母親と男の子が百貨店へ。
今にも迷子になりそうな息子に困っていると、サービスカウンターからの提案が。
なんと、百貨店の中でだけ、自分の息子と融合してはどうかというのです!

1 / 1
親子が一緒で百貨店!

 ご来店ありがとうございます。

 こちらは、何の変哲もない百貨店。

 日々、様々なお客様がいらっしゃり、お買い物を楽しまれます。

「いい? 今日は絶対、ママからはぐれたらダメよ?」

「えー、つまんないよそんなの-! おもちゃ見たーい!」

 おや、おや。

 お母様に連れられて、男の子がご来店。

 それでも、どこかつまらなそう。

 それはそうでしょう、百貨店はどちらかというと大人が主体のお店です。

 子供にとって面白そうな物はおもちゃくらい……なのですが、今日日普通のおもちゃはネットで買う方がお安いですし。

 そうではないおもちゃと言えば……百貨店では意識の高い知育玩具がメインなので、面白くはないのは仕方のないお話です。

「もう、そんな事言わないの! 後でアイス買ってあげるから」

「でも、ママはお服とか買うんでしょ!」

 息子のだだこねに、お母様も困り顔。

 折角の楽しいお買い物の時間が台無しになるのは、こちらとしてもお客様としても喜ばしい事ではありません。

 こういう時、サービスを提供させていただくのがこちらの務め。

「お客様」

「え、あ、はい」

 後ろから声をかけられ、驚いてしまうお母様。

「失礼いたしました、お困りのようでしたから」

「いえ、大丈夫です……あら? ここにこんな所、あったかしら?」

 誰も通らないような、百貨店の隅のエリア。

 そこにぽつんと、総合案内のようなスペースがさみしげに配置されています。

「こちらでは、当百貨店にご満足いただけるよう様々なサービスを行っております」

「あら、そうなんですか? よく来ているのに気づかなかったわね……でも、ごめんなさい。ここのカードも持っているし、ポイント会員ですので」

 そうそう、百貨店のサービスと言えばその二つが大きいですね。

 入り口でキャンペーンをしている百貨店も、最近はよく見ます。

「ご愛顧ありがとうございます。例えばお客様? 百貨店でお買い物をされる間、お子様と一緒になられてはいかがでしょうか?」

「ええっと……ごめんなさい、迷子になったら困るので一緒にいるつもりですけど」

「失礼いたしました、わかりにくい表現でしたね。お子様と、一つの体になられてみては? と言い換えさせていただきます」

「一つ……? よくわからないのですが」

「えー? ママと一つって、合体?」

 男の子が急に興味津々で、覗き込んできました。

「おっしゃるとおりです。お買い物の間はお二人が合体してお一人になっていただき、お帰りの際はこちらでお二人に戻っていただく……というサービスとなっております」

「そ、それ、大丈夫なんですか? なんか、こう、人格とか色々」

 不安そうな顔をされるお母様。

「えー、ママと一緒? すごいすごい! どうせ僕つまんないし、ママ、やろやろ!」

 一方、目を輝かせる息子さん。

「こちらからのサービスですので、お代金などはいただきません。様々なお客様にご体験していただきましたが……不快な思いをなされたお客様はいらっしゃいませんでした。皆様から、ご好評の声をいただいております」

