初恋も、二度目の恋も、ぐちゃぐちゃになっちゃった。

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第1話

 ある日の朝に目が覚めると、突然女になっていた。噂になっていたTS病なのだろう。

 どういう物なのかというと、原因不明の奇病だ。

 1万人に1人が遭遇する病気と言われていて、男だけに発症する。

 感染するものなのか、先天性のものなのか、何も分かっていない。

 ただ共通する点として、本当に前兆もなく発生することだけは知られている。

 

「胸がある。けっこう苦しいな。圧迫されてるからかな」

 

 気にするのはそこじゃないと、頭の冷静な部分が告げていた。

 声が違うとか、服が大きくなっているとか、いろいろあるのに。

 女になったことで、きっと生活の何もかもが変わる。

 生理はどうなっているんだっけ。服とかシャンプーとかも変えないと。

 そういえば、戸籍は変わるのかな。警察に行ったほうが良いのかな。

 

 自分に起こるなんて想像もしていなかった出来事で、何から考えて良いのかわからない。

 とりあえず、母さんに報告しないと。あ、そうだ。鏡を見たほうが良いかな。

 

 洗面所に向かって鏡を見る。いつもより低い位置に頭があって、雰囲気が変わった顔があって、やっぱり僕はTSしてしまったんだと実感できた。

 根暗な印象だった僕だけれど、女の子になったら可愛くなったような気がする。

 引っ込み思案な女の子って言えば、良い風に言いすぎだろうか。

 

 目元まで隠れていた男にしては長めの髪も、女の子なら違和感がないよね。

 でも、そもそも暗い僕の人格が変わるわけじゃない。うぬぼれないようにしないと。

 

「ユウー? 朝ごはんは食べないの?」

 

 僕の部屋に、母さんが呼びに来ている様子だ。大丈夫かな。信じてもらえるかな。

 一回深呼吸してから、母さんのもとに向かう。

 

「母さん、僕だよ。朝起きたら、TS病に感染していたみたいで」

 

「本当? 確かに服はユウのだけれど。何か、証拠はある?」

 

 思い出を話していけば、きっと信じてもらえるはず。

 というか、信じてくれなかったら終わりだ。急に女になって、家から放り出されて、どうしろというのか。

 

「ほら、6歳の頃に母さんの服をかじって破って怒られたこととか、おしっこを一緒にお風呂に入ってた母さんにかけちゃって怒られたとか、あったでしょ?」

 

 今思い出しても、ひどい話だ。誰かに知られたくないものばかり。

 これで信じてもらえなかったら、もう何も思いつかない。お願いだ。

 

「……確かにユウみたいね。TS病は、役所に報告しないといけないんだっけ。今日は一緒にいきましょう?」

 

 役所か。戸籍が変わるのかな? そうなると、学校はどうすれば良いんだろう。受験し直しとかだと嫌だな。せっかく、みさきと同じ学校に入れたのに。

 

 幼馴染のみさきは、僕の初恋の人。

 運動も勉強もできて、とても可愛い。ちょっとツンケンしているけど、そこも魅力だと思う。

 僕より身長が低かったけれど、今の僕とは同じくらいかな。

 きれいな長く伸ばした黒髪が、冷たい印象と相まって、ものすごく惹きつけられるんだ。

 ツリ目気味で、鼻筋は通っていて、氷の女というイメージがある。

 僕なんかとは比べられないくらいの高嶺の花で、でも、諦められないんだ。

 

 あ、そうか。僕は女になっちゃったから、みさきとは付き合えない。

 告白もしていないのに、あっさりと初恋は終わっちゃったんだな。

 どうして。みさきに想いを伝えるくらいはしたかった。

 いま告白したって、きっと気持ち悪いと思われるだけ。女になっていきなり告白するって、どんな神経をしているのかと思われる。

 

 そもそも、みさきは男が恋愛対象みたいだから。

 女になってしまった僕では、きっと好きになってもらえない。

 嫌だな。もうみさきには手が届かない。誰かと恋をするのを、遠くから見ているしか無いんだ。

 泣きたいような気分だったけど、急に泣いても母さんを戸惑わせるだけだから。がんばって我慢した。

 

「役所なら、車だよね。けっこう遠いからね」

 

