※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
埋み火【一】
◆
管制室から飛び出し、ストーム・ボーダー艦内を駆ける。
『こら~! 廊下は走っちゃダメだよ~!』と、走り回りながら注意してくるマリーンに出くわす心配も、緊急時の今はない。
「あーもう、広いなちくしょう!」
本日二度目の感想になるが、異常に広いんだよこの艦。方向転換をせずに済むよう、真っ直ぐな通路を突っ走ってもこれだ……いやまあ、僕自身の焦燥が、実際の規模以上に広いと錯覚させている部分も否定できないんだが──とにかく、今はこの直線が異様に長く感じられた。
……なんて、これ以上余分な感情の付け入る隙ができないよう、『もっと早く気づいていれば!』と自身を苛む脳ミソへ、手当たり次第に愚痴を詰め込んで走っていると──。
「おやおや。皆様、作戦中につき司令部へお集まりのはずですが──何処かにご用事が?」
「──っ!」
通り過ぎた通路の物陰から、割と馴染みの深い声がした。姿こそ見えなかったが……その声を聴き間違えるはずがない。
白々しいほどに達観的で、毒々しいほどに扇情的で、清々しいほどに挑発的な声。
その声の持ち主が、コツ、コツ、と床を鳴らしながら、物陰から姿を顕した。
「──コヤンスカヤ!」
「ビ~ンゴ♡ ですが──その呼び名では、
ああ、えっと……第七異聞帯に駆けつけた方のコヤンスカヤ、だっけ……じゃあ。
「……『コヤンスカヤ・光』」
「えっ……どこの高速回線ですか、ソレ。不用意なニアミス、やめてくださいます? 死にます?」
やっべ。
「ああ、悪かったよ。確か、『光のコヤンスカヤ』だったな」
……コヤンスカヤ。
かつて彼女は──人類悪のひとつ、『愛玩の獣・ビーストⅣ=L』として孵化し、『自身の心象風景を固有結界とした大規模特異点』を展開したことで、人類史のテクスチャを侵食しうる最大級の脅威となり──ノウム・カルデアとの激闘の末、無力化されることとなったのだ。
その際、コヤンスカヤは『討伐』されたのではなく、藤丸を筆頭としたノウム・カルデアによる『とある商談』に応じる形で、自らの尾を納めることを了承した。
その『とある商談』というのが、彼女が自らの心象風景を固有結界とし、人類史のテクスチャを侵食しようとした理由──『己の在るべき居場所』を、ノウム・カルデアがいつか必ず提供することを約束する、という内容だった。
コヤンスカヤは、当初の実現方法に代わる『希望』を、自らのポリシーである『商談』によって示されたことにより、これに応じないわけにはいかなくなった。なぜなら、応じなければ、彼女にとっての矜持とも言える『理』を自らが裏切ることになるからだ。
『商談』を受け入れた『オリジナルのコヤンスカヤ』は、いつか『己の在るべき居場所』が見つかるその時まで、余人のいかなる干渉をも許さない揺籃──『世界卵』の中で、己が心象風景の固有結界とともに、長きに亘る眠りについたのだった。
その『世界卵』に眠る『オリジナルのコヤンスカヤ』が分霊となり、『恩人かつ商談相手』であるノウム・カルデアに与するため──『光』と『闇』の二側面に分裂し、サーヴァントとして現界することを叶えた……というわけだ。
そして、そのうちの『光』の側面にあたるのが、今僕の目の前にいる彼女なのである。
……ていうか、そんなコトはいいんだよ。急に出てきて何のつもりだ? この調子に付き合っていたらキリがない。よし、適当にあしらってやり過ごそう。
「──で、そういうアンタこそ何をしているんだ? その『皆様』に対する招集のアナウンスが、艦内全体に響き渡ったはずだが。アンタも第六異聞帯には縁があるんだろう?」
そう。ビーストとして先の顛末を迎える直前、コヤンスカヤもまた、第六異聞帯に訪れていた『妖精國の縁者』なのだ。
「ええ。私としても、かの國はたいへん見所のある取引先でしたわ」
いつもの腹黒い笑顔を貼り付けながら、コヤンスカヤが応えた……と、思った矢先。
「ですが──永き眠りに就かれた今となっては、もはや商談の余地はありませんので」
……意外なことに。心の底から懐かしむような表情に変えて、そう付け加えたのだ。
「……いまさら干渉するメリットは無いってワケか。相変わらず、割り切りの良いことだ」
その様子につい面食らったが、乗せられている場合じゃない。いつもどおりに皮肉混じりの文句を捻り出して、そんな自分を誤魔化す。
「あら辛辣♡ それを言うなら貴方こそ、律儀に嫌味を返す癖はお変わりないようで」
……いや。なんで僕の前に回り込んでんだよ、アンタ。話し込む気満々じゃないか。
何か変だぞ、今日のコイツ。何というか、さりげなく擦り寄ってくるような気配がある……仕方ない。こうなったらもう、キッパリ言って切り上げよう。
