それから六年。今日も迷宮に眠る財宝や迷宮の謎、そして黄金の王国の真実を求める数多の冒険者たちは未だ踏破されていない迷宮に挑み続けている……
そうじゃない人もいますけどね。私とか師匠みたいに。
「魔物を食べるとは言ってない!!」
その叫び声をビミが聞いたのは全くの偶然だった。師匠と仰ぐドワーフのセンシと共に迷宮の入り口付近で適当な食材を探している時、入り口に通じる階段の方から聞こえてきたのだ。
センシと顔を見合わせ、声のした方に向う。金属鎧に長剣をぶら下げた戦士の装いをしたトールマンの男と革鎧をはじめ敏捷性を重視した装備の盗賊と思しきハーフフットの男、そして不思議な形をした杖にローブといういかにも魔術師然とした格好のハーフエルフと思しき女の三人が、なにやら会話しながら歩いているのが見えた。
「師匠。あの人たち……」
「……うむ、少し付いていってみよう」
そういうが早いか、センシは彼らの後を追って歩き出した。ドワーフ族の鈍重なイメージとは裏腹に長年の冒険者暮らしで鍛えられたセンシの速度は結構なもので、置いていかれないようビミも慌てて後を追う。
幸い三人組の歩みはそれほど早いわけでもなく、二人は見失わない程度の距離を保ったまま彼らの後を追うことができた。どうやら彼らは初心者の広場を目指しているようだ。
「むおっ」
「ひゃあ!?」
付かず離れずの距離を保ちつつ人気のない石造りの廊下を進んでいると、やおら前のほうが騒がしくなり、さっきの三人とは別のいかにも初心者らしい冒険者パーティーが駆けてきた。魔物にでもやられて逃げてきたのだろう。ビミたちに気づく余裕もないのか、脇目も振らずに逃げていく。
力尽きた仲間を背負ったその背中をなんとなく見送って、前に向き直った時のことだ。
「ヤダーッ!!」
まるで、きれいな音がする鈴を力任せに振り回して適当に放り出したような奇声、あるいは絶叫が地下の静かな空気を引き裂いた。
「師匠。今の叫び声、あのパーティのハーフエルフさんですよね?何があったんでしょうか」
「あのトールマンが歩き茸を食べようと言い出したのに、ハーフエルフの娘が反対したようだな」
歩き茸とはその名の通り、足のような部位を持ち自走する茸の魔物だ。危険度は低く冒険者たちからは魔物退治の最初級問題のような扱いを受けている。
目をこらしてみると確かに、頭部にあたる傘の部分が心なしか凹んだ歩き茸を片手でぶら下げた男の前で、ハーフエルフの魔法使いが何やら激しい動きで変な踊り?を踊りながら「やだやだ」と繰り返しているのが見えた。ハーフエルフ独自の抗議の表し方とかだろうか?
「ぱっと見はほとんど普通の茸と変わらないんだけど、やっぱり魔物となると嫌がられるんですね」
「食わず嫌いはどうかと思うのだがな。不勉強なまま魔物食に手を出して医者に担ぎ込まれる連中が時々出るのも、ゲテモノのイメージがつく理由かもしれん」
「それ前に聞いたことがあります。『迷宮に逃げ込んだ犯罪者が追い詰められて魔物に手を出し、食中毒で搬送された』っていう類のニュースが年に数回は新聞に載るって」
そんなことを話しているうちに、歩き茸を持っていた男が突然走り出した。連れの冒険者二人もその後を追う。
「他になにか獲物になりそうな魔物に気づいたのかもしれん。儂らも行くぞ」
そうして再び追跡を再開したビミ達だったが、初心者の広場に近づくにつれて増えていく往来に巻き込まれ、三人を見失ってしまう。もともと迷宮の1階部分は危険な魔物は出現しないのだが、それに加えて地下2階につながるルートは大勢の冒険者が行き来するため、魔物自体ほとんど出てこない。そのためこの辺りには、冒険者だけでなく、彼ら相手の商売目当ての行商人やら近くの村の物売りやらまでが集まってきて、いつも大勢の人が行き交っているのだ。
「でもこういう時は困りますね。さっきの人達どこに行ったんでしょうか」
「……これから料理をするつもりなら水がいるだろう。まして初めて扱う食材の調理法といえば煮るのが基本だ、水筒に入れて持ち歩いてるだけでは足りないだけの大量の水がいる」