 係の者が、手慣れた様子で説明を続けます。

「そ、そうなのね……ええっと、孝、やってみたい?」

「うん、ママ、やろやろ!」

「じゃ、じゃあ……お願いします」

「かしこまりました。それでは、こちらにお入りください」

 案内しますは、試着室のようなブース。

「こちらにお入りいただきますと、一瞬照明が消えます。そうしましたら、もうお二人はお一人になっていますよ」

「わー、すごーい! ママ、早く!」

「こーら、そんなはしゃがないの」

 親子仲良く入っていただき、カーテンを閉め、チカッと点滅が一度起き。

「お疲れ様でした」

 係の者がカーテンを開けると、確かにそこにはお母様お一人に。

「え、あら、孝がいない……え、え、本当に私、くっついたのかしら?」

 鏡を見てもほぼ変化がないせいで、どこか不安げなお母様。

「お客様、大変失礼ですが……股間に、ないはずの物があるかと」

「え?」

 言われるがまま、股に手をやり。

「あ、きゃ、す、すごいですね」

「それではお客様、元に戻られる際はまたこちらまでお願いいたします」

「は、はい、ありがとうございます……」

 どこか落ち着かないのか、一つになったお母様はもじもじと歩いてエスカレーターへ。

「ええっと、三階ね」

 三階、婦人服売り場でございます。

 目的の階に着き、案内表示を確認し。

「うふふ、新作まだあるかしら?」

 乙女のときめきを顔に浮かべながら、お母様はお気に入りのブランドショップへ。

「いらっしゃいませ」

 軽く会釈を返しつつ、楽しいお買い物の始まりです。

「あら、これかわいいわね……色も今年は特別好きな色だし」

 目を細め、口元は緩み。

 お客様が自分の幸せを求めてお買い物の時間を楽しまれる、これこそが百貨店の醍醐味でございます。

「お客様、そちらですが今年はカラーバリエーションがございます」

「えぇ? なんだか珍しいわね、ここがそんな事するなんて」

 赤が基調の新作を手に取りつつも、店員の持ってきた方にも目をやって。

「青と黄色、ねぇ……青は良いかもしれないけど、黄色ってちょっと元気すぎるから好きじゃないのよね」

「お客様、ご試着されますか?」

「そうさせてもらいます、じゃあこれと青を……」

 試着室がどこにあるのか確認しながら、店員から服を受け取り。

「お、お客様」

「あ、え、はい」

「そちらは黄色ですが」

「あら!? あ、ご、ごめんなさい!」

 うっかりしていたのか、お母様の手は黄色の方を手に取っていたのです。

「青はこちらです」

「……あら? でも、黄色も悪くないわね。えー、どうしたのかしら。このデザインだと青より黄色がセンスよく見えるのかも……ごめんなさい、やっぱり黄色を試着させてもらいます!」

 小首を傾げつつも、試着室へ。

「孝、最近黄色い物好きでよく散らかしてるから……私も黄色が好きになっちゃったかしら?」

 小さく笑いつつも、赤い方を着てみて。

「でもやっぱり、赤の方よねー。このブランドの赤、品があるのよね」

 わざわざ黄色を試す必要はないか、と思った時でした。

「……あら、やっぱり気になっちゃうわぁ。赤より黄色の方が良いって事、ないと思っていたんだけど」

 初めての気持ちにどこかまごつきつつ、黄色の方も袖を通し。

「え、嘘! 結構私、好きかも知れない!」

 試した事がない事をしてみると、思いのほかしっくり来る事はある物です。

 もちろん、自分の定番だけを試すのも楽しい物ですが……折角の楽しいお買い物の時間。

 ちょっとくらい冒険してみるのも、案外悪くない物かも知れません。

「あはは、なんか気分まで明るくなっちゃうわね。黄色にしちゃいましょ!」

 満面の笑みで鏡の中の自分を見て、大満足のご様子。

 半ば勢いに任せ、新しい好みの色にしてしまい。

 新しい発見のおかげか、そのお顔はとても輝いています。

 お客様が嬉しそうにしてくださるのが、私たちのとっての喜びです。

「よーし、じゃあ次は……一つ上ね」

 四階、婦人服・紳士服売り場です。

「ええっと、バッグは……」

 方向を確認し、楽しそうに早足で向かわれます。

「あ……」

 ですが、お母様は突然足を止められました。

 何か忘れ物でしょうか?

