絶対曇らせてくる世界VS.俺   作:TE勢残党

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04 これから・下

 この世界における人類の生存圏には、「三大勢力」と呼ばれる縄張りがある。

 

 転生してこっち中世どころか文明らしいところを全く感じさせないこの世界だが、少なくとも「原作」においては、こんな原始時代な土地ばかりではなかった。

 

 大陸西部、大森林に隠れるように存在する都市国家「聖都」。

 大陸南部、大河の流れる広大な平原に根付いた「ヴァーミリオン」。

 大陸東部、最大の領土と人口を誇る大帝国「アトラシア」。

 

 少なくともこの三国は、その支配領域から天敵を一掃し、人類に安住の地とそれなりの文明を提供している。ゲーム内情報にはなるが、アトラシアの帝都では白亜の城郭をプレートメイルの騎士が守っていたし、ヴァーミリオンに至っては国内の要所に鉄道網を敷いていた。

 

 ほかにも、ヴァーミリオンとアトラシアの国境地帯であり辺境のロカ地方、同じくヴァーミリオン西端の森林地帯など、まとまって人間が定住している地域は確かに存在していた。リリの言う「楽園」は、おとぎ話などではない。

 

 だが一方で、それらの勢力が今も健在であるかは分からない。

 

 原作、「サバイバー」シリーズのオープンワールドが今ほど広くなったのは「1」「2」のヒットを受けて予算が大幅に増えた「3」の話であって、初代サバイバーのマップは「聖都」の中に限られる。

 

 初代「サバイバー」は、「聖都」のやり方に反旗を翻して政府を潰すというストーリーだったのだから。

 

 

 

 ※

 

 

 リリとのやり取りから1時間後。あたりは完全に闇に包まれている。

 

 焚火の火加減は悪くない。この分なら問題なく夜明けまで持つだろう。

 

 安心したからか寝息を立て始めたリリと、引き続き安眠できている様子のダリアを見ながら、先のやり取りについて思い返す。

 

 今もそう大したもんじゃないが、生きてた頃の対人能力はもっと酷かったはず。

 

 改善の理由は……多分だが、「自棄」だからだ。失うものなんて文字通りもう何もない。そんじょそこらの「無敵の人」とはモノが違う。何せ命すら持ってないんだ。

 

 心のどこかで「どうなってもいいや」と思っているから、失敗を恐れる気にならないし人と接するのも怖くない。皮肉なことに、「自棄」と「自殺」が「余裕」と「自信」を作り出している。

 

 何せこれから何が起ころうと、あの時の「死」以下には絶対にならない。やればやるだけプラスで、最悪今からでも死に直せばそれでおしまい。

 

 今の俺がどういう原理でここにいるのかは知らないが、俺からしたら一種のボーナスタイムみたいなものだ。ひょっとしたらこの世界自体、死ぬ直前の走馬灯か、何なら死後の世界みたいなものかもしれない。

 

 ……とりあえず、死に直す勇気が出るまで生きていよう。

 

 そう結論づけて、思考の海から浮上する。あたりの様子は……特に変わってないようだ。

 

「これからどうするかな」

 

 となると考えなければならないのは、今後の目標。幸いこの辺りは木の実や果物が豊富で食うには困らないが、それもいつまで続くかわかったものじゃない。

 

 俺ひとりならよくても、この二人が病気でもしたらアウト。そうでなくても冬が来るなどして食べ物がなくなったらやはりアウト。安定性がなさすぎる。

 

 原作、サバイバーのワールドマップは頭になんとなく入っている。ここがどこかさえ分かればある程度向かう先も決められるが、現状の情報量では特定に足りない。さっき出てきた狼……シンダーデビルは世界中に分布していたし、広い森林マップも心当たりが何か所かある。

 

 ただ、手がかりは一つ見つけた。

 

「……『楽園』かぁ」

 

 おとぎ話に出てくる、楽園。さっきのリリが、確かにそう言った。

 

 その名と漠然とした雰囲気……というか「御利益」が伝わるのみで、詳細は不明。曰く、そこでは天敵に怯えることなく、夢のような安息を得られるという。

 

 勇者を擁さず隠遁生活を余儀なくされていたリリたちの間では、おとぎ話として知られるにとどまるようだ。

 

 だが彼女らは知らないだろうが、天敵……モンスターが出ない、あるいは弱くて人間が定住している土地という意味なら、この世界にはそれなりの面積が実在している。三大勢力の勢力圏がそうだ。

 

 そこの話が口伝程度に伝わっている。この文明レベルだ、そう遠くない場所に「ある」か「あった」んじゃなかろうか。

 

