※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
◆◇◇
バーゲストとメリュジーヌの無事を信じつつ、中陣メンバーで捜索を再開した。
一回目とは違い、今回はハベトロットも私達三人と行動を共にしている。
船内ではストーム・ボーダーへの通信が不可能であることが判明した今、捜索活動と並行して、甲板へ通じるルートを把握するべく、船内のマッピングに取り組む必要性が出てきた。そのため、モルガンの感知魔術で効果を増幅させたマシュの手持ちの計器で、直線距離にして約二百メートル先までの内部構造を解析しながら、船首方向へと前進しているところだ。
メリュジーヌの言っていたとおり、船内の異界化空間は基本的に魔力の生成プラントとして機能しているようだ。空間の捩れに関する大部分が、その空間の存在による影響らしい。
異界化空間は通常の船内空間とは魔力の質・密度ともに異なっており、簡易スキャンに反映されるまでに大幅なタイムラグが生じていた。極端な場合、簡易スキャンでは捉えられない、と結論づけざるを得ないエリアも点在する。しかし、それは裏を返すと──『簡易スキャンが及ばないエリア』の表示を計器画面上で塗り潰していけば、『それ以外のエリア』は『通行が可能な道順』として逆説的に立ち現れる、ということにもなるのだ。
その事実に思い至ったマシュは、異常空間が有する魔力パターンと、それ以外の空間の魔力パターンをより特化的に識別するための外付けセンサーとして、『モルガンの感知魔術を簡易スキャナに接続してはどうか』という案を呈したのだった。
実際、マシュの提案がなくとも、どのみちモルガン本人も単独で感知魔術を発動するつもりだったようだ。が、さすがに発動しっぱなしの術式が混み合ってきているため、ここはマシュの案に乗ってくれた……という経緯である。
どうやら、簡易スキャナという『元々の機能が明確なアイテム』の効果を増幅するほうが、一から十まで自身の内で処理するよりもはるかにラクに済むという点が決め手になったようだ。加えて、データとして蓄積・共有ができる点において、単独の術者による解析に比べてより戦略的な用途が望める、という観点も大きかった。
つまり、モルガン自らが感知魔術を行使していた場合よりも彼女の負担が抑えられ、集積したデータをそのままストーム・ボーダーに共有することもできるハイブリッド案を、マシュは思いついてくれたのだ。グッジョブ!
「簡易スキャンの結果が出ました! ここから百六十メートル先は、船首甲板です!」
と、バッチリと成果も上がっているようだ。
「よっしゃ~! ストーム・ボーダーに通信できるんだわ!」
はしゃぐハベトロットとハイタッチをしようとした──そのとき。
「……そうもいかないようですね」
簡易スキャナに感知魔術を接続した張本人であるモルガンが、まだ計器本体に反映されていない異常をいち早く察知したらしい。それを聞いた私も、すぐに前方を注視する。
すると──視線の先には、唸り声を上げながらこちらへ歩み寄ってくる影があった。
「あれは……バーゲストさんの黒犬です!」
待って──どういうこと?
今のバーゲストは、黒犬を使役できる状態にあるっていうの? だとしたら……今の彼女はさっきまでの暴走状態とは違って、意識まで制御下に置かれ始めているということに──。
「いや、それよりその後ろが大変なんだわ! な──なんだよアレ!」
今度はなん──、な……嘘でしょ?
