戦艦である一人の女の子の乙女心を綴ったお話。

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恋する陸奥

恋する陸奥

 

 

 

・割れた湯呑

 

給湯室でご機嫌に最近見つけたお気に入りの曲を口ずさみながら慣れた動作でお茶を用意する。

 

ご機嫌なのは数日前に遂に改二になれたから。

 

横には私と提督の湯呑とお湯を待つだけとなった急須がトレーに載っている。

 

「確か音が鳴ったら沸いた合図なのよね。」

 

姉が便利だからと買ってきてそこに常設された電気ケトルをジーっと見つめながらその時を待つ。

 

しかし、いつ鳴るかイマイチ分からないそれをそのまま待つのもと冷蔵庫を開いて何か甘い物を探す。

 

「羊羹くらいしかないけれどこれでいいかしら?」

 

少し前まであんなにバリエーションがあったのに誰かが消費したのか選択肢は一つしかなかった。

 

私は羊羹と言っても水羊羹であるそれを二つ、そしてスプーンも同じ数を取り出す。

 

そんなことをしているとケトルが沸騰を表す音を発しだした。

 

はいはいと独り言を言いながら電源を落として、そのお湯を急須に注ぎこむ。

 

幸いぴったり使い切れたお湯にどこか気持ちよさを感じながらトレーを持つ。

 

沸騰したばかりのお湯はあまり良くないとされているが、執務室まで運んでいる間に粗熱も冷めるだろうとあまりお茶に詳しくない頭を納得させる。

 

チラっと手に持つトレーの上に視線をやる。

 

提督の湯呑は黒を基調としたものに白っぽい模様が入っていて和風だがシックにも感じられる一品だ。

 

お気に入りなのか割れてしまっても毎回同じ物を購入してくる。

 

反対に私が使っているものは基調としている色も模様の色も対照の物を使っている。

 

この間一緒に買いに行ったときにおそろいは少々恥ずかしかったので、色違いを選んだのだ。

 

「ふふ。」

 

ついその二つを見て表情がほころぶ。

 

だって、色違いの湯呑なんて夫婦みたいじゃない。

 

私はそういう関係ではなくても好きな人とそう思える瞬間があるだけで胸がドキドキする。

 

でも全然嫌な鼓動じゃない、むしろそこから身体がじんわりと温かくなっていくの。

 

好きな人ができた女の子なら皆想像くらいするでしょう?

 

私だってそう。

 

「提督、お茶が入ったわ。休憩にしましょう?」

 

「そうだね、ちょっと早いかもしれないど冷める前に頂こうかな。」

 

山積みの資料が崩れないようにそーっと机から離れている。

 

そんな様子がなんだか面白くてクスッとしてしまう。

 

それを見ながら赤いカーペットが敷かれた部屋に戻ってテーブルにいつも通りにお茶の一式を置いていく。

 

「あっ!」

 

その瞬間私の湯呑がその白い手袋からスルリと滑り落ちていった。

 

そして陶器特有の高い音を出して割れてしまった。

 

「陸奥!?怪我はない?」

 

それを見て提督が私の手を見て心配そうに確認している。

 

「ええ、私は大丈夫。でも湯呑が...。」

 

私はひどく肩を落とした。

 

よそ見したのが悪かったのか、新しい手袋に慣れていなかったのかは分からない。

 

「湯呑くらいま買えばいいよ。」

 

違うのよ。

 

提督と唯一繋がりを持てていると思っていた物が無くなってしまったことがショックなの。

 

私がその場でぼーっとしている間にその破片は提督が掃除してくれていた。

 

ペタンとソファーに座り込んでいると、提督が何か思いついたように棚の引き出しから箱を取り出してきた。

 

「良かったらコレ使ってよ。」

 

そう言って差し出された箱を言われるがままに脱力した両手で開ける。

 

私はそこにあるモノに目を丸くした。

 

「え、コレ本当に貰ってもいいのかしら?」

 

提督の顔とそれを交互に何度も見ながら信じられない表情をする。

 

「予備に買ったんだけど、僕のはまだ新しいから代わりにこれをあげるよ。」

 

それは提督が使っている黒を基調としていて白い模様が入ったまったく同じ湯呑だった。

 

