※Lostbelt No.6『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』の核心的なネタバレのほか、Lostbelt No.7『黄金樹海紀行ナウイ・ミクトラン』〜2部奏章『オーディール・コール』の一部内容に触れています。
※本作は作者本人のpixivアカウントで先行投稿済みの内容となります。該当アカウント各話のキャプションにその旨の明記あり。
以上の事柄をどうぞあらかじめご了承ください。
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現地組との通信障害が発覚する少し前。僕は独り黙々と、オープンデータに記載されている第六異聞帯の情報と、マシュや藤丸達から直接聞いた話を元に──アルトリア、クー・フーリン両名から新たに提示された、オープンデータには記載されていない情報との突合を行った。
そのときは特に、モルガンが失脚するタイミングを中心に据え、前後の出来事を時系列順に並べ替え、本件に関連しそうな情報を集中的に洗い出していた。備考欄にメモ書き程度に記載されているものも含め、可能な限り多くの情報を眼前に並べたつもりだ。
それらをリストアップしてみると、幾つかのポイントが繋がることに気がついた。
①……『バーヴァン・シーを拐い、人質に取った者が過去にも居た』
②……『その人質作戦は、女王モルガンを謀殺するための策略だった』
③……『謀殺の実行者は功績が認められ、暫定的に国政を委ねられた』
④……『その者は氏族長の一翅であり、ノリッジの領主でもあった』
この時点で、『バーヴァン・シーを拐い、女王モルガンの謀殺を手引きした存在』と、『氏族長の一翅であり、ノリッジの領主でもある者』とが、イコールで結びつくと判る。そこからは、この『氏族長の一翅』についての情報を洗い出す段階に入った。
⑤……『ノリッジの領主は、金庫城という私邸を有している』
⑥……『金庫城には、妖精が作った品物が宝物として多く貯蔵されている』
⑦……『領主の名はスプリガンと言い、その正体は汎人類史の人間である』
僕がこの男について迫ることができたのは、ここまでだった。
とはいえ、先に挙げた①~④の情報に行き着いた時点で、現在に及んで『モルガン失脚の再演』を狙う者が現れるとすれば、謀殺を手引きした張本人……もしくは、その一連の事件をなぞることができるほどに、経緯をよく知る存在である可能性が高い──と推測することができるだろう。
そこに、⑤と⑥の情報を加えて考慮する。
例の『バーヴァン・シーの私物』を略奪するために行われた『チェンジリング』だが、これは一方的に奪い取るのではなく、相手側も何らかの『代替品』を用意し、『取り替える』ことで初めて成立する現象なのだ。ゆえに、その『代替品』となる存在が必要となるのだが……これに対し、『金庫城の宝物』であれば、相応しい『代替品』として流用することができるのではないか、という仮説に思い至った。
もっとも、チェンジリングという現象は本来『等価交換』に限られる、などという制約はない。ただし、こと今回の事件において取り替えの対象となる存在同士には、『等価交換』とまではいかずとも、『相似度の高い代替品』であることが必要条件なのではないか……と、僕は睨んだのだ。
前提として。現在、オーディール・コール発令下につき常時警戒態勢を採り、異常事態に対するセンサーを張り続けているストーム・ボーダー内においては、外部勢力による干渉があれば即座に何らかの反応が示されるはずなのだ。それこそ、この『灰』が艦内に出現した瞬間や、『バーヴァン・シーの私物』が忽然と消えた瞬間に。しかし、それらの事象に対して『観測上の異常』を告げられるようなことは、現在に至るまで皆無だった。そればかりかこのとおり、両者のチェンジリングを許す羽目になった始末である。
……要するに。ストーム・ボーダーの警戒網に出現を悟られず、入れ替わりとなった『バーヴァン・シーの私物』の消失も悟らせない方法があるとすれば。それはもう、『バーヴァン・シーの私物とほぼ同質の相似度を有した代替品』を送り、『観測上、別物と入れ替わったと判断させない』こと以外にないだろう、と思ったワケだ。
