息を切らす様子もなく現れた平和の象徴は、怒りからか強いため息を吐く。あのオールマイトに笑顔がない。
「もう大丈夫…私が来た!」
教員用のスーツを乱暴に脱ぎ、ネクタイをちぎり捨てる。行儀の良いフリは終わりだ。正義は圧倒的な力によっていつの時代も成されてきた。
「待ってたよヒーロー…社会のゴミめ…」
悪役は声を震わせて正義の味方を睨みつける。本物のオールマイトの覇気に怯え、また奮い立たされた物も居る。覇気とは元来敵味方関係ないものだ。
手始めにオールマイトは相澤を囲んでいた雑魚敵を一掃する。読んで字の如く瞬殺である。特筆するべきことも無く、嵐のように通り過ぎれば底には腹部に対する強打、または頸動脈の圧迫による気絶で横たわる山の完成である。
相澤を抱き、またオールマイトは疾走する。蛙吹、峰田、そして緑谷をいっぺんに抱え生徒が多くいる塊まで下がる。
オールマイトは不甲斐なさに唇を強く噛んでいた。後輩が、生徒達が怖い思いをしていたのは、自分の我儘のせいに他ならない。くだらない戯言のせいで…だからこそ、速やかな正義執行。
そして悪役もまた、焦る。オールマイトは去り際についでとして死柄木を殴っていた。衝撃で顔を隠していた手が落ちる。
「皆入口へ…相澤くんを頼む、意識が無い!」
笑顔の無いオールマイトを緑谷は眺めていた。笑顔こそと言っていた彼にそれがないからだ。
「ぁぁあ、…駄目だ、ごめんなさいお父さん……」
身を震わせ、怯えたように手を拾い、付ける。突然落ち着き、声もまた、自信と悪意に満ち溢れた。
「救けるついでに殴られた…はははっ…国家公認の暴力だ…流石に早いや目で追えない。けれど思った程じゃない。やはりホントだったのかな…」
ギロリと濁った目がオールマイトを射る。
「弱ってるって…話。」
然しその声は緑谷の声によってかき消された。誰の耳にも届くことはなく虚空へ解けていく。
「オールマイト!黒いアイツ、あれは恐らく物理衝撃無効化の様な能力を持っています!そして貴方に近い怪力だ!」
「緑谷少年、受け取ったぞ!!」
手刀をクロスで繰り出す。腹に重い一撃どれも効いているようには思えない。とは言え実力の差を感じることもない。
「マジで全然…効いてないな!!」
「さっきの餓鬼が言ってたことは当たってるよ。ショック吸収。それが答えだ。肉をゆうっくり削るのが効果的だけど、それをさせてくれるかは…別だけどね。」
感謝を叫びながらオールマイトは脳無にバックドロップを決めると、何故か大爆発が起きた。
「なんでバックドロップが爆発すんだよ…やっぱオールマイトはダンチだな…!」
「授業はカンペ見ながらの新米さんなのに…」
殺す算段は、何だ。緑谷はいつも通り思考を巡らせる。どう考えても今やるべきは敵への考察ではなく逃げることであり、それは人質に取られることや、それによりオールマイトの足手まといにならないことであった。
だか、この場で自分だけがオールマイトを知っている。八木俊典という人間を、知っている。ヒーローとしての、時間制限というピンチを知っている。
オールマイトは、傷跡に指を食い込まされ、痛いと声を上げた。圧倒的パワーを持って傷口を抉られるのは平和の象徴とて痛い。本来拒絶など、しては行けないものなのだから。
そんなオールマイトを見ていられないと緑谷は走り出した。それを見ていた爆豪も、走り出す。色んな生徒が、オールマイトを救けるべく動く。いや、動いてしまった。
手に貯めたニトロを、溜めた力と勇気を、各々振るう時、邪魔が入る。投げナイフが爆豪の肩に、頭を捕まれ地面に叩きつけられる緑谷。鋭いナイフが首に突きつけられる。
「ぐぅっ…」
「あれ、良いとこでした?うふふ、こんにちは皆さん、さっきぶりですね〜!」
笑顔で、血に濡れた少女はとても良い笑顔で緑谷を人質にとった。ぽたぽたと緑谷に血が落ちる。まだ、体温を感じた。
「緑谷少年!!」
「はぁいオールマイト、平和の象徴。私の大切な人を助けなかった人…動いたらこの…緑谷?くん殺しちゃいますよー?」
「くっ…」
余りにも鋭いナイフは、緑谷の首を既に傷つけていた。ピリッとした痛みで緊張が走る。
「よくやったトガヒミコ。怪我したのか?」
「んぇー?全部返り血ですよ〜、いっぱい血が出てシアワセです!」
よく見れば、そのシースには、1本ナイフが少なかった。
頭からつま先まで、特に口周りが血糊でベトベト、まだ乾いていないそれを、美味しそうにぺろりと舐めた。
「誰の…血だ…!」
その出血量は、生きてるかどうか怪しい程だ。オールマイトは懸念した。これがもし生徒の血であれば…
「んーっと…確か…」
頼む、後生だ。
「守衛…葵…でしたっけ?美味しかったですよー♡」
目の前が、真っ暗になった。まさかあの…守衛葵が負けたのか。オールマイトにすらハンデありとはいえ勝ちをもぎ取るあの彼女が。傷1つ与えられず負けたのか。そして、ひとつ助けられなかったかもしれないと、オールマイトは血が出るほど唇を噛み締める。
「…したのか…」
「はいー?」
「殺したのかと…聞いているんだ!!」
オールマイトはもう少ない力を振り絞り脳無を跳ね除ける。
「さぁ?死んだかもしれないですねぇ…カァイイかったですよー?」
「ふざけるなこの下衆め!」
「っとー、ダメですよー?動いたら殺すって言いましたよね?」