私はそれを両手で大事に箱から出した。

 

まるで宝物を扱うように。

 

「提督、コレ...必ず大事にするわ。」

 

白く模様が入った線を人差し指でゆっくりとなぞる。

 

「少し地味だから気に入らないかったら他のに変えてもいいからね。」

 

笑いながら提督が対面のソファーに腰を下ろす。

 

気に入らなかったらだなんて。

 

恋した人とお揃いのモノが使えて嬉しくないわけないじゃないの。

 

私は目を細めてそれを二つ並べてお茶を注ぐ。

 

ふふ、これからはもっとあなたとのこの時間が楽しみになりそうね。

 

お茶の時間をもう少しだけ増やそうかしら?

 

なんてね。

 

 

 

・聞こえないフリ 

 

頬杖をついてずっとずっと遠い空を見る。

 

そこから見える雲はどこからやってきてどこで消えるのだろう

か。

 

もしかしたら窓のすぐ右側で生まれて左側の窓縁で消えているんじゃないかとさえ思ってしまう。

 

それくらい空は私には大いなる存在なのだ。

 

「陸奥?」

 

ちょっとウサギの顔に見える様な形をした雲が崩れたところで私の名前を呼ぶ声がした気がする。

 

しかし、気がしただけなので風がウサギを崩していく様子を変わらず眺め続ける。

 

「おーい、陸奥ー。」

 

身体を大きく傾かせた提督が天体観測ならぬ雲観測をしていた私の視界に入ってきた。

 

私はそこでようやく返事をする。

 

少し気分よく。

 

「あらあら何かしら?」

 

わざとらしく首をかしげて要件を伺う。

 

すると提督は一枚の紙を私の前に出してきた。

 

「この資料のココなんだけどなんて読むか分かる?」

 

提督はお世辞にも漢字が得意とは言えない。

 

寧ろかなり弱いほうだ。

 

よくこれで軍人になれたものだと時々ある意味で感嘆してしまう。

 

「これは入渠(にゅうきょ)って読むのよ。」

 

しかも艦娘を監督する上で必ず使うであろうこの言葉ですら分からないレベルなのだ。

 

もはやどうして鎮守府を任されているのか。

 

「ありがとう助かったよ。やっぱり陸奥は頼りになるね。」

 

こんな簡単な事なのに提督はまっすぐな感謝を向けてくる。

 

「それくらいなら私に任せておきなさい?」

 

頼られて悪い気はしない。

 

それに素直にありがとうを言える人は好感が持てる。

 

私はそんなあなただから心をほだされてしまったのかもしれない。

 

「さてと、そろそろこれもまとめちゃわないとね。」

 

既に振り分けられた仕事が終わった私はいくつかの書類の束をファイリングしていくことにした。

 

戦闘報告書に開発報告書、休暇届などの様々な書類を分けて閉じていく。

 

このリングファイルを閉じる時のパチンという音がなかなか気持ちよくなってくる。

 

ファイルももうテプラで貼ったシールを見ないと何冊目になったか分からない。

 

それくらい私たちは長い時間を共にしてきたのだろう。

 

そう思うと感慨深くなってきて、確かに私はあなたと歩んできたんだと実感する。

 

「陸奥ちょっといい?」

 

資材管理報告書も昔の小さい鎮守府だった頃と比べればいくつも桁が違う。

 

節約して自分たちで料理を作って食べていたのが懐かしい。

 

また、あの人参だらけのカレーが食べてみたいわね。

 

「あれ?陸奥、聞こえていない?」

 

最後のファイルを閉じてその声がする方向に顔を向ける。

 

「あら、どうしたのかしら?」

 

「ボールペンが切れちゃってどこにあるか知らない?」

 

インクが空になったそのボールペンを振って苦笑している。

 

私はふうっと小さく息を吐いて微笑む。

 

「それなら後ろの棚に新しく買ったモノをしまっていたはずよ?」

 

「ああ、そうだった。よく覚えていたねありがとう。」

 

それを聞いて思い出したのか私が指さした場所を探して目的の物を見つけたようだ。

 

私は気分よく席を立って何冊かのファイルを手に持つ。

 

