黄猿もどき「わっしは美味しくないと思うよお~?」

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わたしと黄猿
世界の終わりは唐突に


『どうして、こうなった?』

 

 疑問だけであった。

 絶望することができるほど状況を理解していなかったし、目の前で食い殺された母親を悼むことができるほど、冷静に物事を捉える余裕もありはしなかったのだ。

 それでも、ただ走る。

 そうしなければならないことだけは、理解できていたから。

 

『どうして、こうなった?』

 

 背後で響く呻き声は、時間を経るごとに数を増やしてゆく。

 靴なんて用意できる時間もなかったから当然裸足だし、地面はコンクリートなので、足の裏がとても痛くて泣きそうだ。

 全力で走るのなんてもう随分と久しぶりのことだったから、まだ1キロも走ってないはずなのに、呼吸するたびに肺が痛むほど息が切れている。

 どうやら彼らは脚が遅いようで、運動不足極まる私でも、走ればなんとか追いつかれずに済むようだった。

 

 だから、止まれない。

 まだ死にたくない、と言えるほど生に執着はないけれど、痛いのも苦しいのも嫌だ。

 

 学校をサボって、ゲームをする。

 今日はバトルフィールド4をやってみようかと思ったのだ。

 それで⋯母親に呼ばれたので、ご飯を食べに部屋から出た。

 

 いつも通り、いつまでも続くはずだった平穏な繰り返し。⋯しかしそれは、僅か1分足らずで崩壊したのだ。

 

『どうして、こうなった?』

 

 不意に、脚がもつれて転んでしまった。

 なんとか頭は庇ったが、膝と腕を擦りむいた感じがする。

 

 一瞬だけ起きあがろうと両腕を付いたが、しかし途中でやめた。

 そんな諦め⋯死を受け入れんとする動きに、我ながら唖然とするが、ふと思い出す。私はこんなに頑張るような人間じゃなかったということを。

 助かるかも分からない、どこに行けばいいのかも分からない。

 ただ次の瞬間に襲う死を先延ばしにするためだけの努力を、まだ続けるだけの気力は⋯とっくに無くなっていたのだ。

 

 身体を横に向けて、赤子のように丸くなる。

 両手で耳を塞いで、強く目を閉じた。

 

『どうして、こうなった?』

 

 幾度となく繰り返す自問自答。

 答えはいつも一つ、『分かるわけがない』だけだった。

 なにせゾンビは専門外なのだ。バイオもデッドラも七大豆もやっていない。

⋯⋯いや、仮にプレイしていても、結末に変わりはなかったのかも。

 

 耳を塞いでなお、やかましい呻き声。

 迫り来る死に、まるで漫画みたいに回想する。

 

 ただ面倒だったから、なんとなくで学校に行かなかった。

 一度目は少し罪悪感があったけれど、明日ももう一度、そのまた明日もと繰り返すうちに、少しずつ何も感じなくなっていった。

 友人は、いた。心配もしてくれたが、無視をした。

 母親も父親も、いつしか私の説得を諦めた。

 

 もう中学生だ。

 入学式に出たっきり、一度も登校していない。

 

 なんてくだらない人生だろう。

 

 あの時⋯誘われるがまま学校に行って、もう一度咲ちゃんと話してみれば、こんな擦れた子供として死ぬより、もっと幸せに逝けたのだろうか?あるいは、これはくだらない感情を理由に友達と母親を裏切った、怠惰な私への天罰なのだろうか?