「そうね。安全運転を心がけるわ」

 

 とりあえず、ぶかぶかの制服を着て。母さんと一緒に車に乗る。

 頭の位置がいつもと違って、座り心地に慣れない。

 小さな変化だけれど、あらためて僕の性別が変わったのだと思い知らされた。

 声も変わって、姿も変わって、僕はいったいどこに向かうのだろう。

 助手席からアスファルトの景色を眺めながら、不安と戦っていた。

 

 役所での手続きは簡単に終わった。

 いくつかの質問をされて、答えるだけ。

 一週間ほど時を開けて、また学校に通えば良いと。それだけだった。

 

 きっと、手続きに必要な時間が一週間なのだろう。

 しばらく待つだけで、またみさきと会える。想いは届かないと分かっていても、せめて近くに居たかった。

 未練がましくて、おかしくなる。でも、仕方ない。だって、誰よりも好きな人だったんだから。

 

 母さんは学校にも連絡してくれているようで、しばらくは家でのんびりしていればいいそうだ。

 勉強もしないとな。僕は成績優秀な訳では無いから。そうだ。広斗(ひろと)を呼ぼう。

 あいつなら、僕の状況に対していいアドバイスをくれるかもしれない。

 頭もいいから、勉強を手伝ってくれたら心強いし。

 

 すぐに広斗にメッセージを送る。『TS病になっちゃった。その手続きでしばらく学校に通えないから、勉強を教えてほしい』と。

 今は授業中だろうから、返事はもう少し後になるだろうけれど。

 

 しばらく暇をつぶして、昼ごはんを食べて、またのんびりして。

 夕方になったころ、広斗から返信が来た。『まかせろ』と。

 やっぱり、広斗は頼りになる。情けない僕を、ずっと引っ張ってくれていたんだ。

 友達ができなかった時は人の輪に入れてくれて。運動で困っていた時はアドバイスしてくれて、練習にも付き合ってくれた。

 最高の親友だということは疑っていない。広斗が居てくれるのなら、きっと大丈夫。そう信じられる程度には。

 

 少しして、チャイムが鳴る。慌てて出ていくと、広斗が居た。

 いかにも爽やかって感じのイケメンで、男だった時の僕より身長が高い。

 運動神経抜群で、成績だって上位なんだ。なんで僕の友達で居てくれるのか分からないくらい、すごいやつなんだ。

 

「ユウ、か? 確かに、印象は似ているな」

 

「分かってくれるの? やっぱり、広斗は僕の親友だね」

 

 母さんだって、一目では理解してくれなかったのに。

 やっぱり広斗は何もかもが違う。モテモテなのも当たり前だよね。

 

「さ、部屋に来てよ。今日の授業の内容を教えてちょうだい」

 

 広斗を部屋に入れると、柑橘のような匂いがした。

 つい嗅いでしまうと、広斗の方から漂っていることに気づいた。

 なんだろう? 女に変わって、嗅覚でも変わったのかな?

 いい匂いだから、別に問題はないけどね。でも、少し自分が変態みたいに思える。

 

「今日は大変だっただろ? ほら、ぶどうジュースだ。お前、好きだったよな?」

 

 投げ渡されて、ペットボトルの蓋を開けてから飲んでいく。

 自分でも気が回らないようなことに配慮してくれる。やっぱり優しい。

 恥ずかしいから感動は広斗には隠していたけれど。親友で良かった。あらためて思えたんだ。

 

 そのまま授業を教わっていく。広斗が動くたびに広がる香りが、強く印象に残っていた。

 広斗は相変わらず教え方が分かりやすくて、少しだけ安心できた。

 TS病になったことで、環境は変わるかもしれない。でも、広斗が居るのならなんとかなる。そう思えた。

 

 勉強を終えて、少しだけ沈黙が訪れる。せっかくだから、みさきのことも相談しよう。

 広斗は前から僕の恋心を知っていたから。きっといいアドバイスをくれる。

 

「ねえ、僕は女になっちゃったから、みさきとは付き合えない。どうすれば良いのかな?」

 

「体の問題だから、どうにもならないよな。なら、遊んで気を晴らそうぜ。今からゲームでもどうだ?」

 