そして軽い足取りでそれをしまってある棚に向かって歩き出す。

 

「随分とご機嫌そうだけど何かいいことでもあった?」

 

新品のボールペンの先端の丸いゴムを取りながら提督が気になったのか伺ってくる。

 

「あら、乙女の秘密は知らないほうがいいこともあるのよ?」

 

そう私がね。

 

私は片目を瞑りながらいたずらっぽい表情をしてその問いを誤魔化した。

 

「意地悪だなあ。」

 

そして棚上段のガラスの戸を開けてそれぞれをしかるべき場所に収納していく。

 

その時にたまたまガラスに映った提督を見てニコリと笑った。

 

私がご機嫌なのはあなたにたくさんその声で名前を呼んでもらえたから。

 

だから私は聞こえないフリをするの。

 

この演技に気付くのはあなたとの距離が0になった時にしてちょうだいね、お願いよ?

 

 

 

・真剣なオセロ

 

深夜の談話室、私以外にだれもいないそこでもう報道番組しか映さなくなったテレビをつまらない顔で眺める。

 

どうやら明日の天気は芳しくなくて、街の商店街が錆びれていく問題に何か一石投じていくらしい。

 

そして芸能人が何か問題を起こして謝罪会見を行い始めた。

 

この見ているだけで暗い気分になってくる番組は何とかならないのだろうか。

 

「もっと保護した子猫がこんなに大きくなりましたとか、どこかの赤ちゃんが立てるようになりましたとか、そういう明るい話題で満たせばきっと見るだけで心が温かくなるのに。」

 

向こうの話は聞こえるのにこちらからは伝えられない一歩通行のそれにそんな小言を吐く。

 

これ以上はどんよりしてしまいそうでリモコンを手に取って液晶の明かりを消した。

 

ソファーの背もたれに身を預けて天井を仰ぎ見る。

 

木材で出来たそれは模様が天然の迷路を作り出している。

 

私はそれを目で追いながらゴールを目指す。

 

「こっちは...ダメね...。」

 

ゴールが本当にあるのかすら怪しいそれをなんとか行き詰ったら他の道を探して継続する。

 

しかし、三回行き止まりにぶつかったところで今回の開始地点は最初から詰んでいることが分かった。

 

「今日もクリアできなかったわね。」

 

少し笑いながら独り言を漏らしていると、私の顔の上に大きな影ができた。

 

「何がクリアできなかったの?」

 

「え!?ちょ、ちょっと驚かさないでよね。」

 

私は驚いてついそこに現れた提督から距離を取る。

 

「ははは、ごめん驚かすつもりはなかったんだけどね。」

 

そう笑う提督と裏腹に私の心臓はうるさかった。

 

気になっている人の顔があんなに近くにあったらいくら戦艦の私だって...。

 

「く、来るの遅かったわね。」

 

短い髪では隠しきれない赤くなった顔を手で髪を引っ張って誤魔化そうとしながら話題を変えた。

 

「ちょっと他の子たちに道中で捕まっちゃってね。」

 

「まあ、しょうがないんじゃないかしら。」

 

他の子たちねぇ...。

 

私が先に約束していたのに。

 

少しモヤモヤして自然と頬が膨れる。

 

「じゃあ始めようか。今日は勝たせてもらうよ。」

 

そう言って提督は対面に座ってオセロ盤を用意した。

 

「いつも私が勝っているから提督が先行でもいいわよ?」

 

腕を組んで強者の余裕をだす。

 

「お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。」

 

そして提督は黒を一つ最初に置いた。

 

私も白を一つ置く。

 

「そういえば何の話をしていたのかしら?」

 

盤面を見ながら遅れた理由の内容が気になって聞いてみた。

 

「ああ、それならお風呂をもう少し広くできないかって言われたんだ。」

 

「お風呂ねえ。」

 

パチッ、パチッっと会話をしながらも勝負が進んでいく。

 

「ほら、ウチも結構大きくなったらピークの時間はもう狭いんだと思うんだ。」

 

「私は遅くなることが多いからあまり感じなかったけれど、確かにそうかもしれないわね。」

 

