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痛い…。
ああ痛いです、これは。
今まで死んでいった皆様は、こんな痛い思いをしながら人生の終わりを迎えたのでしょうか。ならばこの程度の痛みで音を上げるなど出来ません。
これで許されるなど口が裂けても言えませんが、私達が“殺した”彼らに報いるためにも、もっと痛く、もっと惨めに死ななければ。
そう思ったら先程までの痛みが生温く思えてしまって、これでは罰にならないと刺された腹部が別の意味で熱を上げ始めました。
「……
「………何」
ですがその苛立ちは、ご主人様を視界に収めたことで霧散してしまいます。
私が変わる切っ掛けとなった彼らですが、やはり今の私の根源とも云えるご主人様とは比ぶべくもありません。
もう幾ばくも無い最期の
「どうして…皆様を……そのまま行かせたんですか……?」
「…………別に意味なんてないよ。………ただ面倒くさくなっただけ」
私はメイド失格です。そこに敬うべき主が居ながら床に倒れ伏し仰ぎ見るとは『超高校級のメイド』の風上にも置けません。
空ろ様はそんな私を咎めず、ただ虚空に視線を向けながら質問の答えを返してくださいます。
「それならどうし……て」
吐血した液体が肺に逆流し、誤嚥します。天井から落ちてくる破片が身体に当たったりもしますが、そんな些末事に意識を割く時間さえ今の私には惜しかった。
「どうして……今脱出しようともせずに……ただじっとしていらっしゃるのですか…?」
「………それはお前も同じだろう」
「私は…どうせ……もう駄目、ですからね。
血を流しすぎて……これから何分以内に死ぬでしょう…」
「…………」
空ろ様の横顔からは何も感情を読み取れません。全てを諦めてしまった何時もの無表情がそこに在るだけでした。
「………空ろ……様…」
だから不相応にもその諦念を変えてあげたくて、私は――
「…私が……空ろ様の命令を聞かずに………、ずっと逆らった理由が…やっと…分かったんです……」
「…………」
「……
違う、彼女を呼ぶときはもっと…!
「……菖蒲…
“お前はこんな事をする人じゃない”んだって。
「…………」
「当然……ですよね………お友達に……絶対やってはいけないことを……やってしまったから…
……こんな風になるのは……あたり…前……」
「げほっ!! げほっ!!」
ああ…、駄目、まだ……
「………やっぱり、影響されすぎたみたいだな、平良茜」
!! 空ろ、様……!
「ふふ…、それは空ろ様も同じではありませんか……?」
「空ろ様の……“天運”なら……金城様たちは……絶対に脱出できなかった…筈です」
「…………」
「…でも……あの方たちは、あまりにも簡単に……ここから脱出しました…」
「空ろ様……本当は………あの方たちを生かしてあげるつもり…でしたよね……?」
「…………」
「…………勝手なことを言うな。僕はただ江ノ島盾子に脅威になる奴らを殺そうとしただけだ」
江ノ島盾子、ですか。自らが持つ“天運”の力に絶望し、心閉ざした空ろ様を言葉巧みに騙し利用したあの女の顔を思い出すだけで腸が煮えくり返ります。
私が傍にお仕えした時には既にあの女が居て、どれだけ言葉尽くし離反を促しても空ろ様は決して首を縦に振りませんでした。
私は空ろ様に救われたのに、私ではあなたを救えない。
それを知って幾度となく涙を枯らし、何度絶望したことか。
でもようやく空ろ様を縛り付けていたものが、江ノ島盾子が掛けた呪縛を解く日が本当に、ようやくやって来たのです。
「空ろ…様も……前田様の…記憶に…影響されたんです。
……いいえ、……空ろ様は……最初からこういう方だったのかも……知れません」
「…………」
「空ろ様が…本当に悪い方だったら……私を救ってくれるはず……ないですもんね……」
「…………」
「……空ろ、様………あなた……今死のうとしているんです…よね?」
「…………」
空ろ様の居ない“平良茜”が私を変えたように、
“天運を忘れた前田様”として過ごした経験が貴方を絶望から救ったんです。
「ダメですよ……
死んだら私達が殺めた皆様の想いまで無駄になってしまう。
「……生きて…ちゃんと自分の罪を……償って、ください…」
「…………何を勝手に言ってるんだか」
「だって…空ろ様………」
そこでもう一度、空ろ様の横顔を仰ぎ見ました。
「今………笑って…いるんですよ……」
それは江ノ島盾子にも出来なかったこと。
私がずっとずっと願い焦がれてきた笑みを浮かべ、私が変えられなかった諦観は皆様との交流の中で少しずつ変化していきました。
空ろ様を救ったのは決して絶望なんかじゃない。もっと素敵な出会いが彼を変えてくれたのだと、私はそう確信しました。だから……
「…………」
「だから……ここで終わらせることだけは……なさらないでくだ、さい……」
「…………何をしている」
「…脱出、するんですよ……」
自らが作った血の海から身体を起こし、空ろ様を抱えて出口を目指します。
「……無駄な事を。この研究所もじきに崩れる。お前が僕を逃がす前に死ぬのが分からないか」
「なら……そう願えば…いいではないですか………空ろ様の“天運”なら……造作も…ない事でしょう…」
「…………」
空ろ様、生きてください。生きて、江ノ島盾子が滅茶苦茶にしたこの世界を再び平和に戻しましょう。
それで罪滅ぼしになるかは分かりませんが、それをして初めて皆様が遺してくれた想いに意味が生まれると、私は思うのです。
「覚悟……してくださいね………此処を…出られたら……もう言い訳は無しです
そして……認めて…ください……あなたが本当は………絶望なんて…望んでいない……ことを…」
「…………」
本音を言うなら傍でお仕えしながら見届けてあげたかった。
でもこの身体では“天運”でもどうにもならない事は想像に難しくない。流石の空ろ様でも物理的に不可能な事は実現できないでしょう。
「空ろ様…」
「…………」
「…私は………いつまでも……」
たとえ何があっても
「…あ………なたと………
………永遠に………一緒、に……」
そんな言葉を言い残し、平良茜は倒れた。
もう限界だったのだろう。いや、限界などとうに過ぎていたか。
奇跡など起きない。彼女から一方的に提言された償いに関してもこれで無効だ。
これで良い。予定とはだいぶ異なるが、後は江ノ島盾子が用意したシナリオ通りとなるだろう。
それで全てが終わる、筈なのに……
「………平良茜」
何故こんなにも心が優れないのだろうか。
「…僕は……なんの意味を持って生まれてきたんだろうね」
過程を生まず、望む結果しか齎さない“天運”に縛られた人生だった。
両親からは幸せになる道具程度にしか見て貰えず、自分を求めて周りがおかしくなるのを黙って眺める毎日。
そこに居場所はなく、ただこの才能に弄ばれる者達から容れ物扱いされるばかりだった。
幸せも、感動も、達成感も何も無い。やがて全てを諦めた僕は飽きて、ただ江ノ島盾子が思い描くシナリオに加担する役者に成り下がった筈なのに。
「もし僕が…こんなおかしな力を生まれ持っていなかったら……」
“前田勇気”のような人生を……送ることができたかな?
