主人公になりたくて! 作:無名魔剣士
夏休みが始まってすぐ、俺はアイリス王女に呼び出された。
まさか夏休み初日にシドと一緒に王都周辺の地形を大きく変えてしまった事がバレたのだろうか、と一瞬ヒヤヒヤしたが、なんて事は無い、ただの仕事のお話だった。
「アレクシア王女の護衛、並びに聖教の監査ですか」
「はい。……その、本来であればアレクシアを行かせる予定は無かったのですが、ついうっかり話してしまったと言いますか」
「まぁ、言わずとも勝手に嗅ぎつけるタイプですしね、彼女」
「あ、あはは……とにかく、よろしくお願いしますね。勿論、移動費やその他雑費は全額こちらで負担しますので」
「Yes, Your Highness」
最高のお言葉だ。
今この時、俺はこの人に一生ついて行く事を決めた。
恭しく頭を下げた俺に、アイリス王女は微笑む。
これで話は終わりだろうと再度一礼して立ち去ろうとした俺だったが、すぐに呼び止められる。
「あっ、あの!」
「はい、何か?」
「………え、えっと。あの、ですね?そのぉ……」
モジモジして中々話さないアイリス王女。どんな時でも凛々しくハキハキしている彼女らしくもない。
「何か、悩み事でしょうか。仮に個人的な物であっても、俺で良ければ是非お話ください。可能な限り力になりましょう」
俺にお小遣いと主人公らしい肩書をくれる人だ。何か悩み事があるなら全力で力になろう。
そんな思いを込めて尋ねると、アイリス王女は慌てて手を振った。
「な、悩み事という訳では無くてですね!?その、私は別に、人様の
え゛ッ゙!?なんでこの人俺の風俗巡り計画知って―――いや恋愛事情とか学生同士とか言ってたな。
ははぁ、なるほど。なにやら俺とアレクシアの関係を誤解してるようだな。
本当は偽装恋人の件は話しちゃいけないだろうが……アイリス王女はアレクシアの肉親で俺の主君。真実を話しておくべきだろう。
「アイリス王女、その事について、お話しておきたい事がございます。そしてできればソレは内密にしていただきたいのですが」
部屋には俺とアイリス王女以外に居ない。他の騎士団員達は出払っている。
今くらいしか、話すタイミングは無いだろう。
そう思って口を開いたが、アイリス王女はさらに勘違いしたようで、
「な、内密に!?ま、まままっ、まさかもう既に事に及んだのですかッ!?アレクシアも貴方も、大人になってしまったと!?あ、ああっ、やはりあの時、無理矢理にでも止めておくべきだった……Tは、やはりあのスケスケは……!」
「えっと、何を嘆かれているのかわかりませんが誤解です。俺が言いたいのはそれとは真逆と言いますか」
「……え?」
顔まで真っ赤なアイリス王女に全てを話す。
彼女とはあくまで偽装恋人だということ。彼女曰く婚約者候補達を黙らせる為の関係との事だが、実際は俺の前に偽装恋人関係にあった少年(名前は伏せた)とのヨリを戻すための関係であるということ。
俺は当て馬に過ぎず、王女が危惧しているような事態には決してなり得ないということを。
「そう、なのですか?ですが、アレクシアは確かに貴方を誘惑する為にTバ―――ゴホッ、ゴホンッ!を買ったと言っていましたが……」
「T……?よくわかりませんけど、俺と彼女の間には何もありませんのでご安心ください」
「は、はぁ……一応、後で確認しておこうかしら」
なんか呟いていた気もするが、追求するのもなんだし帰らせてもらおう。
あー、改めて自分の口で説明したせいで惨めったらしさが増した気がするぜ。
なんらかの主人公ムーブをキメて中和しないとな。
★★★★★
「デートしましょう」
聖地に到着してすぐ、アレクシアはそう宣言した。
逃がさない、とでもいうようにヒロの腕を掴み、ニッコリと穏やかな―――そしてどこか背筋が凍えるような笑みを浮かべている。
「……一応仕事で来てるんだけど?」
「今日一日は休暇みたいなものよ。監査は明後日だし、女神の試練も明後日」
「監査はあくまで俺の仕事なんだけどねー」
「あら、私が行くからあなたも着いてくる事になったんじゃない」
元々お前も行く予定無かっただろ、と内心呟くと、ヒロは観念したように尋ねる。
「じゃあどこに行く?」
「普通、デートコースは殿方が決めるものなのでは無くて?」
「その場でコース決め出来る程聖地に詳しくないです」
