一切の曇りがない空。どこまでも続く草原に、さわやかな風が駆け抜ける。身の丈ほどの巨大な剣をその手に、彼女はただボーっとそこにいた。遠くに見える山は所々を円くくりぬかれ、時折聞こえる咆哮は風と共に去ってゆく。
アラガミ。いつしか発見されたオラクル細胞の集合体であり、地球上を蹂躙する存在。通常兵器は効かず、あらゆる物体の性質を己の物とする力に、人類は衰退の道をたどっていた。神の如く、圧倒的な脅威。そんなアラガミに唯一立ち向かえる存在、ゴッドイーター。彼女はその一人だった。
「どういう事ですか。あなた方は確かに、私よりも早く出発したでしょう?」
無線機へと問いかける。
『ごめん、いつも通り直感に頼って行こうとしたら、なんか迷った』
『そうだ、ついて行っただけの僕は悪くないぞ』
二人の男性の声に呆れながらも、地面へ剣を突き立てる。
「作戦開始時刻まで、まだ時間があります。迷わないようお願いしますよ、先輩方」
適当な返事を聞きながら、彼女はそっと腰を下ろす。
『ガミラさんの直感、外れることもあるのですね』
驚きながらも、呆れが混ざった様子で、オペレーターが会話に参加する。
『ガミラ隊長だ、隊長』
元北欧に位置するオスロ支部。そこには三人のゴッドイーターが所属していた。
「ハルマさん、念のため今回の作戦について、もう一度お願いできますか? ガミラさん達があれですので、忘れているかと」
地球上に残る植物は、かつての八割を失った。わずかに残された二割、その一部がここにある。緑に輝く草原地帯。遮るものは何も無く、天高く見下ろす太陽が柔らかな日差しを注いでいる。
『そうですね、今回の目標はヴァジュラ一頭の討伐です。この支部では珍しい種ですね。非常に巨大で、電撃を利用し攻撃するようです。常に最大限の注意を忘れずに』
地平の彼方に、二つの人影が見える。それはまだ小さく、声が届くほどの距離ではない。
『間もなく作戦地域に到着する。そういえばヴァジュラと言いや、極東のやつらはこいつを倒してようやく一人前、らしいな。あいつら、化け物かよ』
息切れしながらも笑い飛ばす彼。
「そんな事どうでも良いので、内容は把握しましたか?」
呆れながら言い放つ。遠くに見える人影は、少しずつだが大きくなってきている。
『僕は覚えていたよ』
ディニアが、ガミラとは違うと主張する。
『ディニアぁ? だったらこれからは一人で目的地に向かおうな』
立ち上がり、二人の位置を確認する。それぞれ巨大な銃と、剣とを持つ二人。そして、真っ白な鬼のような形相の、アラガミ達……
『それは困るな、僕は方向音痴なのでね。それに何よりも面倒だ』
私は刺していた剣を抜き、形状を変化させながら持ち替えた。
「あのぉ、先輩方? お二人に熱烈なファンが付きまとっているようですが?」
直線距離で五百メートルほど。銃になった武器を手に、二人へと疑問を投げかける。
『まぁ、別に俺らは特別モテる、って訳じゃ無いけどねっ』
飛び掛かるアラガミを、どうにか避ける。
『ガミラがこいつらの中に、突っ込んでいったんだよ』
『お二人とも、責任もって作戦開始時刻までには倒しておいてくださいね。今回の敵は三人でも手に余る存在ですよ?』
話半分に聞きながら、私はバレットの変更を行う。間もなく射程圏内。弾数を確認し、銃口を彼らへと向けた。
「すいませんハルマさん、私がどうにかします。先輩方は頭、下げておいてください」
発射される弾丸。銃口から急角度で空へと撃ちあがる。弾丸は一定の距離を飛ぶと、その場でとどまる球体へと変化した。
『おい、馬鹿野郎! 殺す気か!』
球体は再び弾丸へと変質し、アラガミへと飛翔する。着弾と同時に起こる爆発。数回にもわたる爆発は、二人のゴッドイーターごと吹き飛ばした。
「後輩よりも遅れ、その上作戦地域に他のアラガミを連れ込んだんです。これぐらいの罰はハルマさんだって許してくれますよ」
捕食形態に変化させ、アラガミのコアを抽出する。元々は単細胞生物の集合体であるアラガミは、その細胞の核を抽出しなければ、またその核を中心に再構築される。通常の状態でも核を抽出することは可能であるが、こうしてしっかりと倒してから抽出する方が成功しやすい。