「……つまり水汲み場ですか?」
「うむ。それに効率などを考えると水汲み場の付近で作業にかかっている可能性もあるからな。まずはそちらの様子を見に行くべきだろう」
「わかりました、師匠」
魔物料理探求にかける熱意が強すぎてズレた言動を取ることも多いセンシだが、頭の回転自体は決して悪くない。人生の命題と定めた料理が関わることなら尚更だ。今回もその例に漏れず、ビミ達はセンシの推理通り水汲み場の近くで周囲の奇異の眼差しを受けながら料理の準備をしている三人組を見つけることができた。
さっき男が手にしていた歩き茸が視えないのは既に火にかけられた鍋の中に放り込まれたからだろうか。と、その時男が鍋から特徴的なシルエットをした何かを引き上げた。
(あれ?あれってたしか……)
「これはいかん。急ぐぞ」
男はどうやら味見目的で『それ』を引き上げたらしい。それに気づいたセンシが足を早めるが残念ながら一歩遅かったようだ。
鍋から引き上げた物を男は頬張り、すぐにうずくまってそれを吐き出した。どうやら口に合わなかったらしい。
「間に合わなかったか……。魔物料理初心者の選択肢としてサソリ鍋は悪くないが、そのやり方には感心せんのう」
「貴方たち、誰?」
突然の闖入者に、嘔吐を続ける男の背中を撫でてやっていたハーフエルフが誰何の声を上げた。隣で様子を見ていたハーフフットの顔にも警戒の色が浮かぶが、迷宮で見ず知らずのドワーフと人間にいきなり話しかけられれ場その反応も無理はないだろう。
そしてセンシはそんなことは気にも止めず、男が放りだした『それ』に目を向けた。釣られるようにビミも『それ』に視線を向けた。
(やっぱり大サソリだ)
大サソリはその名の通り、巨大なサソリの形をした魔物だ。強靭なハサミで外敵や獲物を捕らえて尻尾の毒針を打ち込んでくる。魔物であることを除いても、その外見と毒を持つことから食用になるとは考えつかない魔物だが、センシは躊躇する様子も見せず調理にとりかかった。食材の調理のコツや注意点について人間に説明をしながら、茹でられて赤紫色の殻を薄っすらと赤く変色させた大サソリを、慣れた手付きで捌いていく。
「大サソリを食べる時は、ハサミ、頭、足、尾は必ず落とす。尾は腹をくだす」
「腹をくだすのか……。本には平気と書いてあったのに」
「というか、単純にまずい」
センシの言葉にビミは黙って何度も頷いた。以前一度だけ食べたことはあるがあれは駄目だ。食べ物があれしかないならともかく、進んで食べたいものじゃない。
うっかり思い出しかけた嫌な記憶をビミが記憶の奥底に蹴落としている間に、センシは大サソリの下処理を終え、適当な大きさに切りそろえた状態で置かれていた歩き茸にとりかかった。鍋には適さない大きさだったのを更に切り分け、野菜くずならぬ茸クズの山の中に捨てられていた、小ぶりの茸にしか見えない足を拾い上げる。
「足はうまいのですべて入れる」
「足がうまいんですか」
「そうだ」
手早く作業を済ませ、火にかけられたままの鍋を前にしたところで、センシはふと何かを思案するように動きを止めた。
「この鍋では小さいな。わしの鍋を使おう」
確かに、今かかっている鍋は三人組が使っていたそこそこ程度の大きさの物だ。ビミとセンシの分も含めて五人分のサソリ鍋を作るには大きさが足りない。
センシが背負っている大鍋をおろしている間に、ビミは焚き火から鍋をおろした。両親の形見でもある皮手袋は耐火性能に優れているため、熱された鍋の取っ手を無造作に掴んでも火傷をするようなことはない。
入れ替えるようにしてセンシが黒光りする深めの大鍋を焚き火の上に置き、素早くビミは手にした鍋の中の湯をそこに注ぎ込んだ。即座にそこにセンシが切りそろえた具材を投入する。
「えらく息があってるな」
感心半分呆れ半分といった調子でそんな感想を述べたのは焚き火から少し離れたところに座って様子を見ていたハーフエルフだ。まあ、両親を失ったビミが今際の際の彼らの頼みを引き受けたセンシと二人旅をするようになってからもう一年ほどするのだ。ある程度息が合うのはむしろ自然な成り行きだろう。
