人間というのはよくできているもので、その中でも突出しているのは脳だと私は考える。
同じ行動、いわゆる反復的な思考を行うとそのプロセスを暗記、前提条件の固定化を行う。
その結果文字として書くと複雑な数式を簡略化。コンパクトに思考できるようになる。なるのだが、我々は生き物なので、コンピュータではないので、その前提条件が間違っていると気づくことが出来ない。その間違いを正しいと誤認し、信じて疑えないのである。
「固定概念」
ふと、アドマイヤベガが本を閉じる。心理など、哲学など全く興味は無いけれど、代わり映えない毎日に少し変化が欲しくて手に取った小難しい本には、自分たちがニュアンスとして知っていることを律儀な言葉にして長々と書いているだけに過ぎなかった。
いや、このニュアンスとして知っているということ自体間違っているのかもしれない。
どうやらこの本に自分も毒されたのだと、静かな図書室に彼女の揺れたか細い息が鳴く。
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「でも、やはりカレンは、アヤべさんとアヤトレさんはなかなかどうして、とてもお似合いに見えるんです。」
布団乾燥機は役目を果たし、その羽毛はすっかり低反発、アドマイヤベガの言葉を借りるなら、「ふわふわ」に仕上がっていた。
その布団に2人隣合って座っているのは布団の主、アドマイヤベガと同室のカレンチャン。
カレンチャンのあまりにも一方的な「カワイイ恋バナ」は銃弾のように確信を貫いた。
「嗚呼、カレンさん、私は何度、あなたに述べたのかしら。彼と私は、それはもう本当に健全な関係なの。」
否定的な返答をするアヤべだが、よく手入れされた耳と尻尾を激しく揺らしていた。
「へ〜?」などと何やら生暖かい視線で見てくるカレンチャンの視線はとても先輩を見る目ではなかったが、このふたりの関係は学園の誰から見ても姉妹にしか見えないので、気付かぬうちにソレも「固定概念」となってアヤべのなかの違和感を打ち消していた。もっとも、後輩の態度にいちいち目くじらを立てるアヤべではないのだが。
「まぁたまた、素直じゃないんですから。あ、そうでした、そうでした、アヤべさん。これ、知ってますか?」
彼女が急に立ち上がるカレンに目を白黒させていただきますアヤべ、カバンから引っ張り出した紙をカレンは自慢げに見せてきた。
「このお店は...!!」
地方に、ふわふわのパンケーキを売りにしているカフェがあったのだが、ついに東京に出店したとチラシを配っていたようだ。
アヤべの瞳が少しくらい部屋でも分かるくらい輝いたのをカレンは見抜いていた。
「とてもカワイイお店なんです
。どうでしょう?日曜日にご一緒しませんか。」
幸いアヤべも日曜は予定が入っていなかった。
「しょうがないわね、貴方1人だと「嗚呼、でもアヤべさんは、愛しのトレーナーさんともう予定立ててしまったのかもしれませんね?」か、からかわないで頂戴。」
トレーナーとは月に2回買い物をする程度、本音を言えばもっとプライベートでも関わり合いたいが、面倒な女と思われたくないアヤべはあまりに積極性を見せなかった。
「はぁ、カレンはとても心配、ええ、だってそこまで奥手だと、いつかトレーナーさんが誰かに取られちゃいますよ。」
「待ってカレンさん、彼は私に勝手に着いていくと言ったのよ?離れ離れなんてそんな無責任なこと、許される恥ずないわ。」
急に早口でまくし立てるアヤべに面食らったカレン。その瞳は先程とは打って代わり、闇に溶け込みそうなほど暗くなっていた。
『 変なツボを押してしまった』
「あ、ああ、カレンは眠くなっちゃいました。もう寝ますね。日曜日は空けといてくださいね。おやすみなさい。」
布団に入ったアヤべはトレーナーのことを思い浮かべる。
『 彼が離れるわけない。あんなこと言ったんだもの...ソレに...』
友人達からはあたかも夫婦のようだといじられ続けてきた。これだけ話題になればトレーナーの耳にも届くハズ、それでいてあの態度を1度も変えてこなかったということはつまり、本人も公認してるようなものだ。外堀は埋まったも同然。彼はアヤべが好きだから着いてくるのであり、自分もそれを拒絶しないということは...
チッ、チッ、チッ、時計の音響く室内に
『 ッッ〜〜〜/////////』
か細い声が響いた。
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「やっぱり、オープンサービスで混み合ってましたね。早めに来れてよかった。」
若い女性たちでごった返す店内、この中に1人でも男がいれば目立ってしまうだろう。
そう、目立ってしまうのだ。
『 !?!?!? あれって!!』
アヤトレはいた。傍らに若い女を連れて。
「アヤべさん?どうかしま、 !?!?!?」
驚愕するカレンはギリギリでカワイイをキープしていた。
「え、ええと、お姉さんですか「彼はお兄様しか居ないと言っていたわ」...はいぃ...」
サラッと家族構成を聞き出している当たり頑張ったのだなと思いつつ、アヤべのカワイイとは違う険しい顔についにカレンのカワイイの壁は崩れ去った。
パンケーキを食す間もアヤベの鋭い目はトレーナーを視界の端にしっかりと捉えていた。
味はしなかった。
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「嗚呼、ごめんなさい、私のせいね。ごめんなさい。カレンさん、パンケーキ楽しめなかったでしょう。」
「いえ、いえ、しょーがないです。想い人のあんな所を見れば。」
「優しいのね。それでも、ごめんなさい。いえ好きじゃないわ。」
『 無理無理無理、隠せないですよ。』
なんのプライドかは理解しかねるがまだそんな戯言を言うあたり凹んではないのだろう。
しかしなぜ?まさかほんとに好きじゃ...いや、ありえないだろう。あそこまで態度に出ていてそうだとしたら逆に怖い話である。
「それじゃあ、ここでお別れね。」
「え?このまま一生に寮に戻るんじゃ。」
「ごめんなさい、急用ができたの。最悪今日は帰れないと寮長に伝えておいて。」
なんとも、あそこまで奥手な人物もここまで追い詰められればこうまで変わるかと感心した。
本来ならば友人として止めるべきか。しかしどうして、カレンにとって僥倖だった。
「了解しました。応援してますよ。」
「ええ、ありがとう。」
影法師は分かつ影の間に、もうすぐ眠る夕日を横たわらせた。
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迂闊だった。まさか彼が私に話もせず女性と二人きりで出掛けるだなんて。
あの本の言うことは的を得ていたらしい。
彼が自分のことを空いてくれていると信じてやまなかった。この「固定概念」が今回私に大きな計算ミスを引き起こした。
女友達か、いとこか、はとこか、どちらにせよ脅威であることに変わりは無い。
「もう、油断しないわ。そう簡単には逃がさない。えぇ、離さないの。着いてくるって言ったものね。でもそれじゃあ離れてしまうわ。ひとつになるの。嗚呼、素敵ね。素敵。待ってて、あなた。」
暗がりの一等星は一際輝いていた。