「仕方ないだろ? オウガテイルがあれだけたくさんいたんだ。時間も無かったから途中で降り切ればいいと……」
『そうやって、命の危険になるようなこと、今後は絶対に避けてください。作戦終了次第、始末書を書いてもらいます。当然、ディニアさんもです』
剣と盾を備え、接近戦を主として戦うガミラ。巨大な銃を両手で持ち、中、遠距離で戦うディニア。彼らは第一世代と呼ばれる。
「へいへぃ、新型様の方が優秀ですよ」
ふてくされながら、彼は無線の向こうへと音声を飛ばす。
第二世代、近接用の剣と盾、遠距離用の銃。その二つを変形させ、距離と状況に応じて使い分ける。その全く新しい戦い方に、新型とも呼称される。
『みなさん、討伐目標が作戦地域に侵入しました。作戦を開始してください』
了解の掛け声と共に、三人は走り出す。レーダーに映った大きな赤い点。それは討伐目標バジュラの位置を示している。敵の外見は資料で確認してある。虎のような見た目に、六つに引き裂かれたようなマント。電撃を中心に、俊敏で多彩な攻撃を放ってくる。
「発見した。散開し待機だ」
オウガテイルの死体を捕食し、まだこちらには気づいていない。私は銃形態に切り替える。
『こちらディニア、配置についた』
「こちらメイル、同じく配置につきました」
無線に向かって話しかける。残るはガミラだけ。
『おっけい、二人ともいいな。行くぞ!』
合図と共に、銃弾を放つ。放たれる弾丸は、先ほどと全く同じ軌道をたどる。響き渡る巨大な銃声。その音に、バジュラがこちらに気が付いた。戦闘の開始を告げる咆哮。遮るような物が何もないフィールドで、それはどこまでも轟き渡る。果敢にも後ろ足へと切りかかるガミラ。だが、強靭な体毛にその刃は退けられる。
『メイル聞こえるか、俺の装備では後ろ足に大きなダメージは期待できない。俺が気を引くから遠距離から削ってくれ』
切りかかった存在へと振り返り、強烈なパンチを叩き込む。展開される巨大な盾。私は剣へと変形させると、その背後へと走りこむ。
『おい、馬鹿下がれ!』
切りかかる瞬間、強く地面を踏み込む。狙う先は足ではない。尻尾だ。空中で水平に振られる剣。それは深く尻尾を切り込んだ。
「ガミラさん、尻尾は切断しやすいと、極東に依頼した資料にはあったはずで……」
『避けろぉ!』
広げられていたマント。バチバチと、激しく帯電しているのが確認できる。ヴァジュラ自身を中心に、広範囲を電撃が伝った。
「助かりました、ガミラさん」
少々ダメージを負いながらも、どうにか盾の展開が間に合った。しかし私の小さな盾では、完全に防ぎきることはできない。
『礼は後だ』
長距離からの狙撃。それに援護されながら距離を開ける。
『弱点は尻尾だな?』
「そうです。簡単に刃が通ります」
挑発フェロモンを使い、目立つ巨盾でひきつけ続ける。ガミラの装備は、どちらかと言えば守備寄りだ。バジュラはマントから空中へと電気を送り込み、一つの雷急を作り上げる。
『了解した。ディニアは遠距離から援護。俺とメイルで削る。メイルは活性化に備えて、スタングレネードをいつでも使えるようにしておけ』
彼は飛ばされた雷球受け止めると、一気に股下へともぐりこむ。ワンテンポ反応が送れる敵。私はその隙を逃さず尻尾へと切りかかる。着地し反転、切りかかろうとした瞬間、敵は高く跳躍していた。展開されるマント。瞬間的に作り上げられる五つの雷級が、散弾の如く降りかかる。それらが地に着くよりも早く、盾を展開した。激しい爆発と衝撃が、周囲を包み込む。私は吹き飛ばされながらも、地面に強く足を押し付け、ガードの反動を押さえつけた。ビリビリと帯電した空気。
『メイル、早急に離れろ』
ディニアからの通信を受け、大きく横へと転がり込む。一瞬の差だった。元いた場所で電撃による爆発が起こる。ガミラのすぐ目の前に巨体。敵の強烈なタックルが見事にヒットした。狙撃による細く、大量の弾丸が敵の頭に当たる。だが硬質化したその場所、ダメージは大きくはない。手にしていた金属の物体。それについたリングを引き抜き、敵の顔面へと投げつける。激しい閃光。スタングレネードの輝きに、ヴァジュラは大きくのけぞる。
「ガミラさん、大丈夫ですか?」
倒れるガミラを助け起こす。まだ、怪我は深くない。