略奪されたバーヴァン・シーの私物は、バーゲストの言葉から察するに、バーヴァン・シー自身が制作した『靴』を主とする、『作品のコレクション』であると思われる。そして、スプリガンが蒐集した『金庫城の宝物』もまた『作品のコレクション』である。加えてこの場合、両者がともに『妖精が作った産物』であるという点も重要になるだろう。
つまり、両者は『妖精によって生み出された作品のコレクション』という、概念的にも背景的にも非常に近しい存在であるため、こと今回の状況下で『チェンジリング』を行うには、これ以上にない好条件の『相似度の高い代替品』であると言えるのだ。
そして、⑦の情報。
妖精國における女王モルガン失脚騒動を手引きした者がもし、妖精だったとしたら……あそこまで狡猾に、二手も三手も先を見据えた複雑な策を講じることはなかっただろう。その所業はまさしく人間の行いであり、妖精の純粋さには程遠い内容なのだ。
そして、この失脚騒動に酷似した形で発生した今回の事件の状況からも、同質の『人間らしい狡猾さ』が感じられた。それゆえに、同様の事件を手引きした『前科』と呼べる経歴を有した唯一の『人間』である──『スプリガンという人物』を容疑者として見据えることは、この上なく自然な論理的帰結だったのだ。
……汎人類史における妖精達は、彼のような『人間の狡猾さ』などを含めた『性質』そのものに耐えられず、在処を追いやられたという経緯がある。しかし記録を見る限り、第六異聞帯の妖精達は、人間の性質に触れたせいで追いやられる……ということはなかったらしい。むしろ、人間が持つ発想力に興味すら覚え、文化的価値観を『形だけ』でも真似てみせたほどだという。その産物として、『金庫城の宝物』が生まれることにも繋がったのだ。
「──と、まあ。こういう推理をつらつらと立てていたら、この『灰』の正体は、もしかして『金庫城の宝物』に関する何かだったんじゃないか……と思い至ったんだよ」
先に挙げたすべてではないが、僕はひととおりの推理をコヤンスカヤに提示した。
「なにぶん、僕は当事者じゃあないからな。当時の現場の雰囲気や、前提知識が必要な理解には時間がかかった。だからこうして大慌てで、残存していることを祈りつつ、この『灰』の回収に向かっていたワケだ。……ご丁寧に保護術式を掛けてくれているあたり、アンタも証拠隠滅を図られる可能性を想定していたみたいだな」
作戦担当のネモ・シリーズが総出で管制室に詰めている以上、この『灰』がどのように発見され、どこへ処分されようとしたのかを知る者は、経験を共有できる彼らを除けば、僕ひとりだけだった。ゆえに、すでに役割が定着している司令部をはじめとしたスタッフの誰よりも行動の自由が利く、僕が再回収に向かうべきだと判断したのだ。
「──ナ・ル・ホ・ド。これで理解できました。カドック様は
「──ん?」
え……それは、どういう意味だ?
いや、この仮説で理解できないことがあったのはむしろ、僕のほうだぞ。
「『そこ』ってのは、『スプリガンが犯人で、金庫城の宝物がチェンジリングに使われた』という仮説のことを言っているのか? ……思い至るのも当然だろう。かつての妖精國において、今回の事件と類似した内容の前科を働いた奴なんだぞ。オマケに奴は、今回のチェンジリングに最適な代替品さえ大量に所有しているときた。『思い至るのが早い』も何も、『真っ先に思い至って然るべき』容疑者じゃなかったのか?」
そうだ。どう考えても、このスプリガンという男が怪しいだろう。なのに、管制室の当事者連中は誰ひとりとして──スプリガンの名の『ス』の字も呼びはしなかったのだ。まるで、容疑者として考慮する必要などないかのように。
「それはもちろんです。事件の状況を知った時点で、『彼』が手引きした『過去の計略』については、皆様の脳裏にも真っ先に思い浮かんだことでしょう。ですが──ほかの誰でもない『彼』が犯人であり、『チェンジリングの代替品』として『金庫城の宝物』を採用する……という発想に至り、『仮定』ではなく『確信』することは──ええ。
「…………は?」
どうでもいいが、ひとつわかったことがある。
どうやら僕はこの『置いてけぼり感』を、今日だけで何度も味わうことになるらしい。
「『アンサモンプログラム、スタート』」
そうしている只中で、艦内に臨時アナウンスが響き渡った。
「『対象霊基・キャスター・クーフーリン。レイシフト開始まで、あと──3、2、1……』」
やっぱり、クー・フーリンが先行する流れになったか。