 広斗に引っ張られながら、ゲーム機の元へと向かう。

 対戦ゲームを選んで、何度か試合を繰り返す。

 負けた時には挑発されて、ついムキになってしまう。

 

「ユウ、こんなもんか? 悔しかったらぎゃふんと言わせてみろ!」

 

 なんて言われて、全力にならないほうが無理だと思う。

 表情も声色も全力で煽ってきていて、頭に血が上っていたりもした。

 そして、勝った時には上手だったところを褒めてくれた。

 

「距離のとり方がうまかったな。流石だよ」

 

 とても優しい声で、偉いと伝えるように。

 いつもなら、適当に無言で戦うことも多いのに。気を使ってくれたことが分かって、嬉しかった。

 僕の気を晴らすために、全力で演じてくれたんだなって。

 やっぱり広斗はカッコいい。誰にもできることじゃない。僕には無理だ。

 よく分かるからこそ、凄さが伝わってきた。

 

 それからの一週間、ずっと放課後が待ち遠しかった。

 一人で居ると、ついみさきの事ばかり考えてしまうから。

 広斗が一緒にいる間だけは、みさきの事を忘れられたんだ。

 いつも感じる柑橘のような匂いが残っている間は、寂しくなかった。

 隣に広斗が居てくれるような気がして。僕は一人じゃないんだって思えて。

 

 そして学校に通う日がやってきた。朝、広斗が迎えに来てくれる。

 頼んでいないのに、心配してくれたんだな。優しさが伝わって、笑顔を浮かべてしまった。

 

 二人で並んで登校して。教室に入ると、いったん軽く流し見された後、今度は好奇の目で見られた。

 広斗が遮ってくれて、僕は後ろに隠れながら席についた。

 もう、僕の味方は広斗しかいないのかもしれない。そんな気すらした。

 

「あんた、本当に女になったのね。着替えとか、大丈夫なの? あたしが買い物に付き合おうか?」

 

 なんて声をかけてくれた、みさきの存在は本当にありがたかった。

 僕の恋は終わってしまったけれど、幼馴染としての関係まで無くなったわけじゃない。そう思えて。

 

「お願いするよ。僕一人じゃ分からないことも多くて。母さんに最低限の服は買ってもらったんだけどね」

 

 制服だって、今では女子のものだ。補助金が出たみたいで、家計の負担は小さいことは救いだった。

 

「女の話なら、俺は付き合えないな。二人で楽しんできてくれ」

 

「じゃ、また放課後にね」

 

 そのまま、みさきは自分の席へと去っていく。なびく髪から、ふわりと苺のような匂いがした。

 名残惜しさの中で、広斗だけがそばにいる。それが心細さを補ってくれた。

 幼馴染であるとはいえ、広斗ほど親しい相手じゃない。だから、狭い教室に漂う嫌な視線から、助けてはくれないのだろう。

 それとも、広斗だから気づいてくれたのだろうか。だったら、頼りになるのは彼だけかもしれない。

 

 だから、広斗の袖をつかんでしまった。あまりにも寂しくて。

 そうすると、広斗は微笑んで手を握ってくれる。やっぱり、彼だけはいつでも味方だ。そう信じられた。

 

 変なものを見る目で見られ続けて授業を終え、放課後。

 みさきと一緒に買い物へと向かう。服を買ったり、化粧品を買ったり。

 

「あんた、なんにも知らないのね。なら、教えてあげるわ」

 

 そう言われても、広斗の時ほどの安心感を感じなくて。

 隣に並んだ時に香る苺の匂いも、普通くらいにしか思えなくて。

 だから、今の僕はみさきよりも広斗の方が好きなのかもしれない。そう感じた。

 

 買い物を終えて、みさきと別れて、家で一人、広斗のことを考える。

 つい買ってしまった柑橘のような芳香剤。それを嗅いでいると、強く広斗の笑顔が思い浮かぶ。

 きっと、僕は広斗のことが好きなんだ。確信した瞬間だった。

 たった一週間で、ちょろいことだ。いや、違う。広斗とはずっと一緒にいた。その積み重ねなんだ。

 言い訳のようなよく分からない考えも、僕の好意を補強しているようで。心臓の鼓動が強くなるのを感じた。

 

