ポツポツと降り始めた雨はその暗い空からこれから本腰を入れてくることを伝えてくる。
「バクシンオー。今日のトレーニングは中止にしよう。これは降ってくるな。せっかく体も温まって来てるのだろうが、今日はジムの予約も取れていないので、ミーティングに予定変更する。クールダウンはトレーナー室で行おう。」
「はい!!分かりました!!トレーナーさん!!」
すると今日の空は泣き虫なのか、僕らがいなくなることに寂しさを覚えたのか、その落とす涙の感覚を短くしてきた。
「嗚呼、思ったより早かった。風邪をひく前に中に入り、シャワーを使いなさい。」
「バクシン的退避ーーー!!!!」
彼女はトレーナーを抱えトレーナー室まで駆け出した。
「わぁ、僕は構わないので、自分を最優先しなさいバクシンオー!!」
「いえ!いえ!私が尊敬するトレーナーさんを見捨ててはおけません!!安心してください。被害を最小限に、あなたを運びきってみせましょう!!」
どうせこの後シャワーを浴びるつもりだったトレーナー。しかし1度決めたサクラバクシンオーは梃子でも動かないので、黙って運ばれることにした。
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「お待たせしました、トレーナーさん」
彼女がトレーナー室に戻ってきた。戻ってきたのだが...
「...嗚呼、バクシンオー、いや何、普段とは違う君に少し思考を手放してしまった。それで、なぜそのように元気がないのかな?」
「はて?元気がないだなんて、そのようなことはありませんよ?ああ、ですが少し、クールダウンを行ったので、先程より、ええ、先程より冷静になることは出来たかもしれませんね。」
そう言って目を細める彼女はどことなく普段とのギャップがあり、ふと、もうひとつ、彼女の普段と違う点を見つけた。
「バクシンオー、君から普段とは違う、嗚呼、もちろん普段の君も愛らしいけれど、今日はどこか大人っぽいと思ったのだが、カチューシャはどうしたのだろうか。」
「あら、あらあら、お上手なんですから、トレーナーさんは。しかし、はて、更衣室に置いてきてしまったのかもしれませんね。」
「それならば、僕のことは気にせず取りに行くといい。君のためなら僕はいくらでも時間を差し出せる。どこに惜しむ理由があるというのか。」
「ふふ、では、お言葉に甘え「ピロリン 」ちょわ?」
彼女の言葉を遮るように可愛らしい通知音が彼女のポケットから。
「嗚呼、私はとても優しい友人に恵まれていました。トレーナーさん?私の友人が、カチューシャを預かってくれてるとの事。トレーニング終わったら落ち合うということになりましたので、ええ、予定通りに始めましょう。」
「!!...そうか、ではミーティングを行う。」
今のバクシンオーの能力から次のレースの課題。とても実のあるミーティングとなった。
しかし、トレーナーは一つ気がかりがあった。
『何故、何故バクシンオーはここまで距離を詰めるのか。理解しかねる。』
彼女はトレーナーに身を寄せ、既に腕同士が触れ合うどころかくっつく距離であった。
鼻腔似漂うシャンプーの香りは、きっとトレーナーを酔わせていることだろう。しだいに頬が色をもち、そうそうにミーティングをきりあげた。しかし彼女は、その場をうごこうとせず、それどころかトレーナーの腕を抱き始めた。
「!?...バクシンオー、君とは長い付き合いなのだが、何故今このような行動をとるのか、僕は困惑している。あらぬ噂が立たぬうちに離れるように「お断りします」!?」
細めた目に薄くこちらを除く桜は、少し影を帯びていた。
「トレーナーさん?嗚呼、心臓の音を感じます。とても、とても心地よい。」
「...すぐに離れなさい、バクシン「ねぇ、嘘つきさん♡?」!?!?!?!?」
「あら?息が浅くなっていますねぇ?果たして、心当たりがおありのようですが、あなたの口から、お聞き願えませんか?」
雨が窓を打つ音とはここまで大きかっただろうか。それほどまでの沈黙。
「...済まなかった...」
「.........」
「僕は、君に嘘をついた。君に長距離適正がないことを知りながらでまかせを言い、君に短距離をはしらせた。先程のミーティングでも短距離レースの日程を見て瞳を陰らせる君に気付かぬフリをした。...許されないことだ。契約解除も受け入れる。」
「...く、ふふ、くふふふふふふ♡」
「!?バ、バクシンオー...?」
とうとう、溜め込んだ怒りで気を病んだのかと思ったが、彼女は頬を染め、幸せそうにトレーナーを見つめていた。
「かわいい♡嗚呼、とても可愛いですよ?トレーナーさん?けれど、ええ、私は許しません♡私をだましたあなたの事を、酷く恨むこととします♡ですので、これからのあなたは、私への贖罪に尽くしてください。ええ、ええ、もちろんトレーニングにも従います。レースにも出走します。ですが、それが終わる度にあなたには1つ、あることをしてもらいます♡では、今日はミーティングをこなしましたので、記念すべき1回目ということで...」
いつの間にかトレーナーは、身動きを封じられていた。
「さぁ、これからほぼ毎日やるんですから、早く慣れましょうね?♡」
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ふやけるほどに濡らした唇を舌なめずりしながら、バクシンオーは廊下を歩いていた。
『やはり、やはりカチューシャを友人に預けて正解でした。私はカチューシャを取ると賢くなるなどと荒唐無稽ない話を聞いた時は吹き出すかと思いましたが。ふふ、存外、噂も捨てたものではありませんでした。
嗚呼、嗚呼しかし、息を切らすあなたのなんて美しいものか...♡いつも私に指示をするトレーナーさんもあの時だけは私に逆らえない...んんぅ...何やら体に甘い痺れが...』
暗い色のサクラは地につきそうなほど枝垂れていた。