主人公になりたくて!   作:無名魔剣士

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(私は、勝つ)

静まり返った控室で、アイリスは静かに目を瞑る。
思い浮かぶのは、これまでの人生。
輝かしい成功体験の数々と、人々からの賞賛の声。そして―――

(勝たなければならない。この国の為に、私の勝利を待つ皆の為に)

大きく息を吐く。研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を纏い、彼女は試合場へと向かった。



ジミナ・セーネン

 

 

 

 

アイリス王女とシド―――もとい、ジミナとの戦いがもうすぐで始まる。

既に二人の姿は試合場にあり、合図さえあればすぐにでも戦闘が開始されるという状況だ。

 

「ヒロ。シドがどこに行ったか知らない?」

「腹痛いって言ってたし、トイレじゃねーの?」

「まったく………せっかく私がチケットをあげたって言うのに、何トイレなんか行ってるのよ」

 

腕を組み、不機嫌そうな表情を見せるのはアイリス王女の席に堂々と座った(本人から許可を得たらしい)暴君系姉キャラ、クレア。

聞えない様にボソボソと何事かを呟いたが、口の動き的にシドへの折檻を考えているらしい。

 

……モテるのも辛いとはこういう事か。アイツも大変だな。

 

「姉様、やっぱり様子が変よ。試合前の集中にしては、纏う雰囲気が……」

「やっぱり気になるか。俺もそんな気はしてた。―――まぁ、大会出場者の中でも、一際異質な男だ。警戒するのも無理はねーだろ」

「単なる警戒、とは思えないのだけど………むしろアレは、目の前の対戦相手よりも別のモノを見ているような」

 

姉の心配をするアレクシア。俺が席に着いてからずっと繋がれている手が、じんわりと湿っていく。

 

 

彼女の言葉は恐らく正しい。

予想に過ぎないが、アイリス王女が切羽詰まった表情をしている理由は、きっと期待という名の重圧のせいだろう。

 

ミドガル最強の魔剣士として、彼女は大きな挫折を覚えずにここまで来た。

挫折が無いという事はつまり、一度たりとも弱い姿を人に見せた事が無いという事。それは同時に、外野からの過度な期待を呼ぶ。

 

彼女が控室に向かう前の貴族達、騎士達の応援を聞けば、彼女がいかに追い込まれているかが分かった。

「王都ブシン流の誇り」「千年に一人の逸材」「アイリス王女ならば必ず優勝できる」「アイリス王女が居る限りこの国は安泰」―――などなど、好き放題言われていた。

 

きっとそれは、これまでは自信の裏付けとなっただけで済んだだろう。

 

だが【シャドウガーデン】が本格的に活動を始め、ディアボロス教団の存在が表の世界でも見え始めるようになった今、ただ表の舞台で強かった()()の彼女は、自分自身を疑い始めている。

本当に自分は強いのか。本当に自分は皆が期待する通りの存在なのか。考えれば考える程、自分を勇気づけてくれた言葉は鋭い刃となって襲い掛かって来る。

 

そうして自らを追いつめた上で、この大舞台で挫折を味わう。

ジミナへの敗北という形で、国民たちの勝手な期待と信頼を、裏切る事になる。

 

 

「………別に、あの人がどうあろうと大切な姉に変わりはないだろ?」

「当然よ。いきなりそんな事言って、どうしたの?」

「いいや?なんか気圧されてるみたいだったから、ちょっとお節介をと思ってな」

「ふーん………一応、ありがと」

 

 

『アイリス・ミドガル対、ジミナ・セーネン!!』

 

 

審判が右手を掲げる。

 

アレクシアは自然と身を乗り出し、俺は静かにサービスドリンクを飲み干す。

 

 

『試合、開始ィッッ!!』

 

 

アイリス・ミドガルの()()が、始まった。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

試合開始と同時に、アイリスはまず距離を取った。

彼女にとって、ジミナ・セーネンという魔剣士はまさに『未知数』。

見た目は凄く弱そうで、瞳にも自信を感じない。疑う余地のない雑魚―――のはずが、何故か本戦まで勝ち上がっている。

 

その異質さが、アイリスの警戒を呼んだ。

 

そして、一歩引くという選択は正しかった。

 

 

「ッ!?」

 

(急に地面が抉れた!?あの位置、私の右足があった場所―――わずかに遅れていれば、私の足は切断されていた!!)