「そんなの、僕だって分からないよ。身体は一緒でも辿って来た人生まで同じな訳ないんだからさ」
「! お前は……」
前田勇気。どうしてお前がここに…
「生きる意味だって? 確かにこれまでのお前を見てたら疑問にも思うだろうさ。でも
「………罪滅ぼしか。だがそんなものはただの自己満足に過ぎない。自分が許される理由に他人を使ったところで意味など生まれない」
「逃げる言い訳に他人を使うなよ。お前のソレは自分のやってきた所業を認めるのが怖いからって事実から目を背けてるだけだ。どれだけ罵倒され、恨まれようと、僕らは自分の犯した罪と向き合わなくちゃいけない」
「…………」
「それが僕らの生きる意味。皆に希望を託され、次に繋げる者の使命なんだ!」
希望をつなげる、か。それは絶望に堕ちたこの世界では途方も無く大変で、荒唐無稽な話なんだろう。
結果だけを操る“天運”では決して成し得ない。人々の意思――すなわち希望だけは“天運”に左右されないため、僕一人の力では到底戻すことなんて叶わないだろう。
でもだからこそ……仮に人々に“希望を与える”という過程の果てに世界を戻せれば、それは天運に与えられたのではなく自分の力で為した結果だと云えるのではないだろうか。
「…………できるだろうか、僕に」
「出来るかじゃない、やるんだ。少なくとも僕なら――“前田勇気”なら絶対にそうする」
「そうか………そうなのかもな」
“空ろ…様も……前田様の…記憶に…影響されすぎたんです。
……いいえ、……空ろ様は……最初からこういう方だったのかも……知れません”
その時ふと平良茜の言葉が思い出される。
生きることに飽きてしまった今ではもうどちらが正解なのか分からない。
だが未来でも答えに彷徨っていたら、自分を慕い付いてきてくれた従者の期待まで裏切ってしまう。何となくそれは厭だと心が拒否したため、慣れないながらも久方ぶりに表出した感情の赴くままに行動しようと決めた。
「平良茜………僕はお前が望んだように世界を救って罪を償うことにした。
……だがここから先は“天運”があっても乗り切れるかは分からない。絶望を従えた江ノ島盾子や噂のカムクライズルが相手では僕でも勝利は厳しいだろう」
だから……
「僕と共に来い、平良茜。僕に押し付けておいて自分だけ逃げるなど許さない。生きて罪を償うのはお前も一緒だ。勝手に僕に託して逝くんじゃない」
お前くらいだ。僕を“天運”の容れ物ではなく一人の人間として見てくれたのは。
周囲が僕を利用とする中で、僕の心や将来を憂いたのはお前が初めてだったなと……今になって漸くその事に思い至った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えー、オマエ等のような才能あふれる高校生は世界の希望に他なりません。そんな素晴らしい希望を保護するため、オマエ等には〝この学園内だけで〟共同生活を送ってもらいます!」
苗木たちは混乱した。入学式に出席するため希望ヶ峰学園に足を踏み入れたと思ったらその瞬間、目の前の景色が歪み意識を失ったのだ。
そして窓に鉄板が打ち付けられた教室で目を覚ますと、不気味な放送に導かれて同じく状況が掴めないクラスメイト達と今の話を聞かされた。
正直言って意味が分からない。学園長を自称するこのモノクマとかいう奴は、あろうことか僕らをこの学園に閉じ込め一生暮らせと言ったのである。
当然僕を含めて非難の声が上がるが、それを見越していたモノクマから「ただし…」と追加の情報が伝えられる。
「そんな学園を出たいという人の為に、あるルールを設けました」
そこで出たルールというのが【卒業】である。学園内では秩序を守った共同生活が強いられる訳だが、もし仮にその秩序を破った者が現れた場合……その人物だけが学校を出られるという荒唐無稽なモノだった。
「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺…殺し方は問いません。誰かを殺した生徒だけがここから出られる……それだけの簡単なルールだよ」
皆の表情が一瞬にして強張る。人が人を殺すこと。
その意味が分かっていないのは、まだこれを学校側のレクリエーションと思い込んでる葉隠くらいのものだ。その他の面々……あの十神ですら汗を滲ませてモノクマの説明に聞き入っている。
「うぷぷ。最悪の手段で最良の結果を導けるよう、せいぜい努力して 「何処かで見たような光景そのままだな。超高校の絶望が考えたにしては安っぽいと謂わざるを得ない」………は?」
しかしそこに聞き覚えの無い声が被せられ、モノクマの言葉を遮った。
「………嘘、何でいるのさ」
「素が出てるぞ江ノ島盾子。どうした……らしくもない。鳩がガトリング銃でも食らったような顔をして」
後ろを見れば、体育館の入り口から見知らぬ男子生徒が此方に歩いてきていた。
濁った眼をした以外これといって特徴のない彼はその目をモノクマに向けると、直線状にいた何名かが根源的な恐怖を感じ取り自然と道が開ける。
「大方送ったデータを見てなかったんだろ。お前はそういう奴だもんな」
「……あのさ、なにしてんのかって聞いてるんだけど。というかどっから入ってきたの」
「当然、正面玄関から。僕が願ったら“偶々”入口の扉が開いて入れただけだ」
「…あっそ。相変わらず無茶苦茶だねえ、
モノクマ越しに殺気が飛んでくるが、当の本人はあっけらかんとしている。全てを呪い殺さんとばかりに放たれる金城の本気の殺気に比べればこの程度、台風に混じるつむじ風にも等しい。
「おいおい、どういうことだこりゃあ!? 一体何が起きてるんだよ!」
「えっと…あのモノクマ? ってぬいぐるみと喧嘩しているみたいだけど、あの子も新入生かな」
「それより今、江ノ島盾子がどうとか言ったかしら。なら此処にいる貴女は誰かしらね」
「えっ……いや、えっと……(どうしよう盾子ちゃん! こんな時どう返せばいいの!?)」
台本には無かった展開に、江ノ島盾子に扮した戦刃むくろは動けないでいた。明らかな異常事態であるが、最愛の妹からの命令が無くては動けないほどに彼女が残念だからだ。
「あのっ! 状況がよく分からないんですけど貴方は味方ってことですか」
「危ないよ舞園ちゃん! ほら、こっちに」
