主人公になりたくて! 作:無名魔剣士
「……なぜ、私がここに戻るとわかった?」
炎の海を抜け、俺達が向かった場所は副学長室。
室内ではルスランが本を燃やしていた。証拠隠滅だろうか?自分の顔を見られたというのに、それ以上に隠したい何かがあったか……まぁ、もはや関係の無い事だが。
「副学長室に何か隠してる可能性があるんじゃないかって考えたのが一つ。何より、魔力ソナーを使えばお前がどこにいるかなんて簡単に分かった」
「ソナー……?」
「エコーロケーションってヤツが一番近いな。一定範囲内に毎秒事に知覚されない程度の魔力を発射する事で、人やモノの位置を探る事が出来るんだ。つっても、ソナー探知が出来るのはせいぜいこの学園の半分くらいなんだけど」
別に知ってても知らなくても同じだよ、と言葉を切って、武器を
音を立てて床を転がる剣を見て、ルスランは笑った。
「私を殺しに来たのではないのかね?―――まさかシェリー、私を殺さないようにと彼に頼んだのかな?」
「いいえ。私はただ、見届けるためにここに居ます。例えどちらが死んでも、私はその結末を受け入れる」
「………そう、か。―――強いな」
目を丸くして、そして柔らかく微笑む。
利用していただけだと語った男の笑みでは無かったが……しかし父親の笑みと言うのも違う、そんな笑み。
「では、なぜ剣を捨てたのか聞いても良いかな?」
「………俺には、どうしても叶えたい夢があった」
指をパキパキ鳴らし、手首を回してほぐす。
「けど、俺の夢はあまりに曖昧で、漠然とし過ぎていた。全てを捨てても構わないと思える程の情熱がありながら、しかし何を切り捨てれば良いのかさえわからなかった。―――だから、全てを極めた」
「全てを?その歳で?」
「ああ。付け加えて言うなら、俺は天才でも無ければ凡人ですらない『無能』。なんの取り柄も無いカス。才能があったから極めることができたとか、そんな話じゃない。―――さっき、一つだけ間違った事を言った。俺にも捨てられるモノがあった。それが
人差し指で左目を潰す。ぐじゅり、という独特な感触を指先に感じながら、俺は乱暴に眼窩を掻きまわし、中身を引きずり出す。
ルスランが息を呑むが、俺は構わずに話し続ける。
「別に人間である事を捨てたわけじゃない。ただ人間である以上感じてしまう恐怖や忌避感……所謂ストッパーを取り外しただけだ。勿論、そうするためには何度も死にかける必要があったけど……無能が全てを極めるには、それでも足りないくらいだった」
「……狂って、いるのか?」
「かもしれない。他人にとってはしょうもない夢の為に、とんでもない事を重ねてきたんだから。―――でも、それだけの事をする程に、俺はその夢に焦がれて来た。
左目を再生し、話しながらストレッチをする。あまり大胆な動きをするものではなく、足や腕の筋肉を軽くほぐす程度のものを。
「私には十分強く見えたが」
「間合い管理、攻撃速度、視線の送りや筋肉の起こり等のフェイント、防御、回避、使用魔力、身体能力……他にも沢山、本来の実力より大きく落としておいた。おかげで俺は、成長途中の将来有望な若者という評価に落ち着いた」
「………それも『夢』の為か」
「勿論。―――じゃあ、質問の答えをしようか」
ストレッチを終えて、ルスランにとっても俺にとっても丁度良い間合いに立つ。
無手の状態で構えた俺に、ルスランも剣を抜いて構える。
「俺は自分の夢と実力を全力で隠してきた。明かしたら叶わない夢だからだ。―――だけど、今この時だけは……少し明かそうと思った。明かさなくっちゃ叶わないと、そう思った。それだけだ」
「正真正銘の本気、という訳か。―――良いだろう、始めようか」
五体満足、無傷の体で構えた俺は、全速力―――には程遠い物の、ヒロ・ムノーとして出して良い速度を大幅に超えた速度で攻撃を仕掛ける。
ルスランが驚いて半歩後退るが、逃がさない。
手の中に血液の剣を作り出し、脇腹から肩にかけてを斬り上げる。
「ぐォッ!?―――くっ、まさか、これほどとは……!!」
傷口を手で押さえるも、血がボタボタと溢れ出す。
顔を顰めたルスランは、懐からアーティファクトを取り出した。
「良いだろう。これはもう少し後で使う予定だったが、君は使わずに勝てる相手では無さそうだ!」
ガチリ、とアーティファクト同士が噛み合う。
なんとなく、今ようやく完成したという気がした。
ルスランはいつぞやゼノンが服用していた赤い錠剤を取り出し大量に口に含んで、心臓部にアーティファクトをあてがった。