そんな事を考えながら、ビミは地面に腰を下ろした。焚き火にかけられた大鍋に視線を向けて息を吸い込むと、煮えだした食材の匂いが微かに鼻をくすぐり、口元が自然とほころ
ぶ。
しかしセンシには物足りなかったらしい。
「サソリと茸だけではちと寂しいのう」
誰にともなくそうつぶやいて、ドワーフはやおら立ち上がった。のしのしと壁際まで歩いていくと、天井や壁を突き破るようにして伸びている植物の根っこっぽいものや、壁に生えていた藻をいくつか採取して戻ってくる。
「これを」
「ちょっと待って!それはだめ!!」
差し出されたそれを全身でハーフエルフが拒絶した。人間が彼女の名前(マルシルというらしい)をたしなめるように呼ぶが、それでも収まる様子はなく、弾かれたような勢いで『それ』を鍋に入れるべきではない理由をまくし立てる。
「ダメダメ、無理無理。あのさ、ここ墓場よ。百歩譲って魔物はいいわ。でも根を張る植物はNG!宗教的にNG!」
よっぽど食べたくないらしい。ついにはさっき奇妙な踊りを踊るほどに嫌がっていた歩き茸の残りを手に、これとサソリだけで十分おいしそうだからこれでいいと凄まじい剣幕だ。
人間が抑えようとするが、なだめられたことで更に頭に血が上ってしまったらしく、矛先をセンシに変えて食ってかかった。その拍子に切られた歩き茸が顔に押し付けられる形になって流石に鬱陶しかったのだろう、センシが眉をしかめる。
「そもそもあんた達は誰なのよ。一体全体どういう」
「マルシル!上だ!」
さっきまでと違う、明確に警告の意図を込めた声を人間が上げた。「え?」とつぶやいたのはマルシルだったかビミだったか、それとも両方か。
次の瞬間、天井から落下してきた一抱えほどの粘体がマルシルの頭に直撃、そのままマルシルの頭を覆い尽くしてしまったのだ。どこか気の抜けた空気が一瞬で緊迫したものへと書き変わる。
「スライム!」
「動くな、マルシル」
冒険者たちが慌てるのも無理はない。不定形の魔物であるスライムに頭部に張り付かれるということは水の中に頭を突っ込んで固定されたようなものだ。力づくで引き剥がすことも、魔法でどうにかすることもできず、ダレカの助けがなければ陸地で溺れ死ぬのを待つだけとなる。
それを知っているからこそ、マルシルの仲間たちは慌てながらもパニックにはならず、弱点である火を用意しようとしているのだろう。だがこの場に限ってはその必要はなかった。
無造作にマルシルに歩みよったセンシが、不定形のはずのスライムの体をがっしりと掴んで固定すると、マルシルの顔のやや右前あたりに手にしたナイフを丁寧に差し入れる。
普通に考えればなんの意味もない行動だが、ナイフがある地点まで差し込まれると、スライムの動きがぴたりと止まった。次の瞬間不定形の魔物はまるで嘘のようにマルシルから剥がれて落ち、泥溜まりのように石畳の上に広がる小さなシミに成り果てる。
激しく咳き込み、新鮮な空気を吸い込むマルシルをタオルを手にしたハーフフットが気遣うのを見ていた人間が、信じられないものを見たという驚愕の表情を浮かべてセンシに向き直った。
「スライムをナイフで撃退するなんて」
「構造を知っていれば簡単なもの。不定形のように見えて、その実その辺の人間より一律だ」
そこまで話した所でセンシはなにか思いついたらしい。少し離れたところからマルシルの様子を見ていたビミにぎょろりとした眼を向ける。
「そういえばこの間スライムの構造について教えたな。いい機会だ、彼らへの詳しい説明はお前に任せよう」
「なんだか抜き打ちテストみたいですね。でも分かりました、師匠」
コクリと一つ頷くと、ビミは荷物の中から
「口だけでは難しいし分かりにくいと思うので、図を書いて説明しますね。スライムの体っていうのは、実はこんなふうになってるんです」