渡我はナイフを晒し、少し角度を変えて首に突き立てる。脚で緑谷の背中を踏みつけ、首に直角に当たるように立てられたナイフは、強い衝撃があれば跳ね除けられたとしても緑谷の首を掻っ切ることは用意だろう。
「何が、目的だ…!」
「ふぇ?んー…貴方を殺すことらしいですけど、私はそんなものに興味は無いです。」
「おい、トガヒミコ…」
「いいじゃないですかぁ!私は普通に生きたいのです…シアワセに、普通のカァイイ女の子として生きて行きたいのです…それが目的じゃダメなんですか?」
そう夢を語る渡我の眼は、所謂恋をする女の子の眼で、誰もその言葉を嘘だということが出来なかった。
「あー…まあつまりだ、俺は怒ってるんだよオールマイト。同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされて善し悪しが決まるこの世界が…何が平和の象徴!所詮抑圧のための暴力装置だお前は…!暴力は暴力しか産まないのだとお前を殺して世の中に知らしめるのさ!!」
死柄木は渡我に続き一気に捲したてる。手を拡げ、胸を張り、大きな声で演説をする。即ちそれは政治家に似ている。
「めちゃくちゃだな…そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるもの…自分が楽しみたいだけだろ嘘つきめ…!」
「バレるのはや。」
「私はほんとだもーん!」
「まあいいや、黒霧、脳無、殺れ。俺は子どもたちを殺ろう…トガヒミコ、お前は…好きにしろ。クリアして帰ろう。」
拳を振り上げた脳無にオールマイトが対峙する。拳をぶつけ、全てを相殺する。時間はもう1分も残されていない。個性は、身体は思ったよりも衰えている。しかしやらなければならない。平和の象徴として。
「無駄だよ、ショック吸収って言ったじゃないか。」
「そうだな…だがそれだけだ!」
拳を何発もぶつける。衝撃波で地面の砂が波形を取るほどの威力を、何発も何十発も。
「緑谷少年の言った無効ではなく!」
拳が、少しずつ上回る。頬を、腹を、拳が穿つ。速さも威力も、少しずつ脳無のそれを凌駕する。
「吸収ならば限度があるはずだ!私対策?!私の100パーセントを耐えるなら、更に上からねじ伏せよう!!」
完全にありとあらゆる全てが脳無を超えた。文字通り手も足も出ない脳無は、衝撃を吸収し切ることが出来ない。
「ヒーローとは常にピンチをぶち壊していくもの…!敵よこんな言葉を知っているか…!」
Plus・Ultra
遥か空に吹き飛び、やがてUSJの天幕すら破り星となる脳無。
「やはり衰えた…全盛期なら5発も打てば十分だったろうに…300発も打ってしまった…!」
「おー…凄いですねオールマイト…じゃあ次は私ですかねぇ?」
もう、活動限界だ。拍手をしながら緑谷に向けていたナイフをゆっくりオールマイトに向け直す。守衛を相手に大立ち回りができるこの少女を動くことすらままならない今、どうにかできるだろうか?
「衰えた…?嘘だろ…完全に気圧されたよ…チートめ…俺の脳無を…っ!全然弱って無いじゃないかあいつめ俺に嘘を教えたのか…っ!」
虚勢。立って姿を保つだけでもギリギリのまま、その少女はゆらりと近付いてくる。いや、既にもう射程圏内なのかもしれない。ただこちらを甚振る為に遊んでいるのかもしれない。
「死柄木弔、落ち着いてください。トガヒミコもいます。生徒たちも棒立ち、オールマイトは確実にダメージを受けています。死柄木、私、トガヒミコで連携をすれば充分チャンスはある…」
「そうか…そうだよな…やるっきゃないぜ、目の前にラスボスがいるんだもんな…何より脳無の仇だ…!」
あと少し、あと少し時間を稼げば…
黒霧は霧を展開してオールマイトを包もうとする。渡我がナイフを順手から逆手に持ち変え、走り出す。同時に、緑谷が跳ぶ。先程のようなゾーンに入った精密的な個性の操作など出来るはずもなく、足はぐちゃぐちゃだったが、それでも跳ぶ。
「オールマイトから…離れろ!」
オールマイトの活動限界を知っている数少ない1人。それは正義の為に拳を振り上げる勇気。隠している身体部分を殴れば、トガヒミコごと吹き飛ばせるはずだと、腕に力を込める。
「さっきと、同じだ。」
黒霧のワープは、死柄木の手を移動させる。触れば即死の毒手。崩壊が、迫る。
しかし突然の銃声、死柄木の手に銃弾がめり込む。
「来たか!!」
「ごめんよ皆遅くなったね…!」
「1-Aクラス委員長飯田天哉!ただ今戻りました!」
オールマイトが開けた入口の大穴には、教職員一同が並ぶ。どれも一級のヒーロー。
「あー来ちゃったな…ゲームオーバーだ…黒霧、出直すぞ…ぐっ?!」
「危ないですよぉう…」
銃弾が、また死柄木を捉える。渡我は、スルスルと弾丸を避けながら黒霧の霧の中に入ろうとしている。だが、黒霧は死柄木を優先した。その一瞬の差。
13号が、ブラックホールで引っ張る。姿勢が、少しだけ崩れた。
弾丸が、渡我の額に吸い込まれる。が、何かに阻まれるように弾丸は弾かれ、渡我は地面に手を付きバク転をしながら霧の中に入る。たった一瞬のことであるが、しかし、オールマイトにはその一瞬が見えていた。
「だから危ないですって!!」
「今回は失敗だったけど…今度は殺すぞ、平和の象徴…っ!」
霧に包まれた彼等は、消えていく。悪は、ようやく去った。