※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
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「よっ、と──うげ! ああもう! マシュ〜! そっちに何体かこぼれたんだわ〜! 対処よろしく〜!」
「お任せください、ハベトロットさん!」
「よし! そいつらを叩いたらハベトロット共々離脱しろ! 巻き添え喰うぞ!」
「了解!」
と、ハベトロットの作戦どおり、あの百鬼夜行が如き大群を糸で締め上げることに成功した。ここに至るまでに合計で二十体近くがその縛から逃れてしまったが、クー・フーリンのルーン魔術による牽制とマシュの打撃が合わさり、どうにか鎮圧に漕ぎ着けている。
そして、一箇所……と表現するにはやや広すぎる面積に縛り付けられた魑魅魍魎は、今まさに──キャンプファイヤーを味わおうとしているところだった。
「仕上げだ!『
クー・フーリンの宝具、『灼き尽くす炎の檻 』。
呼び起こされた樹の巨人が対象を捕捉・捕縛し、業火の檻へ閉じ込める大儀式である。
業火の檻に捕われた百鬼夜行は、その数の暴力をもってさえ、もはや巨人にとっては薪にもならず。瞬時に消し炭へと成り果て、灰も残さず、その一切が焼失した。
……私にはその様子がなぜか、目を逸らしてはいけない光景のように感じられた。自分でも妙な感想だと思うのだけれど……その様子はどこか、火葬のようにもお焚き上げのようにも映る──厳粛で、侵しがたい光景に思えたのだ。
「敵性反応、消滅。戦闘終了です!」
「助かったんだわ~!」
「お疲れさま、みんな!」
何分、何十分の持久戦だっただろうか。
モルガンと一緒に、クー・フーリンのルーン魔術による防御結界で守られていた私は、彼らの様子を見ているだけではあったのだけれど──そのぶん、あの百鬼夜行の全体を視界に収めた状態でじっくりと観察することができた。
簡易スキャンの結果、何も無いことが確認されたはずだった船内エリア。
そこから突然現れた、類似性も統一性もあったものじゃない百鬼夜行。
私はそのうち、特に目に見えて意味不明だった、後者について思考を巡らせていた。というか、勝手に思考が回されてしまうレベルで、彼ら一体一体の個性が強烈すぎたのだ。
というわけで、どのみち帰還後はレポートの提出をしなくちゃいけないのだからと、彼らを観察した端から手元の端末にドローイングとメモを書き出しておいたのだ。脈絡なくバラバラに例を並べてもキリがないし見辛いので、なんとなくのカテゴリーに分類してある。
ゴッホちゃんのドローイング講座で鍛えられた要点抽出の観察眼が、まさかこんなところで活かせるとは……観察した端から対象が倒されるので、結構なスピードが要求されたのだ。やってて良かった、ゴッホ式。帰ったら先生にお礼を言いに行こう。
で、分類したメモがこちら。
①生物系……『亀』『大蛇』『蛙』『蜘蛛』『鳥』『犬』『猫』※どれも超でっかい
②人物系……『鎧武者』『兵士』『剣士』『弓兵』『槍兵』※武器や装備で判断した
③不明系……『としか言えない姿の個体が二、三十体ぐらい居た』※おばけ風味なやつ
うん。追加講習のお願いが必要そうだ。
でも、信じてほしい。おおむね字面どおりの容姿をした個体群だったコトは確かなんだ。
『①』と『②』はとりわけ、モチーフが判りやすい容姿をしていた。中でも『①』は、サイズや造形はモデルが実在するのか疑わしい有様だったものの、明らかに『それ』が元になった存在なのだろう、という見た目だったのだ。
『③』に関してはもう、各種特異点で見受けられるような『この世ならざるもの』感を有した非現実的な存在だったので、逆にカテゴリ分けがしやすかった。……まあ、実質『その他』に突っ込んだようなものですけれども。
とにかく、この船の積載物だというわけでもない、あの多種多様なエネミー群が突然出現し、私たちに向けて送り込まれたのであった。
襲ってきた以上は黒幕の仕業なんだろうけれど……こんなに節操なく、多様な系統の存在を使役してみせたことは脅威的だった。通常、使い魔の類は使用者自身の縁に基づいた存在や、特化的に手懐けられた存在が使役されるものだ。しかし、先ほどの百鬼夜行には共通の出典や繋がりと呼べるようなものは皆無だった。私の雑な分類メモが生まれたのは、それが気になったせいなのだ。
たとえば、使役者本人の出自がローマならローマ兵、フランスならフランス兵……といった、出自の縁に基づく存在を呼び出すのならまだ分かる。しかし、先ほどのエネミー群にひしめき合っていた兵士たちは、明らかにバラバラの出自だと判る装備に身を包んでいたのだ。にも関わらず、その他の魑魅魍魎共々に、黒幕は彼らを使役してみせた──。
……また、謎が増えちゃったなぁ。
と、忘れないうちにひととおりの思考を巡らせている間に、戦闘を終えた三人が私とモルガンの元へ合流していた。
「クー・フーリンさんはこの環境でも、自由に魔力を使えるようですね!」
……あ。そう言えばそうだよね。到着早々炎のルーン魔術をぶっ放していたし、宝具の使用だって問題はなかった。
「妖精國における『賢人グリム』はあくまで『役』だったからな。『俺』は『現在の俺』として好き勝手に動けるのさ。第二陣から単身で出張ったのは、そういうこった」
なるほど、そうか。『妖精國の縁者』であることではなく、『妖精國出身』であることが魔力吸収の誘発条件なんだから──私とマシュみたいに汎人類史から派遣された存在であるクー・フーリンも、この特異点の魔力吸収現象の影響を受けずに済むんだ……!