 はかない希望だし、天敵に追い回される人々が願望で作った嘘だったら骨折り損だが、ほかに道しるべがない現状、試してみる価値はあるだろう。

 

「うん、当てのない旅よりはマシだな」

 

 ともあれ、先ずは人里だ。何をするにも、もっと多く現地人の話を聞かなきゃ始まらない。そこから、より大きな人里へ大きな人里へと伝手をたどって、最終的に楽園……三大勢力のどれか、可能ならヴァーミリオンを引き当てる。これが一番現実的だろう。

 

 なにしろ聖都は排他的すぎるし、アトラシアは弱者に厳しすぎる。この二人がまともに生きていける場所となると、恐らくヴァーミリオンだけだ。

 

 本当にろくでもない世界だよ、ここは。

 

 

 

 ※

 

 

「楽園。目指してみようか」

 

 朝の陽ざしを背に朝食(前日拾い集めた木の実の残り)を済ませ、今後の方針を説明する。

 

「はい! おともします!」

 

 「ふんす!」とでも聞こえてきそうな元気の良さで同意してくるリリ。ダリアも、控えめながら同意しているようだ。

 

「……随分元気になったな、リリ」

 

「えへへ、ジンさんのお陰です!」

 

 セリフの最後に音符でも付けそうな勢い。昨日のやり取りが上手く嵌ったのか?

 

「……よかったね、リリ」

 

「お姉ちゃん!? な、なんのこと!?」

 

「見れば分かるわ。名前を貰ったんでしょう」

 

「ああそう、それ聞きたかったんだよ。『名前を貰う』って行為には、どういう意味があるんだ?」

 

 いいって言っといてなんだけど、と言葉をつなげると、ダリアが一瞬目を見開いてから、何かを覚悟した様子で静かに語りだした。

 

「勇者様……いえ、ジンさん。名前を渡すっていうのは、『自分はこの人を保護している』って宣言すること」

 

「つまり、リリ=ジンなら『ジンの名のもとに保護されているリリ』って意味になるわ。氏は証。名乗るだけで、あなたの名前を出すことになる……古くから伝わる、勇者との契約法」

 

 ちなみに、ダリアにも敬語を辞めてもらう旨のお願いはしている。こちらは「あなたがそう望むのなら」とすんなり通った。

 

 それより、「名前を貰う」という行為の効果だ。とりあえず奴隷だの結婚だのみたいな大げさな話じゃなくてまずはよかった。

 

「そういうことなら、別に問題ないな。もともと守るつもりだったし」

 

 察するにこの地域だと、各コミュニティはひとりから数人の「勇者」によって牽引されるのが普通で、「誰の庇護を受けているか」が身分証みたいな役割を果たしているんだろう。「自分に手を出すと勇者誰々が黙ってないぞ」という形で秩序を保ってた訳だ。

 

「お姉ちゃん、なんで」

 

  じゃあダリアにも名前あげといた方が、と言おうとして、リリが何やら切羽詰まった様子なのを見つける。

 

「あなた勇者様の無知に付け込んだでしょう。気持ちは理解するけど、それは絶対やっちゃいけないことよ。ことと次第によっては……あなたを殺さなきゃいけない」

 

「そんなに!?」

 

 思わず声を上げるが、ダリアの纏う空気は変わらない。

 

「だってその様子だと……ジンさん、対価を貰ってないわよね」

 

「対価。ああ、契約だから」

 

 つまり名前を貰うという契約には、本来貰う側からも支払うものがあって、リリはそれを踏み倒してると。

「対価はその時、名を貰うものが一番大切にしているもの。噓偽りは許されない」

 

「だって、そしたらお姉ちゃんが!」

 

「あぁ、やっぱり。対価は私なのね」

 

 何やら二人でガンガン話を進められてついていけていないが、つまりこうか。

 

 

・強者から名前を貰うには、自分の一番大事なものを捧げないといけない。

 

・リリの一番大事なものは姉のダリア。

 

・このままだと姉を俺に捧げないといけなくなる。

 

 

「……それって、俺が受け取らなかったらどうなるんだ?」

 

 

 ぴしり。

 

 

 今回ばかりは、コミュニケーション下手の俺にもはっきりと空気が凍る音が聞こえた。

 

「気になっただけ、気になっただけだから。実際突き返す気はないから」

 

 みるみる顔面を青くしていくリリをどうにかなだめつつ、冷え切った空気をどうにかすべくダリアの方に話を振る。

 

「えっとダリア、捧げるって具体的には」

 

「勇者であるあなたが決めることよ。わたしに否はない。守ってもらえることへの対価だもの。求められるのなら命だって差し出して当然だわ」

 