 

 あぁ、でも私は⋯やっぱりクズだ。

 こんな時でも一番強く思っていることは、ゲームのことだなんて。

 

『せめてBF4のキャンペーンはクリアしておきたかったな』

 

 

"天岩戸"

 

 

 爆発音。

 それこそゲームでしか聞かないような、ドカアン!という巨大な音が、私の思考を一瞬にして消し去った。

 世界ごと揺れているような振動と衝撃。肌を焼くような熱風が吹き付けて、身体がこわばる。

 

『死んだ!私、絶対死んだ!』

 

 確信とは裏腹に、いつまで経っても意識が途切れない。

 思考と本能の矛盾に戸惑って、恐る恐ると目を開いてみる。

 

 そこにあったのは、炎を被った瓦礫の山であった。

 ブロック塀とブロック塀の間に突き抜ける、見通しの悪い住宅街の道路。それ以上に表現のしようがない無個性な道が、一瞬で学校の校庭程度には開けた荒地と化してしまったのだ。

 また肝心の…私を食い殺そうとしていたはずの亡者の大群も、どうやらこの爆発に巻き込まれたらしい。

 見覚えのある顔触れが、例えば焼き切られていたり、中身をぶちまけていたり、瓦礫に押し潰されたりしている。「FATALITY」なんてナレーションが聞こえてきそうな、非常にグロテスクな有様であった。

 それでもうぞうぞと身悶えしているあたり、きっと彼らはどうしようもないほどにゾンビなのだろう。

 

……なんだろう、これは。夢だろうか? 

 こんな地獄が自分の過ごしてきた場所に広がっているなんて、到底受け入れられる気がしない。

 昨日までは普通だったのに。今日も何も起こる訳がなかったのに。

 

 酷く現実感を削ぎ落とされるような、なんとも言えない感情で胸がいっぱいになる。

 耳鳴りがひどい。呼吸が激しくなって、寒気すら感じてきた。

 そんな発作的な感覚は、しかし唐突な出来事により失われる。

 

「こりゃあちょっと⋯やりすぎたねぇ~」

 

 間延びした調子の、聞き覚えのある声であった。

 とっ、という軽快な足音がひとつ、背後で響く。

 

 それはまるで、誰かに頭を掴まれて、ゆっくりと首を捻られるようだった。

 どうしようと考えたわけでもなく、ただ自然と。あるいは無意識に、そちらへと顔を向ける。

 もはや私の思考力は死んでいるようで、今身体が取っているあらゆる行動は、条件反射といっても過言ではないほどに思考が介在していない。

 

 そうして完全に振り向くと、認められたのはイエローとオレンジのストライプという、変わった柄が特徴的な2本の柱…いや、足であった。

 それは革靴を履いていなければ、人間のものであるのだと気づく事ができなかったであろう、それほどまでに長い。

 まるで這い上がるようにして、少しずつ上へと視線をずらしてゆくと、ジャケットもまたズボンと同じ柄をしていることがわかる。

 その奇っ怪な格好に、異様なほど高い身長。…私は、この人物を知っている。

 

「お〜、まだ動くのかい〜?いっぺん死んでるような輩は、化け物じみていて怖いねえ〜」

 

 大将⋯黄猿ッ!!

 

「なん、で⋯?」

 

 シンプルに訳がわからない。

 ゾンビの次はワンピースだなんて、もう脳が理解を拒んでいるような感じがする。

 もしかすると私が生きてきた世界は、実は私が思っているよりずっと、ファンタジーだったのかもしれない。

 

「お嬢ちゃんも⋯無事みたいだねぇ~」

 

 彼は静かにこちらを見下ろした。

 顔は⋯黄猿だ。それ以外にどう表現していいのかも分からないほどに、それこそ漫画の中から飛び出してきたかのような、ものすごい黄猿顔をしている。

 そしてこちらを確認するなり、ゆっくりとしゃがみ込んだかと思えば、そのまま私の方へと手を伸ばしたり

 

「うぇ、えっ!?」

 

 私は腐っても中学生だ。

 流石に重いとは言われたくないけれど、片手で簡単に持ち上げられるような体重ではないことは、なんとなくだが自覚している。

 それでも黄猿は、まるでちょっとしたものを持ち上げるような気軽さで以って、私のことを摘み上げた。

 そしてそのまま立ち上がる。

 

「ひぇ⋯た、たか⋯」

 

