主人公になりたくて! 作:無名魔剣士
『女神の試練』というイベント自体は始まった物の、実際に『試練』そのものが始まるのはもう少し後だ。
来賓の紹介とか挨拶とか、そう言った行事を挟んでようやく始まるらしい。
結構な人数が参加していると聞くが、そんな余裕があるのだろうか……と思ったが、アレクシアとベータ―――ナツメの話によると大半が何もできずに終わっていくから回転率が異常に高いとのこと。
そもそも『女神の試練』とはなんぞやという話だが、端的に言えばゲームでたまにある「ボスキャラとの追憶戦闘」みたいな儀式だ。
聖域と呼ばれる神秘的な場所の扉が一年に一度開かれ、そこから挑戦者の力量に応じた古代の戦士(昔に居た強い人)が召喚されたりされなかったりするから、挑戦者はソレを倒したり倒さなかったりする……という、結構わかりやすいイベントらしい。
俺も良くわかっていないが、まぁ雰囲気だけ掴んどけばなんとなくわかるだろ。
因みにこの『試練』は必ず一人でしか挑戦できない。
挑戦者一人に対し、それより少し強い古代の戦士が一人。そうして命懸けの勝負を行い、挑戦者がクリアすれば特別なメダルを貰える。
そのメダルがあれば「むむっ、女神の試練をクリアしただと?よろしい、ならば採用だ!」という風に、安定した将来が約束されるのだとか。
……参加するのに二十万するし、参加したからと言って挑む事が出来るとも限らないんだけど。
基本的には百人参加した内で戦士を呼び出せるのが十人程度。その十人でさえ、呼び出された戦士に敗北する者が多いと聞く。
はっきり言って、かなりのギャンブルだ。
だが毎年最低でも百人は挑みに来るようだし、それだけ手近な夢なのだろう。
「―――ようやく挨拶ラッシュも終わりか。なんか疲れた」
「これから嫌という程こういうセレモニーに出席する事になるから、覚悟しておきなさい?」
「紅の騎士団ってそんな仕事ばっかなのかよ……」
「それもそうだし、それに……」
「あっ、見てください
「ベガルタって言うと、剣の国の………立ち姿もしっかりしてるし、彼女が試練を突破するのは確実と見て良いでしょうね」
ベータことナツメ・カフカは俺に好意を寄せている―――という体で振舞っているので、いつになく距離が近い。
アレクシアの言葉を遮りつつ腕を組んできた程だ。いつもの彼女であればそんな事はしないだろうし、俺相手にそんな真似したくも無いだろう。内心ではきっと、あぁ、これがシャドウ様なら……とか溜息のオンパレードに違いない。
が、そんな彼女の内心はどうでも良い。
大事なのはこの演技力!七陰随一と言っても相違ない程だ。
どうしよう、これ以上好感度が下がるのは嫌だけど、しばらく俺の専属女優として一緒に行動して貰えないだろうか。ちゃんと正規の値段(相場は知らない)も払うしさ。
……つっても、【シャドウガーデン】の活動は二の次になってるわけだし、ダメか。
「さて。続きましては『女神の試練』開始前の余興。常ならば腕に自信のある魔剣士たちを何組かにまとめ、互いの武を競い合ってもらうのですが………今年は少し趣向を変えて、特別に
再び演説台みたいな場所に立ったネルソンが熱の籠った態度で語る。
観客たちも挑戦者たちも、当然俺達が居る貴賓席の人達も、いっきに騒がしくなる。
隣の席同士で「一体何を?」とか「ある人物って誰だ?」とか話して盛り上がっている中、ネルソンはさらに声を大きくして、
「先日王都を騒がせたアレクシア・ミドガル王女誘拐事件解決の功労者にして、ミドガル魔剣士学園襲撃事件をも解決に導いた、今や誰もが知っているであろうあの魔剣士!」
その太った体を揺らし、ビシッとこちらを指さして、
「ミドガル魔剣士学園の生徒にして、紅の騎士団の期待の新人!
