主人公になりたくて!   作:無名魔剣士

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口に出すのは実行する時

 

 

本戦も始まり、すぐに俺の出番が近づいてくる。

トイレにでも行って、そのまま控室でのんびりしてますかねー、と通路を歩いていた俺だが、突然前方からほんのりと強者の気配を感じた。

 

ここでいきなり戦闘って可能性は低いし、特に身構えたり殺気を放って牽制したりとかはしてないけど……誰だろ?

 

「………エルフの知り合いがいる?」

「はい?」

 

気配の正体が見えたと同時、その強者(?)から声をかけられた。

黒いローブに身を包み、フードで顔が全く見えない。

 

声からして、女性……だろうか。ややハスキーだ。

 

………で、何?エルフの知り合い?挨拶も何もなしに、いきなりそれ言ってくる事あるか?

 

「君からエルフの匂いがした。だから、エルフと関係があるのかと思った」

「は、はぁ。いるにはいますけど」

「そうか。私はエルフを探しているんだ。妹の忘れ形見で、とても可愛らしい子だった」

「……なるほど」

 

忘れ形見。

ここは力こそ正義な世紀末世界。ヒャッハーが跋扈する剣と魔力のファンタジーワールドだ。

人死になんてのは全く珍しく無いし、忘れ形見がどうとかそういう話も良くあるだろう。

 

「私とよく似たエルフだ。見覚えは無いか?」

「よく似た、ですか」

「ああ。とてもそっくりだ」

「取り敢えずフードを外してもらえませんかね」

「そうだった」

 

そっくりって話なのに顔を見せないのはどういう理由があるのだろう、と思ったらただの天然だったらしい。

思えば第一声から天然な雰囲気を感じていたが……天然エルフか、アルファもベータも天然って訳じゃ無いし……ガンマはドジっていうか運動音痴って言うかだし、イプシロンは天然というか養殖だし………イータはただ研究熱心なだけだしなぁ。

 

彼女の顔を見る前に少し考えてみたが、そんな考えも一瞬で吹っ飛んだ。

だって、フードを外して現れたその顔は。

 

「どうだ?見覚えは?」

「あるけど………遺跡で見た、銅像にそっくりって感じ」

「銅像?生きたエルフじゃ無く?」

「うん。そっちは生憎、心当たり無いかな」

「そうか」

 

視線を下に向ける天然さん。

その顔は、やはりアルファにそっくりだった。

 

妹の忘れ形見って事は……この人、アルファの叔母かな?それくらい近しい人間なら、アルファが悪魔憑きを発症した事を知っててもおかしくないと思うけど。

 

でも妹……つまりアルファの母と思しき人物が亡くなっているみたいだし、真実を知らずに探し続けてるってパターンもある。

 

―――まぁ、アルファはアイリス王女やらアレクシアやら、結構姿を見せる機会が多かったからな。下手に知り合いだって事を明かすと、この後厄介な事になりかねないし、ここは隠しておこう。

 

その代わり、英雄オリヴィエそっくりですね、という事を遠回しに伝えておく。

するとただの誤魔化しが、なんだか物語の核心に迫っているようなシーンになる。これが主人公のテクニックだ。

 

 

残念そうな声音を発した天然さんは、ただ俯くだけでは終わらなかった。

唐突に抜刀し、俺の首元を狙って攻撃してきたのだ。

 

 

言わずともわかるだろうが、寸止めだ。

 

 

主人公なら「攻撃するつもりは無かっただろ?」とか言って余裕の仁王立ちに止めるのがセオリーだが………テンプレをなぞっているだけでは、良い物語とは言えない。

俺が主役を務める物語だ。当然、良いモノに仕上げたい。

 

だからここは、ちょっとひと手間加えさせてもらう。

 

 

「―――ッ!!」

「寸止めするつもりだったんだろうけど、やられっぱなしってのもなんだし、お返しさせてもらったよ」

 

天然さんがこれでもかってくらい驚く。アルファとそっくりの顔でアルファが普段しなさそうな表情をするもんだから、ちょっと笑いそうになる。

 

