重てぇボディブローみたいな曇らせもいいけど、こういう軽くてちょっと手に棘が刺さるみたいな曇らせもあっていいよね?

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走れぬ男

私の名前はセリヌンティウス、シクラスの町のしがない石工だ。

私は今、王宮の牢獄にて監禁されている…別に私は何か罪を犯したわけではない。

むしろ、間違いを正す為にここにいるのだ。

事の始まりは今朝方、町にやってきた親友。

彼が起こした行動が全ての始まりだったのだろう。

 

私は日が昇る頃から石を彫り始め、半分ほど彫り終わったところで腹がなったので遅めの昼食を食べることにした。

昼食は確か…………そう、豚の肉だった。

弟子のフィロストラトスに頼んで持ってきて貰った。

肉だけでいいと言ったのにわざわざサラダとパンも持ってきた…要らぬ小言と共に。

片手が石粉塗れだがいちいち洗いに行くのも面倒だったので、パンを二つに割り間に肉とサラダをはさみ、石を叩いては槌を置き片手でそれを口に運ぶ。

フィロストラトスが阿呆を見るように呆れた顔を向けてきたが、意外と美味だった。

今度メロスに会ったなら教えてやろう。

…そう思っていた。

 

そう、ここで私はメロスのことを思い出していた。

メロスとは私の親友だ。

最後に会ったのは確か、二年ほど前だったはずだ。

出会いは…………確か、私が仕事に使う石を探しに山を歩いていたときだった。

いや、あいつが羊の毛を売りに町に来たのが出会いだったか?

まぁそんな事はどうでもいい。

とにかく私とメロスは親友だ。

あいつはすごい男だ。

神の生まれ変わりではないかと思ったくらいすごい奴だ。

 

私は、彼ほど勇気に溢れ誠実な男を他に知らない。

 

そんな彼のことを思い出しながら昼食を終え、槌を振るいながら今度会いに行こうかと思っているといつの間にか日は沈んでいた。

深夜になり仕事を中断した私は手を洗いながらメロスへ会いに行く話を考える。

確か…あいつの妹に好き人が出来たと酒の席で聞いたな。

この仕事が終われば、新居の柱でも彫ってやるのも悪くはないな…

そう私がほくそ笑んでいるとコンコンという音が部屋に響いた。

何かと思い戸を開けると、王に仕える衛兵たちが五人ほど扉の前に立っていた。

いや、正確には一人は蹲っていた。

私が戸を勢いよく開けたせいで鼻を扉にうちつけたようだ。

すまないと、一言声をかけようとすると衛兵の一人に腕を掴まれた。

 

「城までついて来い」

「何故でしょう?」

「王がお呼びだ」

「何故でしょう?」

「くれば分かる」

 

そう言われ私はあれよあれよと王宮まで連れてこられた。

 

そこには縄に縛られた親友がいた。

 

そこで、まぁ大体のことは察した。

私は彼を勇敢で誠実ですごい奴だと思っているが、それと同じぐらいに頭の回らない奴だとも思っていた。

大方、王の蛮行を知ってそのまま城に突っ込んだのだろう。

馬鹿なやつだ、私なら王が影響力のある者を信用していないことを利用して『耳寄りな情報がある、直接王に伝えたい』とでも言って王に謁見。そのまま素手で縊り殺すだろう。

まぁ、そもそも私はそんな無謀なことはしないし出来ない。

私はメロスが王の前で事の経緯を伝えられた。

大方予想道理であった。しかし彼は最後に私に人質になって欲しいと頼んできたのだ。

 

これは私も驚いた。

 

何度も言うがメロスは誠実な男だ、他人を自分の起こしたことに巻き込むことは私の知る限りにおいて一度も無かった。

しかし、話を聞けば妹の結婚式が近いと言うではないか。

なるほど、メロスにも心残りがあるのかと思った。

事を起こすなら結婚式の後にすればいいのにとも思ったが、そういう思慮に欠けるところも含め、私はメロスを親友だと思っているのだ。

 

激励の言葉でも一言かけようかと思ったが、私の言葉なくしてもメロスは何とかこの事態を切り抜けるであろうと思い、あえて何も言わずに私は頷いた。

 

力強く抱きしめあった後、私は縄に結ばれメロスは駆け出した。

 

 

そして現在私は牢獄に居る。

空はきっと星が綺麗だと、思っているととたんに眠気が私を襲って────

気が付けば朝だった。

衛兵にたたき起こされ王の前に引きずり出された。

囚人にするように強引に腕を引くものだから、途中で膝を少しすりむいた。

そこで王はともに食事を取ろうと言った。

私はそんな恐れ多いことは出来ませんと一応は遠慮したのだが、王はしつこく食い下がる。

メロスに裏切られ食事も喉を通らぬか?そう言われては、私も頷き返すしかなかった。

食事の最中、王はメロスについて聞いてきた。

目的の半分はメロスへの興味だろうが、もう半分は私にメロスへの猜疑心を植え付けることにあるのだろう。

しかし、私はそんな言葉には惑わされない。

私はとにかく、王宮の料理を口に運び気持ちをそれだけに集中させようとした。

私が普段口にするものよりも何倍も豪華で美味である筈のソレらが、友の事を思い出しながら食べた粗雑なパンにすら劣るように感じたのは…きっと気のせいではないだろう。

 

そんなこんなで食事を済ませ牢獄に戻って一眠りしようかと思っていると、玉座につれてこられ王の喋り相手をさせられた。

途中、どこで聞きつけたのかフィロストラトスがやってきて、大丈夫なのかと聞いてきたがメロスは来るから大丈夫といっておいた。

 