「……と。どうやら、そろそろ頃合いの様子。あの賢人様が単騎で増援に向かわれるということは、現地の皆様はそこそこ切迫しておいでのようですねぇ……これは後方支援組の皆様も、襟を正すべきタイミングかと。となれば貴方様も、突如現れたナゾの美女から託されし、いかにもなアタッシュケースを片手に、ノコノコとお戻りいただくしか……」
待て待て。不可解な擦り寄りかたをした挙句、思わせぶりな発言を残して行くな。
「いや、ごもっともなアドバイスだが、生憎とそうもいかなくなった。それこそ、ノコノコとお戻りにはなれない具合だ。アンタには訊きたいことがいくつもできたんだからな」
「──よろしいので? 情報とは生きた商材。私にそれをお求めになる以上、ここから先の情報提供には、相応の対価を頂戴することになりますが」
……まあ、そうくるよな。
コイツはあくまで、ノウム・カルデアに『与している』だけの立場であって、スタンスとしては『商談相手』の延長にすぎないんだから。そこから一歩、踏み込んだ協力を仰ぐとなると、オプションとしての対価が必要になってくるのは当然か。
「……ああ。どうせ今の僕の立場に、これ以上も以下もない。後で請求してくれ」
「──承りました。では早速、お訊きになりたい事柄をどうぞ、仰ってくださいます?」
えーと……さっきまでの話で、追求するべき事柄は……。
①……『この灰のことを嗅ぎつけた理由』
②……『僕にこの灰を預けた理由』
③……『アンタが招集に応じなかった理由』
④……『当事者には容疑者選定が難しい理由』
まあ、こんなところか。以上の件を列挙し、コヤンスカヤに尋ねた。
「ふむ。要点を押さえていらっしゃいますね。では、①についてのお話からいたしましょう──動機としては本当に、『勘』が働いたからなのですが……その発端は、例の『燃え滓のような放置物』の噂をしているマリーン君達の談笑風景が、通りがかった私の耳に入ったことでした。ストーム・ボーダーは何が床に落ちていても不思議ではない環境ではありますが……それでも、落ちているものは何らかの『代物』であって然るべき。『お菓子の包み』などのゴミであればいざ知らず、罷り間違っても『燃え滓』が幾度に及んで艦内に落とされることなど……いくら魔境の体現たるこの組織とはいえ、さすがに意味不明と言わざるを得ませんでしょう?」
同感だ。現に僕もあのとき、コヤンスカヤと同じ感想を抱いていた。存在自体はごく自然だが、それが在るべきではない場所に置かれたあの状況は、不自然そのものだったのだ。
「以来、私はその『燃え滓の噂』を耳に残し、艦内を巡る際もそれとなくセンサーを張っていたのです。……灰とは、何かが燃え尽きた成れの果て。必ず、その背景をもって生成される存在です。ゆえに、『灰としてそこに在る』というだけで──『かつて有していた形が、不可逆的に変質した何物か』であるという、声なき声が垣間見えるのです。まあ……そのあたりにつきましては、私の由来に基づく個人的な感傷ゆえに至った着想なのですが」
それはおそらく、コヤンスカヤ自身が自然霊の集合体であることを言っているのだろう。
人類史が繁栄する過程で発明された数多の文明。兵器、開拓、開発……それらによって在処を追われ、命を奪われた動物たち……その『痛み』。すなわち──コヤンスカヤは、彼らを代表する『報復機構』として生まれた、集合的存在なのだ。
そのうえで『コヤンスカヤ』として在り、立ち位振る舞う彼女だからこそ、『落とし物にしては不自然だ』程度の感想に終始するはずの『燃え滓』が対象であっても、その出現経緯の異様さを見逃さず、注意すべきであるという『勘』が働いたのだろう。
「──兎角、私はそれがどうにも気になりまして……ああ、それと。たとえこれが外部勢力によるなんらかの仕掛けだったとしても、ええ。その手口には私にも心当たりがありましたので。その場合──かつて私が、彷徨海に在りし頃のノウム・カルデアに披露した手腕の足元にも及ばぬ無骨さゆえ、『ハニトラの何たるかを有料公開して進ぜましょう!』と息巻き、マーキングを引っぺがして差し上げるつもりでございました☆」
……ああ、アレか。司令官サマが二度目ですら嵌まったとかいう、口紅のやつ。
「かくして、本日の正午頃の発見談に繋がるワケでございます。ぶっちゃけ、それが目に入った時点では、例の『燃え滓』の正体であることには気づけませんでした。それよりも先に、『なぜ、これが此処に在る?』という感想を抱いたからです。それはどう見ても、かつて私が妖精國で目にした造形物──『妖精が作ったガラクタ』だったのですから」