「ふふっ、冗談よ。―――適当に歩きましょ?気になる店があれば寄る、くらいの気持ちで良いでしょ」
そう言うや否や、アレクシアはヒロを引っ張って歩き始める。
今日はやけに距離が近いなー、と思いつつも、ヒロは特に逆らうことなく、彼女のペースに合わせて歩く。
(この反応……姉様の言っていた通り、盛大に
ヒロの顔を密かに確認しつつ、アレクシアはつい先日姉と交わした会話を思い出す。
『は?私がヒロとは違う人に好意を抱いている?』
『か、彼がそう言っていましたが……その、あまり妹の恋愛事情に口を出すべきでは無いとはわかっているのですが、やっぱり先日のT……の一件があった訳ですし、万が一、万が一の事が起きては大変ですので先んじて確認しておきたいなと言いますか』
『姉様、落ち着いてください。―――別に、私は誰かに特別好意を寄せたりと言った真似はしていません』
『では先日のミツゴシ商会で言っていた「私はTバックで勝負がしたい」というのはなんのことですか!』
『うっ………あ、あれは……』
『アレクシア。私は貴方の恋路を邪魔したいわけではありません。ただ、この短期間で二人と交際したと学園で噂になった挙句、あんな破廉恥な下着まで使い始めた貴方が心配なんです。約束します。私達二人だけの秘密、姉妹の秘密です。決して誰にも話さないので、誰に好意を抱いているのかはっきりと言ってください!さぁ!』
姉に強く圧され胸中の複雑な思いを明かさせられた記憶に少々顔が熱くなるが、隣のバカは気づいていない様子だったので一安心。
が、同時に少しイラっとしたので気持ち距離を詰める。それが何の報復になるのかもわからないまま。
(はぁ………言葉にしてから、妙に胸がざわざわする)
姉に言わされた言葉は、複雑な思いと裏腹に簡潔な一言だった。
想いの言葉としては陳腐で、だが誰かに伝えるには少々重い言葉。
単なる二文字が、ここ数日間彼女を狂わせていた。
自分が
普段通り変わらぬ態度で振舞っている物の、彼女の情緒はかなり滅茶苦茶になっていた。
(とにかく、この勘違いを解消する。そうでもしないと、多分スタートラインにすら立てない)
見事に大正解だった。
「もうじきイベントってのもあるんだろうけど、随分賑わってるな」
「露店もどこも大盛況ね。何か買って行く?」
「あー、一応アイツ等にお土産買ってやるか。なんか良さげな店でもあれば―――」
当たり障りの無い会話をしながら、露店を転々とする。
魔人ディアボロスの左腕を英雄オリヴィエの剣が斬り落としたという御伽噺を元として作られたキーホルダーなど、聖地ならではのお土産を手にとっては戻し、時に購入してのんびりと先を行く。
ある程度歩いた所で、何やら長蛇の列ができている店を発見。
食事処だろうかと二人が近づいた所、そこは本屋だった。
「『ナツメ・カフカ先生サイン会』……?」
「近頃話題の作家ね。確か『女神の試練』の来賓の一覧に、名前が載っていたわ」
「ふーん。ナツメにカフカで作家、か。猫か虫のどっちなんだか」
「なんで猫と虫?」
「ははっ」
曖昧な笑みで誤魔化しながら、ヒロはナツメ・カフカの作品を集めたブースへ向かう。
タイトルを一瞥すると途端に眉を顰め、いくつか本を手に取ってはパラパラと捲り中身を確認した。
なお彼は速読も極めているため、パラパラと捲っただけで内容の全てを理解している。売り物を買う前に読み切る悪い男だ。
「『吾輩はドラゴンである』、『シンデレーラ』、『紅ずきん』、『ロメオとジュリエッタ』……挙句の果てには『ワンパース』に『NARITO』、『
「何言ってるかわからないけど、一人でブツブツ言ってると不審者扱いされるわよ」
「……悪い、ちょっと色々とあって」
眉間を揉み解しつつ、ヒロは適当な一冊を掴んで会計に向かった。
厚めの本という事もあってそれなりに値が張り、さらに嫌そうな顔をしつつも、ヒロはサイン待ちのナツメファン達の列に並んだ。
「意外ね、実はファンだったの?」
「まぁそういうコトにしておいて良いよ」
実際はあまりにも酷すぎるタイトルに自分達以外の転生者の存在を感じ、一言文句でも言ってやろうと思って並んでいるだけなのだが、アレクシアはそんな事に気づくはずも無く。
険しい顔をしているのは緊張しているせいかしら、可愛い所あるのね、と結構的外れな事を考えながら、陽射しを避けれる店内へと入り、適当な本を手に取って立ち読みし始めた。