「敵性反応を確認しました! 船首方向上階より、多種多様な存在が押し寄せて来ます!」
と、マシュ曰く数値上でも確認されたみたいだけれど──もはや肉眼でも捉えられるほどに、目の前の光景はすでに異常事態だった。
「数は六十、七十、八十──」
どこに居たんだ、こんな──
「百を超えています……!」
……百鬼夜行って、こんな感じなのかな。
◆◆◇
「無論、此方も手は休めませんとも」
と、言っておきながら──当の私が悠々と、工房に籠っていては締まりませんな。ご客人の手前、無闇に匂わせた忙しさなど何処へやら。
いえ、現にこうして休むことなく取り込んでいる只中ではあるわけですが。まあ、なにぶん体面というものが。
ご指名申し上げたうえでお招きした分際で、この身は遣いを送るばかりとは。いやはや愛想もへったくれもございませんで……しかし生憎と本命はこちらゆえ、ご容赦いただきたく。
なに、あくまで此方の支度が終わるまで、幾許かの暇を戴ければ結構にございます。
お客様におかれましては、当艦のもてなしを心ゆくまで噛み締められますよう。
「──さて」
片手間の雑事を横に置き、己が手がけた貴賓室を見やる。
ひと月ほど前から幾つかのお荷物を預かり始め、貴賓殿の自室さながらの内装に仕立てたコレクションルーム。
……とはいえ、その『お荷物』について、少々お詫び申し上げなければ。
その大切な御作が突然──
自身を象徴するほどの概念を湛えた品物と存じ上げておりましたもので。何よりもまず、そちらをお預かりすることが優先されるべき、と考えたのです。
これもひとえに、長きに亘る旅路へ就かれる寸前の、僅かばかりの航海を気兼ねなくお楽しみいただくため。自慢の御作恋しさに、旅立ちを躊躇われることがあっては気の毒というもの。ですのでせめて、ご自身の分身ともいうべき御作もご一緒に、との配慮を凝らしたまでのこと。
何せ、ご利用になられる御仁は、かの女王陛下の後継者たる御息女であらせられる。こうした配慮に配慮を重ねてなお、やり過ぎるということはありますまい。
インテリアはゴシック調で統一し、お預かりしたお荷物を室内随所に飾り立て──可能な限り、彼女の自室と遜色ない空間を演出した。我らが船にはまったくもって不似合いな意匠だが、得てしてVIPルームとはそういうもの。ご利用になる御仁の趣向に合わせて然るべきである。
と、それほどまでに
今はこうして、天蓋付きの寝具でお休みになられておりますが──実際のところ、彼女は『此処に居る』と表現することが正確であるのか、どうなのか。
……ま、私の在り様を鑑みれば、他人様のことを申せた身ではないのですがな。
と、それはさておき──
「……ぁ……ぅ……」
……やはり。先ほどから少々、貴賓殿は眠りが浅くなられておいでのご様子。
なるほど。さすがにご同輩がお越しになっては、『縁起』の線もそちらを向くか──。
『類推』『同期』『転換』『指定』『排斥』。
『略奪』『領得』『罰則』『禁則』『誘発』。
すでに手は打ち、万が一の可能性の芽を十は摘んだが……詰みにはまだ足りなんだか。
であればなおのこと……この局面にあっては、この一手を指さねばなるまい。諸刃の剣と言うべきか、隠すより現ると言うべきか──些か、開示の段には早すぎる頃合いですが……文字どおり、背に腹は代えられぬ。
◆◆◆
「やっぱり……現地組と通信が繋がらない」
悪い予感が当たってしまった──といった具合で、悪いニュースが告げられた。
「タイミング的に……船内に入った直後から、って感じだよな」
ダ・ヴィンチの報告に続いて、ムニエルも所感を述べる。
……正直、僕もそんな予感はしていた。
船内の空間が捩れまくっていて、異界化したエリアの存在すらあり得る──なんて診断をモルガンから直々にお出しされてしまっては、それはもう『船内では外部からの連携は不可能だぞ』って宣告に等しいだろう。突入後も何の異常もなく通信が繋がる可能性など、その診断が下された時点で期待から外すほうが利口なレベルだ。
さらに言えば、モルガンの診断云々を抜きにしても、この状況に陥ることはどのみち避けられなかっただろう。なぜなら、今回の特異点調査は『餌が仕込んである檻に誘い込まれた』格好でスタートを切っているからだ。
「──捕獲トラップなんてのは、『侵入は易く・脱出は難く』仕掛けてあるのがお決まりだ。レイシフト適性者を限定できるほどの下準備をして獲物を誘い込んだ奴が、せっかく捕らえた獲物に、外部の仲間との常時連携なんて許すわけがないって話だ」
「さすが、対獣魔術のエキスパートだ。もしかして気づいていたのかい? カドック」