「………話について来れないのは記憶を失ってるからだ。要は学園生活を思い出せば僕が説明するまでも無い」
「それってどういう……うっ!?」
前田の独り言に反応する間もなく突然頭痛に襲われた。舞園だけじゃない、その後ろでは霧切や十神までもが床に膝をつき頭を抑えている。
「……本当にどういうつもりだよ。今更正義感にでも目覚めちゃった?」
「まさか。お前に従っても僕の望むモノは得られない。だから彼らに味方したまでだ」
「それがどんな心境の変化だって言ってるの。君、前はもっとつまらない奴だったろ」
「そうか。で、今は?」
「最っ高♥」
底冷えするような返答と共に、オロオロしている役立たずに指示を与える。
こうなってはコロシアイどころではない。目の前の裏切り者を始末したら再び記憶消去装置にかけ、真っ新な状態からコロシアイを始めよう……などの二番煎じ染みた考えは欠片も持ち合わせていない。
「お姉ちゃん」
「えっ…なに盾子ちゃんどうしたの? 久しぶりにお姉ちゃんって言われて嬉しいんだけど皆にバレちゃ」
「そいつら全員……殺っちゃって♪」
「…え?」
準備からやり直すなんて、そんな絶望的に退屈で面倒なこと誰がするか。
外にいる未来機関に向けて希望が希望を殺す絶望的なショーをお送りする予定だったが、何だかどうでもよくなってきちゃった。
だから代わりに……
「ほら、はーやーくー。記憶の処理が済んでない今がチャンスなんだから。特に大神なんか動けない内に始末しちゃわないと後々面倒だし」
「えっと…良いの盾子ちゃん? まだ始まってもないのに」
「も~う! お姉ちゃんったらニブ~い! アタマ絶望的~! そんなものコイツが来た時点でとっくに崩壊してるんだって」
「え…、え……? そうなの?」
「……ハァ、どこまで残念なんですかこの姉は。こんなのと一緒に生まれてきたと考えるだけで絶望的……あ、凄くいいかも」
「ご、ごめんね駄目なお姉ちゃんで。分かった、私がやるよ」
江ノ島盾子……いや本物の江ノ島盾子の命令を受け、彼女の変装をしていた戦刃むくろがゆっくりと大神に近付く。
数年間を共にした仲間であっても、妹のお願い一つで躊躇なく始末できるのが自分だ。これまでだって邪魔になりそうな奴等は先んじて殺してきたし、妹の喜ぶ顔を見るためだけに便利な手足として頑張って来た。
大丈夫、私だって『超高校級の絶望』だ。盾子ちゃんと同じ性質の私なら、この絶望だって堪能して昇華できる筈だ。
「うっ! これは……江ノ島盾子、いや戦刃むくろ。お主は…」
「ごめんね大神さん。これも盾子ちゃんのためだから」
「や、やめて…! さくらちゃんがっ」
蹲る『超高校級の格闘家』を見下ろしながら、スカートの内側に隠しておいたサバイバルナイフを引き抜く。
彼女を殺したら次はジェノサイダー…の人格を有する腐川だ。その二人さえ始末すれば後はどうにでもなる。
「さようなら」
「で、終われると思いました?」
「――!!」
「アハ! 流石速いですね。でも油断大敵ですよッ、と」
バコンッ!!
驚異的反射速度から為された防御を、重い重い回し蹴りがぶち壊した。
振り下ろした凶刃が鍛え抜かれた肉体を破壊し蹂躙するその刹那前、そこに言葉の横やりが投げられ、咄嗟に回避した時には既に攻撃を食らっていた。
まるで車に轢かれたかの如く壁に叩きつけられると、追撃とばかりに爆弾が入ったぬいぐるみ――モノクマが飛んできた。
ドチュウゥゥ――ン…
「ふう…比嘉くんからサッカーの極意を教わってよかったです。凄くスッキリしました!」
「スッキリしました、じゃねーべ!? いきなり現れたと思ったらお前さん何してくれんだ! てか誰だべアンタ等!?」
「あっ、葉隠様…じゃなくてウニヘッド様。ご機嫌麗しゅう。大神様のピンチとお見受けしたので颯爽と助けに入っただけですよ」
「何で
これは意外や意外。最初に記憶の復元を終わらせたのは『超高校級の占い師』こと葉隠康比呂様でした。
才能以外特筆すべき点も無かった筈ですが…もしや年齢が関係してるのでしょうか。だとすると三度の留年も無駄ではなかったという事ですね。頭空っぽなだけかもしれないですけど。
「今なんかすげー馬鹿にされた気がするべ」
「気のせいです気のせい。それよりほら、早く私から離れないと危ないですよ」
「だべ?」
一応忠告はしてみたんですが、やはり葉隠様が意味を理解されるよりも彼方の行動の方が速かったです。
粉塵の中から先程とは違う得物が複数投擲され、それを2宙3宙と後方回転で躱します。すると遮る視界の向こうから江ノ島盾子……いや、『超高校級の軍人』戦刃むくろが猛スピードで私に接近してきたため、床に刺さったナイフを拾い彼女に応戦しました。
「お前は――平良茜!?」
「そうですよ~! 『超高校級の絶望』改め、“超高校級の完璧美少女メイド”こと平良茜です。お久しぶりですね戦刃様」
挨拶と一緒にウィンクも添えてあげたのですが、大した反応は有りません。相変わらずツマラナイ人ですね。
「どうして此処に居るの。盾子ちゃんから貴方達含め、コロシアイに関わる全ての痕跡を絶つよう言われてた筈だけど」
「あはっ、本当に頭残念ですね戦刃様ったら。私の主は空ろ様だけです。あの方が心を入れ替えたならあの女に付き従う理由なんて皆無ですよ皆無」
「そう、裏切ったんだ。なら殺さないとね」
「可能だと思います? 江ノ島盾子と貴方の二人だけで私達含めた78期生を相手しながら」
「出来るかじゃない、やるんだ。盾子ちゃんの為に。それが私の存在意義だから」
「そうですか。ならばメイドとして、全力でお相手しましょう」
一瞬の鍔迫り合いの後、互いに距離を開ける。
軍人とメイド。本来交わることの無い両者が相まみえ、人類の存続を懸けた希望と絶望の闘い――その前哨戦の口火を切った。
「うわわっ! 何か知らんがとんでもねえバトルが始まったべ!?」
先に動いたのは戦刃だった。モタモタしてたら他のクラスメイトも動き出す現状、様子見などと生温い事はしてられない。早々にケリを付け、モノクマの要望通り大神さくらを始末する算段だった。
“たかが”メイド。戦闘を生業とする自分からしたら役者不足も良い所だ。一瞬で懐に潜り込み、頸にナイフを突き立てればそれで終わり……