女の子のお風呂は比較的長くかかるし、もしかしたら遠慮している子もいるかもしれない。

 

それはなんだか可哀そうというものだ。

 

変な嫉妬心に近いモノを抱いた自分が少し恥ずかしい。

 

「皆が快適に過ごすためだから特注家具職員を使おうと思うんだけどいいかな?」

 

私は提督が格好のチャンスを逃したのを見逃さなかった。

 

「ここいただきね。いいと思うわ、普段から命をかけているんだものそれくらい安く見えるわ。」

 

「それ待ってくれない?陸奥ならそう言ってくれると思ったよ、明日早速取り掛かるよ。」

 

「そうね。ダメよ?待ったはなし。」

 

明らかなターニングポイントを制した私は、どう考えても揺るがない盤石の体制となっていた。

 

「そうだよなあ...。くう、参りました。」

 

悔しそうに降参を宣言する提督。

 

「また再戦を待っているわね。」

 

私はホッと息をつきながらも安堵した。

 

だってまたあなたとオセロがしたいから。

 

あなたは勝てるまで私に挑んでくるでしょう?

 

でも絶対に勝たせてあげないの。

 

あなたと二人になれる時間が続く日々をまだ私は送りたいから。

 

きっとこれくらいなら皆に平等に向けるあなたの瞳を独り占めしたっていいでしょう。

 

ねえ?

 

 

 

・祝ってあげたい誕生日 

 

あなたがいつも自分のプライベートを犠牲にして毎日仕事をしていることを私は知っている。

 

仕事が終わったフリをして一緒に執務室を出たのに途中で戻ってまた仕事の再会をしていることも。

 

私に気を使ってくれているのだろう。

 

でも廊下から見えるその部屋の明かりを見れば私でも感づいてしまう。

 

しかもそれは私たち艦娘のため。

 

そんな惜しみない努力を私は少しでも報いてあげたい。

 

「どれがいいかしら...。」

 

私服に身を包んで決してあなたが取らない休みに私は百貨店に来ていた。

 

そして提督が好みそうなものを見繕っている。

 

大切な人だから何かプレゼントをしても変ではないけれど、その口実だと少し恥ずかしい。

 

でも今日は提督の誕生日だ。

 

その口実なら気兼ねなく感謝も私の気持ちも込めて渡すことができる。

 

そのはずなのに、様々なお店を巡ってきたがなかなか提督が喜びそうな品が見当たらない。

 

洋服屋さんでは似合いそうなジャケットがあったが、仕事の虫である提督は年中軍服だ。

 

小物屋さんにあるのはどちらかというと女の子が好きそうなものばかり。

 

書店にも寄ったが提督が読書している姿なんて見たこともない。

 

「はあ...プレゼントってどうしてこう難しいのかしら。」

 

悩み疲れた私は休憩としてカフェに入り、注文したラテのストローを回しながら溜息をついていた。

 

普段から物欲がなくて何かを欲しがったりする様子が無いのがまた難易度を上げている。

 

「ベタなのはネクタイだとは思ったけどあの軍服には要らないのよね...。」

 

これなら姉の長門についてきてもらえばまだ何か思いついたかもしれないと後悔する。

 

ヒールで床をトントンと小突きながら辺りを見回す。

 

家族連れやカップル、それに仕事をしているであろう人々が目に入る。

 

「あ!」

 

その景色の中でピンとくるお店が目に入る。

 

私は残ったラテを急いで飲んでカフェを後にした。

 

すっかり日が暮れてオレンジの光が差し込む廊下を紙袋を下げながら歩く。

 

その面持ちは緊張気味で、もしこれが気に入らなかったらどうしようという気持ちで一杯だった。

 

ドアの前に立ってノックする手を躊躇する。

 

いつもならその扉をすぐ開けられるのに今日はそうじゃない。

 

「これを渡してすぐ帰るだけ、そう渡すだけよ。」

 

すうっと何度か深呼吸して三回ノックをする。

 

「開いているよ。」

 

私が名乗る前に提督から返事がきた。

 

ちょっと驚いたが、そのままドアを開けて執務室へと歩を進めた。

 

「やっぱり陸奥だったね、今日は休みのはずだけど何か用事でもあった?」

 