 2階建てから地上を見下ろしているかのような感覚だが、地に足がついていないので非常に怖い。

 これが3メートル2センチの世界か。動いたら落ちてしまいそうだ。

 まるで親に運ばれる子猫のように硬直していると、彼は私をさながら米俵のように肩に担ぐ。

 

「いっぱい出てきたねぇ⋯」

 

 横から聞こえてきた言葉に釣られて、辺りを見渡した。

 崩れた瓦礫や誰かの家の中、あるいは道の先の方から、大量のゾンビが湧いてきている。

 おそらくは音で寄ってきたのだろう。四方八方が塞がれていて、逃げ場はないように見える。

 

「手間少なくケリをつけるにゃ~、ちゃっちゃとこの場を立ち去るしかねえでしょ」

 

 突如、視界がブレる。

 もとより高く感じていた視点が、次の瞬間、より高く⋯それこそ下手なビルだったら屋上も見通せるような場所まで上昇した。

 内臓が持ち上がるような浮遊感。一瞬思考がフリーズするも、ややもせず飛び上がったのだと理解する。

 その際のGやら衝撃やらを全く感じなかったのは、海軍大将特有の技術なのだろうか?

 

「あ、あわ⋯」

 

 言葉が詰まる。

 悲鳴すら上げられない。

 

 そんな状況の私に、追い打ちをかけるようにして、黄猿はつぶやくのであった。

 

「“光の速さ”で、運搬されたことはあるかい~?」

 

「なっ、な———」

 

 ないです。

 その言葉を最後まで言い切るより、私の意識が途切れる方が早かった。

 ただ一言伝えるとすれば、高速に近づくと物の見え方が変わってくる⋯具体的には色彩がおかしくなるというが、どうやらそれは本当だったらしい。

 

 

 

 

 結論から言うと、私は無事だった。

 気が付いた時には、見知らぬ部屋の見知らぬベッドで眠り込んでいたのだ。

 一旦目を覚ましたけれど、怠いからもう一度意識を閉ざして。そうして二度寝をした後、ようやく起き上がったところが今である。

 ひとまずタオルケットを退けて、身体を起こす。そしてベッドに座り込んで辺りを見回してみた。

 

 自ずと察せるのはここがホテル、あるいはマンション⋯それも相当に高級な物であるということだ。

 なにせ街を見下ろすようなクソデカいガラス窓があるのだ。

 家具のひとつひとつもシンプルながら、なんとも触り難いような箔がある。見慣れないワンポイントがあしらわれているのも、高級そうなブランド感を演出していた。

 床も大理石っぽいし、ステレオタイプな成金が住んでいるタワマンといった感じである。

 

「やっばぁ…」

 

 思わず声が漏れる。

 これは、龍が如くでしか見たことのないヤツだ。ヤクザの偉い人が住んでるところそのものである。

 

「起きたのかい〜?」

 

 不意にあの特徴的な声が響いて、身体が震えた。

 振り向けば、そこにいたのは、黄猿であった。

 

「そんな怯えなくていいよぉ〜」

 

 ひよこのアップリケがあしらわれたエプロンを巻いて、唐揚げを盛った大皿を手に歩いている。

 訳がわからない。異常だ。

 

「ショックなのもわかるけどねぇ〜」

 

 高級そうなテーブルの上に山盛りの唐揚げを置いた黄猿は、そのすぐそばにある真黒なソファに腰掛ける。

 そして一息付いたと言わんばかりに大きく息を漏らした。そうして唐揚げを見下ろした彼は、また口を開いて神妙に呟く。

 

「おっと〜、大事な物を忘れていたねぇ〜」

 

 瞬間、私の視界が切り替わった。

 おそらくは光の速度で着席させられたのだろう。気軽に対面に。

 目の前には、先程黄猿が運んでいた家庭的な唐揚げと、キャベツの千切りが盛り付けられた大皿。そしてご飯の盛られた茶碗に、味噌汁と箸が置かれている。

 どうやら彼の言う『大事な物』とは、ご飯と味噌汁と箸⋯この三つのことであったらしい。

 そんな食卓のことはそこそこに、感じているのは恐怖であった。テーブルを挟んだ向こう側のソファに腰掛けている黄猿。これがあまりにも威圧感に溢れている。

 覇王色の覇気とか漏れてるんじゃないの?