へぇ。ヒロ・ムノー。ヒロ・ムノーねぇー……
「………俺?」
会場全体の視線を一身に浴びながら、俺は自分を指さした。
★★★★★
会場の中心に立って緊張感のない様子で体をほぐしているヒロを見つつ、ネルソンは内心でほくそ笑んでいた。
(ヒロ・ムノー。次期ラウンズとの呼び声高かったゼノン・グリフィのみならず、かつてラウンズへ至ったルスラン・バーネットをも倒したという謎の魔剣士……調べさせたところ、ただの学生という情報以外は何も出てこなかった。無法都市との繋がりも、ここ最近教団に噛みついている【シャドウガーデン】という組織との繋がりも、一切なし。経歴を洗っても何も出てこないのであれば、直接その力を測れば良い。女神の試練はそれにうってつけだったという事だ。いくらエントリーしていなくとも、適当な理由を付ければこうやって表に出させることは容易い。―――さて、どの程度のモノか見せてもらうとしよう)
「意志の無い人を戦わせるなんて、随分な趣味をお持ちですのね」
「人聞きの悪い言い方ですなぁ。私はただ、この会場に居る方々が最も盛り上がる事が出来るであろう余興を考えたまで。彼自身『もし古代の戦士が出た上で自分が勝てばメダルを貰いたい』と、この戦いに好意的だったではありませんか」
アレクシアの棘のある言葉にニヤニヤと嗤いながら返答する。
ナツメは眼鏡を怪しく輝かせながらソレを見つめ、その隣に座っているローズは真剣な表情でヒロを見ていた。
柔軟を終えたヒロは、緩慢な動作で剣を抜くと、その切っ先を眼前に突きつける。
「聖域の記憶よ。古き世に名を馳せし強者よ。今ここに、その姿、その力を現せ。―――俺は、その全てを超えて征く」
移動中に必死に考えていた口上を、大観衆の前で恥じることなく堂々と言い切ったヒロ。
その姿に既に限界状態のベータが鍵付きメモ帳を開けガリガリと長文のメモを残す。
彼の言葉に呼応するように、会場が鳴動する。
眩い光が輝き、古代文字が集約して人の形を作る。
現れたのは、紫色の瞳の女性。
長い髪を靡かせ、シックなドレスを優雅に揺らし、地に降り立つ。
出現前に現れた古代文字を断片的に読み取ったベータは、興奮冷めやらぬままに、されど演技は完璧に名前を呟く。
「―――災厄の魔女、アウロラ」
聞き馴染みの無い名前にローズとアレクシアが首を傾げる中、ネルソンは目を見開いて身を乗り出した。
「ば、馬鹿な……!アウロラを呼び出す、だと……!?」
「その反応、彼女は余程強い戦士のようですが」
「……ええ、ヤツは歴史上最強の女だ。本来であれば、こうして現れるはずのない存在だが……」
(あり得ん。裏社会と繋がりがあるという訳でもない、書類上は単なる下級貴族出身の学生魔剣士のはず。それも一年生だ。それが、アウロラを?アウロラに準ずる程の力を、ヤツは既に持っているとでも……!?馬鹿な!そんな事があり得て良いはずが無い!これは……そう、聖域のシステムが不調なだけだ。ヒロ・ムノーの実力を正確に測れず、アウロラを呼び出してしまっただけ!
