに落ちた提督が私の肩に頭を乗せていた。

 

「枕にするならこちらの方がいいですよ。」

 

私は微笑みながらその頭を自分の太ももの上に乗せた。

 

それからその頭を優しく撫でた。

 

女性とは違った固い髪。

 

少し小さい耳たぶ。

 

そのどれもがあなたなのだと愛おしくなる。

 

私は撫でる手を止めて、その代わりに前髪を少し上げた。

 

「今はまだ起きないでくださいね?」

 

そう囁いて私は空いた手で髪を耳にかけた。

 

そうして私はその額に唇が触れるだけのキスをした。

 

あなたと触れた唇を指でなぞる。

 

短い一瞬の出来事だったけれど、私にとっては長く余韻が残る忘れることのできないものだった。

 

私は提督の耳元に顔を寄せて囁いた。

 

「提督、赤城はあなたをお慕いしておりますよ。」

 

 

 

恋する赤城 ~fin~

 


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