「見え見えですよ。一体いつから――私より速いと錯覚していた?」
「なっ…!」
「メイドはスピードが命。主の命令を迅速かつ正確に熟せないようでは、私は超高校級の称号を得ておりません」
しかしその刃が平良の命を刈り取ることは無かった。一流の軍人から放たれる攻撃をしっかり目で追うと、最小限の動きでそれを回避。
驚愕する戦刃むくろにサバイバルナイフでのカウンターを見舞うが、戦刃も流石の戦闘センスで凌ぎ切る。
だが、事ここに至って戦刃むくろは認識の甘さを痛感した。目の前にいるのがそんじょ其処らの量産メイドではないことを。
相手は才能を研究する希望ヶ峰学園のお眼鏡に適い集められた、正真正銘の天才メイド。それが今まさに主人の命令と、亡き友人達の想いを胸に対峙している。これで楽に勝てると思う方が間違いなのだ。
「何より……
「そう…厄介だね」
本当に、どう突破しよう。徒手格闘は心得ているが決定打に欠ける。かと言って本来の強みである武装制圧は予備ナイフ数本と手持ち的にも厳しい。ここに来て
「考えごとですか? 妹の方ならともかく貴女が頭を捻ったからって無意味でしょうに。……いえ、よく考えたら変わらないですね。姉妹揃って残念ですから」
「…あ”? 今なんて言ったお前」
「ですから、姉妹どっちも変わらないと言ったのですよ。だってウケますよね、77期生の先輩方を『超高校級の絶望』に堕としたのだって、元は御手洗様の才能ありきですし」
如何にも大物感出しといて、やってることが手柄の横取りとか絶望的にダサくないですか。
ビキッ
「………殺す」
「あはっ! 出来ると良いですね、鈍間な軍人さん♪」
二人の姿がその場から消えると、遅れて刃と刃のぶつかる音が体育館中に響いた。
「あいつ等出るジャンル間違えてるべ。これハイスピード推理アクションなんだけど」
そんな外野の声をBGMに戦いは熾烈さを極めていった。
致命傷になりかねない凶器に注意を払いつつ、偶に飛んでくる貫き手や足技を処理しながら隙を伺う平良茜。
スピードでは劣っているが、強靭な身体能力と実践で培われた経験を頼りに反撃に転じる戦刃むくろ。
共に機動力が強みの二人は戦う場を一か所に絞らず、ヒット&アウェーでどちらかが後退することも在れば壁や並べられた椅子の上なんかを縦横無尽に飛び跳ね、空間を三次元的に捉えながら戦いを継続していった。
「疾っ!」
「破ぁッ」
上段に振り上げられた脚と脚がぶつかり合う。パワーと頑強さに押し負けた平良がその場で身を翻すと、常人離れしたバランスと体幹で身体を床と水平に保ち、そこから右脚を付けて今度は左脚から躰道を放つ。
「そのふざけた身体能力は健在みたいだね。ジェノサイダーもだけど偶にいるんだ、こっちの常識が通じない慮外の怪物ってやつが」
「あんな殺人鬼と一緒にしないでください。こんなのはメイドの基本です。大体貴女だって十分“こっち”側じゃないですか」
「全然違う。私や大神さくらは訓練を積んでこうなった。才能を自覚するだけで力を発揮できる方が異常」
「あら、随分弱気な発言ですね。お得意の絶望ですか?」
「まさか。むしろ逆。怪物を葬るのはいつだって
「どの口がそれを言いますかッ」
不意をついた足払いも失敗に終わり、一旦体勢を立て直そうとしたその時だった。
着地した周囲の床が突如開き、その奥から鋭利な矛先が数十本こちらに向いていた。
「しまッ――」
「うぷぷ。グングニルの槍~!」
咄嗟に上へと飛び何とか
「残念だけど天運はボクに効かないよ。それを承知の上で乗り込んできたんだろうけど甘い甘い。キミのその油断が彼女を死に追いやるんだ」
「……」
「これで終わり」
モノクマが作った隙を逃すことなく狙いを定め、一瞬で仕留めるべく脚に力を集約した。
「……天運が効かない、か。それはどうだろうな」
「えん?」
器用に首を傾げ意味不明をアピールするが、空ろは静観を貫いた。
だがモノクマの目に内蔵されたカメラが走る
「残姉ッ、後ろっ!!」
「そこまでだ、戦刃よ」
「は…――ッ!?」
「がッ、ハぁッ――!?」
「感謝するぞ。空ろ、平良茜とやら。もう少しで我らは互いに疑心暗鬼となり、数年を共にした級友を殺めるところだった」
「大神、さくらァァァッ!!」
天は空ろに……いや希望側に味方した。間一髪のところで記憶の復元が終わった『超高校級の格闘家』が、戦刃を吹っ飛ばしトドメの追撃を免れたのだ。
その威力たるや、同じ状況で有効打を与えられなかった平良と比べると、今の一撃は間違いなく“キイて”いた。
「アタシも居るわよんッ!」
がしッ
「うわわッ、と」
更にはもう一人。腐川の裏人格たる『超高校級の殺人鬼』ジェノサイダー翔も加わり、落下途中だった平良を担ぎ上げ、何もない床へと避難させた。
「助けていただきありがとうございます。大神様、ジェノサイダー様」
「気にするな。礼を言うのはむしろ此方の方だ」
「アタシは白夜様からの命令が無きゃ動かなかったけどねえ。そ・れ・よ・りぃ、どの殺人鬼と一緒にされたくないってェ?」
「あら聞こえていましたの。申し訳ありません、嘘は付けない体質なもので」
「ゲラゲラゲラ! 良い性格してるわねアンタ!」
先輩二人に感謝を伝える平良を見やりながら、隣でフリーズしているモノクマに空ろは話しかけた。映像越しとは言え、内に秘めた動揺は此方まで伝わってくる。まあそうなるのも無理はないか。
「今までお前に天運は通じないんだと思っていた。だけど違った。お前が封じ込めていたのは僕が抑圧し力を弱めた天運に過ぎなかったんだ」
自らが持つ力に絶望し、ただ時間の経つまま生きる意味のない毎日を過ごしていたあの時。暇潰しで平良を始めとする恵まれない者達を救済していて、救われる彼女らを見た時僕はふと思ったんだ。
〝僕も天運さえなければ〟って
そして“幸運にも”天運が失われる願いを、天運自身が叶えようとした。
だが力の根源をどうにかすることは流石の天運でも不可能だったらしく、結局は弱体化という無難な結果に落ち着いた。
「本来ならその弱体化した天運すら退ける
狛枝凪斗の持つ『超高校級の幸運』をコピーしてね
「………」
「後から気付いて得心した。僕の天運は彼と同系統……即ち『超高校級の幸運』を理解・会得することで力の影響から逃れたんだと」
