新たに一級魔法使いとなった者たちへの特権の授与も無事に済み(とはいえ、フリーレンには一騒動あったが)、一級魔法使い試験は終わった。
夜闇が明けて日が昇り、魔法使いたちがオイサーストから旅立つ時が近づく中……シュタルクは真っ先に武蔵のところへ向かっていた。言うまでもなく、最後に武蔵と話しておくためだ。
とは言え、オイサーストでシュタルクと出会った人々には他にも様々な人物がいる。彼ら、彼女らとも別れの挨拶を済ませながら、武蔵が宿泊しているはずの宿へ向かう――様々な依頼をこなす中で確保した宿だ――シュタルクだったが、既に先客がいた。
店主と話し込んでいたその先客は、シュタルクに気づくと声をかけてきた。
「よう、シュタルクか」
「なんだ、ヴィアベルも来てたのか。あんたも武蔵に別れの挨拶か?」
「いや、俺には別の目的があってな。ただ……」
親しげに話しかけてくるヴィアベルだったが、その様子はどこか残念そうだ。一見すると近寄りがたい顔つきで、常に不機嫌そうにも見える彼だが……ある程度の付き合いがあるとどんな感情を抱いているかはわかる程度には、振る舞いに自分の心情を出してしまう性分である。
次の言葉をどう言うべきかヴィアベルが迷って口ごもっていると、話に割り込んでくる声があった。ヴィアベルの相手をしていた店主だ。
「あなたが武蔵さんの言っていたシュタルクさんでしょうか」
「そうだけど……」
「実は武蔵さん、今朝から行方がわからなくなってしまいまして。
お代は既に頂いていますし、荷物も残ってはいないのですが」
「……だそうだぜ。
魔族と戦う時の前衛として、武蔵がいたら万全だろ?
だからいっしょに来ないか何回か誘ってたんだけどな。
結局のところいい感じの返事を貰えないまま、どっか行っちまった」
武蔵について引き継いで語る宿屋の店主の言葉に、ヴィアベルは肩を竦めていた。
武蔵とシュタルクの出会いがオイサーストに来てからのものであることを知ったヴィアベルは、誘いをかけ続けていたのだ。自分と組まないか、と。
もっとも、武蔵からは良い返答はなかったし――できるはずもなかった。
彼女は数多の世界を漂流する身である。いつかこの世界から離れ、再び漂流することになるのは彼女自身が理解していたし……この様子だとそろそろ限界だろうと、シュタルクとの手合わせの時には既に感じ始めていた。武蔵自身この世界での経験を名残惜しく感じてはいたし、シュタルクはもちろんヴィアベルとの付き合いも楽しんではいたが、付き合い続けることはできない。そういう運命なのだ。
「いちおう昨晩に、武蔵さんからお二方に伝言を受け取っているのですが。
シュタルクさんには渡すように、と言われたものもあります」
故に……消える前に言い残す程度の備えは残してある。
店主からの言葉に、シュタルクもヴィアベルもカウンターに身を乗り出していた。
「聞かせてくれねぇか」
「はい。
まず、ヴィアベルさんには誘いを受けられなくてごめん。
貴方と戦う機会が来なかったのは本当に残念です、と」
「……ったく。
戦う機会が来なくて残念、ってのは俺と組んで戦うのか俺を相手にすんのか、どっちの意味だったんだか」
思わずヴィアベルは苦笑いを浮かべていた。
武蔵に危ういところがあったのはヴィアベルも承知済みだ。恐らくその気になれば躊躇いなく人を斬ることもできる女だろう。だがヴィアベルのほうが同じようなスタンスを取らなければ、武蔵はしっかり別のやり方に合わせてくれるだろう……という程度の信頼もまた、ヴィアベルは抱いていた。
故に組むことができれば、たまに手合わせをするくらいで後は魔族との戦いに専念してくれるだろうと期待していたのだが、そもそも組めなければそうもいかない。
「そしてシュタルクさんには、自分を信じろと。
貴方が私に勝ってみせた貴方自身を信じてくれなければ、私の負けがただ悔しくなっただけで終わってしまうから、と。
その……これを渡す際に伝えるように言われました」
店主が口ごもったのは無理もない。店主が取り出したのは、見窄らしい品だったからだ。
安物の上に、破損した木剣。事情を知らなければ、これを渡せと言われても意図は掴めまい。
だが、シュタルクはもちろんヴィアベルにもこの木剣の意味は理解できる。
「……ありがとな、店主さん。大切にするよ」
両手で重ねるようにして木剣を受け取ると、シュタルクは丁寧に布で包んでしまい込んだ。
店主に礼を済ませ、そのまま宿屋を出たシュタルクとヴィアベルだったが……その振る舞いには多少の違いがあった。
振り向かずに前を向いて歩くヴィアベルに対して、シュタルクは何度か宿屋を振り返ってしまっていたのだ。名残惜しむようなその様子に、思わずヴィアベルは声を掛ける。
「武蔵はどっかに行っちまったが、死んだわけでもないだろう。少なくともむざむざ殺されるようなやつじゃあない。
あんまり未練がましくしてもしょうがないと思うぜ」
「死んだとは思わないけど……それでもなんか、もう二度と武蔵とは会えないような気がしてさ」
しかしヴィアベル自身もまた、シュタルクの返答に少しばかり考え込まざるを得なかった。