「それこそお互い様だろう。生憎だが、僕には用事が──」
そう言って、コヤンスカヤの横を通り過ぎようとしたとき。
「──はい、
どういうわけか突然、ひとつのアタッシュケースを差し出してきた。
一瞬、思考が止まる。いや、まさか。
「……っ!」
すぐにそれを受け取り、中身を確認する。
……やはり、そうだ。そこには──僕が大急ぎで走っていた『理由』が、完璧な保存状態で収められていた。
「──なんで、アンタが
それは──僕とマリーンが艦内の巡回中に見つけた、あの『灰』入りの容器だったのだ。
……第一陣のレイシフト前に聞いたバーゲストの報告によると、バーヴァン・シーが拐われた瞬間にも、空間中に充満するほどの『大量の灰』が出現したらしい。そして、それらはすべてバーヴァン・シーと共に消失したと言っていた。
それもそのはずだ。なぜならその『大量の灰』は、バーヴァン・シーを強制的に転移させるための仕掛けとして送られた『犯行の証拠品』なのだから。彼女を拐った時点でその事実が露見する以上、犯行後もストーム・ボーダー内に残し、みすみす僕達の手に渡ってしまうことは、犯人の立場であれば何としても避けたいはずなのだ。できることなら、証拠隠滅を図るのが筋というモノだろう。
そして、今こうして僕の手元にある、この『灰』だ。チェンジリングに用いられたとおぼしきこれが、先の『大量の灰』と同質の存在であるのかは現時点ではわからないが──少なくとも、バーヴァン・シーを拐うために仕掛けられた『犯行の証拠品』であることに違いはない。ゆえに、『大量の灰』が消失した時点で、この『灰』も同じく証拠隠滅を図られている可能性が高かったのだ。
だから正直、こうして残されている望みは薄いだろうと思っていたのだが──なぜかこうして残存しており、これまたなぜか、コヤンスカヤが保管していたのだ。
……よく見てみると、何らかの保護効果を有した術式が施されているようだ。これもコヤンスカヤがやったのか……?
「当然、
……事のあらましまで、全部承知のうえなのか。これはもう、狐につままれた気分だぞ……本人曰く、兎らしいが。じゃなくて。
「……アンタはよく説得できたな」
正直、そこには考えが及ばなかった。ナイチンゲールがあの後『灰』の処分に向かったであろう資源回収室に、一刻も早く再回収しに行くことで頭がいっぱいだったのだ。
猛ダッシュで入室し、息を切らしつつ必死の形相で、彼女が処分したゴミを一心不乱に漁り始める『かつての敵陣営の一員』の姿が、彼女の目に触れたとしたら──いや。かつて僕がどのような立場であったかなど、彼女には関係ない。そこを抜きにしても、その状況を目にしただけで──僕であろうとなかろうと、『治療』が始まっていたことだろう。
……えっ。もしかして僕、助けられたのか? マジで?
「そこは私の得意分野ですので。彼女が資源回収室に入られる直前にお声掛けし、『噂の灰の分析用サンプルが欲しい』『我が社で出元の特定と再発防止を試みる』と申し上げたところ、すんなりとお譲りいただけましたわ♡」
そしてやっぱり、ナイチンゲールは資源回収室に詰めていたのか。コヤンスカヤが今言ったような、巧みな交渉術に並ぶ文言を咄嗟に思いつかなければ、おそらく僕は詰んで……ん? いや待て。コヤンスカヤは今、『彼女が資源回収室に入る
……それが本当なら、彼女は今回の事件が発生するよりも前から、この『灰』の異常性を嗅ぎつけていたことになるぞ。
「実は私──その『灰』の噂は存じ上げていたのです。まあ、この眼で確認できたのは、本日の
何が勘だ。それが理詰めの見地に基づく所感であることは、さすがに判るぞ。あと、今日の正午ごろって確か……僕がマリーンと巡回していた時間帯じゃないか?
「ちょっと待て。ナイチンゲールが発見するより前に、アンタはコレの存在を知っていたんだろう? こうして渡すなら、彼女より先に回収できたはずだ。……というか、そもそも何でその経緯を知っているんだ……?」
目測だが……あのとき見た灰の山の総量と、ここにある容器内の灰の量はまったく同じだ。あの灰の山とこの容器内の灰を合わせた量が元々の総量であり、ナイチンゲールの発見より先に、コヤンスカヤが容器分を回収していた──という事情でもない限り、あのとき見た灰はすべて、このアタッシュケース内の容器に収められているはずなのだ。
そして、コヤンスカヤ自身が発見した時点で『灰』を回収していたか否かに関わらず、その後にナイチンゲールと僕らが発見・処分に至った経緯を彼女が知っているというのは、『ずっと張り込んでいた』とかでもない限り不自然な話だろう。
「──……」
……えっ。何でそこで黙るんだ──って、まさか今の質問、藪蛇だったのか……?