 

「"光の速度"で食卓に付いたことはあるかい〜?」

 

「な、いです…」

 

 その言葉にかろうじて答えると、彼は満足げに何度かうなづいた。

 そして片手で私の前の茶碗を指さして、告げる。

 

「食べなよお〜」

 

 それが強制でないことは流石にわかる。

 彼に私を圧迫しようとする意図がないこともわかる。

 それでも相手が相手故、断るなんて到底できそうにない。本当はモノを食べたいような気分ではなかったけれど…

 

「はぃ…」

 

 承諾した。

 箸を右手に、ご飯を左手に持つ。動きは緊張からか、空腹ではないからか、少々ぎこちないものであった。

 そして適当に、一番手前にあった唐揚げを標的に選ぶと、グサリと突き刺す。

 刺し箸。それがあまりお行儀の良いことではないとは知っていたが、こんな状況で挟もうとしても滑り落ちてしまいそうだったので、やむなくそうした。

 

 そしておもむろに一口。

 

「…美味しい」

 

 特徴はない。

 まるでスーパーで買ってきた唐揚げの粉を使って仕上げたような、なんとも家庭的な味である。

 そして何より、それは母親の唐揚げに、不思議なほどによく似た味をしていた。

 

 あぁ、家に帰りたいな。

 

 ぼんやりと思う。

 疲れた時は、家でゲームをしたくなるものだ。

 

 もう家も、ゲームも、ママも、どこにもないけれど。

 

「…美味しい」

 

 思わず涙がこぼれる。

 現実感なんてかけらも無いというのに、どうしてこんなに悲しいのだろう。

 悪い夢みたいな状況なのに、どうしてこの唐揚げはこんなにも熱くて、美味しいのだろう。

 

「わっしも食べるかね〜」

 

 そんな私を見て何の反応も示さないのは、きっと彼なりの優しさだったのだろう。

 あっという間に一個目を平らげ、二つ目を把持した私は、早速それを頬張る。

 黄猿もまたお茶碗を片手に持って、唐揚げを頬張った。

 

「お〜、とことん揚げ物染みてるねぇ〜。こんな脂っぽい鳥、見たことがないよお〜?」

 

 次の瞬間、彼はお茶碗と箸をテーブルに置いた。

 一口分だけ食べられた唐揚げが、ごはんの上で肉汁を溢している。

 食事の手を止めた彼が、一体何をしようとしているのか…うっすらと察するが、だからと言ってどうしようもない。

 

 彼は無造作に、大皿の脇に添えられていた二分の一カットのレモンを手に取った。

 そしてこれを山盛りの唐揚げの上に持っていき、強く絞る。強靭な握力にさらされたレモンは、10秒足らずでクシャクシャの搾りかすとなった。

 そんな量のレモン汁をぶちまけられれば、それを被った唐揚げは、当然一つや二つでは済まない。全てだ。

 

「あっ」

 

 思わず声が漏れる。

 私は唐揚げに、レモンをかけない派の人間であったのだ。

 もっとも彼は、私の命の恩人だ。唐揚げにレモンかけられたからといって⋯例えそれが私の愛する味を壊す行為であったとしても、何も言いはしない。

 

 ただ、私の心の中で、ベン・ベックマンが囁いたのである。

 

『何もするな…"黄猿"!!!』

 

⋯⋯なお、唐揚げはその後、ちゃんと美味しく頂いた。

 レモンかけるのも悪くはない。そのことを知れたのは、きっと大きな収穫だろう。




黄猿合作をキメた時に見た幻なのでストーリーなんてありません。
(続きは当然)ないです。

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