主人公になりたくて!   作:無名魔剣士

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キャット・ファイト

 

女神の試練、当日。この日、アレクシアの機嫌はすこぶる悪かった。

 

主な原因は二つ。

一つは、今まさに行われている女神の試練開幕セレモニーにて堂々と挨拶しているハゲ、大司教代理ネルソン。

監査対象であった、つい先日何者かに殺害された大司教、ドレイクの立場と職務を一時的に引き継いでいる男だ。

 

「大司教殺害事件なんて大事があったのだから、なおの事監査が必要だろう」とアレクシアは言ったのだが、ネルソンは「監査対象が死んだ今、許可の取り直しが必要」だとか言って監査を打ち切らせ、再度王都まで戻って許可を取り直して来いの一点張り。

当然許可を取るのには時間がかかる以上、その間に見られては不味いモノの類は全部隠蔽されるだろう。

 

そんなの無理矢理にでも監査すれば……というわけにもいかない。

なんせ聖教は周辺国家のほとんどで信仰されている超巨大宗教。いくら王族といえど軋轢が生まれては不味い。

 

結果、アレクシア率いる紅の騎士団は何もできず帰らされる事となり、全く喪に服す様子を見せない(大司教の死はしばらく秘匿されるようなので仕方ないことかも知れないが)ハゲがウッキウキで演説する姿を貴賓席で眺める事になった。

 

 

「少しは喪に服せってのよ、あのハゲ」

「そう怒んなって」

 

周りに聞こえないように話す二人。

一応護衛としてアレクシアと一緒に行動しているヒロは、これまた緊張感のない様子でぬぼーっとしていた。

 

本来護衛の彼は少し離れた所に立っているべきだが、ヒロだけはアレクシアの隣に立っている。

その理由は、アレクシアの予想では『人気』、もしくは『容姿』だ。

 

ここ最近王都で起きた大事件を二度も解決したヒロ・ムノーは、庶民から貴族までもが噂する期待の新星。

その上、彼女の色眼鏡を抜きにしても中々良い見た目をしている。

黒目黒髪に女を殴ってそうな顔(褒め言葉)。高身長で引き締まった体。見た目の雰囲気はミステリアス&爽やか。

 

アレクシアや、彼女と同じく貴賓席の最前列にいる二人……ローズ・オリアナやナツメ・カフカにも言えることだが、全員美男美女。

客寄せだろうな、と冷めた目でそう思いながら、ヒロへ向けられた黄色い声に不愉快そうに眉を顰める。

 

 

 

不機嫌の原因二つ目は、ヒロの隣にいる新人作家、ナツメ・カフカ。

来賓の一覧で名前を見た以外に全く彼女の記憶に無かった……つまりは売れ始めてさほど時が経っていない新人でありながら、この場慣れ感。

観客たち(ファン達というべきか)ににこやかに手を振る姿は、あまりに完璧すぎて逆に胡散臭い。

 

なに露骨に胸寄せて猫撫で声出してんだこの女。キャピキャピしてんじゃねぇよ。

 

同族嫌悪というべきだろう。普段から完璧を装い、そしてそういう人間を毛嫌いするアレクシアは、内心で毒を吐き続けていた。

 

 

―――そしてなによりも。

 

「っと、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、立ちくらみが……」

 

(人の男に色目使ってんじゃねぇ!!)

 

先程からヒロにボディタッチを繰り返している事が許せなかった。

やれ立ち眩みだのやれ足がもつれただのと適当な理由を並べてはヒロに抱き着き寄りかかり、これ見よがしに胸を押し付ける。

最初こそ「体調が悪いなら大目に見てやろうムカつくけど」とスルーしていたが、もう既に六回目。明らかに狙っている。

 

いや、わかっている。ヒロ・ムノーという男がこの程度の事で揺らぐ事は無いと。

なんせ自分が何度腕を組もうと表情一つ変えなかったのだ。現にナツメへの対応は極めて自然体で紳士的。

鼻の下を伸ばす素振りも無ければ、わざとらしく寄せて上げられた胸に視線を向けることもない。

 

 

だがムカつく!!

 

 

ただでさえ胡散臭い姿に苛立っているのに、絶賛自分が片思い中且つ表向き交際中の男にベタベタくっついて誘惑しているのだ。

基本的にはどんな怒りも笑顔で隠すことができるアレクシアも、このときばかりは「ここで殺す」とでもいうかのような鋭い視線と殺気を向けていた。

 

「その、そんなに体調悪いなら日陰の方に移動した方が良いんじゃないですか?」

「あぁ、いえ!お構いなく。………ふふっ。お優しいんですね」

 

(はぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ッ!?何この女ッ!上目遣いで手まで握って、ヒロイン気取りか!!!)