 

振るわれた刀を指先で絡め取り、強奪。そして彼女の首筋に刃を触れさせる。

以上の全てを一瞬で行っただけだ。天然さんが知覚できない程の速度で、精確に。

 

この後すぐの試合シーンに期待を高めるような強キャラムーブ。修行を経た主人公はこれくらいやっても問題ない。むしろこれくらい当然だ。

 

「あと、俺は気にしないけど、他の人にそういう事やると揉め事になる可能性だってあるから、気を付けなよ」

「………君は、強いな。名前は?」

「ヒロ。ヒロ・ムノー。―――この後に試合があるから、良ければ見てってくれよ」

 

呆然と立ち尽くす天然さんを置いて、俺は飄々と去って行く。

 

―――完璧だ。ありがとう、名も知らぬ天然エルフさん。

 

「待って。私はベアトリクス。君とは、また会う気がする」

 

俺の背に声をかけた彼女は、それだけ言うと満足したのか反対方向へ歩いて行った。

 

そして俺はと言うと、

 

「―――ベアトリクスって、武神とか言われた人じゃん………ちょっと強キャラムーブやる相手にはビッグ過ぎたな……」

 

完璧なムーブに傷がついたのだった。あーあ。

 

 

 

 

 

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「お隣、失礼します。王女様方」

「……ドエム殿」

 

三十代前後に見える好青年。気品に溢れた雰囲気の彼は、優雅な笑みを浮かべながらアイリスとアレクシアの隣に座った。

 

彼の名は、ドエム・ケツハット。ローズの婚約者であり、オリアナ王国の宰相を務めている男だ。

 

「そこはヒロ君の席なのですが」

「彼は今まさに試合が始まるところでしょう。その間借りるだけならば、問題ありますまい。―――あぁ、失礼。彼はアレクシア様の恋人でしたな。恋人の席を無断で使われるのは、理屈だけでは受け入れ難いでしょう」

 

アレクシアは言葉も無く、ただ睨みつけた。

ドエムは刺すような視線を受けても飄々とした笑みを浮かべるばかりで、全く意に介さない。

 

「さて、御二方はこの試合、どうお考えで?やはり元ベガルタ七武剣の肩書を持つ、アンネローゼの勝利を予想なさっていますかな?」

「いえ。肩書はともかく、実績で言えばヒロ君も劣っていません。簡単に勝敗を決めつけるには難しいかと」

「なるほど。聞くところによれば、二人とも女神の試練を突破した者同士。ともすれば、今年のブシン祭で一、二を争う名試合が見られるやもしれませんな」

 

会話が途切れる。

三人はただ静かに、試合場を眺めた。

 

 

 

 

 

蒼い鎧に身を包んだアンネローゼと、学生服に支給品の剣一本というふざけた格好のヒロ。

向かい合う両者の間には、奇妙な沈黙があった。

 

(ヒロ・ムノー。ジミナの実力を、誰よりも早く見抜いた男。女神の試練での戦いを見た時から、警戒はしていた………けど)

 

自然体で立つヒロを、鋭く観察する。

それだけで、アンネローゼは生唾を呑み込んだ。

 

()()。対戦相手として前に立った時のプレッシャーが、これまで戦ってきた他の誰よりも強い。ただ立っているだけなのに、気を抜けば一瞬で殺されると感じてしまう程に………何より、女神の試練以降、彼がまともに戦っている姿を見られていない。実力を推測しかできない分、感じる圧も段違いだ)

 

だが、その瞳から闘志が消える事は無い。むしろ激しく燃え上がっている。

 

「アンネローゼさん」

「……何?」

 

言葉を交わす事は無い。後は刃を交えるだけ―――とか考えていた最中、ヒロから声をかけられる。

調子を崩された事で声に少々不機嫌な色が混ざるが、ヒロは気にすることなく不敵に微笑んだ。

 

「悪いけど、圧勝させてもらうよ」

 