「早く立ってください!」
助走をつけ、飛び掛かる敵。二人は素早くその場から離れた。飛び掛かった衝撃で、草が舞う。
『悪い、心配かけたな』
飛び掛かり直後の隙を突き、二人は反撃する。私は尻尾を、ガミラは胴体を。細い弾丸が頭部に当たる。だが、大きなダメージは無いようで、鬱陶しそうに頭を振ると弾丸の元へと走り出した。
『ディニア、そっち行ったぞ!』
「カバーに向かいます」
二階建ての建物ほどの大きさを持ち、体格に合わない俊敏性。私は大急ぎで追いかけるも、どんどん引き離されてゆく。
『貫通弾が通らない』
熱を持った弾丸が、私のすぐ横に着弾する。
「ディニアさん、頭なら爆破とか放射を使ってください! そして、資料をちゃんと確認しておいてください!」
走った勢いをそのままに、ディニアへタックルする。彼は余裕をもって飛び込むと、バレットを切り替えた。
『爆破か放射だな、でも僕のはスナイパーだ。ダメージは期待できないぞ』
「だったら頭は私がやります。遠距離からの援護をお願いします。あと、貫通弾なら前足を狙ってください!」
銃形態に変形させると、バレットを切り替え、弾丸を放つ。丁度振り向いた敵の頭へと緩やかに追尾し、弾は着弾と同時に爆発を起こす。二発、三発と叩き込まれる弾。その激しい爆発により、頭部を大きく損傷させる。
『頭部のオラクル反応弱体化。結合破壊を確認しました』
ようやく命の危険を感じ取ったのか、再び咆哮を轟かせる。
『敵オラクル細胞活性化、敵の挙動に注意してください!』
ゆっくりと向けられる顔。そこから吐き出される空気には、強い電流が含まれているのが分かる。だが、いくら活性化したところで、そうそう弱点は変わる物ではない。頭部へと狙いをつけると、引き金を引いた。だが、予想した攻撃は行えず、代わりに空しく、小さな金属同士がぶつかる音だけが響いた。
「うっそ、弾切れ?」
視界から敵が消えた。活性化による俊敏性の強化により、瞬間的に回り込まれる。広げられるマント。ヴァジュラ自身を中心に、放電が行われた。先ほどまでの放電とは違う。圧倒的な火力に範囲。まともにガードすることがかなわず、全身に電流を浴びてしまった。それに伴う痛みで、地面へと倒れこむ。
『メイル! おい、メイル! しっかりしろ!』
『ディニア落ち着け! まだ手足はくっついてるぞ!』
唐突なフラッシュに、バジュラは足を滑らせ転倒する。ガミラは素早く尻尾へと切りかかる。
「メイル、大丈夫か?」
簡単に応急処置を済ませると、私はすぐに立ち上がった。
「ちょっと痺れが残りますが、問題ありません。ガミラさんは?」
短い剣による圧倒的な手数を武器に、ガミラは尻尾を切り刻む。転倒していた敵は、ゆっくりと頭をもたげる。
『こちらは問題ない。援護を頼む、もうすぐ尻尾が切れそうだ』
尻尾を攻撃し続けるガミラへ、ようやく立ち直った敵が素早く振り向く。振りかざされる巨大な爪。だが、それが届くよりも早く盾が展開される。わずかに残る痛みを押さえつけ、叫びながら切り付ける。尻尾が落ち、苦しそうに体を震わせる。
『さすがだ。ガミラ、くれぐれも剥ぎ取るなよ?』
走りこみながら水平に切りかかる。すれ違う瞬間、顔の近くで電気が弾けた。
『馬鹿野郎! 鮮度が命なんだよ!』
大きく跳躍する敵。だがこの技は一度見た。瞬間的に距離を開け、盾を向ける。空中で造られた五つの雷球が、激しい爆発を巻き起こす。
『もうすぐだ』
ガミラが何かを待っている。咆哮しながらマントを広げ、威圧する。一度マントを下ろすと、再び広げる。
『メイル、ディニア。一気に行くぞ!』
私とガミラは、丘の上へと着地した敵へと走る。傾いた太陽を背に、獣の王は立ちふさがった。でも、私たちはゴッドイーター。たとえどれほど強力なアラガミだろうと、喰いつくす。
敵の前方に、五つの雷球。それが私たちへと飛ばされた。一瞬だけ五方向に直進し、緩やかにカーブしながら、向かう私たちを迎撃する。決して怖くないわけではない。でも、敵を倒すことが出来る力を、得た存在だから。
