※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆◇◇
……また。
……ここじゃ、ない、ところが。
……ゆれた、きが、する。
……さっき、より、
……かんじ、られ、なかった、けど。
「ほう。自ら進んで一騎打ちを選ばれたか」
……いっき、うち。
「これも──境界の守護者の矜恃ですかな?」
……きょう、かい、の……。
「しかし。生憎ながらそれは、実に好都合だ」
……しゅご、しゃ……?
「此方も余計な策を弄さずに済むというもの」
……め、リュ、じー、ぬ。
「望みどおり、獣の業火に焚べてやろう」
……ばー、げす、と……?
「焼滅には慣れておりましょう。竜の骸よ」
……あ、ああ、あああ、
……ご、めん、なさい──。
◆◆◇
二人の騎士がこの場を離脱した直後。
眼前の通路は、消火活動直後の火災現場と、台風一過の間みたいな有様となっている。違いがあるとすれば、例に挙げた両者の場合は水浸しになることが常だが、この光景には水気が一切ない、という点のみだろう。
「バーゲストさん……メリュジーヌさん……」
二人が跳び去っていった通路の先を見つめながら、マシュは落ち着かない様子で呟く。
「心配は無用です、マシュ」
先ほどよりは幾分か回復したのか、負荷に慣れてみせたのか。支え無しで立てるようになったモルガンが、己が腹心の身を案じるマシュに対し声を掛ける。
「あれが自ら馳せたのならば、それは勝利の約束も同じこと。あとは任せましょう」
「……はい。すみません……どうしても、その……思い出してしまって」
「……今は二人を信じよう、マシュ」
「はい。私達もできることを全力でやりつつ、お二人の帰りを待つべきですね。マスター」
「ただ、現状の理解は必要なんだわ。いったいどういう状態なんだ? あのバーゲストは」
バーゲストの状態は、ある程度私にも察しがつくほどに極端なものではあった。けれど、その経緯や原因などの、敵の意図に通じる要素については、さっぱりわからない。
「何らかの手段で身体の自由を奪われ、魔力放出を強制されているようです。同時に、周囲の魔力を見境なく吸収してもいる──際限なく燃料を喰らい、燃やし続ける『炉』のような状態と言えるでしょう」
モルガンの見解は、さっき私が抱いた所感とほぼ同じものだった。やはりあれは、誰がどう見ても状況が判るほどの暴走状態らしい。
「加えて、この船の出力も上昇しています。おそらく、船内機構の一部として利用されたのでしょう。彼女が根こそぎ吸収していた周囲の魔力は、船体の異常空間から生成されたものでした。これを喰らった端から燃焼することで、船の動力源として機能させられているのです。そして、その過程で生じるごく一部の漏れ出た余剰魔力を、我々に対する牽制攻撃に用いる魔力として廃棄させられていた──といったところでしょう」
こっちの見解も、部分的には私なりの理解と符号していた……が、実際の状況はより深刻のようだ。あの爆炎が、燃焼機関として処理しきれなかった『余剰』魔力の消費手段として使われていた……?
あの爆炎が
それはつまり──バーゲストという燃焼機関では処理しきれないほどの魔力量を、彼女は常時、強制的に吸収させられているということじゃないか……!
「そんな……! バーゲストさん……!」
確か……そう、『オーバードーズ』だ。
過剰摂取による消化器官の拒絶反応から、摂取したものを戻してしまう症状、または行為を指す言葉。多くは心理的・精神的な要因から、過剰量を口に入れずにはいられない状態に陥った際に実行してしまうという話を聞いたことがある。
……というのも、某年のバレンタイン明け。お忍びでお腹を診てもらったアスクレピオス先生に、懇切丁寧に教え込……ご教授いただいたので覚えていた。まあ、そのときは単なる食べすぎという診断だったものの、下手をすればその一歩手前だぞ、と叱られちゃったのだ。
と、そんな私の馬鹿話ぐらいしか引き合いに出せる手札がないだけなんだけれど、おそらく今のバーゲストの状態というのは、その症状に近いんだと思う。
で──私が勘弁しかねているのは、『バーゲストにそれを強制している』という点だ。
彼女は本来、他者から力を奪うことで自らの糧とする存在だ。そんな彼女がみんなと普通に生活を共にできているのは、並大抵ではない努力と忍耐の末に実現させた結果なのだ。
その衝動が最も強く出る対象は、ごく限られた条件を満たす者のみではあるものの──その対象に対して抱く衝動は、どれほどの時を要して積み重ねた努力と忍耐をもってしても耐え難く、もはや自らの制御下には置けないほどに強烈なものなのだという。
だからこそ、バーゲストは普段から規律と礼節を重んじる。しかしそのうえで、周囲との調和も善しとしてみせる度量も持っており、自らの衝動という爆弾を常に抑える努力を欠かさない。それが、彼女の目指す理想の自分を形作るための、宣誓にも等しい姿勢なのだ。
それを。その彼女を、あろうことか──敢えて欲するところでもない膨大な糧を、彼女が積み上げてきた努力と忍耐を踏み躙って、無理矢理摂取させ続けているだって……? 挙句の果てに犯人は、彼女の矜持を魔力諸共に、ただ『燃料』として焚べ続け、自らの益へと換えているのだ。
……どんな権利があって、そんなことを──
「なあ、バーゲストは……止められるのか?」
「……そればかりは、二人の矜持次第です」
──あ。
……そうだ。彼女がこの場にいたらのなら、きっと私にこう言うだろう。