さっきコヤンスカヤが『女の勘』と言っていたのも、どうやら冗談ではないらしい。
「参考になったよ。じゃ、二つ目の質問だ。②……『僕にこの灰を預けた理由』を頼む」
「そちらについては、③の問い……『私が招集に応じなかった理由』とも関係しますので、まとめてお答えいたしましょう」
ん、②と③はバラバラではなく、繋がっている事柄なのか。
「端的に申し上げますと……『立場上の問題』ですわね。ただ、先にこれだけは宣言しておきます」
コヤンスカヤはいつの間にか、有無を言わせない緊迫感を醸し出していた。
「私は──このまま事件が成立する結末を、決して許しません。それは、実行犯に対しても、ノウム・カルデアに対しても、等しく掛けられる糾弾です」
──これは、本気のようだ。
「しかし、そう思う反面──当の私自身は、此度のオーダーに参加することは叶わないのです。……いえ。正しくは、『参加してはならない』というべきでしょうね」
……『してはならない』?
「状況が異なれば、あるいは別の可能性も有り得ましたが……此度の特異点は、どうやら『妖精國の要素』が命取りになる様子。そんな特異点に、『特級の爆弾』に縁を刻んだ私が、おいそれと出向くわけにはいかないのです」
「……! そうか、『呪いの厄災』──!」
「ええ、ご明察。そこにも合点がいくということは──管制室ではすでに、『他の厄災』についての警戒勧告もお済みのようですね」
「ああ。『モルガン失脚の再演』を狙っているのなら、それに紐付く『厄災の発現』までもが誘発される可能性がある……という話だ。一応、モルガンや妖精騎士には内密に、クー・フーリンを含めた管制室組のみが承知の懸念事項、ってことになってはいるんだがな」
ここまで事態を把握しているのなら、彼女にも話しておくべきだろうと判断し、例の件を打ち明ける。
「──皆様はそのように捉えられましたか……ええ。おおむね、その理解でよろしいかと思います。いずれにせよ、『再演』という過程が計画の内にあることに変わりはないでしょうから。同様の理由で、私に刻まれた縁もまた懸念材料にしかならず、それを自ら持ち込む愚は犯せない──という解釈で、お受け取りくださいませ」
ところどころ、やや気になる言い回しもあったが……なるほどな。そういう事情であれば、今回の作戦にコヤンスカヤが参加しない理由として筋が通っているだろう。
「さて。それでは最後のご質問。④……『当事者には容疑者選定が難しい理由』についてですが……こちらは実に単純なお話。そしておそらく、次の現地通信で議題に上がるものと思われますので──私が憶測で申し上げることは、この場では控えておくことにいたします。対価を頂戴してまでお答えするには、未確定な部分が多いもので。ご容赦を」
ん……? それは少し……いやかなり、矛盾しているんじゃないか?
『スプリガンが犯人』であるという僕の仮説に同意しながら、『未確定な部分が多い』からと発言を保留するって、どういう──。
いや。今は彼女のポリシー、『商談』のうえで取引されている情報提供なのだ。その商品たる情報に欠陥がある、もしくは、ここで彼女が発言することに価値が見出せないほどに、次の通信時にはより明確な情報がもたらされるのであれば、追求はそのときに回そう。
「──わかった。情報提供に感謝する。光のコヤンスカヤ」
正直、それが彼女に礼を尽くす意味合いになるのか分からないが、通称で呼んでおいた。
そして……商談を終えた両者が次に触れるべき話題を、僕から切り出した。
「対価は、何を支払えばいい」
あらかじめ暴利な請求がくることを覚悟し、諦観で武装した心でもって身構える。
「はい♡ では──『そのアタッシュケースを管制室にお持ち帰りいただくコト』……以上が、カドック様にお支払いいただく『対価』となります。ご利用ありがとうございました☆」
「──は、えっ?」
おい待て。アンタが商談モードで言うってことは……マジで
ロシア異聞帯でのコヤンスカヤの絞り取りようと言ったら、それはもう身包みを剥いでも足りないとばかりに命まで毟り取り、隣人を殺してでも資産を用立てて納めろと、凍土の果てまで追い詰めていた有様だった。それも、趣味のためだけに。
そのコヤンスカヤが──これほどの情報提供の対価に、荷運びで手を打つだと……?