「だけど当時の僕はその事に気付かず、天運が効かないと勘違いし心酔してしまった。結果としてその隙をつけ込まれ、コロシアイに加担してしまったのは僕の弱さが原因だと謂わざるを得ない」
もし僕が江ノ島の誘いに乗らず、健全な生活を送っていたらきっとクラスメイトは死ななかった。平良も心に傷を負う事なく、波多乃菖蒲や仲間たちとこの絶望的な世界を乗り切っていただろう。
「だから今度は間違えない。天運から逃げるのはもう止めた。今はこの力で僕とお前達が破壊した世界を修復する」
その始まりとして、江ノ島。先ずはお前を捕らえ希望への足掛かりとする。
「………」
「少し話が逸れたが、要は“天運封じ”はもう通じないという訳だ。どうだ合ってるか」
「……うぷぷ、正解だよ。でもまだ勘違いしてるよね。本来の力を取り戻したとはいえ、干渉自体は可能なんだ。何ならご自慢の天運すらコピーして私様のモノに…」
「出来ない事は言うものじゃない。天運は『超高校級』の先にある。カムクライズルでさえ不可能な事を、お前が出来る道理はない」
「へえ、言ってくれるじゃん」
確かに、互いに干渉できるなら再び弱体化させるのも容易だろう。だが天運を模倣し、あまつさえ打ち消す? それが出来ないから絶望側に堕ちたんじゃないか。
もし仮に。本当に万が一僕の天運をコピーできるとしたら、超高度な乱数操作を会得したAIに途方もない数のシュミレーションを重ねさせ、その上で天文学的確率に縋りながら天運のきっかけを掴む他ない。
それだけやっても現実に物理的影響を及ぼすことは叶わないだろうから、精々が仮想世界での真似事に留まるといったところだ。間違っても生身の人間に扱える代物じゃない。
「僕の意思とは関係ないところで発動している天運には干渉可能だろう。それ以上の事も出来るというならやってみたら良い。どうせ無理だろうけど」
「……うぷぷ。まあ確かに厳しいのは認めるよ。生意気な事にキミの持ってるソレは完全にボクの知ってる範疇を超えちゃってるし。
でもそしたらさぁ、キミってボクを止めれる力がありながら加担した事になるよね。それって君らが手に掛けたお友達が可哀想じゃあない?」
「………」
「彼らだけじゃないよ。この荒廃しきった世界に絶望しているか弱い雑魚連中だって、元を辿ればキミぎゃば――」
「その薄汚い口で空ろ様や皆様のことを騙らないでくださいます? 大変不快ですし耳が穢れてしまいます」
すぐ横……丁度モノクマが立っていた辺りを物凄い勢いで何かが通過したかと思えば、いつの間にか近くに来ていた平良から嫌悪の声が漏れる。
ゆっくり後ろを振り向くと、先程彼女を追い詰めた凶器――確かグングニルの槍と言ったか――が左眼のカメラ部分を穿って突き破って、背後の壁にモノクマを縫い付けていた。
「……お前、本当に江ノ島相手には容赦が無いな」
「聞くだけ無駄ですからね彼女の言葉なんて。害獣の鳴き声と一緒です。どうせ今だって『世界を壊したのはキミ達なんだから、今更寝返っても感謝されないどころか処刑は免れない』とか適当な事言って罪悪感を煽ろうとしてましたよ絶対」
「……そうなのか。僕には分からないけど。ところで平良茜……お前、槍投げとか出来たのか」
「私分かるんですよ、あの人の言いそうな事が。あっ、アレは
「………そうか」
(この二人、性格は違うけど色々な所で似てるよな)
垢抜けた後の素の容姿だったり、天才気質で才能に恵まれている所だったり。とかそんな事を言ったら平良は嫌がるだろうから心の内に留めるけど。
勿論僕を通してコロシアイに加担させられたのが大きいんだろうけど、少なからず同族嫌悪も混じっているのではないかと個人的には考えてる。
「ねえ、ちょっと良いかしら」
「……何だ」
「今私たちに起こっている異常事態と、黒幕の正体。記憶を取り戻せたお陰でそこら辺の謎は解けたけど、外の絶望に感化された人達の襲撃が無いのは何故? あの監視カメラもどうせ外に中継されているのでしょう」
「それともう一つ。さっきから天運がどうとか言っているが、本当にただ運が良いだけで入って来れたのか? 軍の兵器すら退けたあの扉が」
『超高校級の探偵』霧切響子と、『超高校級の御曹司』十神白夜が話しかけてきた。
二人とも記憶の整理が終わったばかりで本調子ではない筈。にも関わらず真っ先に状況を把握しようとするのは生まれ持っての
既に僕らが江ノ島と深い関係にあった事を知った上で語り掛けてくるのは、彼らからしても相応の覚悟がいただろう。それに応えるために少しだけ
「お察しの通り、助けに来たのは僕らだけじゃない。協力者…と言っていいか分からないが手を借りた者達が居るのは確かだ」
「彼等の事なんて気にする必要ありませんよ空ろ様。あの者達は天運の加護が無くなることを危惧してるだけですから。同じ救われた身として、
「……そっちの彼女、随分辛辣なのね」
「……メイドとしてどうなのかは僕も常々思っている」
とその時、平良の持つ携帯に着信が入った。相手は丁度話に上がった協力者からで、如何にも渋々といった様子で電話を受け取る。
「……はい、何ですか」
「茜さん! 放送を見て奴らがこっちに押し寄せて来てきた! 早く江ノ島を叩かないと取り返しがつかなくなる!」
「ひいい! このままじゃ囲まれちゃいますよ~!」
「勿論そんな事は分かっています。催促されるまでもありません。他に用事が無いようでしたら忙しいのでこれで」
「ちょっと待っ――」
ツー、ツー、
「ふぅ」
「……」
「……」
「……」
「あ、空ろ様。外は問題無いようなので扉は閉めたままで大丈夫です」
「全然良くないよ何言ってるの
「流石に彼らが不憫でならないよ
この女、電話切りやがった。誰もがその非情さにドン引きする中、最初に反論と言うかツッコミを入れたのは……何故か空ろ? と平良茜? 本人だった。
二人とも今までのイメージからはそぐわない表情を晒し、別の意味で面を食らう霧切たち78期生を置き去りにしたまま会話が進んでいく。
「あら
「これ僕らが悪いの?」
「ごめんね前田くん。本当にごめん」
空ろから気怠げな感情が抜け、幾分か活気に満ちた顔に。平良に至っては一人漫才をしているようにしか見えない。傍から見たら滑稽以外の何物でもないそれを、しかし似た事象を身近に見たことあるクラスメイトが遠慮がちに尋ねてきた。