『弱肉強食。それがすべてなのです。私がその理の中で生きる以上、私もまた──その理の中で喰われ、侵され、死ぬべきだ。そこに、感情を差し挟む余地などありません』──と。
そうだった。彼女はおそらく、ああなってさえも──自身が置かれている現状自体には、『弱肉強食という理』の中において、一応の納得をしているに違いない。そして──現状の己を認めることもまた、彼女の矜持を思えばあり得ない話じゃないか。
うん。だったら、バーゲストについて私が考えるべきは、その先のことだ。
……悔しいし、彼女に対してあんなことをされたのは腹も立つけれど。でも──それを、彼女の基準を度外視して勝手に当て嵌めるのは、いきすぎだ。
私がバーゲストのことで抱いた憤りと、バーゲストが抱く憤りに重なる部分がひとつでもあるのなら、それで充分。そのひとつぶんの重なりに掛けられた彼女の矜持を、私も守ってみせる。
「……捜索を続けよう!」
全員でここを切り抜けて、バーヴァン・シーを連れ戻すんだ。
◆◆◆
先刻、実際にこの眼で覚えた船内通路をエアシュートのように疾走する。
……あっ。そういえばさっき、閉鎖空間を開幕一秒でマッハに飛ばしちゃったから──後ろに居たみんなが風圧で吹き飛んじゃったかも……。
……まあ、あの場にはマシュが居たし。うん、咄嗟に凌いでくれただろう。よし。
現在、低めのラリアットをお見舞いするような格好で、バーゲストの腹部に自身の片腕を絡め、船内通路沿いを立体的に滑空している。ただでさえ恵まれた体格の持ち主である彼女をひと息のうちに運び出すには、音の壁を越える勢いで駆けなければならなかった。
いや、これがいつもどおりの彼女なら音の壁は越えなくてもいいのだけれど。なにぶん、今の彼女には暴れられると厄介だから──こうして、彼女の背中からマッハによる慣性をモロにかけ──ヘアピンみたいに身体を折り曲げ、動きを封じながらの送迎を両立させることにしたんだ。だから味方に巻き添えを見舞っちゃうのは不可抗力。わかるね?
「……っ」
……とはいえ。今の彼女に限っては、動きを封じさえすればいいって問題じゃない。
「魔力が……これは君本来の魔力喰い、だな」
これ以上の速度と確度で、物理的に場所を移すことができる手段も要員も、今の僕達には無い。ていうか、後者に関しては探してもムダ。だって、僕以上の要員は居ないから。
ま、アキレウスなんかは、速度でならいい勝負になるだろうけど──バーゲストの魔力喰いに耐えながら、船内を壊さずに立体軌道を描いてみせることまでは、どうかな。
……そう。今回の作戦の前提として、船内を壊すのはまずいんだ。バーヴァン・シーがどこに居るとも判らない状況で、彼女の不在を確認できていないエリアを無闇に破壊するのは危険すぎる。まあ、黒幕の手際を見る限り、よっぽど彼女のことをご所望だった様子からして──バーゲストに散歩を許したエリア内には、バーヴァン・シーを監禁している部屋は無いんだろうけど。
拾った野犬に籠の中の鳥を喰わせるような、マヌケな手合いじゃないってことだ。
「■■■■■■──」
目標のエリアに突入する際、最後の方向転換のために失速した一瞬のタイミングで、バーゲストが唸り声とともに、身じろぎをし始めた。
「オーケー。君もそろそろ、じっとしていられなくなったか……な ──っと!」
着地と同時に──僕達の身体に掛かっている残りの勢いのすべてを、僕の腕伝いにバーゲストの腹部へ集約し、移動時の姿勢のままミサイルのように発射した。
その反動によって、僕の身体に掛かっていた勢いのみをキャンセル・急停止し、すぐに再起するであろう彼女との対峙に備えて、充分な距離を確保する──カンペキ。
……これでひとまず、バーゲストをマスターと陛下から引き離すことには成功したな。
「■■■■■■──」
砂埃の中から姿を現した彼女はピンピンしている。さっきまでは移動の風圧で掻き消えていた炎も再燃し始め、燃焼機関としての機能を再開させられているらしい。
「手荒なエスコートで悪かったね! 猛った戦士が相手では、あれが限度なんだ」
無言で対峙するよりも、普段どおりに軽口をぶつけて軽く煽ったほうが、彼女自身の意識を刺激できるかもしれない。子犬の気持ちっていうのは、こういうところから根気強く探っていかないとね。
バーゲストが全身に炎を纏い直したことで、僕達が転がり込んだこの空間内部が明々と照らされ、その全貌を露わにする。
「異界化空間──地底湖に変質したエリアだ。ここなら多少暴れたって、船を壊すことはない……多分ね」
空間内部は、中央に湖を湛えた巨大な鍾乳洞の様相を呈していた。
天井と底面を繋ぐかのように上下に伸びる、先端の尖った大石柱がそこらじゅうに立ち並び……生成された魔力によるものなのか、淡く青白い光を滲ませた水が滴っている。その水が流れ着いて作られたのが、この──僕とバーゲストの対峙する、湖だ。
湖を含む洞窟中央部はやや拓けており、視野が広く機能する。このフィールドなら、小回りが利かない今のバーゲストは、このまま湖に張り付くしかないだろう。その隙に僕は石柱群を跳び回りながら、仕掛けるタイミングを伺い、突破口を見出せばいい。
……先の捜索中にひと目見て気に入った場所だったから、特異点攻略中にチャンスがあれば、マスターをエスコートするつもりだったんだけど……この状況になっては仕方がない。
「どうだい? バーゲスト」
両脚に魔力を集め、両鞘を構え──彼女を正面に見据えて呼びかける。
「
お読みいただきありがとうございます。
藤丸、バレンタイン明けは医神にお腹を診てもらってたら可愛いな〜と思うのです。