「ネモ達に感謝しとけよ? レイシフトの着地点はどう頑張ったって船の甲板までが限度、って話だったが──甲板に近い範囲までなら、マスターの痕跡をアンカーに船内までショートカットできるよう、爆速で調整してみせたんだからな。『バーヴァン・シーを拐った犯行手段への意趣返しだ!』だとよ。根性あるぜアイツら!」
キャプテン達~! ありがとうね~!
って……通信どころか、レイシフトの着地点さえも甲板に限られていたのか……。これは、第二陣の増援を前提にした作戦方針を採っていたら危なかったかもしれない。
今回はたまたま、足止めに次ぐ足止めを食らっていたことが不幸中の幸いとなり、甲板から比較的離れていないポイントで燻っていたからこそ、クー・フーリンは私達の援護に駆けつけられたようなものではないか。この階より下や、もっと深部へ捜索を進めていたら、間に合わなかったかもしれない……。
「ま。その辺はいいとして──バーゲストとメリュジーヌはどうした?」
「それが……バーゲストさんは強制的な暴走状態に陥っており、この船を駆動するための燃焼機関として利用されてしまい──メリュジーヌさんはそれを阻止するため、単身で対処に向かわれました。……現在、我々に影響が及ばないエリアで交戦中と思われます」
と、ここでもマシュは状況報告を淀みなくこなしてくれた。
「……そうか。メリュジーヌひとりに任せる判断は正解だったな。仮に全員で止めにかかっていれば──あいつ以外まで今ごろ、干物になっていただろうよ」
クー・フーリンはさほど驚いた様子は見せず、彼女達の安否よりも先に、私達の作戦方針が正しかったことへの評価を優先した。その冷淡な応答はまるで、そうした状況に陥ることは先刻承知といった様子だった。
「……」
クー・フーリンのそうした態度を受け、またしてもモルガンは彼の背中を睨みつけた。
……今の彼女の感情は、少しだけ読み取れるような気がする。多分、妖精騎士の『掟』に関わることだろう。つまり今の言葉は、彼女にはこういう意味に聞こえたのだ。
『敵に養分を寄越すくらいなら、不戦の掟を破らせて、二人を諦めることも覚悟しろ』……と。
「うおっ! おいマスター、後ろ後ろ!」
ハベトロットの呼びかけに反射的に応じ、注意されたほうへ向き直りつつ距離を取る。
「あっ──」
そこには、ついさっき私達の前に現れたばかりの存在が居て──ゆっくりと、こちらへ再接近している最中だった。
「バーゲストさんの黒犬……! 先ほどの戦闘から身を潜めていたようです!」
「……やっつける……か?」
「いや待て。様子が妙だ」
そう。その黒犬は、この場面における私達の想像とは異なる挙動を示している。襲い掛かるでもなく、警戒するでもなく。適切な距離まで近づき、腰を落として鎮座したのだ。
……ひとつ、試してみるか。
「ちょっ、ええ! 近づいて大丈夫か?」
払拭しきれない不安があるらしく、ハベトロットは私を心配してくれている。
でも、ひと目見て『この子は大丈夫だ』という、根拠のない確信があった。彼、ないしは彼女の顔の高さまで目線を落とし、互いに向き合う形で座り込む。
「君、フラフラだね。魔力を食べていないの?」
……問いに対する応答はない。でも、ちゃんと声は届いているようで、しっかりと視線を合わせてくれた。加えて、この子が弱っていることは確かだ。バーゲストと作戦を共にする際、何度か戦闘時の姿を見たことがある。そのときの様子と比べると、明らかに動きが鈍いのだ。
「あ、そうだ」
うっかりでやらかしたことを、またしてもすっかりと忘れていた……なんか知らないけど、ちょうど良いものがたまたま手元にあるじゃないか。
「はい、お食べ」
レイシフト前から背負いっぱなしだったせいで、この特異点にまで持ち込んでしまったリュック──その中から『おやつ』を取り出して、黒犬の口元へ差し出した。
「先輩……」
「確か、『青銅の果実』ってやつなんだわ」