実際、武蔵が消えたことには彼も思うところがある。これで満足できるような女ではないだろう、とヴィアベルは考えていた。手合わせができるものなら今後も続けたいと思うはずだ。少なくとも伝言だけで気が済むのなら、あんな手の込んだ条件付けと手加減をしてまでシュタルクに自信を付けさせようとはしない。
「……まあ、そうだな。ただ別れるだけならこんな別れにしたがるような奴には見えねえ。
にも関わらず急にいなくなったってことは、本当にのっぴきならねえ事情があるんだろう」
まだ話したかったのは、ヴィアベルも否定できない。
自分の誘いを断ったのも、オイサーストを出立する前にシュタルクの修行にある程度の決着を用意したのも、おそらく長居できないだろうという自覚があったからだ……そう推測できる程度の交流が、ヴィアベルにはあった。
「でもよ、シュタルク。
武蔵が消えちまっても、この出会いそのものが消えちまったわけじゃねえだろ」
だからこそ、ヴィアベルは笑う。
勇者ヒンメルが村に来た時の話を語る、自分の村の老人たちと同じように。
「なあ、シュタルク。俺達は武蔵とでかい冒険をしたわけでもねえ。
あいつ自身は割とマジな戦いをしたがっていたけど、それでも結局はちゃんと我慢して模擬戦止まりだ。
おまけに戦い以外のこととなると、短い付き合いなのに困ったところをたくさん見せられちまうような奴だったが……
そんなくだらねえ日常も含めて、忘れられねえ奴だったよな?」
ヴィアベルに釣られるように、シュタルクも笑った。
気づけば続くような形で武蔵への愚痴が口から漏れ始める。
「ほんと、修行の時以外は困った人だよなあ。
知らない女の人と何か話し込んでると思ったら、フリーレンみたいに小柄な女の子ってかわいいとか喋ってたしさ」
ある意味、男同士かつパーティ外の相手だからこそ気軽に話せる内容だった。フリーレンの目の前では口が裂けても言えない。
そのまま武蔵のダメなところについての話で二人は話を弾ませて。
「でも……間違いなく、俺に本気で教えようとしてくれてた」
そう、シュタルクは話を締めくくった。しまい込んだ木剣の破片を服の上から握りしめながら。
手加減はしつつも、その手加減をした上で尋常な腕前ではないことを見せつけた上で、それを打破させる。負けず嫌いで……実際に負けたことを悔しがる性分のくせに、それを堪えてシュタルクへの気遣いをしてくれた思い出。忘れられようはずもない。
「ああ、困ったヤツだけど嫌な気持ちにはさせられなかった。
あいつと組んで戦いたかったが、まあ居場所が俺達のいる場所じゃないっていうならしょうがねえ」
嘆くような言葉に反して、ヴィアベルの顔は笑っていた。空を仰ぎながら浮かべる笑みは、ちょうど晴れていた青空のように爽やかだ。
しばらくそのまま空を仰いでいたヴィアベルだったが……ふと、シュタルクのほうへと振り返る。
「なあ、シュタルク。
お前も武蔵に見込まれるほどの男だ。俺と組む気はないか?」
「悪いけど、俺はもうフリーレンやフェルンと組んでるからさ。あいつらの前衛をしっかりやらないと」
「だよなあ。お前にはもう居場所があるか」
シュタルクの返事をヴィアベルは半ば予想していたようだった。相変わらず笑っているままだ。
武蔵との付き合いがなければあるいは、ヴィアベルも往生際が悪く食い下がっていたのかもしれないが……武蔵との交流はシュタルクに対する理解も深めていた。故にわかる。いくら説得してもシュタルクは勧誘には応じまい、と。
「ま、お前にも武の真髄を見せてもらったし、それで良しとしとくか。
じゃあ、シュタルク。達者でいろよ」
これで別れとするつもりなのだろう。
シュタルクに背を向け、おそらくはこのままオイサーストを去っていくのだろうヴィアベルに……シュタルクは声をかけた。武蔵には言えなかった言葉を。
「ヴィアベル!
あんたとの付き合いも楽しかった、ありがとな。
もしフリーレンと組んでなにかする機会があったら、一緒に戦おうぜ」
「……へっ」
背を向けたままだったが、ヴィアベルは手を振って返してみせた。
その様子をしっかりと確認してから、シュタルクもまたフリーレンの元へと戻っていく。また、彼女たちと新たな旅を始めるために。
旅は続く。
その中には様々な思い出があるだろう。鮮烈に刻まれた敗北の記憶から、雪の中で積み重ねた記憶に、何の前触れもなく現れては消えていった天元の華の記憶まで。思い出は美しいものばかりではなければ華々しいものばかりでもなく、苦い経験どころかただのくだらない日常のような話でさえ多いだろう。
だがその全てがいつかかけがえのなく、そして忘れられない記憶になるとシュタルクは信じている。アイゼンから教わったように。自らについて語らずとも、ただ拳を示したクラフトのように。そして、武蔵との出会いと別れが示すように――
これでシュタルク編はいったん完結です。
続きについてはやっぱりシュタルクにとってのラスボスであろうリヴァーレの描写が欲しいので、それを待ってから考えたいと思います。