 

ヒロの右手を包み込むように両手で握り、ナツメは清楚に、しかしどこか蠱惑的な雰囲気を纏って微笑む。

その光景を見た観客たちが「俺達のナツメ先生がー!」とか「私のヒロ様がー!」とか「お幸せに~!」とか好き放題言ってくるのが、アレクシアの腸を煮えくり返えさせた。

 

足でも踏んでやろうかと思った物の、間にヒロが居るから攻撃も難しい。

怒りと悔しさで歯を食いしばって睨みつけていたアレクシアだったが、そこで今までヒロにばかり視線を向けていたナツメが一瞬、ほんの一瞬アレクシアの方を見て、

 

 

 

「―――ふっ」

 

 

 

嘲笑した。

 

その瞬間、アレクシアの中で何かが弾けた。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

女神の試練、当日。この日、ナツメ―――ベータはすこぶる上機嫌だった。

 

理由は二つ。

一つは彼女が勝手に認定した宿敵、アレクシア・ミドガルに怒涛のマウントを取っているから。

 

 

そもそも、ベータにとってアレクシア・ミドガルは、恨んでも恨み切れない存在だった。

 

 

シャドウとヴォイドから告白され、最終的にはどちらとも交際。

この事実だけでもかなり許しがたい大罪だというのに、よりにもよって彼女が愛してやまないヴォイドにさながら物語のヒロインかのように救い出されたという始末。

 

現在執筆中の超大作『シャドウ様戦記完全版』にも『主従恋物語』にもどうしても登場させざるを得ないために、時が経っても彼女への怒りは収まるばかりか増すばかり。

 

 

別に、シャドウやヴォイドに恋心を抱くなとは言わない。

シャドウに関しては彼女よりもアルファ達の方が本気だし、ヴォイドだって自分がここまで心乱される相手だ。どんな女であれ、虜になってしまうのも無理はないと思っている。

 

まぁ、それはそれとして『主従恋物語』のヒロインは『銀髪青目の可愛いエルフ』オンリーだが。

断じて『運動神経壊滅系天才エルフ』だとか『白髪ショートの猫系獣人』だとかがヒロインとして差し代わるような事は無い。

まして『ポッと出の王女様』なんて安ッいヒロイン、許せるはずが無い。

 

 

だがそれもついさっきまでの話。

確かに未だに怒りはある。告白され、現在進行形でヴォイド様と交際中とか表出ろ案件ではあるが、今は自分が()

 

 

 

上機嫌の理由二つ目。

それは彼女がヴォイドに恋心を抱いてから……いつかの夜、まだ人を殺すという感覚に気を病んでいた頃の自分に優しく寄り添ってくれたあの日から、ずっと夢見ていた事。それが絶賛叶っているという現実。

 

 

そう―――()()()()のイチャイチャ!!!

 

 

話は少し前にさかのぼる。

 

 

『ヴォイド様、少しご相談が』

『なんだ?』

『ナツメ・カフカとして活動する際、ヒロ・ムノーと関係がある、という事にしたく』

『ほぅ―――なるほどな。起こりえないだろうが、万が一俺達が【シャドウガーデン】として会話をしているのを聞かれた際、或いは二人での行動が多いと怪しまれた場合―――そうした時に、第三者の目を欺くための方便。それが必要という事か』

『その通りでございます』

『不測の事態さえ想定し、対処せんとする姿勢。流石は『堅実』のベータだ』

『ありがたきお言葉……!』

 

……と、そんなやり取りを挟み、ヴォイドに自分の考えた設定を持ち込んだ所、見事に受け入れて貰えたのだ。

 

 

設定はずばり『ナツメ・カフカはヒロ・ムノーに恋をしている』という物。

 

 

……設定でも何でも無く事実じゃねぇか、とか言ってはいけない。設定という体でなければ、立場的にも心情的にも、彼女の想いは明かせないのだ。

 

それに、真面目な話そう悪い設定でも無い。

強い感情を向けている、という理由は曖昧に聞こえてその実利用しやすい。一見すると不可解で違和感だらけの行動であっても、そこに強い感情が関わっていれば「まぁそういう事もするか」と受け入れられるものなのだ。

 