観客達が息を呑むほどの妖艶な笑み。だが発せられた言葉はどこまでも傲岸不遜な宣戦布告。

アンネローゼは目を剥き、そして同じく笑みを以て応えた。

肉食獣が如き、獰猛な笑みで。

 

「―――いいや、勝つのは私だ」

 

 

 

「アンネローゼ・フシアナス対ヒロ・ムノー!!試合開始!」

 

 

遂に試合が始まる。

合図と同時に動いたのは、アンネローゼだった。

 

 

どの相手も一撃でノックアウトしてきたヒロに対し、彼女が選んだ戦法は「先手必勝」ただ一つ。

ヒロが反応するよりも速く接近し、ヒロが動くよりも速く止めを刺す。

単純だが、大概の相手に効果的な戦法だ。

 

 

ヒロは動かず、ただ眼前に迫ったアンネローゼを見つめる。

余裕な態度に調子を崩されること無く、アンネローゼは居合術の要領で大剣を振るった。

その一撃は、容赦なくヒロの身体を真っ二つにし、勝負は一瞬で終わった――――かに思われた。

 

 

「げふッ!?」

 

しかし倒れたのはアンネローゼの方だった。

右脇腹部分の鎧には亀裂が入り、一瞬宙に浮いた体は派手に地面を転がる。

 

「今の攻撃に、対応するなんて………わかってはいたけれど、相当強いわね、アナタ」

「そっちもな。先手を取って速攻で片付ける……アンタが取れる手段の中で、一番俺を倒す可能性があった。もしあの一撃がただの愚直な突進じゃ無く、フェイント混じりの攻撃だったら……なんて、話しても無駄か」

 

いつの間にやら剣を握っていたヒロが、切っ先を彼女へ向ける。

次は俺の番だ、と言うかのように不敵な笑みを浮かべた直後、彼の姿が掻き消えた。

 

(速い!―――けどッ!)

 

「そこッ!!」

 

微かな空気の流れと、魔力の感覚。そして経験に裏付けされた勘に従い、アンネローゼは背後に剣を振るった。

 

事実、ソレは正しかった。

ヒロは彼女の背後を取って攻撃しようとしていた。

 

 

 

―――が、彼は剣で止めを刺そうとしたわけでは無かった。

 

 

 

(―――は?)

 

剣を振り抜く直前、アンネローゼが見たものは、自分の攻撃を紙一重で躱すヒロ。

そして、彼の手からゆっくりと離れていく剣。

 

「何」

 

 

パァンッッッ!!!

 

 

瞬間、会場に響く轟音。

アンネローゼは何が起きたのか理解する間もなく、意識を落とした。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

「………なんと」

 

最初に口を開いたのは、ドエムだった。

表情にも声にも動揺があり、指がせわしなくひじ掛けを叩いている。

 

「ヒロ君の実力は、わかっていたつもりでしたが………これほどとは」

 

アイリスもまた、呆然と呟く。

 

ヒロとアンネローゼの戦闘。彼女達はかなりの激戦が繰り広げられるだろうと予想していたが、結果はヒロの圧勝。

しかもその内容は、彼女達をして意味が分からないモノ。

 

「ヒロに限ってアーティファクトの使用なんてコト、してないと思うけど……けど、仮にアレが純粋な技だったとして、どうやったらあんな………あんな風に、手を叩くだけで人を気絶させられるの?」

「そう難しい話でもありませんよ、アレクシア()()

「ヒロ!」

 

アレクシアの呟きに答えつつ、ヒロはシドの席に座った。

なおシドはヒロが勝利したのを見てすぐにその場を離れていた。彼の出番、つまりジミナの出番が近いためである。

 

「ドエム・ケツハット殿、でよろしいでしょうか。私はヒロ・ムノーと申します。以後お見知りおきを」

「ご、ご丁寧にどうもありがとうございます」

 

元ベガルタ七武剣という大物と戦ってなお、強さの底が見えないヒロに、ドエムは微かに震えた声で挨拶を返す。

 

その奥にあるのは、強い警戒心。

 

ヒロはソレに気づきながら、敢えて何も反応しなかった。

 

 