ペンを置いて私を見ている提督に何故か目を合わせられない。

 

普段ならその顔を見ることができるのに。

 

「えっと、その。」

 

提督は黙って私がその続きを話し始めるのを待ってくれている。

 

私は目を瞑って顔を下げ、勢いよくその紙袋を両手で提督に差し出した。

 

「きょ、今日は誕生日でしょう?だから...その...プレゼントよ...。」

 

つたない言葉で提督への誕生日プレゼントということを伝える。

 

「ああ、そうか。今日は僕の誕生日だったね。」

 

おそらく壁に掛けたカレンダーを見て日付を確認したのであろう提督がそう言った。

 

「わざわざありがとう陸奥、開けてもいい?。」

 

私の手から紙袋を受け取ったところで私は目を開けた。

 

「いいわよ。き、気に入らなかったら使わなくてもいいから...。」

 

落ち着かなくて両手の指を胸の前で遊ばせる。

 

提督は包装された箱を取り出してそれを綺麗に開けていく。

 

「これは...時計?」

 

「そういえばいつもつけていないなって思って...。」

 

小さな声でそれを選んだ理由を口にする。

 

時計を物色する少しの沈黙があって提督が口を開いた。

 

「持っていなかったから助かるよ、それに陸奥が選んでくれたことが僕は嬉しい。大事にさせてもらうね。」

 

それを聞いて私がずっと抱えていた不安が一気に吹き飛んだ。

 

笑顔のあなたを見て私も笑顔を見せる。

 

割と値が張っていて結構なお給料が消えちゃったけれどそれを選んでよかった。

 

私が一番好きなあなたの表情はお金じゃ買えない価値があるから。

 

いつかその価値をいつも見せてもらえるだけの存在に私はなりたいわ。

 

 

 

・戦える理由 

 

朝焼けが周りの植物たちを眠りから起こし始める。

 

私が腰掛けるベンチは私が座っている場所だけが綺麗にその日差しを避けている。

 

建物の影がくれた安息地に安心する。

 

どうもその光は今の私には眩しすぎるから。

 

制服からは濃い硝煙の香りがして、その戦闘の激しさを蘇らせる。

 

私はまだ光が届き切っていない天を仰ぎ見てゆっくりと息を吐く。

 

「深海棲艦は敵、敵だから撃つ、撃って倒し続ける。それだけ、そうそれだけよ。」

 

自分に言い聞かせる様に言葉を連ねる。

 

戦い続けるうちに段々と分からなくなってきた。

 

何故戦うのかを。

 

最初は人類を守るためなんていう崇高な目的を持って戦場に赴いてきた。

 

でも徐々に激しくなる戦いで肉薄した海に身を置いてる時間が長くなるにつれて、今引いた引き金がどう人類に影響するのかが考えつかなくなってくる。

 

今では襲ってきたから倒す。

 

ただそれだけ。

 

私はただ主砲を敵に向けるだけの兵器なんじゃないかと思えてしまう。

 

「私は誰?」

 

これじゃ軍艦の頃と何ひとつ変わっていない。

 

もしかしたら心を持たなかったあの頃の方がまだマシ。

 

艦娘として生まれてきてその在り方を失った私は一体何なのだろう。

 

「もう分からないのよ...。」

 

その影になった場所で大粒の雫を流す。

 

まだ救いなのはこんな弱い私を知られていないこと。

 

「きっと幻滅されてしまうわよね...。」

 

そうポツリと弱音を漏らす。

 

「それは誰に幻滅されるの?」

 

私一人しかいないはずの場所でよく知る声に質問される。

 

「皆に...よ...。」

 

その声の方向は見ずに俯く。

 

決してその顔だけは見られないように。

 

「少なくとも僕はそうはならないけど?」

 

はい、と缶コーヒーを手渡してきてそのまま私の隣に提督が腰を下ろす。

 

「話したらあなたも幻滅するわ。」

 

「じゃあ試してみる?」

 

爪で引っ搔いていたプルタブをその一言で勢いよく開ける。

 

そして失笑して苦いそれを口に入れた。

 