 でも、どうしよう。いきなり告白しても、迷惑だって思われるかな。

 だからといって、本人には相談できない。なら、みさきなら。

 明日に相談すると決意して、その日の夜は遅くまで眠れなかった。

 

 そして次の日。僕は放課後にみさきを呼び出す。

 ちょっと面倒くさそうな顔をして、それでもやってきてくれた。

 僕たちの居る空き教室には、ほとんど誰も来ない。だから、相談場所にはピッタリだと思えた。

 

「それで、ユウ。何の用なの? つまらない相談だったら、帰るからね」

 

「僕は広斗が好きなんだ。どうしたら良いかな?」

 

 みさきは目を見開いていて、とても驚いたのだと思う。

 だけど、少し考えた後、真剣に回答してくれた。

 

「いきなり告白しても、困るだけでしょ。なら、時間をかけて積み重ねるしか無いんじゃない?」

 

「そうだよね。じゃあ、広斗と遊びに出かけようかな。ありがとう、また相談させてね」

 

 みさきは僕の言葉と同時に去っていき、苺のような匂いだけが残っていた。

 分からないものだな。みさきに恋愛の相談をするなんて。でも、みさきを好きになって良かった。そう思えた瞬間だった。

 だって、急な相談にも真摯に答えてくれたから。

 

 勇気を出して、これから広斗に会うんだ。好きになった人に。

 軽く深呼吸をして、広斗の家へと向かう決意をする。

 

 少し早足で向かっていき、たどり着いた家でチャイムを押す。待つだけの時間に、胸の鼓動が大きくなった。

 ガチャリと音がして、ドアが開いて、柑橘のような香りが届く。

 そして、いつもの爽やかな笑顔で広斗は出迎えてくれた。

 

「ユウ、遊びに来たのか? ゲームでもしていくか?」

 

「うん。今度は勝ち越すから」

 

 前に遊んだ時は、僕の負け越しだったからね。

 それから二人でゲームをして、暗くなるまで広斗の家に居た。

 

「じゃあ、帰るね」

 

「だったら送っていくよ」

 

 なんて言ってくれて、道中では車線側を歩いてくれて。

 やっぱり広斗は最高だと、あらためて思い直していた。

 

 それから、広斗と遊んだり、みさきと相談したりしながら過ごして。

 どちらも用事で暇な日がやってきた。そこで、少しぶらつくことにする。

 

 しばらく洋服屋で服を見て回って、次にファミレスへと向かう。

 窓から座席が見えて、混んでいるなんて考えていると、とある二人が目についた。

 広斗とみさきが、同じ席でご飯を食べている。

 みさきは見たことのない笑顔をしていた。そして、広斗も僕と居るときよりも穏やかな顔で。

 思わず物陰に隠れてしまう。

 

 心臓がうるさい。どこか音が遠い。酸っぱい味がする。

 立ち去ることもできないまま、その場で時間だけが過ぎていく。

 

 そして、店の入口から、二人が腕を組みながら出てくる姿を目撃してしまう。それってつまり。

 え、どうして? 僕はみさきに相談していた。つまり、僕の想いを知っているはずなのに。

 裏切っていたの? 裏で笑っていたの? 言葉にならない思いが、頭の中をぐるぐると回る。

 

 気がついた時には、僕は家のベッドで横になっていた。

 窓を見て、まだ暗くなっていないことが分かる。

 そこで、みさきにメッセージを送った。『聞きたいことがあるから、今日僕の家に来てほしい』と。

 返信が来るまでの間、ずっと涙をこらえていた。泣いてしまったら、うまく話ができない。

 

 『分かった。暗くなる頃に行く』と帰ってきて。まだ夕方だから、しばらくは待つ事になる。

 芳香剤を放り出して、消臭剤をまいて。必死に想いと決別しようとした。

 でも、頭の中から広斗の笑顔が離れてくれない。当たり前だ。ただ一人だけの味方だったんだから。

 

 しばらくして、チャイムが鳴る。みさきを部屋に迎え入れて、話を始める。

 

「ねえ、広斗と付き合ってるの?」

 

「そうよ」

 

 みさきは見せつけるように首元を緩めて。そこには虫刺されのような跡があった。

 今の状況で見せてくるってことは、つまりはキスマーク。そんなに進んでいたのか。なら、今までの僕は。ただの道化でしかなかったのか?