なおドエムが年下の下級貴族に過ぎない彼にかしこまった口調で返答したのは、ヒロがアレクシアの()()()として周知されつつあるためである。

最初こそ数多の候補の内一人に過ぎなかったはずが、テロ事件の解決、女神の試練突破という抜きん出た功績を上げ続けた事で他の候補たちが自主的に脱落し、いつの間にやら唯一の候補にして絶賛交際中の男となった為に、正式な婚約者となったのだ。

 

当然、ヒロは知らない。自分の功績が「アレクシアとの身分違いの愛を認めさせるためのモノ」と勘違いされている事も、自分への注目が「身分違いの恋を成就させようとしている稀代の色男」という考えから生じている事も。

 

外堀は、着々と埋まっていた。

 

「控室とここは直通のはずですが……戻ってくるまでに、随分と時間がかかったようですね」

「アーティファクトの不正使用を疑われまして、検査を受けていました。勿論、潔白はすぐに証明されましたが」

「疑うつもりは無いのだけど、直接攻撃するわけでも無く、アーティファクトを使うでも無く、どうやって気絶させたの?」

 

アレクシアが身を乗り出して尋ねる。

ヒロは少し考える素振りを見せてから、軽く手を叩いた。

 

先程のような轟音では無く、普通の拍手だ。

 

「こうやってただ手を叩くだけでも、突然やられたら驚くでしょう?それの究極系ですよ」

「アンネローゼさんは手を叩かれて驚いたから気絶した、と?」

「当然、ただ不意を突いて手を叩くだけじゃ意味はありませんよ。さっきのは、俺の攻撃を警戒していて、対応するために極限まで集中していて、尚且つ一番緊張感が跳ね上がる瞬間だったから気絶しただけです。少しでもズレてたら、ただ体が硬直しただけで終わっていましたよ」

 

それでも隙さえ作れば倒せましたし、同じですけどね。

 

朗らかな笑みを見せるヒロに、三人は信じられないものを見るような目を向ける。

元とは言えベガルタ七武剣、それも今最も勢いに乗っていると言っても過言ではない魔剣士だ。ソレを相手にそんな博打みたいな技を、まるで遊んでいるかのように使うだなんて。

 

「修行している最中、色々考えたんです。ただ剣術や魔力操作を鍛えるだけじゃ無くって、こういう小手先の技を覚えて、手数を増やす必要もあるんじゃないかって。さっきのもその模索の内に生まれた技で、結構使い勝手が良いんですよ」

「小手先の技、ですか」

「はい。―――卑怯だ、と蔑みますか?」

「いえ。それがルールに抵触しない限りは、ただ貴方なりに戦っているだけです。それを嗤う事を私はしませんし、許しません。ですが、負けるつもりもありませんよ。―――では、そろそろ控室の方に向かいますね」

 

軽く一礼して、アイリスが去って行く。

ヒロは彼女が背を向ける刹那、どこか思いつめたような表情を覗かせたのに気づいたが、敢えて呼び止めるような真似はしなかった。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

「主人公らしい圧勝ってのを自分なりに考えて、暗殺者系に舵を切ったは良い物の………三人の反応を見るに、ちょっとやり過ぎた感あるな……アーティファクトの使用まで疑われちまったし、これだったら猫騙し(クラップスタナー)じゃなくて、殺気を感じさせずに近づいてからの『捕まえた』の方が良かったかもな………」

「っ、ヒロ!!」

「ん?」

 

アイリス王女の試合が始まるまでの間、一人反省会がてらトイレに向かっていた俺に、背後から声がかけられる。

振り向けば、寝巻のような服を着たアンネローゼさんが居た。敗者は怪我の程度に関わらず医務室行きだし、着ているのは恐らく病衣だろう。

 

―――ただ、なんで前面がガッツリ開いているんだろう。

サラシで胸を隠しているのと、俺が剣でブッ叩いた右脇腹に包帯が巻いてあるのが良く見える。

 