 

慌ててさらに距離を取る。

 

ジミナは剣を握っている以外、動いていないように見える。

だが、地面は確かに削られていて……そこで気づいた。

 

(ジミナは確実に、()()()()()()。移動しても立ち位置が一切変わっていないなんて、あり得ないはず。なら、どうやって私の足元を狙った?明らかにあの武器の間合いから外れていたはずなのに―――)

 

「どうした」

 

切っ先をジミナへ向け、思案する最中、唐突に声をかけられる。

アイリスは過剰なまでに肩を震わせ、続く言葉を待つ。

 

「……来ないのか?」

 

肩を竦める動作と、どこまでも気だるそうな声音。

明らかな挑発に、アイリスは逆に冷静になる。

 

この誘いに乗れば、敗北する。

直感でソレを理解した彼女は、攻撃するのではなく口を開いた。

 

「睨み合いが気に入らないのならば、そちらから来れば良いでしょう」

「そうか」

 

今度の選択は、

 

「ならばそうしよう」

 

間違いだった。

 

「ぐゥッ!?」

 

鈍い痛みと、微かな浮遊感。

ソレを感じたのは、ジミナの返答がすぐ近くで聞こえたのと同時だった。

 

先手を譲ってはいけなかった。

痛みに歯を食いしばりながら、アイリスは刹那の内に後悔し、すぐに切り替えて反撃の構えを取った。

 

「はァァアアアアッ!!」

 

紅蓮の魔力が全身を包み、裂帛の気合と共に剣を振るう。

膨大な魔力で強化された一撃は、ある程度の実力者までであれば回避も防御もさせずに斬り殺す事が出来ただろう。

 

だが、ジミナにそんな技は通じなかった。

 

彼は微かに体を逸らし、剣を紙一重で躱した。

ギリギリ間に合った、という回避ではない。最低限、最小限を狙った神業的な回避。

 

「その程度か?」

「うぐァッ!?」

 

煽る言葉に反応することもままならぬ内に、アイリスは地面に叩きつけられる。

魔力で守られているはずの体は衣服ごと派手に切り裂かれ、肩口から大量の血が流れ出した。

 

痛みに呻く彼女を、ジミナは追撃しない。

彼はアイリスを放って、観客席を眺めた。

 

 

舐めているのか、と怒る事も出来ない。

一方的に打ちのめされ、焦りと痛みとで立ち上がる事さえもままならない自分が、果たして何に怒れるというのか。アイリスは歯を食いしばりつつ、己の不甲斐なさをなんとか飲み干そうとして、

 

 

「―――アイリス王女、負けそうじゃね?」

 

 

そんな声を聞いた。

 

 

立ち上がろうとしていた腕に力が入らなくなり、今まで聞こえていなかった観客達の言葉が鮮明に聞こえ始める。

 

ジミナはなおも観客席を眺めている。

アイリスはその行動を、「観客に意識を向けてみろ」と言われているように感じた。

 

 

「おいおい、あんな弱そうなのに負けるのか?」

 

「ミドガル最強の魔剣士が、こんな呆気なくやられるってのかよ」

 

「アイリス様が、一方的に……」

 

「王都ブシン流もこれまでか……」

 

 

応援してくれていたはずの皆の目が、段々と疑念と失望が入り混じったモノへ変わっていく。

自分を突き刺す言葉の刃ばかりが、鮮明に聞こえてくる。

 

アイリスは指先から力が抜けていくような感覚を覚え、しかし無理矢理気持ちを引き締めて立ち上がった。

 

 

(まだ、まだ負けていない。ここで諦めるのが本当の終わりだ。―――僅かだとしても、勝機を狙う。狙わなければならない。私は、負けるわけには――――)

 

「負けるわけには、行かないッ!!」

 

限界を超えた魔力放出。全身が軋むような感覚も、しかし今は気にならない。

 

なんとしてでも勝たなければならない。

なんとしてでも倒さなければならない。

 

アイリスは己の全てをぶつける勢いで刃を振るい―――

 

 

―――コキッ―――

 

 

大きく、空振った。

 

「終わりだ」

 

呆然とした彼女の目に映ったのは、とても基礎的な構えを取るジミナ。

そして、その背後に見える観客達の、冷たい視線。

 