 

「なんで。僕の気持ちは知ってたはずだよね」

 

「だって、以前から付き合っていたんだもの。あんたに言わなかっただけでね」

 

 いったい、いつから? もしかして、初めから叶わない恋だったのか?

 だとすると、広斗は僕の想いを知っていて、みさきと付き合っていた?

 そんな事あるわけ無い! 広斗だけは、僕を裏切らないはずなんだ!

 

「じゃあ、いつから」

 

「あんたが学校を休んだ真ん中あたりかしらね。あたしが告白したのよ」

 

 良かった。広斗は、僕に義理立てしてくれていたんだ。だって、女の子になった事は広斗に言っていたから。

 僕の恋は終わっていたから、大丈夫だって判断したんだろう。そうに決まっている。

 みさきが広斗を好きになるなんて、当たり前だよね。僕だって好きになるくらいなんだから。

 でも、聞かなきゃいけないことがある。

 

「じゃあ、どうして黙っていたの?」

 

「広斗から止められていてね。ユウがあたしを好きだったから、せめて落ち着くまではって」

 

 やっぱり広斗は優しいな。僕が混乱しないように気を配ってくれたんだ。そうだよね?

 僕が女になったから、これ幸いと付き合い始めたわけじゃない。だって、広斗は優しいから。

 TS病にかかって混乱していた僕を元気づけてくれたこと。奇異の視線から僕を守ってくれていたこと。それらが嘘なはずがない。

 

「広斗……僕は……」

 

「今だから言うけどね、あんたがあたしを好きだったのは知ってたわ。迷惑だったのよ」

 

 本当にうんざりしたような顔で言われる。つまり、本音なのだろう。

 なんで。女になって初めて登校した時、優しくしてくれたじゃないか。

 迷惑だと思っているのなら、どうして遠ざけてくれなかったんだ。

 知っていたなら、もっと早くに諦められたのに。

 そもそも、どうして迷惑だなんて思っていたのだろう。

 

「そ、そんな……」

 

「分かる? あたしがどれだけ努力してきたか。転じてあんたは、ただグダグダとするだけ」

 

 責めるような目に突き刺される。

 そりゃあ、成績優秀で運動もできる人間が、努力していないわけがない。

 だからといって、僕が何もしてこなかったようなことを。

 いや、僕はずっと広斗に頼ってきた。見透かされていたのだろうな。

 結局のところ、僕は広斗の金魚のフン。分かってはいたけれど。

 

「だって……」

 

「だって? 言い訳なんて聞くつもりはないわ。あんたに広斗はもったいないのよ」

 

 どう考えても見下されている。瞳に温度がない。声にも。

 僕と広斗は月とスッポン。知っていたよ。

 でも、広斗ならきっと受け入れてくれるって、そう思っていたのに。

 結局は、高嶺の花どうしで結ばれるだけ。僕みたいな底辺には何も残らない。そういう事?

 

「それでも、広斗は……」

 

「あんたは広斗に頼るだけ。あたしは支えてあげられるわ。身の程をわきまえなさいよ。あたしを好きになるのも、広斗を好きになるのもね」

 

 心底バカにしたような物言いで、ひどく心が痛む。つい、胸元を握ってしまう。

 確かに、これまでずっと広斗に支えられてきた。でも、親友なんだから。それくらい。

 いや、分かっている。僕と広斗は対等じゃない。一方的に助けられていただけ。

 こんなんじゃ、広斗にふさわしいなんて言えるはずもない。

 

「ごめん、ごめん……」

 

「話は終わりね。あんたにも、いずれちょうどいい相手が見つかるでしょうよ。3度目の恋は、うまくやることね」

 

 初恋はTS病で終わった。二度目の恋は、初恋と一緒に砕け散った。

 そんな僕に、次の恋なんてできるのだろうか。誰かを好きになるなんて、苦しいだけなのに。

 

「みさき……」

 

「じゃあ、また明日ね。別に、あんたと会話したくない訳じゃないわ。広斗もね。……聞こえちゃいないか」

 

 ドアの音が響いて、しばらくぼーっとして。

 深呼吸をすると、柑橘と苺が混ざりあったみたいな匂いが漂っていた。



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