「医務室からここまで、結構遠いはずだけど……大丈夫だった?」

「ダメージを受けたのはここだけだし、問題ないわ。それよりも、アナタとの試合……」

「言っておくけどアーティファクトとか使ってないからな?審判に疑われてちょっとショックだったんだ」

「わかってるわ。というか、起きてすぐに報告されたもの。対戦相手である私には、ちゃんと不正が無かった事を伝える義務がある、ですって。あんな勝ち方、前例も無いし無理も無いとは思うけど」

 

前例無し、ね。当然か。

 

恨み節でもぶつけられるんだろうか、とか思っていた俺だったが、彼女のどこか憑き物が取れたような顔を見て考えを改める。

ついでに、真面目に話を聞く姿勢を取った。

 

「悔しいけど、完敗だわ。どうやって気絶させられたのかはともかく、その前に見たアナタの技量―――圧倒的な速度も、私の攻撃を紙一重で躱した技術も、今の私では到底敵わないものだった。仮にあの技が使われていなくても、私が負けていたわ」

「………そりゃ、ブシン祭前に修行してたからね」

「私も修行をしていたわ。と言っても、ブシン祭の為じゃ無くって、別の理由があっての事だけど………心のどこかに、慢心があったのかもしれない。今日アナタに負けて、自分を見つめ直す事が出来たわ。だから、ありがとう」

「こちらこそ、ありがとう。おかげで大事な事がわかった」

 

人前でやって良い主人公ムーブと、悪い主人公ムーブがあるという事。

暗殺者系主人公のムーブは後者に該当するという事。

 

まぁ、人前で暗殺者テクニック使うのがそもそも間違いだしね。なんでソレに気づかなかったんだろう。

 

「………次はジミナの試合ね。相手は前回優勝者のアイリス・ミドガル王女」

「どっちが勝つと思う?」

「流石に相手が悪い、彼女の剣は過去に見たけれど、そう易々と勝てる相手ではない―――と、アナタと戦う前の私なら言ったでしょうね」

「今は違うって?」

「ええ。他でもないアナタが認める強者だもの。もしかしたら前回優勝者さえも倒してしまう可能性だってある。―――正直、よくわからないわ。ただ、見届けようとは思う。勝っても負けてもすぐに帰る予定だったけれど、決勝戦まで見ていく事にしたの」

「そっか。なら見ててよ、俺が優勝するの」

「ふふっ………ええ、楽しみにしてるわ」

 

自信過剰な俺の言葉を否定することなく、アンネローゼさんは穏やかに微笑む。

 

良い。一度刃を交えた相手と、試合後即和解。王道展開だ。

そして和解したキャラによる実況解説が、俺のこの先の試合を熱く彩る。―――くぅ~!楽しくなってきたぜェッ!!

 

失敗でやや下がっていた気分が勢いよく好調し、俺は心の中でガッツポーズを決めた。

 

「それじゃ、またいつか」

「あっ、待って。最後に一つだけ」

 

鼻歌混じりにスキップでもしたい気分のまま、トイレ方向へ向かおうとしていた俺だったが、袖を掴まれ足を止める。

 

振り向けば、真剣な眼差しでこちらを見つめるアンネローゼさん。

 

「この後の試合、アナタはどっちが勝つと思う?」

「ジミナとアイリス王女、どちらが勝つか、ねぇ」

 

そりゃジミナ一択だ。なんせアイツの強さは、俺が一番知っている。

まさしく後方彼氏面だ。以前ウィク、ウィー………えっと、ウィクなんとかってアイドル(?)のファン達に紛れた際、興味が無い事を隠さずにいたせいで悪目立ちしてしまった、というゼータにしたアドバイス。俺はジミナ(シド)に対し、ソレをナチュラルに出来る立場にあるのだ。

逆も然りだけど。

 

だがジミナはあくまで正体を隠した謎の男。俺がそこまで深くわかっていては怪しい。というか主人公にしては知り過ぎている。

 

となれば、ある程度誤魔化す必要も出てくるが―――これまで鋭い観察眼を披露してきておきながら、いきなり大外れし始めたら話の整合性が無くなるし、何よりダサい。

 