差し出されたそれを眼に捉えた瞬間、黒犬はピタッと居住いを正し、『待て』の状態を思わせる停止姿勢を取った……あれ。『お食べ』って指示をあげたんだけど……。
「……拒んでる……?」
妙な言い回しだけれど、私の『よし』にも等しい言葉に『逆った』ような状態だった。しかしその反面、黒犬はだらだらと涎を垂らしている。
……身体もソワソワとしているあたり、すぐにでも齧りつきそうなものなのに──
「──あっはっはっは!」
と、後ろのほうからクー・フーリンの心底愉快そうな笑い声が聞こえてきた。
「クー・フーリンさん?」
突然の大笑いに面食らったマシュが、少し訝しげに彼を見やる。
「あ~、悪い悪い! つい笑っちまったわ」
「え……何がツボに入ったんだアンタ……?」
ハベにゃんに関してはもう、普通に引いちゃってるよ。
あ……もしかして、私がこの子に歩み寄った挙句に拒まれたのが可笑しかったとか? ……なんだか、私が謂れのない嘲笑を浴びたような気がして、少しムッとしてきた。気持ちそのままに頬を膨らませ、『なんだよ』と顔に書いて向き直る……と。
彼は私の気持ちに反して、嘲笑の色などまったくない、本物の笑顔を見せていた。
「いやぁ良いね。こりゃあ──」
そのご機嫌な様子のまま、彼は少し悪戯っぽく口角を上げる。
「──バーゲストとメリュジーヌ……
先ほどまでの二人に対する冷淡さは何処へやら。クー・フーリンは彼女達を祝福するかのような面持ちで、ほくそ笑んでいた。
「ん?
「
今度は彼の発言に面食らったようで、ハベトロットとマシュが並んで訊き返していた。
「ま、現在のあいつらの『矜恃』ってトコだな。レイシフト前に宣誓してたろ? あの言葉そのまんまの意味さね」
……うん。私も、きっと彼女達はそう在ってくれると信じている。でも、クー・フーリンはどうして、急にそのことを引き合いに出したのだろう。
「さっきのバーゲストに意識があるっていうのか?」
「そこはよくわからんが──少なくとも奴はそこでヘバってる黒犬を、自身の暴走の影響が及ばねぇ手段で、どうにかこっちに送ることはできたらしい」
……そうか、そうだ。彼女の行動を強制することができるとはいえ──暴走状態にある以上、手の込んだ能力までは操ることは出来ないはずなんだ。なのに、この黒犬はここへ辿り着くことができている。それはおそらく、バーゲストの暴走の影響を受けていないことの表れであり、わたしたちを探すという意志を持った行動の結果なんだろう。
そして、バーゲストのマスターでもある私が、『お食べ』と半ば命じるように差し出した糧を、『逆らう』という意志を以て拒んでみせた。つまり、この黒犬は──
「まさか……!」
黒犬にそんなことができる司令塔なんて、ひとりしかいないじゃないか……!
「おっ、気づいたか? ……考えてもみろ。食っても構わねぇエサをわざわざ拒む必要なんざ、コイツにありはしねぇはずだろ? だが、コイツはお嬢ちゃんの指示を蹴って、状況的に不必要な選択をしやがったんだ。どうしてだと思うよ?」
……決まっている。
バーゲストには通信も適わない。呼びかけも通じない。彼女自身の表現手段は無い。
そんな状況で遣わされた、今でも彼女の命令を受け続けている従僕の役割。それは──
「──この黒犬自体が、『バーゲストからのメッセージ』ってことだね!」
私の解答を聞き、クー・フーリンは白い歯を見せニカっと笑ってみせた。
「こいつは『腹を空かせた獣』であり、『バーゲストの意志で食欲を抑えられている獣』でもある。それが意味するところは──」
と、続きの解答を促す彼の言葉に流され、頭によぎった言葉を出そうとしたとき。
「──『
正解を合図するアニキのウインクは、希望に満ちた表情を輝かせながら答える、マシュのもとに与えられた。
……しかし、『耐えてみせる』か。ドラマだとこういうシチュエーションは、『SOS』ってメッセージなのがお決まりなのに──本当、バーゲストらしいや。
お読みいただきありがとうございます。
主人公のエネミー観察ドローイングメモ、見てみたい。