しかし、メロスは来ると言ったこの自分の一言が、私の胸の中にほんの僅かな皹を作った。

その皹は時間が経つにつれて大きく、その中身を血液のごとく私の心に滲ませた。

今朝作った、膝の小さな傷のように。

 

その日の夜は少し考え事をしていた。

私は確かにメロスは来ると信じている。

あいつは私とは違うのだ、今回の事でそれがよりいっそう分かった。

私はあいつのようにはなれない。

メロスは私たちとは違うのだろう。

それこそきっとあいつは神の生まれ変わりなのだ。

私たちには出来ないことを平然とやってのける。

 

だからこそ、私はメロスは来ると信じている。

 

しかし、気が付いてしまった。

心の奥底からにじみ出た気持ちに。

 

メロスは来ないのではないか、いや。

『メロスに来て欲しくない』という気持ちに。

 

恐らく、私はずっと溜め込んできたのだろう。

メロスに会ったその日から、彼に対して湧き上がってくるこの嫉妬と劣等感を。

彼が神の生まれ変わりならそれでいい。

それならば、私は何の愁いも絶望も無く彼と過ごせたであろう。

しかし、彼は人間なのだ。少なくとも見た目は。

 

ゆえに私は思うのだ。

何故私は彼のように強くないのだろう。

その気持ちは何時しかこんなにも私の中で濃く、新月の夜の空よりも濃く真っ黒になって溢れていた。

 

それ故に、私は彼に来て欲しくないのだ。

彼にも出来ないことがあるのだと、死にたくないという恐怖心があるのだと、友を裏切る残虐性があるのだと。

 

そして、私と同じ『人間』であると。

 

私は、友のために命を懸けているかと思いきや、どうやら自分のために命を懸けていたようだ。

私は少し笑った、そして涙を流した。

 

 

三日目

 

今日私は処刑される。親友メロスの代わりに磔にされるのだ。

 

しかし、私の心は晴れやかだ。

 

昨日から一睡もしていないが、私は今世界で一番満足している。

私は、メロスが来ないことを期待している。

そんな醜い自分を知ることが出来た。

しかし、それでも私は言える。

メロスは来ると。

それだけで私は満足だ。

 

昨日までの無知な私は死んだ。

今日の私も今日死ぬ。

 

それでいい。

私一人の命で、英雄一人救えるならそれでいい。

それで────

 

日が傾く頃私は刑場に連れて行かれた。

辺りはもう真っ赤に染まっていた。血のような赤に。

日が傾き、私は徐々に吊り上げられていく。

群集の中には息を呑むものもいた。目を逸らすものも、小さく悲鳴を上げるものも。

私は目を閉じた。

そして、心の中で親友に詫びた。

すまない、お前はきっと最後まで走ったのだろう。

しかし私はお前を一度疑った。

それどころかこうして、お前が間に合わなかったことに幸福を感じている。

こんな俺が、お前の友を名乗る資格なんて最初から無かったんだな。

 

しかし、静まり返った群集の中の誰かがわめいている。

メロスだ、メロスの声だ。

メロスは間に合った。

親友は、私の足を力強く握った。

縄が解かれるなか私は思った。

 

あぁ。やっぱりお前は俺とは違うんだな。

私と違って、疑うことも無く恐怖に屈することも無く諦めることもなかった。

やっぱりお前はすごい奴だと、そう声をかけようと私は瞼を開けた。

 

その瞬間、私は気が付いた。

私の間違いに。

 

親友は、全裸でまさに疲労困憊と言った様子で、涙を流していた。

 

「セリヌンティウス」

 

親友は、弱弱しく私を呼んだ。

そこには私の思っていた英雄メロスはいなかった。

そこにいたのはただのメロスだ。

 

「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。

私は、途中で一度、悪い夢を見た。

君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」

 

私はメロスを馬鹿な奴だと思ったが、馬鹿は大馬鹿者は私だ。

これのどこが神の生まれ変わりだ、何処が英雄だ。

メロスは強いわけではなかった。

強くあろうとしているのだ。

 

メロスは乗り越えてきた。途中の困難も悪い夢も。

私のために強くあろうと、強くなってくれた。

 

メロスが特別なんじゃない。私が何もしなかったのだ。

目を逸らしてきたのだ、強さからも己の弱さからも。

 

私は頷き、メロスを殴った。

会場に響き渡るほど、強く殴った。

 

そして微笑みこう言った。

 

「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。

私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。

君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」

 

メロスは私を殴った。

力一杯、全力で私を殴った。

 

「「ありがとう、友よ」」

 

私とメロスは同時にそう言い、抱き合い、うれし泣きした。

 

群集は泣く者も称える者もいた。

そんな中を王は歩いてきた。

 

「おまえらの望みは叶ったぞ。

おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。

どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」

 

今までで一番の声を群集があげた。

 

「万歳、王様万歳。」

 

そこかしこからそんな声が響いてくる。

 

そんな中一人の少女が、メロスの駆け抜けた夕焼けと同じ緋色のマントを差し出した。

額に汗を滲ませ、息が上がっているところを見るに、急いでとってきたのだろう。

とうのメロスは戸惑っている。

馬鹿者め、しょうがない親友の私が気を利かせて教えてやろう。

精一杯の感謝と友情、そしてほんの一握りの僻みを込めて。

 

「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」

 

 

私の友はひどく赤面した。



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