一族の礎は武勇にあった。
西暦と呼ばれた時代の中世、祖先は太陽の眩い光を鎧に浴びながら異教徒の兵を数多切り捨て、寡兵で城塞を攻め落として名を挙げた。
武技において並ぶものはなく、また戦の導き手として尊敬を得た。
選りすぐりの軍馬を駆り、戦場に現れる姿は勝利を告げる神託。
時代が進み、騎士の位が単なる名誉の称号となってから、一族の戦場は政財界へと変わった。
惑星規模の災厄とも終末戦争とも言われ、未だに真実の定かではない「大破壊」より人類が地下へと逃げ延び、再び地上に舞い戻った時代。
一族は三大企業クレストの役員を歴任していた。
皆がその栄誉の輝きに身を委ねてきたが、"彼"は違った。
彼にとって、輝きとは武勇の誉れにあった。祖先の再現者になりたかった。
剣と鎧の、鋼のもたらす栄光を取り戻したい。幼い憧れに突き動かされていた。
後継者としてよく学びながら、彼は戦士としての術を身につけた。
最強の人型兵器アーマードコア、そのパイロットとしての技術であった。
単機での作戦遂行を前提とする、圧倒的戦闘力を備え、巨大な人の姿をした戦闘機械は英雄の駆るモノに相応しかった。
「私は"レイヴン"になりたいのです」
ある夏の日。彼は父に申し出た。
レイヴン、不吉な響きの名はアーマードコアを駆る傭兵を指している。
何者にも寄さず多額の報酬と引き換えに依頼を遂行するワイルドカード。
予想に反して、父は怒ることも罵ることもなく、ただ静かにその道を祝福してくれた。母も同じだった。
父もまた、祖先が戦場で築き上げた栄光が蘇ることを密かに望んでいたのか、あるいは。彼はそれ以上考えるのを止めた。
餞別として父が用意してくれたのは、クレストと地上の覇を争う不倶戴天の敵、ミラージュ製の最新鋭中量二脚ACだった。
あえてその機体を調達するために多大な労力が支払われたのは言うまでもない。
彼はその機体に"オラクル"と名付けた。勝利の神託者となるべく。
そして彼は自らに新たな名を与えた"エヴァンジェ"と。戦士とは、力とは、戦とは、如何なるモノであるかを衆愚に知らしめる伝道者として。
青と白に彩られた愛機を駆り、エヴァンジェは瞬く間にレイヴンとして名を挙げた。
戦車と歩兵戦闘車にMTを交えたナービス部隊の上空を通り過ぎる。兵士達の歓声が心地良くエヴァンジェを出迎えた。
敵は機動力に長けたミラージュの部隊だ。力を求められ、相応の報酬が支払われるのであれば如何なる依頼をも引き受けていた。
敵陣を駆ける。背部リニアキャノンと右腕部のリニアライフルでMTを撃ち抜いていく。
サイドステップでコアを狙った射撃を躱し、マイクロミサイルで戦闘ヘリを片付けながらブーストジャンプ。
あっという間に護衛を失い、狼狽える指揮官機めがけて、大出力レーザーブレードを振り下ろす。
勝利の甘美さが全身に染み渡っていく。エヴァンジェは勝ち続けていた。
レイヴン同士の戦いにおいても同じだった。既にランクは一桁に届きつつある。
AC搭乗時間でも実戦経験においても遥かに勝る熟練者たちさえ下し、自信が過信になりつつあった頃、同時期にレイヴンズアークに登録した若いレイヴンとの対戦がセッティングされた。
そのレイヴンは恐ろしく強かった。
こちらの攻撃は先読みされてまるで当たらず、対して相手のACはこちらの手の内を最初から知っているかのような機動で、悠々と死角に回り込んでいた。
「負けられないのだっ!――――私はっ!」
死に物狂いになりながらリニアキャノンとイクシードオービットによるレーザーを放つ。
砲撃が初めて直撃し、敵機の防御スクリーンを減衰させた。
「やっ――――!」
エヴァンジェはこれから始まる報復劇を脳裏に夢想する。
しかし、ACの勢いは止まることなく、マニュアルで機体バランスを立て直しながらオーバードブーストを吹かして突進。オラクルのコアにレーザーブレードが突き付けられ、試合終了が宣言された。
エヴァンジェとオラクルは初めて敗北を喫した。
それは、偶然やコンディションなどといった言い訳ができないほどの完全な敗北であった。
屈辱ではあった。だが、超えるべき好敵手を見出すことのできた価値ある敗北だった。
本当の屈辱はその後に訪れた。
変化の風が吹いた。腐敗したレイヴンズアーク上層部は一掃され、新体制が築き上げられたのだ。
その過程で三大企業と深い関係にあったレイヴンがアークを追放されていった。
その中には栄達を妬んだ同業者による冤罪もあり、エヴァンジェもまた、出自と捏造を含めた幾つかの疑わしい証拠によって、クレストと専属契約を行ったと見做された。
一度昇った太陽はいずれ地平に沈む。レイヴンズアークを追放されたエヴァンジェは凋落し、昏い世界の住人となった。
それからしばらくして。唐突に、空から破滅がやってきた。
ナービス領地下で発見された新資源を巡る企業間紛争の末、旧世代の地下施設から解放された特攻兵器群による、無差別攻撃が世界各地に降り注いだ。
都市の用心棒という立場に身を窶していたエヴァンジェもまた、オラクルを駆り特攻兵器を迎撃していた。
この地に降り注ぐ赤い鋼鉄の雨は尋常ではなかった。
夜明けを迎えながら、ビルの屋上から対空砲火を浴びせていたオラクルに対して、大口径グレネード弾の砲撃が放たれる。
咄嗟に飛び退き回避する。オラクルが相対したのは未知の人型機動兵器であった。赤と黒に彩られた姿は破滅の天使さながら。
人型兵器の襲来と同時に特攻兵器の雨が目に見えて弱まっていく。
「面白いっ! 不足のない相手だ!」
空中に静止しながら砲撃姿勢を取る機動兵器に向けて、オラクルは砲火を浴びせた。
不可解な動きでその攻撃を躱す赤と黒の人型。
しかし、一発のリニア砲弾とマイクロミサイルが命中する。エヴァンジェの狙い通りだった。
変形して銃身を展開しながら砲撃してくる敵機。オラクルはビルを盾に使いながら疾走。
プラズマキャノンの閃光が弾ける。
装甲にプラズマの光を照り返しながら、青と白のACは力強く羽ばたき、敵に挑む。
これは特攻兵器に対する無意味な抵抗とは違う。
目の前の敵は如何に強大であろうと破壊することができる。
鉄の雨の勢いが弱まったことも、エヴァンジェの戦意を燃え立たせた。
オラクルは被弾を繰り返し、やがて防御スクリーンを失い、四肢を損傷しながらも敵に向かっていく。
蒼い輝きの一閃が決着をつけた。
オラクルのレーザーブレードによって両断された赤と黒の人型兵器は墜落し、動力炉から溢れた光が周囲を巻き込みながら機体を消滅させた。
エヴァンジェも機体を辛うじて着陸させる。息を吐く。意識が朦朧とするし、全身が酷く痛む。
雨は止んだ。だが市街地は全滅だ。ACの性能を上回る敵を打ち倒した、勝利の充足感だけが僅かな報酬だった。
オラクルはもう限界だった。流浪の果てにくすんだ青と白の装甲は見る影もない。
奇跡的に被弾を免れた頭部以外のパーツは交換しなければならないだろう。
眩い太陽の光が傷付き、斃れた鋼鉄の遍歴騎士を鈍く輝かせていた。