がりがりと石畳の上に白墨で解説図を描いていく。正直拙い出来だが、肝心なところはわかるため問題はない。それより自分の記憶に間違いがないか内心どきどきしているが、これも時折ヒゲをしごきながら観察しているセンシが何も言わないのだから間違いはないのだろう。
「――なるほど。極めて見えにくいだけで内臓どころか脳みそまできちんとあるのか」
「そうです。人間で言うなら胃がひっくり返って消化液で内蔵と頭を包んでいるのがスライムの大まかな構造なんです」
そして不定形で物理攻撃が効きづらい外側と違い、内部は不定形ではないため当たりさえすれば普通に攻撃が通る。さっきのスライムが死んだのも、センシが差し込んだナイフに脳を貫かれたからだ。
「……この図には耳も目も鼻もないな。どうやって獲物に気づくんだ?」
「えっと、たしか触覚ですね。正確には生物の吐く息を察知して飛びかかってくるそうです。だから例えば大声を出している人は襲われやすいですね」
その習性を身をもって思い知ったからだろう。顔にへばりついていたスライムの残骸を拭っていたマルシルが嫌そうに眉をしかめたのをさらっと流し、説明を終えたビミはスライムの処理をしているセンシに視線を向けた。いかつい顔が重々しく頷くのを見て、ほっと安堵の息をつく。どうやら教わったことを忘れたり記憶違いを起こしたりはしていなかったようだ。
「……わしの方から付け加えるなら、柑橘類の果汁を混ぜた熱湯でよく洗い水分を抜いたスライムはうまいということだ。処理に手間も時間もかかるが、干しスライムといえば土地の名物として大々的に売り出している地域もあるほどの高級食材だからな」
そう言いながらセンシは処理を終えたスライムを自作の携帯スライム干し網に挟んで背中に背負うと、続いて懐から葉っぱで包んだ干しスライムを取り出した。
「ここに完成品がある。今日はこれを加えよう」
「しかし高級食材なのでは」
「かまわん」
どこか感慨深げに言いながら、センシは干しスライムに包丁を入れだした。トントンと包丁がまな板を叩くリズミカルな音が辺りに響く。
「わしはこの迷宮で10年以上魔物食の研究をしている。魔物食に興味を持ってもらえることが何よりも嬉しいのだ」
(まあ、普通は魔物を料理するなんて発想自体浮かばないものね。私は二年くらい師匠のお世話になってたから慣れたけど)
そんなことがなければビミも魔物を食べようなどとは夢にも思わなかっただろうし、魔物食の美味さを知ることもなかっただろう。そこに至った経緯を考えると素直に特をしたと言えないが。
「できたぞ」
ぼんやりと過去の思い出にふけっていたビミの思考を鍋から漂ってくる得も言われぬ香りと聞き慣れた
「わぁ。美味しそうですね、師匠」
「うむ。上手くできたようだ」
名前をつけるとすれば『大サソリと歩き茸の水炊き』だろうか。歩き茸の茶色やセンシが採ってきた藻の緑、そして何より殻付きのまま茹でられた大サソリの赤が鮮やかな品だ。湯気に混じるようにして広がる匂いが食欲を刺激してきて、自然とビミの表情がほころぶ。
「大サソリって茹でると赤くなるのか」
「本当にサソリなのかな」
「わたしは美味しかったらなんでもいいです」
この肉がサソリのものだろうと大サソリのものだろうと関係ない。大事なのは美味しいかどうかだ。
食うものにすら困った一時の困窮生活とセンシのとの放浪生活で身についた、ある種清々しさすら感じる割り切った考え方のもとに相槌を打ちながら、ビミは程良く火の通った肉とその他の具を器に盛っていく。
「なんだかうまそうな匂いが」
「本で読むのと見るのは大違いだ」
「熱を通すと身が少し縮むから簡単に殻から身がほぐれるぞ」
困惑混じりに器の中の水炊きを見つめる冒険者たちとセンシの会話を聞き流しながら、ビミはそっと両手を合わせた。今日も生きるための糧にありつけた幸運とそれを与えてくれた全ての存在に感謝を捧げる食前の祈りだ。
それを済ませて箸を手に取ると、息を吹きかけて少し冷ました歩き茸と大サソリを一度に口に放り込む。干しスライムから出たものだろう、柑橘類のかすかな香りが鼻腔をくすぐった。
