誰かのためになること、アタシだって【ナイスネイチャ】 作:奈良ひさぎ
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:ウマ娘 ナイスネイチャ トレーナー 定食屋 二次創作 トレセン学園 ドリームトロフィーリーグ
「はーい、オムバーグ定食、デミソース1つとホワイトソース1つ、お待ちどーう」
「お、また美味そうだ。ほら、ハンバーグもチーズインで美味いんだがな、ソースがこれまた最高なんだ。さ、俺のおごりだ。食おうぜ」
「ごめんネイチャ、こっちのパスタ運ぶの頼めるかー」
「はいはーい」
お昼時の定食屋には、多くのお客さんが詰めかける。近くにあるトレセン学園のトレーナーや、トレーナーに連れてこられた担当ウマ娘も多いが、歩いて比較的すぐのところにオフィスビルが立ち並んでいることもあり、ここの定食屋は乙な雰囲気で美味い、といううわさを聞きつけたビジネスマンも多く訪れる。大抵、店長の奥さんが魅力的だという余計な尾ひれまでついてくるのだけれど。
「おーいネイチャーン、お冷三つ持ってきてー」
「あぁその前にネイチャ、今度はこっち、ミルクレープお願い」
「はいはーい……まったく、人遣いが荒いったらありゃしないなぁー」
通算成績、41戦7勝。うち天下のG1レースには16回出走、ただし一度も勝利できず。ウマ娘・ナイスネイチャのレース成績は、決して華やかなものではない。そもそもとんでもない数いるウマ娘の中で、勝ち進んでOPレースに進める子だってそうはいないし、G1レースに手が届くか届かないか、そのラインにたどり着ける子なんて上澄みも上澄みだ。それはトレーナーさんにも何度も言われたし、自分に何度も言い聞かせたことなのだけれど、それでも「あんまり上手くやれなかったな」という感覚が抜けない。
「はーいおまたせー」
きっと3着だとか4着だとか、惜しいところまで行けたのになあと振り返ってしまうレースが多いからだ。それにテイオーとかマヤノとか、周りにはあまりにも眩しい子たちがたくさんいた。強い光のそばにいる影は、暗がりの中にある影よりもずっと存在感があるし目立つ。
「(このまま、ドリームトロフィーリーグ入りかあ……)」
アタシの元にも、招待状は来た。それがトゥインクルシリーズで好成績を収めた、一握りのウマ娘であるという何よりの証拠。けれどトゥインクルシリーズを卒業した後に向かうそこは、ただ栄光を目指すための場所ではない。クラシックで華々しい成績を残したり、グランプリレースで頂点に輝いた経験のあるレジェンド級のウマ娘たちがひしめき合っている。ウマ娘全体のピラミッド、その上澄みをさらに濃縮したような環境。トゥインクルシリーズがウマ娘として本格化を迎えた子たちの全盛期だとして、そこからいくらか衰えが来ることを加味しても、より厳しい戦いの連続になる。そんなところでやっていけるのか。卒業後の進路が決まらずに、ひたすらアタシは悩んだ。
「ドリームトロフィーリーグに行かなきゃいけないわけじゃない。あくまでネイチャには行く権利があるってだけで、義務じゃない。行きたくても行けなかった子たちのことを、考える必要もない」
「……分かってる。分かってますよ」
トレーナーさんは経験豊富だ。いろんなウマ娘をアタシの前に担当していた。ドリームトロフィーリーグに行けた子もいるし、行けなかった子もいる。ウマ娘たちの「その後」の道をたくさん見て、後押ししてきた大人だから、その言葉には説得力がある。
ドリームトロフィーリーグなんて、夢がいっぱいに溢れてるような名前だからこうして悩むのだ。もっとこう、シニアリーグとかセカンドリーグとか、ありきたりな名前だったらもう少し踏ん切りもつきやすかった。
「アタシ、さ。どうしたらいいか分かんなくて。困っちゃってるわけですよ」
「トレセン学園を卒業したから。ドリームトロフィーリーグに行かなかったから。それで、レースの世界ときっぱり縁が切れるわけじゃない。そりゃもちろん、みんなが想像するような夢の対決に、自分が参加することは難しいけどな」
「ですよね」