そう発言するや否や、ダ・ヴィンチに突っ込まれた。だんまりを決めていた、というワケでもないんだが。
「はっ……褒め言葉だと受け取っておくよ。まあ、『ほぼ確』程度にはな。ていうか、マシュのデータ越しにモルガンがあの診断をこっちに寄越したのは、後方支援の断絶を周知するためじゃなかったのか? 僕の予感が確信に変わったのは、このタイミングだった」
「? もちろん褒め言葉のつもりで言ったよ? カドックの勘って、私たちの判断基準にはギリギリ引っかからない箇所を補ってくれるからね。キミには自覚がないのかもしれないけれど……今回の敵の思考に対する目星の付けかたが、どうも冴えているようだからね」
「……ん?」
なんか、意外な返しが飛んできたぞ。
反射的に皮肉っぽい言葉を返してしまった手前、余計に面食らってしまった。
「私には正直、この通信障害については『可能性の内のひとつ』以上の警戒に踏み込む判断基準が構築できていなかった。それが『悪い予感』にまで押し上げられたのは、キミと同じく──モルガンによる船体内部の診断結果を目にした直後だった。でも、キミはこの時点で『確信』していたんだろう? それは、今の私よりもキミのほうが、敵の思考を正確に捉えられているってコトだよ。どうかその調子で、じゃんじゃん意見を述べてくれたまえ!」
お、おう……ダ・ヴィンチ曰く、なんかそういうコトらしい。
「うむ。『可能性の内として考慮する』に留めるのと『確信を持って集中的に対応する』のとでは、得られる結果に雲泥の差が生じる。……とはいえ、この通信障害に関してはどのみち、事前の対応は間に合わなかっただろうがな。そして今後も、このような障害が次から次へと仕掛けられるやもしれん。ゆえに、キミはキミの視点から思ったことを遠慮なく発言してくれたまえ、カドック・ゼムルプス君」
「ということだ、カドック。ただでさえ今はあの安楽椅子探偵が居ないものだから、思考の幅を広げてくれる人員がいることは、とても助かるんだよ」
……僕の視点、か。
そうは言われても、これといって頭抜けた発想が出せるわけじゃない。あくまで自然体でいるだけで、別にそういう発想をしようとして思考を巡らせてはいないのだ。まあ、僕が考えるという行為自体を頼りにしてもらえる分には、悪い気はしないが。比べるべくもなく、あの安楽椅子探偵──シャーロック・ホームズの奴にはどうしたって及ばない。
それでも後方支援組として役に立てることがあるとすれば、今みたいに彼らの琴線に触れるような思考をたまたま披露できるタイミングに恵まれるか、現行の仕事を図々しくも手伝う程度が限度といったところ──
──あっ。
「いやしかし、あの環境下に身を置く現地組の状況がわからんのは何とも厄介だな……」
「マスターとマシュのバイタルサインはどうにか拾えている。キャプテンを含むネモ・シリーズによって最優先で構築された術式が効いたみたいだ。今のところは正常値だよ!」
やっぱり、ネモ・シリーズはカンヅメのままだったか。ということは、多分……。
独りうんうん唸りつつ、ぐるぐる回っていると──第二陣の連中がふと目に入った。
「これ……現地の今、ヤバい?」
「……まあ。多分な」
「なんだ。もう行くのかい? 僕ら」
「……いや、ここは──」
と、第六異聞帯の縁者である三人ならではの、説明も配慮もすっ飛ばした当事者トークを繰り広げていた。……彼らの雰囲気を見る限り、第一陣の状況に良い予感を抱いてはいないらしい。いまだに信じられないが、彼ら第二陣が現地に赴くタイミングが今かどうか──という状況予測をしている感じだ。
……仮にその必要がある状況だとしたら、展開が早すぎるうえ、悪すぎる。モルガン率いる妖精騎士への対策以前に、妖精國の存在に対する魔力吸収・封印術式を用意していたことが判明した以上、第二陣だって自由に動けるかどうかわかったものじゃない。
そう考えると、今の彼らがあえて採るような作戦はひとつしかないと思うが……。
「……」
やはりこれは、現地との断絶による影響をわずかにでも解消する必要があるだろう。よし。ちょうど調べ物も区切りがついたところだし、というかその調べ物にまつわるエビデンスとして期待ができる事柄でもあるし、次の通信までに済ませに行くか。正直、想像どおりなら望みは薄いが……ん。いや、それ以前に──
──そうだアレ、確か最後は……!
「ダ・ヴィンチ、少し外すぞ。すぐ戻る!」
返事を待たずに、僕は管制室を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
次回の投稿からR-15タグを追加する事になるかと。
第三節『妖精騎士』に続きます。