瞬間、魔力が爆発的に増加する。物理的な現象となって暴れ狂う魔力は、どこか乱暴に抑え込まれた。
ルスランの姿は彼本来の姿から大きく逸脱し、ゼノンほど異形に近づいた訳では無いにしろ、真っ当な人間と言い切れない程度の変化を遂げた。
「ふ、はは、ハハハハハッ!これが!これこそ『強欲の瞳』の真価ァ!傷が治る、病が癒える、力が奥から溢れ出す!!」
狂笑と共に剣を振るう。剣圧は暴風を起こし、剣の軌跡に沿って床がバックリと開く。
なるほど、強いな。
だが俺の敵じゃ無い。
「行くぞ!全てを
「傲慢?違うな」
超高速の斬撃。フェイントも織り込まれたソレを、俺は軽く受け止める。
剣と剣がぶつかる音は鳴らない。衝撃の全てを逃がしたのだから、音も何も生まれない。
「事実だよ」
部屋が漆黒に包まれる。
開放された魔力が、あらゆる光を呑み込んだ。
「なっ、視界を奪うアーティファク―――ッ、違う!これはまさか、魔力か!!」
「御明察」
間合いを詰め、首を狙って刃を振るう。
ルスランは防ぐことは出来たものの、力に押されて床を転がった。
「部屋全体を魔力で覆い隠しただと……ッ!?バカな、そんな事が……!!」
「驚いてる場合か?」
背後に立ち、剣を振り下ろす。
流石は元ラウンズというべきか、攻撃は防がれる。
だが俺の狙いはルスラン本人ではなく、武器。
魔力の込められた一撃に、彼の剣は呆気なく砕けた。
その衝撃で再び床を転がるルスラン。もはや、勝負は決まったも同然だった。
「体の端から中心へ向かって突き刺して行き、最後は心臓を突き刺し、捻じる……だったな」
「ッ、く、来るな!!」
部屋全体の魔力を刀身へ収束させ、ゆっくりとルスランへ近づく。
柄だけになった剣を力なく握りながら、彼は必死に俺から逃れようと後退る。
「嬲り殺しもまぁ、偶にはありだろ」
手首、足首、腕、太腿……俺がやられたように、シェリーの母がやられたように、ルスランの体に傷を刻み込む。
床を這いながらも窓に向かい脱出を試みていたルスランは、遂に動きを止めた。
「……最後に、何か言う事はあるか?」
ルスランでは無く、背後のシェリーへと声をかける。
彼女は目尻に涙を溜めつつも、柔らかな笑みを浮かべて首を振った。
刃が心臓を貫く。
やめてくれと懇願するように伸ばされた手は、剣を捻じると同時に動きを止め、ゆっくりと床に落ちた。
天井の梁が落ちる。
少女のすすり泣く声は激しく燃え上がる炎の音に呑まれ、消えて行った。
★★★★★
今回のテロ事件は、ヒロ・ムノー再び大手柄!という見出しで新聞に載り、またしても俺の名前が世に知れ渡る事となった。
常に騒ぎの渦中で存在感を示す。まさしく主人公と言えるだろう。
グレン副団長とマルコさんを救出し、単身テロリストと戦って見事勝利した俺はアイリス王女から物凄く褒められた上、給料も上げてもらう事に成功。序列上昇、という話には流石にならなかったものの、今まで以上に注目されるようになった事に変わりは無いだろう。主人公的にもお財布的にもオールオッケーだ。
また今回の事件に関して、新聞社で何かがあったらしく『シャドウガーデンを名乗るディアボロス教団』と書かれるべき所が『シャドウガーデン』と間違われた状態で発行され、主犯格であるルスラン・バーネットの名前は一切記録されず、シャドウを犯人として書くような文章が紙面に載った。
恐らく、新聞社にいるディアボロス教団の人間がこの一件を【シャドウガーデン】、そしてシャドウの罪だとして擦り付けようとしたのだろう。
つくづく腹の立つ連中である。
何が一番腹が立つって、シャドウがちゃっかり国際指名手配されている事だ。
放火だの殺人だのと、刺激的な罪名がアイツの手配書に多く書き連ねられている。
後、最後に話すとしたら夏休みが前倒しになってやって来た事くらいか。
せっかく期間が延びたことだし、無法都市にでも行って風俗街巡りをしようと画策している。
主人公と言えばベッドヤクザ。ヒロインがたじたじになってしまう程のテクニックを身に着けるために、お店のプロに色々教えてもらいに行く……前世では法の壁のせいでできなかった鍛錬だ。金もアイリス王女と盗賊団のおかげで山ほどあるし、全店舗制覇くらいは余裕で行ける……はず。
「それで、シェリーは結局どうしたの?」
「ラワガスに行くってさ」
「学術都市か……意外だね、ウチに引き入れるつもりだと思ってたけど」
