洒落怖風の話を書いてみた。

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くちなし様

 これは約30年前、私が小学生だった頃の話だ。

 私は幼少期、父の地元である某県の小さな村に住んでいた。村はぎりぎり限界集落になっていない程度に高齢化が進んでおり、子供も私を含めて10人に満たない少人数であり小学校は他学年の生徒と一緒に授業を受ける所謂複式学級であった。店も寂れた商店が一つだけ。他は山と川と田畑しかない典型的な田舎であり、そうなると子供の遊びは専ら大自然を満喫することくらいしかなかった。

 当時私は家が近かった同級生のAとその兄でひとつ年上のB君と仲が良く、いつもこの3人で行動していた。私とAはどちらかといえばインドア派というか、本や漫画を読むことを好んでいたが反対にアウトドア派のB君はそんな私達を外へ連れ出し、山や雑木林に踏み入っては秘密基地を作って昆虫を捕まえ、川へ行っては魚釣りや水遊びをしていた。少々強引でがさつなところはあったB君だったが、気風の良さが滲み出ており嫌いになれない性格をしていたおり、私達も何だかんだ楽しんでいた為一緒に遊んでいた。

 夏休みのある日、いつものようにB君に連れ出された私たちはうだるような暑さの畦道を歩いていた。昨日は秘密基地で虫相撲をして遊び、一昨日は川で釣りをした。少ない小遣いはアイスを買ったことで更に財布の体重を減らしていた為あまり使いたくない。何をしようかと3人で話していると、B君がそういえば、と話を切り出した。

 

 

「栗の木林あるやん? あの奥ってヤマモモやらヤマグワやら色んなもんが生っとる山があるんやって」

 

 

 この村には栗の木林という栗の木がたくさん生えた場所があり、秋になるとそこら一面に毬栗が転がり針山地獄のようになることで知られていた。その時期になると私達は何度もそこへ通い、栗を拾ってはたらふく食べるのが恒例行事となっていた。ただ村の大人、特にお年の召した爺様婆様方はあまり近寄らないほうがいいと話し、特にその奥には絶対行くなと厳しく教えられてきた。その理由は分からないものの私達はそれを守り、奥の方へと足を運んだことはなかった。

 

 

「なんでもC君が大人に内緒で行ったらしゅうて、あんま深くは入らんかったらしいけど遠目で見たんやと」

 

 

 C君とは私の二つ上の男の子で学校ではよく話すものの、彼はD君という仲の良い友達といつも遊んでおり、休日に私達3人組と遊ぶことは滅多になかった。そんな彼曰く、先週頃にD君と探検に行った際に栗の木林の奥へ行ってみようという話になったらしい。そして行ってみればがらんとした野原が広がっており、そこにぽつんと1つ小山があったんだそうな。その周りにはぐるりと囲むように道があり、いくつか狛犬のような像があったらしい。山には遠目からでも分かるくらい様々な果実を付けた木が所狭く生えており、そうして山に入ろうと歩みを進めようとしたところ、大人に見つかってこっ酷く叱られたそうな。

 そんな話を聞いて私は、恐らくAも嫌な予感を覚えて身構えた。そして予想通りの言葉をB君は口にした。

 

 

「俺らもそこ行ってみぃひん? こないな所でぶらぶらしとっても仕方あらへんやろ」

 

 

「せやけど行っちゃ駄目や言われとるやん。C君も怒られたんやろ?」

 

 

 Aが反論する。その表情には不安が見え隠れしており、怒られた際のことを心配している様子だった。しかしB君の中では既に行くことが決定事項らしく、‘‘バレなければ大丈夫、少し見に行くだけ‘‘と雑な説得をするだけだった。こうなっては私達ではB君の考えを変えさせることは難しく、仕方がないという諦めを抱きながら彼の後を追うのだった。

 しばらく歩いて午後の3時頃、道中にあるヘビイチゴを摘まみ、虫と戯れて盛大に道草を食いながらも栗の木林に到着した私達は最後の確認でもするかのように話し合いをしていた。

 

 

「よし、ほなら行くで。Aもぐちぐち言うてんとってええ加減覚悟を決めや」

 

 

「ほんまに見に行くだけやで、見たらすぐ帰んで」

 

 

 分かった分かったとAを宥めるB君を見ながら、私は不安と同時にどこか非日常感がある今に高揚を覚え、この先の景色に期待を抱いていた。そうして私達は再び歩き出した。大人に見つからないよう、まるで缶蹴りで鬼から隠れている時のように慎重に、木漏れ日の射す林道を移動していった。歩いてから10分か15分か経ったくらいの頃、林の終点が見え始めた。まるで世界を区切るかのように木々と野原が分かれており、その中心には果実による赤い点が散りばめられた小さな山が鎮座していた。その周りを草の禿げた土の道が囲んでおり、石の像が点在している。その光景はどこか幻想的であり、思わず言葉を失った。あのがさつなB君ですら息を呑んでいたことを覚えている。