「き、君たちはもしかして二重人格…なのかい」
「これは失礼しました。そっちの腐川様とは違い空ろ様と私が主人格、前田様と茜が副人格という差異こそありますけどね。今は関係ないのでこれ位でご勘弁を」
「本名で呼ぶなダセーから」
「お前は黙っていろ。余計ややこしくなる」
「そうね。今はこの状況をどうするかが大事だし、今更珍しがる事でもないでしょう」
思い当たる例がまさに横にいるため、最初こそ驚いたものの皆すんなりとその事実を受け入れた。
ただ、財閥復興のためメイドとして高い能力をもつ平良に目を付けていた十神だけは苦々しい表情を浮かべていたが。どれだけ優れた人材だろうと、この
「そうだよ! 扉を自由に開けられるんだったら早く脱出しないと」
「……外に出るなら好きにしろ。僕と平良は江ノ島盾子に用事がある」
「あ、こっちも戻ったべ」
「待って、それは危険よ。幾ら才能に自信があると言ってもこの学園で彼女に挑むのは自殺行為だわ」
希望ヶ峰学園のシステムを全て支配しているのもそうだし、何より江ノ島盾子を二年間見てきた身として彼女に敵うとは到底思えなかった。それでも二人が臆した様子はなく、あくまで江ノ島捕獲までを見据えていた。
「その点についてはご心配なく。既に優秀な“仲間”が制御コントールを一部奪還している筈です。外の絶望についても天運の加護を受けた私なら――」
「そんな事は、させないッ…」
「え!? 戦刃ちゃん!?」
「そんな! 大神さくら殿の一撃を食らってまだ立っていられるとは!」
会話に割り込むようにして、もう一人の『超高校級の絶望』が身体を無理やり動かし襲い掛かって来た。
ジェノサイダーが自慢のマイ鋏で受け止め、その隙に大神が再度鎮静化を図るがそれを見て射程外まで後退した。
「はぁ、はあっ――、あの子の邪魔だけは、させない!」
「あらあら。まるでゾンビではありませんの」
その言葉通り戦刃はもう限界であった。先程大神に貰った一撃が骨にまで及び、呼吸をするのにも痛みが伴う。
最早戦闘継続は不可能だったが、彼女はその絶望すら受け入れて再び部外者二人とクラスメイトに対峙した。
「もう止めようよ戦刃ちゃん!」
「これは経験談だが、それ以上動いたらマジでヤバいからな。いい加減諦めろや」
「そうです。貴女達がやったのは到底許される事ではないですが、これ以上罪を重ねたって何も生まれません。武器を…下ろしてください」
全員が2年間の記憶を取り戻し、共に過ごしてきた級友に向け口々に説得を試みる。しかしそれでも戦意が挫ける様子はなく、それどころか一層の鋭さを増して睨み返してきた。
「希望に生きてきた貴方達には分からない。私達は生まれたその瞬間から絶望していて、絶望を振りまく以外の生き方を知らないんだ」
それに、ここで私まで希望に染まったらあの子は一人になっちゃう。
あの子を理解してあげられるのは私だけ。あの子が必要としてくれる限り、私は絶望にも人殺しにも、修羅になって為れるんだから。
「……」
「そんなっ…」
「下がっていろ朝日奈よ。最早言葉で何とかなる相手ではない」
「さくらちゃん、でも――」
「頼む」
「大神様」
「むっ…? ――あい分かった」
親友を含む仲間全員を後ろに下げ、自らは一歩一歩確かな足取りで哀れな友との距離を詰める。
「戦刃よ、悪いが少し寝てもらおう。これ以上皆を危険に晒す訳にはいけない」
「上、等……ここまで、来たら……せめて大神さん、貴女だけでも…」
行動の意味を理解し、戦刃も身体を引き摺りながら勝負に応じる。
皆が固唾を呑んで見守る中、平良だけは一人別の視点から戦刃むくろという人間を読み取っていた。
「同じですね」
「……どうした急に」
「彼女、私と似てるんですよ。お互い不器用で、一人の人に尽くす事しか知らない。それ以外の道もあるのに、説得もせず他者を害して生きてきました」
何度も悩み、幾度となく自分の気持ちに逆らってきた。全ては空ろ様のため。それだけを心の支えにただ命じられるまま悪事に手を染め、仲間を虐げたが、今になって後悔が押し寄せるのだ。
私は彼に尽くしてきたつもりで、その実見捨てられるのが怖くて色々な事を諦めたのだと。説得にしても何にしても、私は毅然として空ろ様の間違いを訴え続けなくてはならなかったのだ。
それを怠った結果が冷ちゃんを庇って死にかけたアレだ。
最後の最後で抑えきれなかった感情が身体を動かし、あのコロシアイを不完全な形で終わらせられた。
「彼女
「……」
だとすると私はメイド失格ですね。仕えるべき空ろ様に反抗したのもそうですが、間違ってると分かっていながら茨の道をずっと舗装し続けていたんですから。
何処の世界に主を危険に晒すようなメイドが居るでしょうか。今更こんなことを言っても仕方ないでしょうが、本当に悔やんでも悔やみきれません。
だからこそ、手遅れになってしまう前に――
「来い、戦刃よ」
「貴女を殺し、もう一度絶望を…やり直す」
視線の先では今まさに軍人と格闘家が雌雄を決しようとしていた。
持久戦を捨てた戦刃が持てる全ての力を次の一撃に込めようとすると、大神もそれに応えるかの如く威圧し、迎撃する体勢に入った。
「ここで終わらせるぞ」
「殺す。絶対に此処で」
世界が静寂に支配される。今この瞬間、クラスメイトのみならず全国の希望と絶望に与する者達がその一切の活動を止め、二人の対決に釘付けになった。
ゴクンッ
誰かが息を呑む音が聞こえる。緊張で浅くなる呼吸音も。
何時の間にか登場していたモノクマのスペアは誰に指摘されるでもなく、普段なら気にも止めない雑音が、今はただただ憎らしく思う程に。
チリッ
ザッ
「――墳ゥんッ!?」
「破あァァ”!!?」
開始の合図は直感だった。相手が動いた音……かもしれない僅かな違和感に両者が反応し、先程の平良vs戦刃を彷彿とさせるスピードと、それ以上の迫力で互いに迫った。
大神は鍛え抜かれた肉体から放たれる突き技で、対する戦刃は最初から変わらず此方も己の信条たるアーミーナイフで迎え撃つ。
刃と拳がぶつかり合い――否、握り手から開く手に切り替えた大神の受け流しにより、人を殺める凶刃は空を切った。
「本当なら、もっと違う形でお主とは闘いたかった」
(掛かった!)