「【シャドウガーデン】周りの事は話してないし、俺の力も夢も完全に教え切った訳じゃない。―――シェリーが俺達とは関わりない場所で一人静かに暮らすってんなら、止める理由も、ましてや無理矢理引き入れる理由も無いよ」
「そっか」
やけに強い日差しを鬱陶しく思いつつ、シドと街を歩く。
さっき見送った時に聞いたシェリーの言葉が頭を過る。
『私には、何もありません。誰かに求めようって気持ちも……もう、ありません。けど、このまま何もないままだと、やっぱり壊れちゃいそうで。―――だから、お母様の背中を、追いかけてみようって思ったんです。アーティファクト研究は、その……辛い事も、思い出してしまうけど、それでも何かを忘れるくらい没頭できる、数少ない事だから…………』
信じていた義父が母親の仇で、自分はずっと利用されていただけ―――そんな残酷な真実を知りながらも、シェリーは生きる道を選んだ。俺は、それだけでも凄いと思う。
……それに、【シャドウガーデン】はディアボロス教団と戦う組織という体で運営されているが、結局のところ俺とシドのためのお遊びグループでしかない。
全てを失った悲しみの中にあるシェリーに、一緒にごっこ遊びしようぜ!なんて誘えるわけも無い。
まぁ、直接【シャドウガーデン】をお遊びグループだって言うと台無しなのでそれっぽい理由を並べ連ねた訳だけど。
「つーかシド、お前ローズ会長ともフラグ建てたらしいじゃねぇか」
「なんで知ってるのさ。ヒロも違う部屋でベッド暮らししてたんじゃないの?」
「ヒョロとジャガが教えてくれた」
「あの二人は……」
青空をバックに、良い笑顔でピースサインをしている二人が思い浮かぶ。
アレくらい口が軽いヤツが近くに居ると、色んな情報(主にゴシップ)が入ってきて良い。
……しっかし、アレクシアと言いどんだけ王女を落とせば気が済むんだよコイツ。
モテ度で言えばコイツの方が圧倒的に主人公だぞ。またbotになっちまいそうだよ俺。
「それよりも。夏休み、始まったじゃん。ヒロはなんか予定とかある?」
「無法都市で風俗巡りだ。エロゲ主人公目指して修行を重ねて来る予定だな」
「アレクシアが荒れそうだなぁ……」
「なんでアイツが荒れるんだよ」
「君の恋人じゃないか」
「恋人は恋人でも―――はぁ、なんでもねー」
そういう方面では凄まじいクソボケを発揮するシドに、何を言っても無駄だろう。
俺は深くため息を吐いて、話を切り上げた。
しかし、確かにアレクシアと付き合っているという建前がある今風俗街に自ら赴いては主人公的に不味い。
なんかこう、成り行き上仕方なくお店にお邪魔してしまった感じじゃないと、俺の面目も潰れてしまう。
……うーん、夏休み中の修行は見送るしかないか……?
「そういうお前はどうなんだ?」
「僕は特にないかなぁ。何故か姉さんが帰省に誘いに来なかったし」
「あぁ、そういやクレアのヤツ、俺の同僚になったぞ」
「え?紅の騎士団に入ったって事?」
シドが目を丸くする。
俺もアイリス王女に知らされた時と、クレア自身が伝えてきた時の二度とも驚いたから気持ちはよくわかる。
グレン副団長の敗北を受け、戦力の増強が必要だと考えたアイリス王女が、元々卒業後に入団する予定だったのを前倒しにして招いたらしい。
クレアよりも年下でありながら二度も活躍した俺の存在も大きく影響したようだ。
軽く事情を説明すると、シドは興味なさげに何度か頷いて、
「ま、それもそれで良いんじゃない?」
とだけ言った。
この反応をあのブラコンが知れば、さぞ酷い事になるだろう。
具体的には普段の首絞め暴力コースがツーランク程上昇する。そんな気がする。
「暇なら一緒にリンドブルムとか行かねぇか?俺も今回は風俗巡りを控える予定だし、もうじき女神の試練とか言う大きめのイベントもあるらしいからさ」
「僕は別に良いけど、アレクシアとデートとかしなくて良いの?」
「お前さァ」
俺がアレクシアと偽装恋人になってからずっと、コイツはその事を何度もいじってくる。
そろそろ堪忍袋の緒もキレそうだ。いや、とっくの昔に我慢の限界は終わっていたのかもしれない。
「―――決めた。今日の予定はテメェと全力殺し合いだ」
「なんでそんなにキレるのさー。―――でも、良いね。あの一件じゃ碌に戦えなかったし、ヒロも本当の本気を出せた訳じゃないんだろう?消化不良同士、楽しくやろうじゃないか」
勝者に関しては、ここでは敢えて控えておく。
ただ、俺とシドの戦績は未だ半々。勝ち越しは一度足りとて起きていないという事だけは教えておこう。