 しばらく呆然と眺めていた私達だったが、我に返ったAが声を上げた。

 

 

「もう見たやさけ、誰ぞ来ぉへん内に帰ろ」

 

 

 周りを気にしながら言うAに対しB君は否を唱えた。

 

 

「周りには誰もおらへんし、もぉ少しだけ近くに行ってみぃひん?」

 

 

 どこか浮かれた様子でそう言うB君の言葉を聞いたAは助けを求めるように私を見た。しかしこの景色に魅せられていた私は少しだけ罪悪感を感じながらも‘‘ここまで来たのならせっかくだし‘‘とB君の肩を持った。そうして味方を失ったAは先に帰る訳にもいかず、ぶつくさ文句を垂れながらも付いていくこととなった。

 山の近くに行きまずは周りを歩いてみることになった。舗装されていないごつごつした土の道を歩きながら山を眺め、所々に置かれた石像を見て回った。遠目からでも分かっていたが山には本当に様々な果実が生っており、それがまた青々とした葉に美しい彩りを与えていた。B君は‘‘袋を持ってきたから後で採ろう‘‘と満面の笑みを浮かべて話していた。石像の方は狛犬というよりも犬や狐のような姿をしており、その全てが山に向かって吠えているかのような恐ろしい貌をしていた。

 そうしていよいよ山へ入ろうと土の道を横に跨ぎ、歩みを進めている時だった。

 

 

「なんか見られとらん?」

 

 

 不意にAがぽつりと零した。その表情はどこか居心地が悪そうであり、足を止めて何かを探すようにきょろきょろと世話しなく頭を振り、周りを見ていた。

 

 

「なにビビっとんねん」

 

 

それをB君は揶揄うように笑い飛ばした。しかし小心者のAとはいえいつもと違う、明らかに挙動不審なその様子にどこか危機感を覚えた私は改めて周囲を見渡した。後ろに広がる栗の木林、草の禿げた道と野原、小山を睨む犬の像、そして木々の生い茂った小山。注意深く、順番に見ていった先、あるものを見つけてしまった。

 小山の麓、木陰に隠れたその先に人影のようなものがあった。それは大人程の高さがあり長く黒い毛が足元にまで垂れ下がった何かだった。ぱっと見は女性の後ろ姿に見えるだろう。しかし普通ならば髪からはみ出している筈の肩や背、腰は無く、長い黒髪だけが自立して佇んでいるかのような風体であった。

 それを見た瞬間、金縛りにあったかのように身体が固まってしまった。先程まで感じていた鬱陶しい夏の暑さの一切が消え失せ、歯の根が合わずにガチガチと音を鳴らしてしまう程の寒気に襲われた。私の様子に気が付いた2人が心配そうに声を掛けてくるが返答しようにも喉からは掠れた吐息しか出てこない。どうにか人差し指を立て、視線の先にいる何かを指さすと2人も釣られて顔をそちらへ向け息を呑んだ。その瞬間。

 

 

「コラぁ! おめぇらそこで何しとんねん!」

 

 

 まるで現実に引き戻すかのように、しわがれた声が後方から響いた。

 

 

「はよ走ってこっち来い!」

 

 

 その声の方向に振り返ると栗の木林の境から1人の老人が叫んでいた。その表情は、まるで踏み切りの警笛が鳴り響く中で線路の上に立つ人を呼び戻そうとしているかのような必死さがあった。

 身体の自由が戻った私は弾かれたように老人に向かって駆け出した。AとB君の2人も後を追って走っているだろう足音が聞こえたものの、私にはそれを気に掛ける一切の余裕が無かった。

 老人の下へ着いた私達は拳骨を受け、唾が飛ぶくらい怒鳴られた。そしてぐずぐずと泣いている私達は引きずられるように老人と共に村へと帰った。その際、あの場所から離れる直前に私は小山の方をちらりと見てしまい、すぐに後悔した。小山の麓には同じように黒い何かが佇んでおり、頭部であろう位置にある明らかに人の物よりも大きい、ぎょろりと黄ばんだ双眼を見開いて私達をじっと見ていた。

 

 

 

 

 

 あの後、私達はその足で村の集会所に連行された。中には簡素な木のテーブルとそれを取り囲むように置かれたベンチが置かれており、壁には昔に撮ったのであろう白黒の写真や色褪せたポスターなどが張られていた。どうやら談笑に興じていたらしい2人の老婆が物々しい雰囲気の老人とそれに連れられている泣きじゃくった私達をみて目を丸くしていた。