それなりの時間待たされて、ついにヒロの番が来る。位置的に作者の顔だけがギリギリ見えていなかった彼は、ここで初めてナツメ・カフカとか言う作家の全貌を見て、
「………何やってんだコイツ」
奇しくも、数分前にこの場を訪れたシドと同じセリフを呟くのだった。
「本をこちらに」
銀髪のエルフ。泣き黒子の可愛い、青い目をした彼女はあからさまと言えないギリギリのラインまで胸を寄せ、今日一番の甘ったるい猫なで声でヒロを近くへ招く。
「……これ、俺らが教えたヤツ?」
「はい。お二人に授けていただいた『陰の叡智』……私では活かしきれていないかもしれませんが、それでもこの立場だからこそ
サラサラとサインを書いていくナツメ……いや、ベータ。
シドに書いたのと同じく、崩した古代文字で『作戦』について詳細を書くが、筆の速度はシドの時よりも幾分か遅い。
それが彼女のどういう心情の表れなのか、生憎自分の好きな作品を劣化パロディみたいなタイトルで丸パクリした挙句勝手に販売して利益を得て有名人になった事にわりと本気でキレているヒロは全く気にすることなく、黙って書き終わるのを待っていた。
ベータ、お前には失望した。
これまたシドのような事を心の内で言い放ちながら、絶対零度の眼差しで彼女を見つめる。
「ヒロ・ムノー様へ、って書いてもらっても良いですか?」
「はい。では、ヒロ・ムノー様へ………っと」
やや大きな声でそんなやり取りをした後、書き終えたベータが本を直接手渡す。その時、さりげなくヒロの手に指を触れさせるのを忘れない。
このベータ、あざとい行為をやらせて右に出る者は居ないのだ。
「……教えるんじゃ無かったな……いや、コンプラ意識の存在しないこの世界に問題が……?」
「遅かったわね、もう一冊読み終わっちゃったわ」
「あぁ、悪ぃ。そんな経ってたか」
「さ、早く行きましょ。観光できるのは今日くらいなんだから」
再びヒロと腕を組むアレクシア。
舌打ちが背後から聞こえた気がするが、二人は振り向くこと無く、先に進むのだった。
★★★★★
時は流れ、夜。
温泉に入ってさっぱりした俺は、涼むがてら巨大な時計塔の上に来ていた。
アレクシアとのデートは既に昨日の話。ベータのパクリ作品にイライラしたのも過去の事。
今日はアレクシアと一緒に明日に控えた監査と女神の試練について色々準備をするために奔走した。
中々疲れる一日だった。アレクシアが宿に戻るや否や深い溜息と共にベッドに倒れ込んだ程だと言えばその大変さもわかるだろう。
因みに俺は何故かアレクシアと同じ部屋に泊まることになってしまった(予約ミスだとか色々言われたがよくわからん)ので彼女がベッドに倒れ込む様子を細かく知っている。
別にアレクシアの部屋を覗いたとかそんな事は無いのであしからず。
あ、そうそう。シドもリンドブルムに来ていた。俺に仕事が入ったから行かない事になったと思っていたが、アルファに「暇なら来て」と誘われたようで、今も俺の隣で意味深げなことをブツブツ言いながら街を見下ろしている。
「……今宵は譲ろう、我が主よ」
それっぽい雰囲気で、聖教会から逃げるように飛び出してきた黒服の処遇について話す。
多分強盗だな。一人だけだし、ここはシド……いや、シャドウに譲ろう。
俺の言葉に小さく頷くと、シドの姿がシャドウのモノへと変化する。
シャドウは愉快そうに口元を歪めると、強盗の進路を塞ぐように降り立った。
さて、観戦観戦………っと?
「ベータか」
「はい。作戦について、ご報告が」
シャドウの陰の実力者ムーブを眺めながら、背後のベータと会話をする。
部屋で報告を聞くよりも、こういう夜の高台で意味深げにやり取りする方が断然楽しい。
「ターゲットが教団の『処刑人』に始末されました。手下は処理しましたが、『処刑人』は行方をくらませています」
「……なるほど」
凄いなー。それっぽい言葉並べてるだけなんだろうけど、奇跡的に単語があってる。
確か教団にはマジで『処刑人』って奴がいて……なんだっけ?あんまり覚えてねぇや。
とにかく雰囲気だけの会話にしては真に迫っている。思えばベータがサイン代わりに書いた作戦内容も本物のディアボロス教団を相手にしているみたいだったし、彼女達、実は凄いのでは?