「──……です」
「……ん? すまない、よく聞こえ──」
「回収が! 間に合わなかったんですぅ~!」
…………は?
「私が発見したときは、それが
「……」
今、彼女に『覆水盆に返らずだな』──って言ったら、今度こそ僕は死ぬんだろうな。
「事情はわかった。悪かったよ、今の僕の詰問はノンデリだった。『マジメトリオ』発言も流そう。だが、それでも聞き捨てならない話があった。詳しく聞かせてくれないか?」
そう。彼女は今──
ダ・ヴィンチとキャプテン曰く、例の『燃え滓のような放置物が頻出していた』事件について、マリーンやナイチンゲールから集まっていた報告は、いずれも『灰』が発見されたという内容であり、それ以外の形状の放置物についての報告は皆無だった。
しかし、コヤンスカヤの言うとおり、それらの『灰』がすべて、元は『別の形』をしていたのであれば、大きな意味合いが加わることになる。なにしろコレは、バーヴァン・シーという特定のサーヴァント一騎を拐うことができるほどの、強力なアンカーに成り得た代物なのだ。
そのカラクリが、『灰』であることではなく『灰となる前の姿』にこそ有るとするなら──彼女が目撃した事柄は、現状で最も重要な情報と言えるだろう。
「あら。貴方にしては、随分と真っ直ぐにお訊きになるのですね。鞍替え早々、心境の変化でも? おっと……失礼。ではサービスとして、少しだけ。このような形で商品をお渡しすることになったのは、私の不手際による結果でもありますので──まあ、どのみち、遅かれ早かれ、こうすることは決まっていたようなものなのですが……」
──という具合で、やはりあからさまに煽りを含ませながら、なぜかまたさりげなく擦り寄るような気配を匂わせ、ゴニョゴニョと口ごもり始めた。
……え、まだ何かあるのか?
「……と。カドック様がお訊きになりたいのは、『灰となる前の姿』について、ですね? それについては簡単です。ひと言で申し上げますと──『ガラクタ』でした☆」
「……ガラクタ? 感想、それだけ?」
そういう僕も、まったく同じことを言われかねない言葉数の少なさで、薄く反応する。
魔術礼装には色々あるので、ただ見た目がガラクタだからといって、効果を推し量ることはできないが……少なくとも、あからさまに仰々しい感じの代物ではないようだ。
「はい、それだけ。しかしそのガラクタは──『ただ、そう在るだけで恐ろしい存在』によって作られたガラクタ、ではあるのですが」
ほらきた。やっぱり侮るべきじゃない……さっきも第二陣のくだりで学んだばかりだ。
そして──彼女のその謳い文句を聞いたことによって、先刻より思い至っていた幾つかの疑念が繋がり、確信へと変わった。
おそらく今、コヤンスカヤが次いで出そうと用意しているであろうワード群のうち、五つ分ほどをまとめて先読みし、彼女に突き付ける。
「妖精が人間の文化を真似て作った産物、その選りすぐり──『金庫城の宝物』だな」
彼女はぱっちりとした目を見開き、瞳孔を狭めて僕の顔を見据えている。
……ビンゴだ。
「──……今のは本気で驚きました。貴方、いつからお気づきに?」
「アンタがおそらく『あのガラクタは妖精が作った物だ』と言おうとした今さっき、確信した。『金庫城の宝物』の話自体は、マシュから聞いた覚えがあってな。今の話に加え、管制室で共有済みの状況証拠と合わせて、どうにか導き出した」
僕の知る妖精國の出来事は、マシュと藤丸、ダヴィンチをはじめとした『当事者』達からの口伝と、当時の記録情報から得たものにすぎない。だから、今のコヤンスカヤの反応を見るまでは確証が持てなかったんだが──どうやら、大筋は合っていたみたいだ。
「そうでしたか──では、この『灰』の正体が『金庫城の宝物』であると察した時点で、貴方は『容疑者』に関しても目星がついているはず。違いまして?」
「一応、だけどな。というか、これまでの状況証拠を鑑みても、今回の容疑者として浮上する対象はもはやほかに居ないだろう。なぜなら、この事件は──」
第一陣メンバーのレイシフト直後。管制室で内密に交わされた例の合意形成、その終盤。本件の実行犯が採った手口に対して抱いた、あの疑念を思い出しながら、僕は答える。
『真偽は不明だが、人質か。これだけ計略じみた手段を採るなんて、まるで──』
「妖精ではなく、
ゆえに、その個人名も自ずと割れる。
「おそらく──『スプリガン』という男が、この事件の実行犯だろう」
お読みいただきありがとうございます。
カドックくんとコヤンスカヤの掛け合いが原作から好きなんですよね。
そんな感じで、次回も2人のパートが続きます。