振り下ろされた剣は容赦なくアイリスの頭を叩き、彼女を気絶させた。

 

 

 

 

 

★★★★★

 

 

 

 

 

『勝者!ジミナ・セーネン!』

 

「……嘘。姉様が、負けた……?」

「アイリス王女を倒す程の手練れ………一体何者?」

 

アレクシアとクレアが、試合の結果に言葉を漏らす。

いや、彼女達だけではない。VIP席の人達全員が、この結果を受け入れられずにいるようだった。

 

「………これで次に俺が当たるのはジミナ・セーネン、か」

 

感情を込めて呟いてみる。

トーナメント回あるあるだ。予期せぬ相手との対戦が決まり、冷や汗を流したり生唾呑み込んだりするアレ。

ま、俺的にはこの結果で予想通りな訳だけど……表向きはアイリス王女推しだったわけだし、セーフセーフ。

 

にしてもアイツ、ゴルドーの時の首コキ回避を使いやがったな?

観客席を見ていた所から察するに、勝利に味付けする為にわざとやったんだろう。

盛り上がりが足りないなぁ、とか思ったんだろうな。

 

これは負けてられない。明日の試合、俺がもっと激しく盛り上げてやらねばなるまい。

なんならいっそ、ジミナ状態のアイツにも辛くも敗北……ってエンドの予定を切り替えて、ジミナには勝利しちまうってのもありだな。

 

見たところ、どうもジミナ状態のアイツは戦い方に縛りを設けているようだし………正体と力を隠している状態の陰の実力者であれば勝利できるほど強くなった主人公、という体で挑めば、中々面白い展開になるのではなかろうか。

何より、純粋に、初めての公式戦で物語の為とは言えあっさりと勝利を譲れる程、俺は大人じゃない。

 

「姉様が一方的にやられるような相手よ。わかっているだろうけど、気を付けて」

「アンタに限って負けるとは思わない……と言いたい所だけど、そんな相手じゃ無さそうだし。―――勝ちなさい。決勝の舞台で待っててあげる」

 

心配してくれるアレクシアと、発破をかけるクレア。

試合は明日だというのに、気の早いというか、優しいというか………

 

「ありがとな」

 

主人公らしいセリフも、考えれば出せたのだろうが……今はなんとなく、自分の言葉で返した方が良いと、そう思った。

 

俺はただ一言礼を言うと、徐に立ち上がって外へ向かう。

 

「どこへ行くの?」

「散歩。座りっぱなしで疲れちまった」

「……そう」

 

意味深な視線を向けて来るアレクシアに、俺は敢えて反応せずにその場を去る。

 

ついでに言えば、もう今日はここに戻って来るつもりは無い。

なぜって?

 

 

 

 

 

 

「そんなの、修行するからに決まってんだろ」

 

この世の地獄。噴火と地震が絶えず発生しているこの場所は、誰の邪魔も入らない絶好の修行スポットだ。

 

 

―――ジミナの試合を見て勝利する方向にシフトしたのは良いが、恐らく今のままでは勝てないだろう。

物語中盤の主人公をイメージした出力では、逆立ちしたってアイツに敵わない。

 

だからと言って、昨日数時間程度修行しましたー!ってだけで大幅なパワーアップをしようものなら今度こそアーティファクト使用の容疑で失格扱いさせられる。

 

ではどうすれば、実力を偽装した上であの舞台でシドに勝てるのか。

 

答えは一つ。全力をバレない様に出せば良い。

今ここに来たのは、その練習の為だ。

 

 

「新必殺技。前々からアイディアはあったが、魔力制御の問題でお蔵入りになっていたコイツを………」

 

漆黒が握りしめた右の拳へ集う。

微かに歪な魔力文様が血管のように張り巡らされる。

 

「今日、完成させる」

 

俺の言葉を聞く人間は、この場に居ない。

だがソレで良い。今の一言は、自分自身への戒めだ。

 

 

 

こうして始めた修行は、夜が明けるまで続いた。

その後気絶するように眠り、圧縮睡眠を三時間。

目を覚ましてすぐに天然温泉で疲れを取り、万全の状態で会場へ飛ぶ。

 

 

 

飛行のために練り上げた魔力は、一切の歪みが無い、美しい文様を描いた。

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