大きく隙を見せた腹部目掛けて、決着の一撃を放つ構えを取る。誰もが大神の勝ちを確信する中、戦刃だけが反対の結論に辿り着いていた。
(最後の一本。袖に隠しておいた
とっておきはいざという時に隠しておくものだ。それは膝を折った格闘家を殺すのでも、メイドと殺陣を演じるためでもなく、自分より強い強者の裏を斯くため残しておいた戦刃のとっておきだった。
(その一撃を食らったら私はもう動けない。その代わり一番欲しいものは貰うから)
頸に狙いを定め、丁寧に得物を引き抜く。
「あっ! 見ろあれナイフが!」
「ここに来ての騙し討ちかよ!」
ようやく気付いたみたいだがもう遅い。後はこのまま振り下ろせば――ッ?
(なんで、こっちを見ない)
「戦刃よ、次はもっと純粋な気持ちで互いに拳を交えようぞ」
戦刃は最後まで皆とは違う逆の結果を確信していたが、大神も最初から自分
喩え僅かな時間であろうと、彼らが信じるに値するのは己が命が証明していた。
元絶望だろうと構わない。格闘家としてのプライドを擲ってでも勝たなくてはいけない存在が後ろに控えているのだから。
「何もせず手遅れになるのはもう充分」
ヒュン――ガキンッ
「なッ!?」
莫迦な、本命のナイフが折られるなんてっ…! 大神じゃない、一体どこから――あ、
「この勝負、私が終わらせないと行けないんです」
向かって左に何処かで見た槍と、右側には投げ終えた姿勢の……
「平良、茜ぇェェーーー!!!」
「これで本当に終わりだ、戦刃よ」
腹の奥から発せられた慟哭は、大神の一撃に意識ごと沈められた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その後の事は覚えていない。というか気付いたら全て終わっていた。
私を気絶させてからはトントン拍子で事が進んだらしく、2年かけた計画を始まる前から台無しにされた盾子ちゃんは、それはそれは絶望的に嬉しそうな顔で皆を迎え入れたらしい。
希望ヶ峰学園を奪還した後すぐに未来機関が押し寄せたらしく、テンションが爆上がりした盾子ちゃんと気絶した私、それから無傷の皆を本部に移送した。
それから私と盾子ちゃんの即時処刑が言い渡されたんだけど、苗木に説得され私達を受け入れる方向に話が進んだクラスメイトの嘆願もあり、何とか条件付きで処刑の延長を捥ぎ取ったらしい。凄い、どうやったんだろう。
空ろと平良茜はいつの間にか姿を消していた。
彼らも元絶望で、第79期生のコロシアイを主導していた事実が明るみになってからは重要指名手配犯として追われることになった。
未来機関は二人の捕縛もしくは殺害を条件の一つとして交渉材料に提示した。今〝盾子ちゃんを除いた〟希望ヶ峰学園78期生は、世界に蔓延る絶望を浄化するのと並行して彼らの捜索に当たっている。
なんと驚くことに私もその捜索隊の一人に入れられており、仮に抵抗した場合に鎮圧できる戦力がいるとのことで特別に許可が下りたのだ。因みにその私の可愛い妹は、何もない部屋で四六時中監視されながら暇という絶望を貪っていた。
確かに同じ条件でも盾子ちゃんなら絶対思い通りに動かない…というか事態を悪化させるだろうし、その彼女を人質に取られたら私は彼らに従うしかない。
ただ、私や大神、それから探偵の霧切が居ても捕まらないだろうなという確信があった。
平良茜に本気で逃げられたら、スピードで劣る私や大神ではどうすることも出来ない。また、彼方には天運があるので、そもそも遭遇すること自体不可能なのだ。
目撃情報から最短で駆けつけても『超高校級の警察』に仕込まれた包囲網を駆使・逆算して裏を突かれる事もあったしもうどうしようもない。あの女、もうメイド名乗るの止めたらいいのに。
「寒いな…」
そんなこんなであのコロシアイ(未遂)生活から1年が経った。季節は冬を間近に控えた秋の終わり。そろそろ吐いた息が白くなる時期だ。
「あ、戦刃さん。任務の帰り?」
「ん、そう。苗木くんも」
「あはは、僕は霧切さんに送る資料の作成が遅れちゃってて」
「そうなんだ。頑張って」
そう言えば。この一年間で皆との距離も近くなった……気がする。恐らく希望ヶ峰学園で過ごした最初の二年間よりもずっと。
「ねえ苗木くん」
「う~ん?」
デスクでPCと睨めっこしている彼を眺めながら、ふと気になっていたことを尋ねる。
「絶望の残党を匿ってるでしょ。それ、霧切さん達は知ってるの?」
あ、動きが止まった。そしてギギギと錆びた鉄のような擬音語と共に向き直る。
「何処でそれを知ったの」
「盾子ちゃんが苗木くんならそうするだろうって。多分この時期に」
「超分析力こわっ! 江ノ島さん絶対暇だからって遊んでるでしょ」
余程驚いたのか、二の腕には鳥肌が立っている。
そうなのだ、あの子は凄い。凄すぎてやること為す事全部うまく行っちゃうから自身の計画を、希望を覆すような絶望を欲してしまう。
「どうせやるなら前田君や平良さんの居場所を教えてくれてもいいのに」
「それはあの子でも無理。今やってるみたいだけど悉くハズレを掴まされてるって盾子ちゃん喜んでた」
「あはは、江ノ島さんらしいというか何と言うか」
最近は割と本気で捜査に協力してくれてるが、あと一歩が届き切らない。最近はあの子が全力を出すのが先か、二人が捕まるのが先かで密かに大神や朝日奈と賭けて遊んでるのは内緒にした方が良いだろう。
因みに私は途中で盾子ちゃんが飽きてしまうに一票入れておいた。霧切は自分が先に見つける気でいるけど。
「それでやっぱり匿ってるんだ。理由は元に戻すため?」
「……そうだよ。僕から霧切さん達に提案したんだ。聞けば彼等、催眠で絶望に堕ちたみたいじゃないか。それなら江ノ島さんのクラスメイトとして責任は果たさないと」
「そうかな。うんそうかも」
私もその時隣で加担していたから同罪だ。苗木くん達が責任を感じて頑張っているのに、当の私が無関係を装っては皆に申し訳が立たない。
「……」
「どうしたの?」
「ああいやごめん! 戦刃さん、やっぱり変わったなって思って」
「それは私も思う。多分、皆のお陰」
それと認めたくはないがあの腹黒メイドも。
「……あの二人の」
「え…?」
「空ろと平良茜の関係を見て良いなって思ったんだ。前までは空ろの言いなりだったあの女が嬉しそうにしてるのを見て、ちょっとだけ羨ましく感じたの」
計画前から親しい感じではなかったものの、会えば挨拶を交わす程度の関係だった。
「あの頃のアイツは表面上は何事も無く振る舞っていたけど、それが無理をしてるのはすぐに分かった。私達は絶望に敏感だったからね。彼女から感じる負の気配にも気付いてた」
その頃から盾子ちゃんは平良茜が障害になることも分かっていたみたいだ。分かっていて放置した。その方が計画に支障が出るかもしれないし、どうせ最後には全員死んでもらう予定だったから構わないと思っていたのだろう。
「でも予想に反して平良茜は空ろに大きな影響を与えた。アイツが裏切るところまでは盾子ちゃんも予想してなかったみたい」
「それは天運があったから?」
「違う。天運でも人の意思には干渉できない。空ろを突き動かしたのは平良茜と、そのクラスメイトだった」