「あーうん、大体わかった」

 二人が石器時代の倫理観で動いてることを時々忘れてしまうのが困りもの。

 

「もう一つ。ダリアの一番大事なものは?」

 

「妹よ」

 

 だと思った。でなきゃ身を挺して天敵から庇わないよな。なら一つ考えがある。

 

「じゃあこうしよう。ダリアにも俺の名前を渡す、対価は妹のリリだ。でも俺はリリに名前を渡しているから、当然無体なことはしない。そしてリリの対価は姉のダリアで、やっぱりこちらにも名前を渡しているから無体はしない」

 

 二人は名目上俺のものということになるが、同時に二人は俺の名において保護される。自分で自分の課した契約は破れない、というデッドロックだ。

 

「えっと、えっと……それなら、いい、のかな?」

 

「……あなたがそれでいいなら」

 

「お互いがお互いのことを一番大事だと思ってたから成立したんだ。これなら二人が勝ち取った契約ってことになる」

 

 二人がそれでも心から納得した訳じゃないのは、見ればわかる。

 

 今までロクな目に遭ってこなかった二人だ。親切にするだけではこれ以上胸襟を開いてはくれないんだろう。俺も覚悟をした。

 

「その上で。二人がなお不安なら、俺は二人をモノにする。ひとりだと寂しいのはダリアたちだけじゃないんだ」

 

 二人の表情がぱっと明るくなった。これではっきりした。利用されてないと安心できないんだこの二人は。本当にどうしようもない世界だ。

 

「でもそれは今じゃない。二人とも瘦せすぎてるし、リリに関しては幼すぎる。しかも環境が良くない。今そんなことしたら遠からず死なせるだけだ。それは俺の望むところじゃない」

 

 二人が魅力的じゃないとは言わない。まったく性的な目で見てないかと言われたらそうじゃない。でも、いくら本人が望んでいるからって、何も考えずに関係を持つ人でなしに落ちる気はない。

 

「まずは人里を探そう。いい加減屋根と壁のあるところで寝たいよ俺は」

 

 だから、今はこれでいい。

 

 

 

 ※

 

 

 一口に楽園を探すと言っても、やることは以前とあまり変わらない。

 

 体感数十メートルごとに目印を確認してまっすぐ進むようにしつつ、ひたすら南へ進む。これだけだ。

 

 夜空を見上げる限りこの世界に北極星は存在しないようだが、太陽が東から昇っていることは(ゲーム時代と同じなら)確か。そこから大雑把な方角は割り出せる。

 

 何故南かというと、世界に何か所かある「シンダーデビルが出現する森林」のうち、近隣に三大勢力いずれかの領域……つまり「楽園」が存在するのは1か所。「聖都」が所在する大森林の北側だけだからだ。

 

 今いるのがその大森林だと仮定した場合、このまま南へ進み続ければどこかで聖都にぶち当たるか、すれ違ったとしても大森林を南に抜けてヴァーミリオン領に突っ込む。森を抜けないまま海か崖に突き当たったら予想は外れだ。あとは進み続ければ、少なくとも真偽はわかる。

 

 歩き回る間、リリが色々なことを教えてくれた。自分なりにかみ砕いて理解するに、こういうことらしい。

 

 このあたりの人類がまだ滅んでいない理由は、知恵が1割、適応力が1割、個体数が2割、そして「勇者」の存在が6割。

 

 普通の人間の中からごく稀に生まれ、ただ生きているだけでその力を増し続ける理外の存在。このような現象は、人間にしか確認されていないそうだ。

 

 勇者を擁する群れは天敵から逃げる必要性が薄れ、強さによっては定住、そして農耕が可能になる。農業の概念そのものはかなり昔から知られているそうだ。

 

「居る」というだけで文明レベルを上げる英雄にして救世主。それが勇者という存在らしかった。

 

「それ、寿命とかで勇者が死んだら……」

 

「それが村の寿命だよ?」

 

 何を当たり前のことを、とばかりにきょとんとしているリリを見ると、つくづくこの地域の詰み具合を実感する。

 

 勇者の才能は遺伝しない。否、勇者の子は確かに勇者になりやすいが、それでも100人単位で産ませて1人出てくればいい方らしい。

 

 そして勇者を失った村はすぐに天敵に追い立てられ、農耕を失い、文明を失い、いつか滅びる。この森は食料豊富なので採集だけでも飢えることはないと言うが、天敵に襲われるたびに人数が減っていれば長持ちはするまい。おそらく、この二人もそうやって滅びた共同体の生き残りだ。

 