「もう戦う理由が分からないのよ、人類の為?陸の安全?制海権?それが私の砲撃で何が変わるというの?何も変わらないわよ、何年も毎日そうしてきたのだから。」

 

ハッと苦し紛れの笑いを織り交ぜながら吐き出すように言った。

 

少しの沈黙があって提督が口を開く。

 

「そうだねえ、陸奥の言っていることは間違っていないかもしれないね。」

 

「艦娘なのにその目的を失ってしまったなんて、一緒に戦っている仲間に何て言ったらいいのよ...。」

 

「...。」

 

「特に何も考えずに敵を撃っているだけです、私は人類の事なんて考えていませんって?こんな馬鹿な話があるの?命を賭して散って逝った同胞にどう顔向けしたらいいのよ。ね?幻滅したでしょう?」

 

堰を切ったように吐露して切れた息すら苦しいと思えない。

 

決壊したダムの水が止まらないように、私の瞳からは枯れるまで出続けるように思えるくらい涙が落ちてくる。

 

「それは難しい話だね。でも一つだけ揺るがないことがあるよ、それは別に陸奥に失望なんてしていないということだね。」

 

落ち着いた口調で話す提督に困惑する。

 

「何を言っているの?私は艦娘にあるまじき事を言っているのよ?」

 

「陸奥、僕だって別に国の為に戦っているわけじゃない。僕はこの鎮守府の皆の為に戦っているんだ。」

 

誰かに聞かれたら問題になりかねない発言を聞いてつい手でその口を制する。

 

「ちょっと、それ以上はまずいわよ!?」

 

それでも提督は私の手を両手で取って優しく包んだ。

 

「陸奥も自分の為に戦えばいいと思う、自分の何か大切なものを守るために。それじゃダメなの?」

 

ハッとした、私は大局を見すぎていて本当に大事なモノを見失っていたと。

 

そんなことを言う提督は宝物でも見るような目で私を見ていた。

 

きっと鎮守府の皆には私も入っているのだろう。

 

私は目をギュッと閉じて、私の大切なモノを頭に思い浮かべた。

 

そうね、それならまだ戦えそう。

 

あなたを想えば。

 

「ありがとう提督、私はまだまだこれからみたい。だから見守ってくれる?私の行く末を。」

 

上った陽はいつしか私の顔を照らしていた。

 

「僕でよければ見ているよ、陸奥。」

 

私は泣きはらした顔で笑みを作った。

 

これからはあなたに見て欲しいのは私の笑顔。

 

乾き始めた涙の後じゃなくて...ね?

 

だから見ていて、私はあなたのためにあの海で羽ばたいてみせるわ。

 

 

 

・舞踏会 

 

「陸奥も楽しめているかな?」

 

挨拶周りを終えて少し疲れた表情をしながら戻ってきた提督が私にそう尋ねる。

 

「お料理は美味しいけれど、緊張しちゃってあまり喉を通らないわね。」

 

苦笑してグラスに注がれた高そうなお酒を一口飲む。

 

微炭酸が口の中でお酒の苦味を溶かしてくれてとても飲みやすい。

 

「元帥の結婚三十周年パーティーだから人も多いし仕方ないよ。」

 

少しワイシャツの首元を緩めながら私の横の席に腰を下す。

 

その左手首には以前私がプレゼントした時計が顔を覗かせていた。

 

それを見て私はちゃんと使ってくれている事に対して嬉しくなった。

 

「時計、似合っているわよ?」

 

「陸奥がくれたんだから似合っていなくてもつけるよ。」

 

笑ってしれっとそんなことを言う。

 

「もう、それじゃあ私が選ぶのに悩む意味がなかったじゃない。」

 

少し頬を膨らませてそっぽを向く。

 

「ごめんってば。そういう意味じゃなくて陸奥がくれた物なら何でも嬉しいってことだよ。」

 

サラダを私の分も取り分けて、そのために若干浮かせた腰をやっと落ち着かせている。

 

私はその言葉に誤魔化された様な気がしたが、なんだか悪い気はしなくてプッと吹き出した。

 

「今度は女性物の洋服にでもしようかしら。」

 

「それは困っちゃうかもなあ...。」

 

「あらあら、さっきの言葉は嘘だったのかしら?」

 