「し、しかし残念だ。この時点でアウロラを呼び出せるとは、かなりの伸びしろがあったでしょうに……彼女を相手にしては、死体を回収できれば御の字と言った所でしょう」
「ヒロがそんな簡単にやられるとは思いませんが」
「いや、あの女は文字通りの怪物。―――見ていればわかることです」
汗を拭いながら座ったネルソンを、アレクシアは訝しむような目で睨んだ上で、ヒロとアウロラの方へ視線を向ける。
両者は見つめ合ったまま動かない。
ただ燦然と輝く太陽に照らされたまま、構える事も無く立ち尽くしている。
会場が完全に静まり返った所で、ヒロが譲るように足を引き、それに合わせて地面から赤い槍が飛び出る。
それを見たヒロは、大きく目を見開いて、硬直した。
★★★★★
おい、嘘だろ。
降り注ぐ攻撃を紙一重で躱しながら、俺は土煙の中で感情を飲み込もうと苦心する。
ネルソンの発言により、挑戦する予定の無かった『女神の試練』に参加させられた事。これはまぁ良い。俺の実力バレの危険性があるが、そこは適当に「俺の伸びしろから判断された」とかで「将来超えるべき敵」が出てきた風に押し通せばよい。
ちょっと雑だが、そもそも女神の試練自体結構あやふやな情報しか出回っていなかったはず。俺が声高に主張し続けていれば、周りも勝手に納得してくれるだろう。
それにこういう場所で他とは一線を画す強敵を出現させるのって、主人公ポイント高い。
寧ろネルソンには感謝すらしている。
問題は、今の俺の対戦相手―――の『技』だ。
時に槍のように、時に矢のように、時に剣のように俺を襲う
色鮮やかなソレは、シャドウのソレには及ばないにしろかなり精密な操作を受けて蠢いていた。
「……いや、その技俺のだから!!」
誰にも聞えないように小声で叫ぶ。
そう。俺がさっきから気になっているのはソレだ。
魔力で血液を扱うのは、俺の完全オリジナルな発想のはず。
だというのに何故か、俺の技を古代の戦士であろう―――えっと、災厄の魔女アウロラ?とか書かれてたな。その人が使っていた。
まさか俺はずっと、元々あったモノをさも自分が考えついたかのように振舞って――――い、いいや認めない!パクったのはそっちだ!古代の戦士だか災厄の魔女だか知らねぇが、血液で戦うのは俺が特許取得済みなんだよ!!この世界に特許って概念無いはずだけど!
―――うん、考えると恥ずかしくなるだけだし、この話はもうやめよう。
俺の中では俺だけの技という事で、これからも貫いて行けば良い。
しっかし、この人との戦いは中々楽しいな。
最初の沈黙と言い、俺の動きの全てを
前世から常々思っていた事だが、闘いってのは対話だ。
相手の一挙手一投足に注意し、互いに最高の一手を選んでいく。その過程で行われる高度な心理戦や読み合いは、まさしく対話と言って然るべきだろう。
思えばこの世界に来てから、俺はシドくらいとしか対話できていないと思う。
ギリギリの戦いを演じたって所詮は俺の独り言で、そうでない戦いなんて俺が一方的に動いているだけで勝手に終わる。
だが今は違う。彼女と俺の間には確かに対話があり、今もこうして攻撃を躱しながら彼女を理解している。
逆も然り。彼女もきっと、俺の事を理解してくれているはずだ。
「だからこそ、これがお遊びでしかないってわかっちまうんだけどさ」
これは対話だが、同時に闘いでは無かった。
聖域の中に眠る記憶の残滓……偽物に過ぎない彼女は、全身に錘や拘束具を付けて戦っているようなもの。きっと魔力量すらも全盛期のソレとは程遠いはず。
俺だって成長系主人公を演じている都合上、本気を出せていない。どれだけ多く見積もっても本来の一割ちょっとが良い所。
言うならばダンスだ。俺も彼女も互いをリードし、そして互いのリードに合わせて
普段であれば回避行動はすぐに終えて反撃に移行するが、今回ばかりは少し長めに間を取る。
苦戦してる感が出るのは勿論、彼女との対話を、もう少しだけ楽しみたいと思ったからだ。
―――今目の前に居る彼女は幻影にすぎないけど、今まで出会って来た中で一、二を争う程素敵な人だと胸を張って言える。
だから、というわけでは無いけど、ここは敢えて親しみを込めてあだ名をつけよう。
どうせこの一時だけの関係。俺の記憶の中にどう残ろうと構わないはず。
「―――アメジストさん」
舌先で転がすように呟いてみる。
彼女の紫色の瞳を見つめながら、安直で、それでいて妙にしっくりくるあだ名を。
聞えたのか否か、彼女は微笑を浮かべ(困惑している表情にも見えたが、きっと柔らかな笑みだろう。俺はそう信じている)手を振るった。
終わりにする。そうだろう?
