妖怪ウォッチ 〜えんえん堤防〜   作:聖成 家康

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注意!

・この小説は妖怪ウォッチの二次創作です。

・主人公はオリジナルで大人です。

・原作主人公、キャラは一切登場しません。



初日

 

 ―初日―

 

 

 

『まもなく、サミクラ、サミクラでございます。車内にお忘れ物のないよう、ご注意くださいませ』

 

 しきりに揺れていた視界が、一際大きな揺れを境にして静止する。

 酔って気持ち悪かった胸元も、窓の隙間から漏れ出る爽やかな海風によって洗浄された。

 

 何て事はない、駅から町を繋ぐ小さなバス。

 その車内に、不思議な雰囲気を放つ女が座っている。

 

 一束だけ三つ編みにされ、腰まで伸ばされた黒髪に艶やかな色味を持った茶色の瞳。

 黒のインナーの上からへそ出しの大胆なグレイのシャツを纏っており、華奢さが際立つ真っ黒な長パンツを履き、ブラック一色のコートを羽織っている。

 

 彼女は露波かいな。

 こんな風貌だが二十歳で、職業は漫画家だ。

 

「綺麗なお方じゃね。どこから来られたの?」

 

 通路を挟んだ席に座る中年女性が、方言むき出しの問いを投げかけてくる。

 馴染みのない話し方だが、なんとなしに意味はわかった。

  

「さくらニュータウンから」 

「まぁ、えらい遠くから来られたんやねぇ」

 

 かいなは微笑みながら答える。彼女の足元にはキャリーケースが添えられていた。

 

「旅行ですか?」

「私、こう見えて漫画家でして。今日から一週間、籠もって漫画を描こうかと」

「漫画家!? それはすごい」

 

 女性のリアクションを見据えながら、かいなの視線は少し右へとズレた。

 そこには誰も座っていない空席があるのみだったが、彼女の焦点はそちらに集中する。

 

「ちっ、ろくな物持ってる奴がいねぇや。”借りよう”と思ったのに」

 

 彼女には見えていた。

 

 空席であるはずのそこに座る、”妖怪”の姿が。

 

「……ん? そこの人間。おいらが見えるんパクか?」

 

 小さな泥棒を彷彿とさせる妖怪は、かいなを見るや否やそう問いかけてきた。

 

「えぇ。見えるわ」

 

 かいなはにっこりしながら答える。

 

「……?」

 

 その光景を目の当たりにした女性は、誰もいない車内で別の誰かと会話する彼女を見て、首を傾げた。

 

「……失礼。最近、寝ていないもので」

「あ、あぁ……お身体には気をつけてくださいね」

「では、私はここで」

 

 絡繰(からくり)によって開口された扉を見て、かいなは足早にバスを下車する。

 

 バス停に降り立ったかいなは、長かった旅路の終着を実感し、深いため息を吐いた。

 とはいっても、彼女にとってはまだ始まりに経っただけだったが。

 

 地平線の彼方へと広がる大海原。陽の光を反射して煌めく砂浜に、それらを要として扇形に広がる田舎町。

 サミクラ町に、かいなは長い旅の末ようやく辿り着いた。

 

「さーて、宿に行こうかな。ねぇ、影くん」

 

 かいなはキャリーケースの持ち手を伸ばしつつ、自身の”影”へ語りかけた。

 

 すると、彼女の影から人の姿が現れる。

 

「……その名で呼ぶな」

 

 真っ赤な眼。闇夜に紛れる、襟巻きを纏った暗殺者を思わせる姿をした妖怪――影オロチ。

 不服そうな顔をしながら、かいなの方をじっと見据える。

 

「君と会ってもう一年になるね。おかげで毎日たのしいよ」

「……言っておくが、お前に妖怪が見える理由は私のお陰ではないぞ」

「でも、きっかけは君だ」

「……」

 

 その時、かいなは口を塞ぐ。

 

 妖怪は誰にでも見えるわけではない。

 だから、妖怪と話すという行為は傍から見れば一人で会話する奇人にしか見えないというわけである。

 

「……宿は向こうだ」

 

 周りに人がいない事に、心から安堵したかいなは踵を返し、キャリーケースを引き摺って歩き始めた。

 

 

 ◇

 

 

 宿はなんてことのない、観光客用の宿泊施設。旅館という豪勢な物ではないが、決して悪いとも言えない。

 

 窓辺に置かれたテーブルに原稿を広げ、熱心にペンを走らせるかいな。

 乱視を拗らせる彼女は、原稿作業の際のみ眼鏡をかける。赤縁眼鏡姿のかいなは、また違った趣があった。

 

 あらかじめ頼んでおいたコーヒー牛乳を一口飲み、はぁ、と息を吐いた。

 

 こんな田舎にまで来て何をしているのか。

 

 かいなはふと、疑問に思う。

 