口に手をあててそんな意地悪をする。

 

「今日は手厳しいなあ、そんなに僕の女装が見たいの?」

 

視線を上に向けて、ふと提督の女装姿を想像する。

 

私の制服を着ている提督とか...。

 

提督も想像しているのか私と同じような表情をしている。

 

少しの沈黙があった。

 

そして二人で同時に笑い出した。

 

「流石にダメね、いつもの軍服の方がかっこいいわ。」

 

「あはは、間違っても足なんて出せないよ。」

 

ひとしきり笑い合った後、ドリンクのおかわりを頼んで提督がよそってくれたサラダを口にする。

 

どんなドレッシングを使っているのだろう。

 

それはいつも口にする野菜とは思えない程に違っていた。

 

元帥のパーティーだからきっと高いモノを使っているのだろうけど、美味しそうに食べる提督を見て再現できるなら作ってあげたいと思った。

 

「やっぱりあまり食べる気分じゃなさそうだね。」

 

手を止めていた私に気が付いたのか口元を拭きながら提督もフォークを置いた。

 

「せっかくの口紅が落ちてしまうからしょうがないわ。」

 

赤く彩った唇を指さして適当な言い訳をする。

 

今時の口紅は軽い食事程度では落ちない。

 

ただ、あなたの事を考えているのを悟られない様にするための口実。

 

「着飾っていない陸奥も十分に綺麗だと僕は思うけどね。」

 

不意な殺し文句に思わず顔が熱くなる。

 

「こんなところで何言ってるのよ。」

 

「今日のドレスもよく似合っているよ。」

 

追い打ちをかけてくる提督には、照れ隠しすら間に合わなかった。

 

「あ、ありがと...。」

 

人差し指でテーブルクロスをつついて、その赤い顔を隠そうと少し下を向く。

 

地味だと思っていたがこの黒いドレスを選んで良かった。

 

私はバレないように口元をほころばせる。

 

あなたに褒めてもらえるならそれが私の一番になるのだから。

 

そうしていると会場に音楽が流れ始めた。

 

明らかにさっきまでのBGMとは違った生演奏の音楽。

 

周りを見ると、演奏ステージの前の広間に人が集まり出している。

 

なんだろうと見ていると、私の前に手が差し出された。

 

「僕と踊ってくれませんか?」

 

胸が高鳴った。

 

こんな素敵な出来事が起こるなんてと。

 

私は目を細めてその手に自分の手を重ねた。

 

「ええ、喜んで。」

 

エスコートされて二人で広間に出る。

 

そこはもう既に多くの男女が踊り始めていた。

 

「僕に合わせてゆっくりでいいからね。」

 

私は何も言えずにただコクリと頷く。

 

提督の手が私の腰に回される。

 

向かい合っている顔が近い。

 

ドキドキする。

 

そして不得手な私に提督が合わせるようにシャンデリアの光が会場を包む中私たちは踊った。

 

艦娘に生まれてこんな夢のような思いをするだなんて想像もしなかった。

 

女の子は思い描く、大好きなあなたと手と手を取り合ってダンスをすることを。

 

今この瞬間だけは私はあなたのプリンセス。

 

私はこの幸せを噛みしめながら提督の顔を見つめた。

 

「提督。」

 

「どうしたの?」

 

私ははじけるような笑顔でその瞳を独り占めした。

 

そして耳元で囁く。

 

「提督、私はあなたが好きよ。」

 

秘めた想いを伝えた私はウインクしてから、その大きな胸板に顔をうずめた。

 

言ってから恥ずかしくなった表情ではあなたを見れなくて。

 

でもこの夢が醒めてしまうんじゃないかと心配になって頬を指で少しつねる。

 

うん、これは夢じゃない。

 

あなたの心音が大きくなったのが聞こえる。

 

「提督?あなたのタイミングでいいからいつの日か返事をちょうだいね?」

 

他の誰にも聞こえない小さな声で私は呟く。

 

ここは私とあなたの舞踏会。

 

会場を埋める煌めかしい輝きに負けない満天の笑みを見せて、きっと私はあなたの一番の星になった。

 

 

 

恋する陸奥 ~fin~

 


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