シドが適当にディアボロス教団の名前と実態を言い当てたみたいに、ベータ達も適当な発言で迫っているのだろう。
……俺もそういう、運的な力が欲しいなぁ。
「計画は第二へ変更、と言ったところか」
「はい」
まぁ、テンプレだよね。
ただこのままディアボロス教団と戦う第三勢力ごっこを続けてると、本物のディアボロス教団と戦う羽目になって死にかねない。
いや、雑兵程度なら良い。チルドレン何某とか、あの辺は正直雑魚だから問題無いだろう。
だがラウンズと接敵した場合、例えばフェンリルとかそこら辺と戦ってしまった時、所詮俺達の技術を一部分程度使えるだけの彼女達に生き延びることができるのか?多分無理だと……あ、でもラウンズと言えどもこの世界流の剣術しか知らないだろうし、大丈夫かも。
いや、でも……うぅん……別に良いか。
「思う通りに進めると良い。こちらもこちらで動く。言うまでもないだろうが……ぬかるなよ」
「はっ」
返事を聞き、陰の実力者ムーブに一旦の区切りがついたのを確認してから、俺はヴォイドとしてでは無くヒロとして彼女に話しかけた。
「それと、全く関係ない話だけど」
「はい。なんでしょうか?」
「ベータの本、読んだよ」
ベータの体がわかりやすく硬直する。
別にパクリ云々に何かケチをつける訳では無い。
ただ彼女に謝罪……をするのは(パクリ自体はしてるし)癪なので、普通に褒めてあげるだけだ。
「俺達が教えたヤツじゃない。一作品だけ、完全にオリジナルのモノがあった」
パクリだけだと思っていた。だが彼女は一作品だけ、俺達が教えた覚えのないモノを……恐らくはオリジナルであろうモノを書き上げていた。
ロゴが崩れすぎていて(オシャレというヤツだろうか?)よく読めなかったが、ザ・エミネンスオブなんとか、みたいなタイトルだった。
今日たまたま見つけて買ってみたが、中身はやはり見覚えがなかった。
つまり、彼女のオリジナルという事。
俺は感動した。パクリで名前を上げるだけでなく、ちゃんと自分自身の手で書き上げた作品まで書店に並べる事ができるだなんて!
娘の成長を見守る親というべきか、そんな感じの熱が俺の胸中に去来した。
ベータは照れ臭そうに頰を掻く。
「その、お二人に授けていただいた叡智には遠く及ばないかも知れませんが……」
「まさか。ベータの作品も、負けず劣らず面白かったよ。アレ、続き物っぽいね」
「は、はい。今のところ六巻目までの構想は整っていて……」
「へぇ!発売されたらすぐに買うよ。楽しみに待ってる」
「ありがとうございます……っ!」
目を潤ませながら一礼するベータ。
自分が一から作った作品が認められると嬉しいよね。この感動を糧に、パクリをやめてオリジナルオンリーに転向して欲しいな。
「……じゃ、俺はそろそろ宿に戻るから」
「ヴォイド様。その、まだ一つご報告が」
「え?」
てっきり陰の実力者ムーブは終わったものだと思っていたが違ったようだ。
姿勢を正したベータが言葉を続ける。
「ゼータから伝言です。『頼まれていたモノを見つけた』と」
「え、マジで!?……じゃなくて。そうか、それは良い報せだ」
「……何をお求めになられていたのか、お聞きしても宜しいでしょうか?」
微かに緊張した様子で尋ねてくる。
なるほど、不敬を覚悟で主君に伺いを立てる家臣ムーブか。良い演技だ。
「別に大したモノでは無い。ただ………ふっ。意地のようなモノだ」
首を傾げるベータに、俺は意味深に微笑む。
理由は本当に大したモノじゃない。
ただ、随分前にシドが『霧の龍』とかいうなんかカッコ良さそうなボスキャラ倒したって話を聞いて以来、俺もなんかそういうヤツと戦いたいと思っていただけだ。
ゼータは【シャドウガーデン】設定で「世界中を巡っている」的な話があるくらいだし、多分巣立った後は世界旅行をしているだろうって事で、なんかそういう噂があれば教えてね程度のお願いをしておいたのだ。
「ともかく、アレを見つけたのなら褒美をくれてやる必要があるな。もしゼータに問題がなければ呼び戻してくれ」
「はい。かしこまりました」
一礼し、そして少し間を置いてから再度一礼して、ベータは去っていく。
……あ、ベータオリジナルの作品にサイン貰いたかったんだけど……今度で良いか。
「ただいま~」
「おつかれ」
「久しぶりにイプシロンと会ったよ」
「来てたのか、アイツ」
「うん。相変わらずだったよ」
「相変わらずだったか」
あのわざとらしい揺れを思い出しながら、俺はつい苦笑する。
大きさだけが全てじゃ無いんだぞ。なんて外野に言われてもアレだろうけど。
今回ちょっと時系列に自信が無いので、間違ってたら是非ご指摘ください。
監査のタイミングとかドレイク暗殺のタイミングとか怪しくって……。
因みに、早朝のお風呂イベントは消滅しました。
この話を入れようとすると文字数が中途半端になる上、話自体の内容がどうしても薄味になってしまったので。
一応「脱衣所でアレクシアがヒロを煽るような発言をして、ヒロが反撃代わりに凝視しまくったら気恥ずかしくなってアレクシアが逃走し、結局ヒロとシドが二人きりで温泉を楽しむ事に」という話という事だけはここに記しておくので、良ければ脳内で補完してください。