「正直、カドック様が情報提供をお求めになったのは、私としても大変助かりましたの。なぜなら、そうしていただけなければ──この私が、一方的にお願いをする格好となってしまったのですから。それはもはや、取引とは言えません。さすがに私も自慢の美髪が引かれると言うもの。なので……実際のところこの商談では、私がカドック様に『荷運び』をしていただくために、『情報提供』というお支払いをしたようなものだったのです☆」
……妙に擦り寄ってくるような気配を漂わせていた理由は、それだったのかよ!
というか、それを言うならどう考えたって──僕が『商談』として追加の情報提供を依頼する前に、彼女がサービスで答えてくれた情報だけでも、すでに十分な対価になっているぞ。そのうえで、僕が求めていたこの『灰』さえも譲渡されるというのなら……一方的に得をしているのは明らかに、僕のほうじゃないか。
コヤンスカヤはそれに対して、真逆の認識を抱いているらしい。つまり彼女にとっては、僕がこのアタッシュケースを管制室へ届けることが、よほどメリットになるということなのだ。
「それに──これは、いつぞやの『借金まみれのクソ王子』サマとの商談でペテンを食わされた件への『仕返し』も兼ねておりまして。当該の御仁におかれましては、此度の私の身の振り方から、『己が仕事の存在』を察していただけることでしょう。あ、この件についてですけれども……
うっわ、やりやがったコイツ!
招集にも応じず、僕にこのアタッシュケースを託す本当の理由、絶対それじゃないか!
「ばっ……! 無理に決まってるだろ!『彼』が妖精眼を持ってる時点で、それを聞いた僕に隠し通せるワケが──待て、アンタ今の、わざと聞かせやがったな……!」
……僕が管制室に戻り、『彼』の注目を浴びた時点で──たった今、コヤンスカヤから聞いた思惑に対する僕の思考が『彼の眼』には筒抜けになる。……要するに、コイツは最初から『それ』を狙っていたのだ。ゆえに、僕の頭に最も新しく印象に残せる商談終わりのこのタイミングまで伏せていた──こうして、僕の頭に『爆弾』を仕掛けるために。
「もちろん、これも貴方様にお支払いいただく『対価』の内ですわ。しっかりと、つつがなく──そのアタッシュケースとともに、管制室へお届けくださいませ~♡」
「……くそ。わかったよ! アンタの思いどおりになるしかないから、そうしてやるさ!」
ものの見事に利用された格好となり、僕は開き直り気味に吐き捨て、踵を返した。結局、僕が一杯食わされることになるのかよ。ペテン師はアンタもだ!
心の中でそんな悪態を吐きながら、ノコノコと歩き出す。……しかし、そのペテン師である彼女に助けられたのは事実だ。彼女が動かなければ、ここまでスムーズに『灰』を回収することも、その『正体』についての情報を得ることもなかったかもしれない……やはりここは、礼のひとつはしておくべきだろう。
「──あ~。とはいえ、その……アレだ」
仕方ない、と妥協混じりに意を決し、ペテン師の居るほうに振り返る──と。
「──」
「え……?」
左腕を背に、右腕を胸に当て──居住まいを正している彼女の姿があった。
「どうか、よろしくお願い申し上げます。この身は現地に赴けず。当事者達とも相容れず。ゆえにこれが──此度の私にできる最大限のサポートであることに、間違いはございません」
……その姿勢と言葉の対象は決して、僕個人に限られたものではない。僕を通し、事件解決に関わるすべての者に向けられた誠意であることは、明らかだった。
そして彼女は顔を上げ、先ほどと同じように……何かを誇ってみせるような、心の底から懐かしむような──そんな暖かな色を声に滲ませ、真剣な面持ちでこう続けた。
「かの國で巡り逢えた
それは──彼女の矜持が込められた、偽りのない言葉だった。
お読みいただきありがとうございます。
商談成立。
次回は特異点現地に場面が移ります。