「ん~~!」
口の中に広がるうまみに顔がほころぶ。味付けは最低限のはずだが、具材から染み出た出汁のお陰で味気なさだと微塵もない。それでいてくどくもなくていくらでも食べられそうだ。
「うまい!」
「そうだろうそうだろう」
「調理次第でこんなに味が変わるなんて」
「そうだろうそうだろう」
ふと横を見るとマルシルを除く二人の冒険者も、ビミと同じようにせわしなく箸を動かして水炊きを美味しそうに平らげている。魔物料理が好評なことが嬉しいのだろう、それを見守るセンシの顔は一見いつもと変わらないが、どこか満足そうだ。
(特定の
もちろんビミは食事のたびに「美味しい」を連発したりしているが、それとこれは別なのだろう。
そんなことを考えながら根っこ状の植物(サカサイモという植物の幹)を口に運ぶ。火が通ってほくほくになった食感を楽しんでいると、料理に舌鼓を打ちつつ談笑する仲間たちと辺りに漂う水炊きの香りを前にして空腹に耐えきれなくなったのか、ずかずかとヤケクソのような足取りでマルシルが近づいて来るのが見えた。
「私にも一杯ちょうだい!」
さんざん魔物食について文句を言った手前、バツが悪いのだろう。しかめっ面をした彼女に対し、センシは何も言わずに具を山盛りにした器を箸と共に差し出す。そこにスライムの日干しが入っていることを知ったマルシルの表情が更に歪みが、背に腹は代えられないということなのか、意を決してヤケクソ気味にそれをかき込み――次の瞬間上がったのは驚愕の声だった。
「うわ、美味しい!」
ダンジョンに生息する魔物や植物から見た目も味もまともな料理ができたという事実がショックだったのか、しばらく世間の理不尽に絶望したような顔をしていたが、割り切ったのか開き直ったのか、すぐに食事に集中し始めた。
それからは特に言葉にするようなことはないだろう。センシが採ってきた藻の香りの良さに好奇心を刺激されたのか、ダンジョン由来の特別なものかセンシに尋ねたマルシルが、その辺の物陰にいくらでも生えているような類のものだという答えになんとも言えない顔になったりしつつも、食事は滞りなく、そしてにぎやかに進んでいく。
空腹が薄れたのだろう。食べるペースを落とした人間とハーフフットはそれぞれの具材の味や食感について感想を述べ、センシがそれに返事を返している。
まだどこか憮然として見えるマルシルは、魔物だのダンジョン産だのといったことは一旦完全に脳内から追い出すことにしたようで、ひたすら食べることに没頭している。
(こんな賑やかなご飯、久しぶりかも)
センシと二人での食事の時は、もっぱらしゃべっているのはビミだけ。基本的には咀嚼音や食器が触れ合う音がするだけの静かなものだった。だから、大勢の人間が言葉を交わし笑い合う食事の風景は、見ているだけでもなんだか懐かしくて楽しい気分になってくるようだ。
気持ちがいつも以上に浮き立つのを感じながら、ビミは器に残っていた出汁を飲み干した。
◇
「ごちそうさまでした」
空になった器を地面に置いてビミはハンカチで口元を拭った。
いっぱいだったはずの大鍋の中には汁すらほとんど残っていない。五人の冒険者たちは満腹になったお腹を抱えしばし心地いい食事の余韻に浸る。
とはいえその時間も長くは続かなかった。余韻を惜しみながらも誰からともなしに後片付けのために動き出す。ビミもこのまま寝転がりたくなる気持ちを抑えて汲んでおいた水を使って食器を洗い始める。
「そういえば自己紹介がまだでした」
それでもどこかまったりとした時間が過ぎる中、洗った食器を拭いていた人間の男が思い出したように口を開いた。大鍋についた水滴を丁寧に拭っていたセンシが顔を上げる。
「わしの名はセンシ。ドワーフ語で探究者という意味だ」
「ビミです。センシ師匠の弟子というか助手というか……まあ、そんな感じです」
「俺はライオス。魔法使いのマルシルに鍵師のチルチャック」
「なにか訳ある旅のようだが?」
自己紹介を終えたライオスにセンシがやおらそんな質問を投げかけたことにビミは驚くが、少し考えるとその理由が理解できた。