瞬間的に片足を強く地につけ体をねじり一回転、背を向けた状態で走り抜ける。変わることのない勢いをそのままに、強引に体を後ろへと倒す。二発目の雷球が前髪を焦がした。完全にスピードが消えるよりも早く、私は立ち上がり加速する。三つ目の雷球が正面から飛来。当たるよりも早く、武器を地面に強く突き立てる。手に込められる力。私は高跳びのように、高く跳躍した。
空中で目があった。どことなく、悲しそうな目。お前がどれほどの人を喰ったのか、あの世で確かめるといい。天へと掲げられた巨大な剣。その刃はヴァジュラの顔へと、まっすぐに振り下ろされた。
夕日を背後に、長い影を落とす三人。尻尾を失い、頭部を砕かれた神の死骸に、彼らは剣先を向ける。捕食形態へと変形させ、私はコアを取り出した。
「作戦完了、だな。ハルマ聞こえているか?」
遠くの円くくりぬかれた山。そのくりぬかれた部分に、赤い太陽がすっぽりと埋まっている。神によってもたらされた絶景。外を出歩けるゴッドイーターにのみ、与えられた特権だ。ガミラとハルマとのやり取りを聞き流しながら、そんなどうでも良い事を考えてみる。世界はまだまだ広い。いつか、平和になったら……
『偏食場パルスに乱れが! こんな反応、見たことがありません! 』
ハルマの声が、唐突に悲鳴のように変わった。
「おい、ハルマ。落ち着け何があった?」
唐突に包まれる不穏な空気に、私とディニアはガミラの元へと近づく。
『しゅ、周囲のアラガミがそちらへと向かっています! 最低でも、先ほどのヴァジュラクラスが、五十以上! 』
驚愕と動揺。三人の様子を表すには、この二つの言葉で十分だった。
『特大なアラガミの反応! 囲まれる前に逃げてください! 』
ガミラはゆっくりと武器を持ち上げる。
「もう、遅せぇよ……」
先ほどと同じ見た目のヴァジュラはもちろん。ヴァジュラの顔の代わりに、青白い女性の顔をつけたアラガミ。逆に真っ黒な男性の顔をつけたアラガミ。もしアラガミに種と言う物があるならば、ひとくくりに出来るであろう。全方向を完全に囲まれ、私たちは背中を合わせて武器を構える。
「こりゃ、きっつい」
乾いた笑いが、顔をゆがませる。あらかじめ弱点を調べ、三人でようやく倒せたバジュラ。それが今、信じられないほどの群れを作り上げている。
「ガミラさん、あれ!」
遠くから聞こえる地響き。群れの固体とは大きく違う、金に輝く巨大なヴァジュラ。そのサイズは、先ほどの四倍ほどだろうか……
「うわぁ、この前起きた月の緑化と関係あるのか?」
一定の距離を開け、円状に作られたアラガミによるフィールド。そこに黄金の巨大ヴァジュラが降臨した。
「なんだか、怒ってませんか……」
これまでの比にならない巨大な咆哮。全員が素早く散らばった。
『散らばっちゃまずい、集まれ!』
圧倒的なスピードで、ディニアを追いかける。一歩歩くたび、揺れる大地。私は銃へと変形させると、敵へと撃ちこむ。天へと上る弾丸は、奴のマントへと着弾した。だが、怯ませることどころか、こちらに注意を向けることもかなわなかった。
『くっそおぉ!』
周囲を囲むアラガミの群れに、彼は逃げ場を失う。走り出すガミラ。だが距離がある。黄金のそれは巨大な体格を生かし、逃げるディニアへと飛び込んだ。緑の草原に、真っ赤な花が一輪。ディニアが持っていた銃が、地に落ちた。
『ディニア! 応答しろ、ディニア!』
叫び声と共に、切りかかるガミラ。同時に、広げられるマント。
「ガミラさん、戻って!」
敵を中心に、極めて広範囲を電流が流れる。通常のヴァジュラ以上の電力の前に、ガミラはなす術も無く倒れた。敵は悠々と振り返ると、倒れたガミラの頭部へと前足を振り下ろした。
『ガミラさん! 応答してください、ガミラさん!』
目の前で二人を失い、私は考えることが出来なかった。まだこの支部に来てから日は浅い。ゴッドイーターとしても未熟な私に、いろいろな事を教えてくれた先輩方……
神の余裕か、ゆっくりと吐息がふりかかるほどにまで接近する。
あぁ、人じゃ神に勝てないんだ……
震える手から、武器が落ちた。
『だれか! 応答してください、だれか!』
使い手がいない無線機が、悲しげな声を上げている。血に濡れ、壊れかけのその機械。真っ白なアラガミが、爆破と共に踏みつぶした。
完結してます。
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