「大事なのは、このトレセン学園で、自分がやってきたことは何か、だ。レースで頑張ったことでもいいし、勉強を頑張ったことでもいい。後輩の面倒見がいいって言われたことがあるなら、それでもいい。自分に一番向いてると思ったことを、続けてみるのが一番だ」
トレーナーさんに何度も相談するうちに、そんな言葉が出てきた。アタシの得意なこと、向いていること。それがレースしかないと考える必要はない。ウマ娘だからついついそう思ってしまうけれど。
「……そっか」
そして、気づいた。トレーナーさんに気軽に相談したり、何でもないことを話したり。それが当たり前ではないことに。トレーナーがいない子だってたくさんいるし、トレーナーがいても最低限のトレーニングの話しかしない子だっている。いつも惜しいとこで収まってしまうアタシだけれど、普段のトレーニングとかいろいろ頑張ってるんだぞ、ということを知ってほしくて、トレーナーさんとはたくさん話をしてきた。サボったり手を抜いてるわけじゃないと信じてもらうためにやっていたことが、いつの間にか当たり前のような習慣になっていた。
「なーんか悩み事? ネイチャさんに相談してみる? いいアドバイスができるかどうかは、分かんないけどさ」
アタシから相談するだけじゃない。誰かに相談されることも好きなんだと気づけた。思いのたけを吐き出して、自分の中でうまく言葉にしてまとめて。アタシに相談を持ちかけてくれた子は、決まってすっきりとした顔をして帰っていった。大勢の観客がいる大舞台で、その期待にふさわしい走りができる自信がまるでない、と相談してきた子が、その後意外にあっさりG1レースを勝ってしまった時はさすがにびっくりしたけれど、同時に嬉しかった。アタシがついにできなかったG1勝利を代わりに成し遂げてもらえて、なんだかアタシがその子を育てたような気分にすらなれた。気軽に他人に相談できるというのは当たり前ではなくて、まして相談を真正面から受け止められて、何かしらアドバイスができる人なんてのは本当に貴重な存在なのだと、いろんな人に教えてもらえた。自分にできること、やりたいことがあるのなら、レースの世界のど真ん中に飛び込む必要は必ずしもない。それが分かって、アタシは踏ん切りがついた。レースとは少しだけ距離を置いて、学校の先生になることを決めた。
「実はな、ネイチャ。今度トレーナーをやめて、トレセン学園の近くで定食屋を開くことになったんだ。もしネイチャさえよければ、手伝ってほしくて」
「アタシが、ですか?」
「食欲旺盛なウマ娘の胃袋をつかむには、一人じゃ手が回らないって思ってな。力になってくれそうな人って考えた時に、ネイチャしか思い浮かばなかった」
「いやいや、そんな褒め方しなくてもー」
「……いや、ネイチャじゃなきゃダメなんだ」
「いやいや」
「……」
「いやいや……いや?」
「頼む、無理言ってるのは承知なんだ。……」
「……本気に、しちゃいますよ?」
そんなわけで、アタシは今この店の副店長をやっている。トレセン学園の子も時々バイトに来てくれるし、ウマ娘用のデカ盛りメニューにも抜かりがないから、おかげさまで大繁盛だ。そして今度の6月には、元担当トレーナーさん、現店長と式を挙げることになっている。こっそりやるつもりだったのに、どこから漏れたのか今やそこかしこでウワサになってしまっている。
「ネイチャさんネイチャさん! こっちこっち!!」
「はいはい、二回呼ばなくても行きますよー」
「注文いいですか? このペコリーノたっぷりジェノベーゼ5人前と、半熟卵のクリーミーカルボナーラ6人前、それから……」
「こらこら頼みすぎ頼みすぎ。ちゃんと落ち着いて考えた?」
「だいじょぶです、二人後から来るので! 今日ハードめのトレーニングメニューだって言ってたし、お腹ペコペコで来るはず!」
「はーい、じゃこのまま注文通しちゃうからねー」
「あ、それからネイチャさん結婚おめでとー! ひゅーひゅー」
「こら、あんまりおっきい声で言うんじゃない」
ふと厨房の方を振り向くと、明らかに直前までこちらを向いていた店長が、料理の方に向き直った。その顔には笑みがこれでもかというほど浮かんでいた。