「へぇ、いいネクタイねこれ」

 視線の先にあるのは、紳士服売り場。

 これまた新作として展示されているネクタイに、お母様は目が釘付けのご様子。

「そういえばお仕事大変ってパパ、言ってたわね。あら、いつ聞いたんだったかしらそれ? ……そうねえ、バッグはまだ使えるんだし、たまには私から旦那にプレゼントするのも良いかもしれないわね」

 予定変更し、ずらりと並んでいるネクタイに目を通していきます。

 こればかりはお母様が試着されても仕方がないものですので、より慎重になっていて。

「うーん、そういえばちゃんとあの人に合う物って考えた事なかったわね。黄色……うーん、ちょっと似合わないかも?」

 無意識に黄色のネクタイを見つめ、考え込み。

「もっとこう、かっこいい感じの……あら、最近はあんまりかっこいいなんて思った事無かったのに……でも、そうよねぇ。頑張って毎日働いてくれているんだから、かっこいいわよね。もっと感謝しないとダメね、うふふ!」

 考えをまとめつつも、その目は真剣そのもの。

 ご自身の服よりもはるかに時間をかけ、旦那様への贈り物を選ばれるのでした。

「うふふ、喜んでくれたら嬉しいわね!」

 想定外のプレゼント選びに、若干お疲れのご様子。

 それでもどこか、ワクワクとドキドキに胸を躍らせていらっしゃるようです。

「じゃあ、軽くお昼たべていきましょっと」

 お洋服とネクタイ、中くらいの紙袋一つにまとめて上の階へ。

 六階、レストラン街でございます。

「どうしようかしら、中華にしようかしら」

 店舗を順番に見ながらも、お目当ては決めているご様子。

「あら」

 ふと、驚いたような声。

「あら? ここ、こんなにハンバーグ美味しそうだったかしら?」

 目に付いたのは、洋食屋。

 いかにもデパートらしい、しっかりとしたハンバーグのサンプルに目が止まったようです。

「そういえばここ、一度も入った事無かったわね。中華の気分なんだけど……ハンバーグ。食べたくなって来ちゃった!」

 突然の欲求に流され、またもや予定変更。

 席に案内され、メニューを見て思案して。

「ええっと、ハンバーグとパンのセットを」

「ハンバーグとパンのセット、以上でよろしいですか?」

「ええ、あー、アイスクリーム! ひ、一つください」

 突然思い出したかのように大声を出し、少し恥ずかしくなり。

「アイスクリームですね、こちらは食後にお持ちしてよろしいでしょうか?」

「あ、はい、それでお願いします……」

 口に手をやり、顔を赤らめて。

 店員がメニューを引き取らせていただいた後も、お母様はどこか落ち着かないご様子。

「私、えー、アイスクリームなんて食べるつもり無かったのに、でも、絶対美味しそうだもんね、ま、まあ、孝と一緒になってるなら、食べたら孝にも食べさせてあげたって事になるのかしら、えー、でもなんかそれ、ずるーい……」

