※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆◇◇
「おーい、みんな~!」
と、両腕をぶんぶん振りながら、中陣の捜索担当、ハベトロットが帰ってきた。
「ハベトロットさん! ご無事で何よりです!」
「おう! でもこっちは特に何もなかったんだわ~。ただ、しばらく先のほうに他階へつながる連絡階段を見つけたぜ! 下階を切り込んでる二人とは、そこから合流できるんじゃないかな!」
「充分な働きです。ご苦労さまでした、ハベトロット」
「良いってことよモルガン! けど、捜索のほうが収穫ゼロってのは悔しいな!」
「ううん、ひとまず異常がないことがわかっただけでも収穫だよ。ありがとう!」
フォローの意図などではなく事実として、この先の移動に関しての警戒レベルは抑えられる──という事前情報を持ち帰ってくれた彼女に、私は感謝の言葉を述べる。
と、話していた矢先に、
「ん、ハベトロットが戻っていたか」
下階の捜索にあたっていたメリュジーヌも、無事に合流を果たした。
「メリュジーヌさんもご無事で!」
「そっちも大丈夫そうで何よりだ──と、報告だ。僕が捜索した左舷の船室群には、異界化空間に繋がる部屋がいくつかあった。何箇所か覗いたけれど、どうやらそこは魔力の生成を担うプラントになっているようだ。そうと解ったというほかには、特に何もなかったんだけれども──ん、バーゲストはまだか?」
うわぁ……異界化空間、そんなコトになってるんだ。
「ありゃ? モルガンのおかげで黒犬が使えるようになったから、捜索はここに居る誰よりも効率的でスピーディにできるはずだよな?」
「スピードで言えば、僕とハベトロットのほうがバーゲストよりも上だけどね。まぁ、小回りに関しては彼女の黒犬達のほうが、頭数があって優位か……うん。確かに僕達と大幅な時間差が生じることはないはず──」
──耳に入った音声は、そこまでだった。
なぜなら──五感のすべてが瞬時に、視覚の補助へと回ったからだ。
合流した時点から同じ位置に立っているハベトロットとメリュジーヌは、モルガンとマシュに同じく全員、私のほうを向いている──つまり、船首方向に対して背中を向ける格好になっていた。
ゆえに、この場に迫り来る異常──仄暗い通路が明々と照らされる様子が、唯一船首方向を向いていた私には、いち早く察知できたのだ。
「マシュ! 構えて!」
「っ! 了解!」
船首方向の異常を注視し、その視線と呼び掛けをもってマシュに現状を伝える。即座に彼女は状況を察し、応答と同時に魔力防壁の展開を完了した。
その直後──マシュの魔力防壁に弾かれ、裂けた爆炎が、私たちの左右を吹き抜けた。
……危なかった。あと一瞬、判断が遅れていたのなら、こうして全員が無傷では済まなかったかもしれない──。
「──みなさん、私の後ろに」
ラウンドシールドを構え、爆炎によって立ち上った煤と灰が晴れるのを待つ。直後、煙る通路から姿を顕した人物を見て、この場にいる全員が息を呑んだ。
そこには──精神の気高さを表す白銀の鎧を身に纏いながらも、自身を燃焼しているかのように炎を携え、獣のように唸る──我らが騎士の姿があったのだ。
「バーゲスト……?」
「…………」
──呼び掛けには応じない。
迫りくる彼女は顔をやや伏せ、牙を剥き出しにし、口角からは炎を漏れ出している。
……正気を、失っているのか。
「バーゲストさん……!」
今のマシュの心中にあることは、おそらく私と同じだろう。バーゲストのこの姿を見てしまっては、あの光景を思い出さずにはいられない。
そう。眼前のバーゲストは、まさしく……かつて妖精國に『大厄災』が訪れた直後の彼女──『獣の厄災』に変貌する寸前の姿に、ほかならなかったのだ。
「どうしたんだ? 操られてるのかこれ!」
「いいや──あれはどうも操ると言うより、単純に暴走を強制されている感じだ」
……メリュジーヌは目元までフルに武装を済ませ、迎撃準備に入っている。でも、それはダメだ。二人を戦わせることだけは、最も避けるべき選択で──
「──えっ」
と、思考を回転させているときだった。視界の端で、何か不自然な動きが見えた。
「……っ」
信じられないことに、そこには……姿勢を保てず、魔槍に体重を預けるように項垂れる──モルガンの姿があったのだ。
「モルガン!」
すぐに駆け寄り、半ば抱き合うような姿勢で、魔槍の反対側から彼女の身体を支える。
……彼女の全身が熱い。人間の身であれば、この熱が内側から発せられた時点で、内臓は壊滅的なダメージを負い、全身の肉は硬化するだろう。そんな彼女をじかに触れている私が無事で済んでいるのは、カルデア特製の魔術礼装を着込んでいるおかげだ。
……やっぱり、モルガンの自己申告以上に、術式の負担が掛かっているのだろうか。
「……効き目があるか、わからないけれど」
即座に、魔術礼装に付与された回復魔術のスクロールをモルガンに使用する。
「っ──まったく……」
応急措置の直後、かろうじて発せられたのは、喉を絞るような声色だった。そして彼女は──少し困ったような、苦く笑ってみせるような口調で、
「本当にお前は……よく食べますね……」
──どこか慈愛の込められた遠回しな文句を、力無くバーゲストに向けて言った。
◆◆◇
揺れを、感じる。
ここでは、ない、はずの。
何か、足りない……気がする、のだけど。
「ふむ、ようやく収穫祭が始まりましたな」
……また、あの、声。
「さあ──参りましょうぞ、モルガン陛下」
…………え?