 アトラシアのような暴力も、ヴァーミリオンのような科学力も持たないこの土地の人類は、そうやって増えては滅びを繰り返すばかりでいつまでも文明が進まなかったのだろう。

 

 しかし、そんな勢いで天敵に餌やりを続けているのにこの地の人類が狩りつくされていないのは違和感がある。

 

 思うに、どこかに人員供給源が存在するはずだ。それがこの土地の大きな集落なのか、三大勢力からの棄民なのかまでは分からないが、安定して人を増やしては放流し続けている勢力がある。この考察もまた、この森が三大勢力に隣接しているという予想の根拠になっていた。

 

 果たして、歩き続けること数日。

 

 偵察のため近くの高い木に登った時、明らかに人工物と思われる塀を発見した。

 

「人里だ! あの高い塀は間違いな……く……」

 

 二人に伝えるための声がだんだん小さくなったのは、その石積みの塀がうごめいているように見え、それが何であるかわかったから。

 

「うげっ」

 

 ランドシザースだ。

 

 見た目は茶色いヤシガニだが、なぜか森林でエンカウントする厄介な天敵である。

 

 単体ならちょっと物理ステータスが高いだけで特に問題ないのだが、こいつは戦闘中に仲間を呼ぶ上、普段から群れを作って行動する。

 

 しかも群れの個体数に上限がなく、やり方次第ではゲーム機が処理落ちするほどの大軍団が形成され、持ち前の高い攻撃力によりHPを一瞬で削り切られる初見殺しの難敵である。

 

 それが塀の下半分全体に隙間なく、元の色が分からなくなるほどびっしりとランドシザースが張りついて、うぞうぞとうごめいている。

 

「~~~っ!!」

 

 虫の大軍を見た時のような生理的嫌悪感が襲ってくるのをこらえて塀の様子を見ると、塀の上から何かの液体や石などが投げ落とされているのが分かった。

 

 明らかに人がいる。その上戦闘中だ。しかもあの数、向こうに勇者がいない限り勝てるとは思えない。

 

「あれはまずい!」

 

 せっかく見つけた人里が滅びに瀕している。

 

「二人は俺と反対方向、小川の向こうの丘で待機! 片付いたら迎えに行く! 何かあったらその笛を鳴らして!」

 

 二人には木をくりぬいて作った笛を持たせている。天敵と戦う時など、二人を離れた場所に待機させる場合に危険を知らせる手段として用意したものだ。

 

 まさか小指の爪をドリル代わりにして木に穴をあけられるとは思わなかったが、おかげで細かな木工細工が簡単に作れるのはいいことだろう。

 

 こういう多数の天敵を相手する場合、二人の方に攻撃が行かないようにするにははじめからよそに隔離してしまうのが一番いい。

 

 今の俺の脚力なら数秒で戻れる程度の距離に二人を下がらせ、自分は手ごろな木に思いっきりローキック。

 

 ボ、という重たい音がして、木が丸太と切り株に分離する。

 

 根本部分がごっそり消失して宙に浮いた幹をキャッチして、幹から延びる枝をざっとへし折り成形。先端の皮を厚めに剥けば、お手製こん棒の完成だ。

 

 素手で獣や虫を破壊すると感触が残って嫌なので、はじめのうちはちゃんとした槍などをこさえていたが、俺の力で振り回したらどうせ一撃で粉砕されてしまうのでだんだんワイルドみが増してしまっている。これならあのカニ共を蹴散らすまでくらいは持つだろう。

 

「伏せて!!」

 

 大声でそう宣言し、地面を掠るギリギリの低さを薙ぎ払うように思いっきりスイング。

 

 巻き込まれた大量のカニの破片が小石や砂利と混ざって散弾と化し、前方扇型を吹き飛ばす。

 

 石造りの壁に深々と破片がめり込んでいるが、破壊されるほどではなさそうなので問題ないだろう。

 

 一撃で群れの2割ほどを吹っ飛ばされたランドシザースは、こちらの方が脅威だと認識したか方向転換して一斉に飛びかかる。

 

 これなら問題ないだろう。

 

 ランドシザースは数こそ脅威だが、シンダーデビルより攻撃力が低い。

 

 そのシンダーデビルの攻撃が通らない自分なら、叩かれようが挟まれようがちょっと痛いだけで済む。負ける道理がないのだ。

 

 

 

 ――結局、向かってくるカニがいなくなり、残党狩りまで粗方済ませた頃には太陽がてっぺんまで登っていた。塀を発見したのは日の出すぐだったので、ゆうに数時間は暴れっぱなしだったことになる。

 

 自分の異常なスペックを改めて不審に思ったが、そのおかげで人里を助けられた手前深くは考えないようにした。

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