 

 

「クチナシヤマに行っとった」

 

 

 私達を連れてきた老人は短くそう言った。すると老婆達は丸くした目を更に大きく開き、即座に私達を叱りつけた。しかしすぐに労わるように頭を撫でてベンチに座らせ、怖かったなぁ、大丈夫やからねぇ、と慰めの言葉を掛けるのだった。

 何故あそこにいたのか理由を聞いた後、私達に対してそこで待っているように言いつけた老人は集会所を出て行った。しばらく待ち太陽が赤くなり始めた頃、老人はC君とD君、そして私達を含めたそれぞれの両親を引き連れて戻ってきた。青ざめた顔をしている父は私をぶん殴り、そして抱きしめた後によかったよかったと泣いていた。

 予備の椅子を出し、集められた全員が座った後に老人はテーブルに1つの掛け軸を広げた。そこには黒い長毛で覆われた身体から飛び出た白い針金のような手足を生やし、出目金のように膨張した黄色の眼と人で言うところの腰当たりにまで開いた大口を持つ化け物が中央に描かれており、その足元には手足の無い人間が描かれていた。

 これを見た瞬間、私はあの恐怖心がぶり返してくるのを感じた。横目で見るとAもB君もガタガタと震えており、私と同じ心境なのであろうことが察せられた。

 そんな私達の様子を一瞥しながら老人は話を聞かせてくれた。

 

 

 

 あそこは梔子山と呼ばれているらしく、この村では昔から禁足地であるとされてきたらしい。その理由は酷く簡単であの化け物、くちなし様が封じられているからだ。尊称が付けられているものの神ではなく、あまりの恐ろしさの末に付けられたものらしい。

梔子山に住み着き村にやってきては人を襲い、その手足のみを喰らって去っていくとされ、高名な僧侶の法力や神仏への祈りも悉く意味をなさずにいたらしい。そんな中にふらりと現れた旅の行者がある助言をしたという。

曰く、化け物の住まう山の周りを切り開いて孤立させ、その周りをぐるりと一周、どこにも辿り着かない道を作る。そして四方に山を睨む犬を置き常に見張らせよ。そして最後に村を守るように栗の木を植えた林を作れ、とのことだった。

そして村人達はその助言の通りに実行したところくちなし様は村に現れなくなったと言われている。すると梔子山にはある変化があったという。それは山の周りには様々な山菜が生えるようになり、山も遠目で見て分かるほど果実で彩られていったのだそうな。そしてそれに釣られて山へ近づいた者たちは手足の無い死体で見つかった。

これにより村でこの話を広め、梔子山へと近づかないように言い伝えてきたそうなのだが、時が経つと困窮してその恵みを求めた者が山へと入り、そしてまた手足の無い死体となることが何度も起きたらしい。

そしてある時からこの言い伝えを一部の者にのみ伝え、その存在を完全に隠したのだそうな。

ただ数十年前に一度、同様の事件が起きたらしい。そしてその当事者が私の父であるらしかった。当時、父は友人と共に梔子山へと足を踏み入れてしまったらしく、その際に父は何か寒気を感じて入らなかったのだが、友人はそのことに構わずに梔子山を登って行ってしまったそうだ。しばらくするとがさりがさりという音を鳴らしながら何かが転がり、山の麓まで落ちてきたらしい。それは手足の無い友人であり、その表情は恐怖に引き攣っていたという。

この事件から村では梔子山の存在は隠しつつもその周辺、即ち栗の木林の奥へと行かないように厳しく教えてきたらしい。

 

 

 

 あれ以降、私達3人組は変わらず一緒に遊んでいたが、3人とも示し合わせたようにあの事件について触れることはなかったし、山に入って遊ぶことはしなくなった。当然秋になっても栗の木林に行くことは決してなかった。そして私は小学校卒業と同時に近隣の市へと引っ越し、AとB君との交流もだんだん減っていった。

 

 

時が経ち、大人になった私は実家から少し離れた某県に家を構え、妻と娘と共に住んでいる。そんなある日、テレビであるニュースが目に止まった。それはあの村についてのものだった。手足が無くなり紛失した変死体が見つかったというもので、それを知った直後、私はパソコンへ向かいインターネットを起動してその村について調べ始めた。調べていく内にある一つの事実が判明した。それは土地開発により森を切り開くこととなり、山をいくつか削ったのだという。その地域は正しく梔子山の付近であり、恐らくあの山も無くなったのだということが分かった。

 これを知り、私はあの地へと二度と行かないことを決意した。くちなし様は解き放たれたのだ。

 


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