 どこか口調も砕けつつ、もじもじしている間にお食事が運ばれてきます。

「ではいただきます……わ、お家のハンバーグと全然違う! って、そりゃ、私が作るのと作り方違うから、当然なんだけど……本当に、おいしいわね」

 落ち着いて食べているようで、おいしさに興奮してしまうのか時々慌ただしく食事をしてしまい。

 うっかりフォークでハンバーグを運びつつ、もう片方の手はパンを持ってしまったり。

「やだ、私ったら! でも、おいしいからどんどん食べたいもんね、何だろ、なんか私、孝みたいな気分!」

 一人にまとまっているからでしょうか、どこかお子様の影響があるようです。

 若干お行儀の悪い食べ方をしてしまいつつも、食べ進める度に顔には幸せそうな笑みが溢れていき。

「デザートでございます」

 昔ながらのウエハースの添えられたバニラアイスを目の前にした時、お母様の顔は喜んだ少年のそれそのものでした。

「うふふ、一緒だから、全部食べちゃってもちゃんと分けた事になるものね!」

 屁理屈をこねつつも、我慢できないといったご様子でスプーンを手に取り。

 リッチな風味のアイスクリームを口に入れ、より一層幸せに浸っていきます。

「えへへ、お買い物の後のアイス、おいしいなぁ」

 うっかり言葉使いまで男の子のようになっているのに気づかないまま、至福のデザートタイムは終了します。

 お会計を済ませ、お店を出て。

「よし、じゃあ帰ってお夕飯の用意しないと」

 エレベーターを探しますが、少し遠いようです。

「じゃあ、エスカレーターで降りましょっと。なんだろ、そろそろ戻っちゃうと思うと、ちょっとだけつまんないわね」

 思っても見なかった事を口にしてしまい、ちょっと笑ってしまいます。

 五階、こども用品売り場でございます。

「……あら」

 下に行くにはそのまま反転して横のエスカレーターに乗れば良いはずなのですが……何故か、前に進んでしまいます。

「うーん、別に買うものはないんだけど」

 口ではそう言いつつも、足はゆっくりとおもちゃ売り場へ。

「あらら、ええっと」

 困惑しつつも、視線がおもちゃ達を順番に見ていきます。

「なんだろ、あんまり知らないはずなのに、なんか……なんだろ? 欲しいとかいらないとか、思っちゃうって言うか」

 ふと、大きなロボのおもちゃが目に付きます。

「あ! これ、欲しかったやつだ! って、何のおもちゃなのかしら、これ」

 よく分からないまま、ずしりと重い箱を持ち上げて。

「ああ、土曜日に孝が見ているアニメの……」

 いつも家事をしている時間帯なので、全く知らないお母様。

 ところが、足はすたすたとレジに向かい始めてしまいます。

「あ、ダメダメ、クリスマスに……でも、ママもパパも物買ったのに、孝だけアイスクリーム半分こって、ずるい気がしちゃうわね!?」

 混乱しながら思考している間にも、レジにたどり着いてしまいます。

「お支払いはどうされますか?」

「あ、えっと、一括払いで!」

 少し戸惑った次の瞬間、にっこりと笑いながらカードでお支払い。

 問題なく暗証番号を打ち込み、お買い上げ。

「わ、わ、どうしちゃったのかしら、私……でも、すっごく嬉しいって言うか、はしゃぎたいって言うか、ウキウキ、してきちゃった!」

 右手に持っていた紙袋よりも大きな紙袋を左手に持ちつつ、今にも飛び跳ねそうなお母様。

「うふ、うふふ! なんか、欲しいと思って買っちゃうの、やっぱり楽しいわね!」

 色んな物に目移りしつつ移動していると、丁度エレベーターが。

「あ、そうだ!」

 新しいアイデアをひらめいたのか、無邪気な笑みを浮かべ。

 お母様はそのまま、エレベーターに乗り込んでいきました。

 地下一階、食品売り場でございます。

「えーっと、これとこれを三つ!」

「じゃあ、これください!」

「あら、これも美味しそうね!」

 いわゆるデパ地下をうろつきながら、少しずつ色んな袋が手に増えていき。

「えへへ、お酒のおつまみも買ったから良いでしょ、どれもこれも美味しそうだし、今日の夕ご飯楽になるもんねー!」

 気づけば荷物でいっぱいになりながらも、その顔はますます幼稚で明るく、楽しそうになっています。

「じゃあ、お買い物も終わったし、元に戻って電車で帰りましょっと!」

 ウキウキと出口に向かうお母様。

「あら、どこだったかしらあそこ? えーっと?」

 お母様がお子様といらっしゃったのは一階。

 そして今いらっしゃるのは地下一階。

 地下鉄へはどちらからでもいけるのですが、インフォメーションは一階にしかありません。

 当然、一度上がっていただく必要があるのですが……

「まあいっか! なんか、これはこれで楽しくなっちゃったし……明日また、来れば良いでしょ!」

 あっけらかんとした表情で、スキップするかのような足取りで改札の方へ。

「あ、そうだわ! 明日は丁度土曜日だし、孝の好きなアニメを見ながらさっき買ったおもちゃで遊んでみよーっと!」

 楽しみいっぱい、幸せいっぱい。

 安く買いたいという願望については不利ですが、やはり百貨店の魅力は『お買い物』そのものの楽しさを提供しているというところ。

 お母様も、お子様と一緒になって影響を色々受けたのか……いつも以上に百貨店でのお買い物を楽しんでいただけたようです。

 それでは、またのご来店、お待ちしております。

 

 

 おしまい




この作品は、pixivや私のサイトでも投稿しています。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20905632
https://ak-s.fsc-x.com/in/blog/?p=2181

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。