よく使い込まれた装備や堂に入った体の運び方などを見る限り、ライオス達が経験豊富な優れた冒険者であることは確実だ。そんな経験豊富な冒険者一党が見るからに不慣れな魔物食を、メンバーの反発も構わず実行していた事にセンシは不自然さを覚えたのだろう。
その推察は当たっていたらしく、穏やかに笑っていたライオスの顔がわずかに曇る。
「迷宮の下層で仲間が魔物に喰われてしまって、消化される前に助けたいのです」
太古の魔術師によって造られ様々な不思議や理不尽がまかり通るこの迷宮においては、人の死すら絶対のものではない。少なくとも死んだ人間を回収して蘇生させ、謝礼金をもらうなんてことが商売として通じる程度には迷宮の中では失った生命は取り返しがつくものになっている。つまり死んだ『だけ』なら仲間を諦める理由にはならないのだ。
しかし死者蘇生の術には死者の遺体が不可欠で、その損壊が激しくなるほど復活の可能性は低くなっていく。魔物に喰われたというのは、そういう意味では『まずい』死に方だ。できるかぎり時間を節約して下層に戻らないといけないのだとライオスが深刻な顔で語るのも当然と言えるだろう。
それにしても、準備をし直す時間も惜しいからといきなり道中の食事に魔物を使うことを決めるとはなかなかの思い切りの良さだ。よほど仲間のことが心配なのだろう。
「いったいどんな魔物にやられたんですか?」
「竜だよ。真っ赤な鱗の」
ライオスが口にした強大な魔物の代名詞ともいえる名前に、ビミは反射的に息を呑んだ。
一口に竜と言っても、
そんなのを相手にして犠牲者を一人に抑え、すぐさまその仲間を助けに迷宮にとんぼ返りしている辺り、やはり
「真っ赤な鱗……下層……
「だといいのですが」
「…………」
やはりそうそう楽観的には考えられないのだろう。弱々しい笑みを浮かべるライオスを黙ってみていたセンシが、ふと何かを確認するようにビミの方を見た。その意図をなんとなく察してビミが頷くと、改めてライオスの方に向き直る。
「頼む。わしらも同行させてはもらえんか」
「!――それはもちろん喜んで。こちらとしても随分助かります」
「本当か!いや、有難い」
「こちらこそ」
魔物を食べながら迷宮下層を目指すと言うなら、魔物食に詳しい人物の加入は魅力的だろうし、それを抜きにしても魔物の生態や習性に精通しているということは、様々な魔物が生息する迷宮においては大きな武器になる。
両方に詳しいセンシの申し出は、達成困難な目的に挑もうとするライオスにとっては思いもよらない吉報になったようで、センシと握手を交わすライオスの顔からはさっきまでの弱々しい笑みが消え、その目には希望と決意の光が宿っている。対するセンシもまた、顔の下半分を覆うドワーフ髭の下で普段の彼らしから笑みを浮かべていることを、付き合いの長いビミは見てとった。
その理由も推察できる。おそらく――
「
(やっぱりかぁ。そんなことだと思った)
それを言うなら魔物に限らず、魚は虫を食べるし豚は残飯を漁るのだ。流石にセンシよりは気にするが、かといって気にしすぎて自分の首を絞めるようなことになったら意味がない。
(でもそれはそれとして、どうせ食べるなら美味しい方がいいよね)
とどのつまりビミの一番の行動目的はそれだった。成人とされる16歳になってもセンシと行動を共にしているのも、彼の作る料理の美味さに惹かれてのことだ。センシが作る予定のまだ見ぬ炎竜料理の味を想像して頬を緩ませながら、ビミは師匠の後を追って迷宮の奥に繋がる道を歩き出すのだった。
オリ主について
名前:ビミ・クラントン
年齢:16歳
人種/性別:トールマン/女
出身地:東方大陸
家族構成:なし
好物:美味しいものなら何でも
苦手:まずいもの
訳あってセンシと旅をしているトールマンの少女。健啖家で美味しいものに目がない。
冒険者としての教えを受けているのに加えて、美味しい(魔物)料理を作ってくれるということで、センシを師匠と呼び尊敬している。