例え耳元に口を寄せて何事かを囁いても、態々二人きりになって行動したとしても、それはアプローチの一言で説明できる。

少なくともヒロは「なるほど、そういうコトか。考えたな」と思っている。

 

まぁ、実際は半分ほど下心で立案したのだが。

 

 

(だっ、だだだっ、抱き着いてるぅううううっ!!私、ヴォイド様に優しく抱かれているぅぅううう!!―――お、落ち着きなさいベータ。これも仕事。仕事なの。だから仕方ないのよ。こうしてヴォイド様のたくましい腕に支えられ、大樹のような安心感を与えてくださる胸板に顔をうずめ頬を擦り寄せ、さながら愛し合う恋人同士のように互いの熱を感じてしまうのは……!!)

 

心の内で激しく狂喜乱舞しながらも、表情は一切崩さない。

とはいえいつまでもくっついていては自分の平常心がもたないので微かに距離を取り、宿敵アレクシアの方を見る。

 

 

まぁ、なんと悔しそうな顔!

眉がひくひくと動き、額には青筋がミシリと浮かんでいる。口元は引き攣り、握りしめた拳もプルプル震えていて―――。

 

 

(これが格の違いですよ、王女様)

 

「―――ふっ」

 

圧倒的勝利という美酒に酔いしれた彼女は、煽るように鼻で嗤った。

 

そしてその瞬間、アレクシアから表情が消える。

 

 

「…………ナツメ・カフカ先生?先程から思っていたのですけど、少々彼と距離が近いのではありませんか?」

「えぇっ!?わ、私、そんな事……ただ、陽射しが強くてついフラフラと……」

「ついフラフラ、ですか。それにしてはずっとヒロ君の方へと傾いているような気がしますが」

「体幹が少し偏っているのではないかと……座り仕事ばかりしていると、姿勢も悪くなると言いますので」

 

火花が飛び散る音を、間に挟まれているヒロは確かに聞いた。

 

「それはそれは大変ですね。―――で、す、が。ヒロ・ムノー君は、当然ご存知でしょうけど()()恋人なので。あまり異性と触れ合っている所を見ると……つい嫉妬してしまって、このような行動に移ってしまいかねません」

「なっ!?」

 

ヒロに抱き着くアレクシア。人の目を忘れ、ただ目の前のムカつくクソ女に思い知らせてやるという意志でのみ動き始めた彼女に、自重の二文字は無かった。

 

大胆な……貴賓席で王族の娘がやってはいけないようなはしたない行動に、ベータは声を漏らす。

観客たちもネルソンの話を無視してそちらへ視線を向け始める。

 

「は、はしたないですよ、アレクシア・ミドガル王女」

「あらごめんなさい。だけど今のは抱き着いたわけでは無くって……そう。()()()()()()()()()()()()()。仕方ないですよねぇ?だって、貴方も先程まで立ち眩んでいらっしゃったのですから」

「嫉妬からこのような行動に、とおっしゃっていたのに?」

「タイミングがこうも一致してしまうなんて、珍しい偶然もあるものです」

 

それだけ言って、アレクシアは小馬鹿にしたように鼻で嗤った。

馬鹿め、こちらの方が上だ。言外にそう言ってのけたアレクシアに、ベータは反撃する。

 

「それはそれは……ああっ、私もなんだか、また気分が悪く……」

 

ぽすっ、とヒロの胸元に顔をうずめる。

ここまでは先程までの焼き直しだが、その過程でなんとくっついていたアレクシアを引き剥がした。

当然、傍から見ればそんな風には見えない自然な動作。ヒロとアレクシアを除いた人々には、ナツメが抱き着いたと同時にアレクシアが自ら距離を取ったように見えただろう。

 

「………やってくれるじゃない」

 

もはや一触即発の雰囲気。場所も状況もお構いなしの本気戦闘が幕を開けかねない―――会場内の誰かがふとそう思った時、ネルソンがわざとらしく大きな声をあげた。

 

 

「ではッ、これより女神の試練を開催いたします!!」

 

 

一拍遅れて観客や女神の試練出場者の雄叫びが聞えて来る。

睨み合いに水を差される形になった彼女達は、牽制する様に睨み合いながらも、自分の席に腰かけた。

 

 

 

(……なんか今の、ヒロインに取りあわれるラブコメ系主人公みたいだったな)

 

 

 

実際に取り合われてたんだよクソボケ。

 

そんなツッコミを誰が言ってくれるわけでも無く、ヒロはのほほんと空を眺めながら、先程までの主人公イベントを思い返すのだった。










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