どうして私がここまで感情的になるのか。その答えは羨ましかったからだ。自分と同じ“使われる”側だと思っていた人間がその相手と心通わせ、絶望に抗う様を見て美しいと、それと共に羨ましく感じたのだ。
「盾子ちゃんにね、聞いたんだ。あのままコロシアイが始まっていたら私を殺す予定だったって。それであの子が絶望を味わえるなら良いと、頭では納得した。でも……」
分かってる。あの子はより強い絶望を望むから、私を殺して絶頂に浸れるならむしろ喜ぶべきなんだって。
戦闘以外碌な使い道が無いこの身が、ただ同じ日に生まれた幸運のみで今の位置にいる自分が、江ノ島盾子という特別な人間に双子の半身を殺した絶望を与えられる栄誉を誇るべきなんだ。
「本当は凄く、悲しかったんだ。あの二人と自分達の関係を見比べた時に、結局私はあの子に何もしてあげられなかった事に気付いたの」
「それは……」
「命令を実行するだけの私と、空ろの諦観を覆した平良。どちらがより影響を残したかなんて、流石に私でも分かるよ。あの子が私を特別視するのに双子の姉以上の理由なんて無いんだからさ」
もし私が盾子ちゃんの姉じゃなくて、別の誰かが姉に成り代わったとしても妹は同じだけの絶望を得られただろう。そうなると盾子ちゃんの身内ですらなくなった私は、恐らく見向きもされなくなる。
対して空ろと平良茜はそうじゃない。此方も平良と別の誰かが役割を交換した想定で考えた場合、平良は空ろに出会うこともなく平凡…かは分からないが彼女なりの幸せな人生を送っていただろう。
でも空ろは……自分を心から慕ってくれる平良茜が居なかったら空ろは江ノ島のシナリオ通りに事を進めて、最終的には全滅を選んでいた筈だ。平良以外の天運に救済された者達が彼に全く影響を及ぼしていないのを見るにそれは間違いないだろう。
空ろが救ったから平良は特別になったんじゃない。真相はむしろその逆。
平良茜が空ろにとって特別だったから、空ろもあそこまで変われたのだ。
「本当に私って駄目なお姉ちゃんだよね。一番身近にいて、そんな事にも気付かなかったんだから」
いや、気付いたって自分にはどうしようもない。あの時、空ろと平良が乱入しなければ自分はいなかった。コロシアイが台無しになったお陰で私の死は免れた。
だけどそこから私達の関係が進展したかと言うとそんな事も無い。コロシアイを始める前と何も変わらず、絶望する妹と残念な姉がただ互いの距離間で接しているだけの日々が続いた。
「私はまだやり直せるって言ってたけど無理だよ。これだけお膳立てされても私には何一つ変えられない。所詮私は完璧な妹の出涸らしに過ぎないんだ」
私は平良茜には為れない。空ろを絶望から救ったように、盾子ちゃんの根源を変える何かが私には無い。双子の姉という役割しか与えられてない舞台装置に出来る事なんて何も……
「それは――違うよ」
男性にしては高く、それでいて芯の通った声が私に向けられ、論破した。
「江ノ島さんが前に言ってたんだ。自分の絶望のルーツは戦刃さんだって」
「え…? 盾子ちゃんが?」
「『実は戦刃むくろの方が真の絶望で、ボクはそれに感化されただけって話。まだお姉ちゃんには言わないでね、真実を知って絶望するお姉ちゃんを見るのが最近の楽しみなんだ~!』ってさ」
「あ……」
あれ、どうしてだろう。涙が……
「僕らからしたら耳の痛くなる話だけどね。でもその話を聞いてやることが決まったよ」
戦刃さんを希望に変える。そして戦刃さんが江ノ島さんを絶望から救う。これは君にしか出来ない事なんだ
「――!!」
「戦刃さんは決して駄目な姉なんかじゃない。彼女を変えられるのは君だけなんだ! だからお願い戦刃さん、希望を見失わないで」
知らなかった。一番古い記憶でも盾子ちゃんは既に絶望で、だから私も絶望に堕ちたのだと思ってた。
でも違った。あの子の絶望のルーツは私の方だったんだ。
私が盾子ちゃんを変えてしまった。私だからあの子を変えられたんだ。
「苗木くん、私頑張る。頑張って盾子ちゃんを希望に変えて、世界を復興させる。それからあの二人に――ううん、全員に謝るんだ。そうでもしないと亡くなった後輩達に申し訳が立たないからさ」
「うんそうだね。僕も、僕達も手伝うよ」
二人して空を見上げ、希望と絶望が、共に尽力していく事を誓い合った。同じ空の下、何時かは巡り合う定めになっている筈だ。
見つけたらまた戦って、今度こそ勝って。謝って罵られて、それから仲直りして語り合うんだ。
貴女が与えてくれた償いの機会、無駄じゃなかった。手遅れになる前に止めてくれてありがとうって。
「待っててよ。平良茜、空ろ。勝ち逃げなんてさせないんだから」
そう言って、絶望の軍人少女は希望ある世界に向かって走り始めた。
モノクマ「うぷぷ。今回のお話は原作1~2、DRA本編の話も多分に含まれるからネタバレが嫌な人はブラウザバックをお勧めするよ! 遅いって? うん知ってる。あひゃひゃひゃ!」
DRA1、2で好きなペアは?
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前田勇気×平良茜
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空ろ×平良茜(真)
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空×前田勇気(本物)
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空×歌舞谷夜子
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前田勇気×金城剣
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平良茜×波多乃菖蒲
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小橋川晴彦×伊良波五月
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黒川美佳子×如月大和
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空×橋本上倍
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前田勇気×河西慎二
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知恵袋雪花×音ノ小路響
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音ノ小路響×音ノ小路奏
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金城剣×銘苅冷
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