「相手はほかならぬ、貴方ご自身の臣下だ」
……まっ、て、
「いかに貴方といえど」
……いる、の?
「魔力行使を自制したまま」
……なん、で、
「魔力吸収と魔力喰いに耐え続け」
……いや、いや、だめ、
「その猛獣を鎮めることなどできますかな?」
…………お母、さま……!
◆◆◆
通路の床を軋ませ、接地面を焼き焦がしながら、バーゲストの歩が進められる。
船全体が特異点であるせいなのか、船体内部の異常空間が魔力の生成機能を有しているからなのか──彼女は、周囲に在るらしい魔力を根こそぎ吸収しながら迫っていた。
魔術礼装の助けがなければズブの素人の私にさえ、その様子がどういう状況なのかを視認し、理解することができる……それほどまでに尋常ではない吸収量で、バーゲストの能力──『魔力喰い』が発動しているのだ。
加えて、その吸収した魔力を即座に燃焼しているかのように、バーゲストの全身から絶え間なく炎が上がっている……その様子はまるで、極小の太陽が目前に迫りくるかのようだった。
「■■■■■■──」
「攻撃は私が防ぎ切ります! このまま放置していては、バーゲストさんが……!」
バーゲストの様子を見て耐えられなくなったらしく、マシュが迎撃を名乗り出る。
……防御の必要に迫られていることは確かだけれど、先ほどのように爆炎を防ぎ続けることは良策とは言えない。彼女が迫りくるに従って、私達は後退を余儀なくされてしまうのだ。かといって、近接戦を持ちかけ、今のバーゲストを押し返しつつ前進する──というのも現実的ではない。なぜなら、彼女に近づけば近づくほどに、魔力喰いによる被害は大きくなってしまうからだ。
何より、ただでさえ複数の味方に対し、自身の貯蔵魔力に偽装を施したうえで魔力を供給し続けている──モルガンの身が危険すぎる。
彼女が用意した対抗魔術は、特異点自体が発生させている魔力吸収現象を相殺するものであって、バーゲストの魔力喰いを無効化できるものではないのだ。距離を詰める、あるいは詰められてしまえばその時点で、モルガンに刻まれた大本の契約術式が根こそぎ剥ぎ取られる恐れがある。
……さあ、どうする。
黒幕に時間を与えてしまうことを覚悟のうえで、バーゲストを置いて後退するか。
魔力喰いによる被害を前提に、バーゲストとの戦闘も覚悟のうえで前進するか。
……断言できる。後退だけは、あり得ない。
敵に時間を与えてしまうこと以上に、今のバーゲストに時間を与えてもダメだ。きっとこのままだと、彼女は自壊の一途を辿るか、『彼女』ではなくなってしまう気がする。
……よし、そこまで方針が絞られたなら。
「マシュ、防壁を展開しながらゆっくり前進して! バーゲストの爆炎が途切れる瞬間に、私の簡易召喚で、彼女を押し返して──」
──私がそう言いかけたとき。
最前線で盾を構えるマシュの横を通り過ぎ、
「大丈夫。その必要はないよ、二人とも」
振り向くこともなく、太陽の迫りくる前方を涼やかに捉えながら──
「僕に任せて。マスター、マシュ」
──メリュジーヌが、炎の境界に躍り出た。
「いいね? ──『
その呼び名を誇張するように。かつての主君を指して、騎士は承認を仰いだ。
「……ええ。
私の肩から顔を起こし、魔槍を杖代わりに姿勢を正して、主君は騎士を送り出す。
「『
自らの腹心の証──『
「応とも!」
返答とともに、騎士は駆ける。
その叫びは、周囲の空気が結晶化したかのような錯覚を抱くほどに、凛然としていた。
瞬く間にバーゲストの懐に潜り込み、彼女の胴を掴み──自身の足元に溢れんばかりの魔力の光を蓄えながら、まるで普段の会話のような気安さで、騎士は語りかける。
「──左舷に面白い空間があったんだ。僕がエスコートしてあげるよ、バーゲスト」
そう言い終えた、と思った瞬間。前方の通路の空気がすべて入れ替わったかのような風圧が走った。
たまらず閉じた目を開けると、先ほどまで明々と燃え盛っていた太陽の姿は無く。残り火が燻るばかりの──静寂に塗り替えられた、仄暗い通路があるのみだった。
お読みいただきありがとうございます。
今回あたりの状況のイメージが何気なしに思い浮かんだのが、本作の構想の叩き台となった一因だったりします。メリュジーヌとバーゲストの一騎打ちまでの流れと、それを機に消耗するモルガン陛下のところ。
そういうのが寄り集まって、気づいたらこんな形になっていました。
引き続き、お付き合いいただけますと幸いです。