 くっきり見える海岸町の風景に目をやれば、空を飛ぶ妖怪が伺えた。

 オレンジ色の蝶――ぜっこう蝶と紫色のゼッコウ蝶。

 彼女は名前までは知らないが、頻繁に見る妖怪であった。

 

「ネタは浮かぶのにな」

 

 どうにも筆が進まない。

 妖怪のお陰でネタは豊富にある。

 しかし、編集部は中々、自分の出したアイデアを受け入れてはくれない。

 

 ”大衆ウケが悪い”やら”売れない”やら、創作の世界には一切必要無い概念を押し付けてきて、やっとのこさ受け入れてもらったのは、一ミクロンも書きたくない流行ジャンルの短編。

 

 かいなは眼鏡を外し、ペンを置く。

 やる気が無いのに作業をしても、非効率なだけである。

 

 大きく伸びをしてから、かいなは足早に宿を出た。

 

 

 彼女を出迎えたのは、海辺特有の潤った冷たい風。それは髪を靡かせ肌を撫で、先程の鬱憤な気分までも吹き飛ばしてくれた。

 

「これはネタ集めだ。サボりじゃない」

「……私に言っているのか」

「独り言は嫌いでね」

 

 影オロチに睨まれながら、かいなは浜辺を目的地に軽快な足取りを踏み出した。

 

 

 ◇

 

 

「……?」

 

 細やかな砂を踏みしめた時、不思議な光景を目にした。

 

 まだ年端(としは)も行かない少年少女たちが、海の上で力を合わせ、大きなボートらしき物を漕いでいたのだ。

 先頭に立つ男は、何もせず大声で子供達を鼓舞するばかり。

 

 この地域特有の行事か、とかいなは察しながらも、その様子を観察していた。

 

「都会の人ですかな?」

 

 自分より少し年上の、顔が良い男に声をかけられ、かいなは視線だけ向けた。

 

「あれは?」

「この地域では、小学五年生になると、親元を離れ海辺に宿泊して、ああしてカッターを漕いだりする行事があるんです」

「……修学旅行みたいなものか」

 

 小学校の頃を思い出す。その頃に数日間親元を離れる行事といえば、修学旅行くらいしか思いつかない。

 

「何を目的に?」

「協調性……とかでしょうか。私にもよく分かっていないのですよ」

 

 男は苦く笑いながら言った。

 そして、少し深刻な顔つきで続ける。

 

「……酷い事件がありまして。この海岸では海難事故が相次いでいるのですが、その行事中に女の子が溺れて――」

 

 男は身震いしてから、その話を中断した。

 

 かいなはそれが堪らなく気に入らなかった。

 

「で、では旅のお方! サミクラを楽しんで!」

 

 そそくさと去っていく男の背を見つめながら、かいなは悪態をついた。

 

「……気になるじゃん」

「聞けばよかっただろう」

「カッターを目で追うので忙しかったんだ」

 

 影オロチに指摘され、不機嫌になったかいなは仕方なく宿に戻った。

 

 

 ◇

 

 

 夜。

 雰囲気が一変する砂浜に立つかいなは、髪を靡かせながら潮風を全身に浴びていた。

 

 気が進まぬ原稿も、なんとか筆だけは進んでキリの良いところまでいった。

 今は決してサボり中ではなく、休憩中である。

 

「ねぇ、私ってあなたの他にも仲良くなった妖怪いるよね? 好きに呼び出せたりしないの?」

「できない。それができるのは選ばれし者だけだ」

「見た目のみならず言う事までクサイのね」

 

 夜になると、影オロチは彼女の影に入る必要がなくなり、その姿を地上に晒す。

 妖怪の基準は知らないが、人間に見立てればなかなかの男前である。

 

「どうしてあなたは、私についてくるわけ?」

「……さぁな、気分だ」

 

 この問いを投げかけるのは実に三回目だが、三度目の正直は叶わなかった。いつもこうやってお茶を濁される。

 

 ”妖怪”。知れば知るほど、奥深くて面白い存在。

 それと邂逅できる素質は、まさに”天からのギフト”と言っていいだろう。

 

 

 暇を持て余し、かいなは海に沿って砂浜を延々と歩いた。

 小さな足跡を幾万も残した頃、かいなは不気味な身震いをする。無意識にである。

 

 

「あれは……」

 

 

 眼の前に現れたのは、なんてことは無い、単なる防波堤であった。

 しかし、その入口らしき所には金網が何重にも取り付けられ、鎖でぐるぐる巻きにされている。

 

「……」

 

 不気味だった。

 立入禁止、というのは馬鹿でも分かる見た目にも関わらず、”入ってみたい”という欲を抑えられなかったのだ。

 

 砂浜から堤防へと続く階段を駆け上がり、食い入るようにその金網へと歩み寄る。

 

 不用心にも人が入れるほどの穴が出来上がったそこには、一つの看板が提げられていた。

 

 

『えんえん堤防』

 

 

 これが、ここの名前らしい。

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