つまり、ここで俺が取るべき最適解は―――。

 

「敢えてどっちが勝つか、に関しては言わないでおくよ。ただこれだけは断言しておく。―――次の試合、勝負にならないだろう」

「!それって」

「じゃあね、アンネローゼさん。応援に間に合わなくなっちゃうし、もう行くよ」

 

彼女の言葉を無視して、俺は歩く。

反応も敢えて聞かない。聞くのは俺の靴が床をカツカツと鳴らす微かな音だけで良い。

 

 

…………そういや、楽しむ事重視で忘れてたけど、アイリス王女ってばなんだか思いつめた様子だったな。

コレ、もしジミナに完敗したら色々不味いんじゃないか?

 

 

―――まっ、そうなったらそうなったで、俺が何とかすれば良いか。

 

 

メインキャラのメンタルケアも、主人公の仕事ってね。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

「ヒロ・ムノー……話には聞いていたが、まさかあれほどの力を持っていたとは」

「再度、調査を行いますか」

「いいや無駄だ。無法都市との関係は勿論、【シャドウガーデン】との繋がりさえも調べた。だが一向に成果は出ていない。幸い、ヤツは私の目的に大きく干渉しないはず。ならば下手に刺激して面倒事を招くよりは、放置しておく方が得だ。―――ヤツは教団の手が及ばぬ内に武力と権力を手に入れ、尚且つ教団と敵対する姿勢を見せている男。ヤツを始末できれば、それだけでもラウンズ昇格に足る可能性があるが………」

 

豪華な、されど薄暗い空間でドエムは従者と小声で会話をしていた。

忌まわし気にヒロの顔を思い浮かべているものの、表情はどこか余裕を感じさせる。

 

「恐らく、そちらの方が今の策よりもよほど困難極まる。何よりモードレッド卿はヒロ・ムノーに干渉する必要性を感じていない。下手に動けば、逆に立場が危うくなる」

「では、今は何もせずにおくと」

「ああ、それで良い。それが恐らく最善手だ。―――問題は、アイリス・ミドガルの対戦相手、ジミナ・セーネン」

 

顎に指を当て、考え込むドエム。

従者はただ静かに彼の言葉を待った。

 

「本来であれば、注目する価値も無い弱小魔剣士として放っておいた所だが………件のヒロ・ムノーが注目する選手の一人だと聞く。万が一の事もあり得るし、ヤツの調査を行っておけ」

「はっ。―――今回は、【シャドウガーデン】との関係については」

「不要だ。そもそもアレは女だけで構成されている組織のはず。盟主シャドウと、それに並ぶと言われるヴォイドとやらは別のようだが………連中がブシン祭に出場する意味は無いはず。奴らの行動原理は、一貫して教団の妨害だ。わざわざ正体を隠し、この大舞台に現れる理由が無い」

「では、無法都市との関係を含め、経歴を調査します」

「ああ。そうしろ」

 

従者が去り、ドエムだけが部屋に残る。

観客席のざわめきがほんのり聞えて来るその部屋の中で、彼は一人呟いた。

 

「………ローズは明日までに必ずここへ来る。()()()()()が為に国が滅亡するという結末を許容できる女ではないはずだ。だが、万が一あの女が来なかった場合………或いは現れたローズにヒロ・ムノーが加勢した場合………最悪、あの男の力を借りる手も考慮しておくか」

 

思い浮かべたのは、比較的最近(と言っても数年前だが)に教団へ所属した一人の男。

純白の鎧を纏った、超越した剣技を持つ『無垢なる騎士』。

どの派閥にも属さず、ただ圧倒的な戦闘能力のみで己の立場を確保し、最もラウンズへ近い男として知られている者。

 

 

 

その名は、ランスロット。







ネタバレかもしれませんが、この作品にオリキャラはヒロ以外登場しません。
何があっても絶対に、ヒロ以外のオリジナルキャラはいません。


なので「オリキャラこれ以上出すならちょっと……」と思った方も、一度堪えて読み進めてみてください。
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