今までの攻撃を鑑みて、俺が今
当然、対応もあらかじめ決まっている。
迫りくる赤の触手を、真っ向から斬り裂く。
シドとの戦いに備え、シド以外に使う予定の無かった技だが……楽しい時間をくれたアメジストさんへ、手向けとして送りたかった。
『秘剣・魔力断ち』。相手の魔力の動きに合わせて剣を振るい、その流れを断つ。ただそれだけの剣技だ。決して魔力を消滅させるわけでは無い。一時的に制御を
例えるなら、紐で本を縛って持ち運んでいる所にハサミを割り込ませて、結び目をちょん切るような感覚。
斬られた紐は元通りに結び直す事が出来るが、そのために確実に一手遅れる。ソレを狙った剣技が、魔力断ち。
彼女の目の前に迫って、刃を振るう。
彼女の首を切断する刹那、視線が交差した。
言葉は無かった。だが闘いを通して彼女を理解していた俺は、ちゃんと返すべき言葉をわかっている。
―――楽しかった。さようなら、アメジストさん。
★★★★★
「ばっ、バカなぁッ!!?あ、アウロラに、勝っただと!?ただの学生に、そんな事が……!!」
手すりを飛び越えて落ちてしまいそうな程に身を乗り出すネルソン。
明らかに異常なその姿に貴賓席の誰もが視線を向けるが、彼は人目を気にする余裕も無く頭を抱えた。
(想定外の事態だ!ここで奴の実力を測り、運よく死んでくれれば儲けものと思っていたが、生き延びてしまった!その上実力も、アウロラ以上という点を除けば未知数!あの闘いの最中、ヤツは確かに笑っていた……逆境に笑っていたにしては傷が無い。という事はつまり余裕があったという事……しかも最後に見せた、アウロラの技を無力化したアレはなんだ?私が知る限りあんな現象、見た事も聞いた事も……)
「ただいま戻りましたー」
「お帰りなさいませ、ヒロ様!災厄の魔女アウロラを相手に威風堂々と戦うお姿……!!大変素敵でした!」
「あはは、どうもどうも」
「流石でした。先日の一件で、貴方の実力はわかっていたつもりでしたが……まさか、これほど美しい剣技を見せてもらえるとは」
「お褒めにあずかり光栄です」
「………凄かったわね、色男さん」
「ちょいちょい、なんだよその悪意ある言い方。しかもなんか……怒ってる?」
「怒ってないわ」
戻って来たヒロと女性陣の会話を聞き流しながら、ネルソンは頭を働かせる。
大司教代理ネルソンとしてではなく、ディアボロス教団のトップ……ナイツ・オブ・ラウンズの末席を担う『強欲』のネルソンとして、ヒロ・ムノーというイレギュラーへの対応を考える……それが出来なければ、いつかきっと自分にしわ寄せがくる。
ともすれば、せっかく接近したのに取り逃した、と他のラウンズから詰められる可能性だってある。
(ヒロ・ムノー……やはりもう少し探らせるべきか。いや、そんな暇はない。これほど強大な力を持った存在が既に教団と、それもより深い位置にある者と接触している以上、早急な対応が出来なければ非常に不味い事になる。―――ヴェノムを使い、暗殺する……時間をかけずにとなれば、これくらいしか思いつかん)
歯を食いしばってヒロを睨んでいたネルソンだったが、疑念や不安ばかりが増すばかりで一向に建設的な解決手段が出てこない事に一度思考を放棄した。
まだ女神の試練は始まったばかり。その間に何とかすれば良いし、最悪暗殺でなんとかする。殺せさえすれば、もみ消し程度後で何とでもなるのだ。
無理矢理楽観的な考え方で自分を落ち着かせて、彼は『女神の試練』進行の為に再び壇上へと向かうのだった。
本来ならヒロが挑戦した時点で聖域の扉が応えるはずでしたが、この作品においては聖域がとある事情から壊れているので応えませんでした。
なお説明する機会が無さそうなので簡単に言いますと「ヒロがディアボロス教団を探っていた一ヶ月の間に訪れて荒らした」の一言です。